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モンキー・ハンドボール  作者: 間楽面明
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蜃気楼の十八番

 大学の部活勧誘の花道と言われている時計台前。人波に揉まれて正門へと近づくと『いかにも』な胡散臭い男に声を変えられる。

「やあやあ、君は和泉くんだね」

 アフロ。身なりはタイトでモダンな服装。ハットまで付いて来たもんだ。

「バスケ部は先ほど断ったはずですが」

「いやいや、蜃気楼の十八番の君には別のスポーツが向いているよ」

「僕はもうスポーツはいいです。キャンパスライフを満喫したいので」

「美人の先輩いるよ?」

「お話をお伺いしましょうか」

 かくして入学式の後、部室棟隣にある鍵穴型の建物に行くことになった。

 我ながら情けない。美人の先輩とのランデブーを夢見るとは、まだまだ若僧なのだと自分を叱咤せねば。

 しかし、バスケ部やバスケサークルでも無いスポーツが何で僕の忌み嫌う通り名を知っているのだろうか。そんなに有名ではないはずだけれど。

 考えても仕方が無い事だ。期待に胸ふくらませて、同級生に声をかけまくろう。そして、清楚で美女でナイスバディで優しく淫靡な雰囲気を持った彼女を作るのだ。

 下したてのスーツの匂いがする方に向かえば新入生がいるこの場がきっと一番心くじけず人脈を広げるのに一番だ。

 さて、行こう。

 薔薇色のキャンパスライフに向けて、一歩を踏み出すのだ。
















 一章:蜃気楼の十八番


 断捨離じゃ、断捨離じゃ。バスケットボール時代の忌歴史など捨ててしまえ。

 万年補欠がなんだ。蜃気楼なんて居ても居ないのと同じだ、邪魔な存在だとチームメイトが呼び始めた糞通り名だ。こんな名前ごと捨ててしまえ。

 ダンボールに詰めて親に送り返した。

 折角親や親戚の兄ちゃんに手伝ってもらって綺麗に整えた新たな新生活を送る六畳一間は、殺風景な部屋になった。自分の今までの生活がどれだけバスケに囚われていたのかが良く分かったのでいい機会だ。

「二度とバスケなんてやってやるものか。のめり込み過ぎると人生を無駄にする」

 怒りに震えて、中古で買った冷蔵庫を蹴ると嫌な低音を轟々と立てて動かなくなった。

 しかし、僕の心は躍っていた。昨日雪芝汎先輩に出会えた。黒髪乙女がとても良く似合う女性。突出して言うべき点は巨乳であることだろう。おっとりとした女性で美人である。

 断言しよう。雪芝先輩のような彼女が欲しい。あれだけ清楚な顔立ちで黒髪ロングが似合う女性など他にはいないだろう。優しい雰囲気はとても誰にもまねできないだろう。おっとりとしていて守りたいという願望が強く出る。

 中古の冷蔵庫の中身は何も無いので、とりあえず心配せずに学校へ出かけた。コンセントだけは一応抜いて行かねばとすぐに戻って、また出かけた。

 自己紹介や僕の多少ばかりある知識の事ばかりの授業内容なんて語るだけ時間の無駄だろう。省略させていただく。

 ただし、授業の時に一人の女性と親しくなったことは必須の内容であろう。

「こんにちは」

「あ、どーも」

「お隣よろしいですか?」

「いいですよー。堅苦しい言葉使うんだね」

「年齢が上の方も幾人かいるようなので、失礼の無いようにと思いまして」

「にゃはは。同い年だよー」

 垢抜けた女性である。ショートカットがこれほどまでに似合う女性が嘗て居たのだろうか。僕の知る限りではいない。彼女の持つ明るさがその可愛らしい容姿を際立たせる。肩までつかない茶髪は大学入学を記念して染めたそうだ。揉み上げだけ長く伸ばして鎖骨辺りまで伸びているのが特徴的だ。

「うちは金盛智佐。よろしくねぇー」

「和泉智也です」

 大学生活初めての握手。昨日、胡散臭いアフロ先輩に握手されたのはノーカウントである。

「あれ、どこかで会った事ある?」

「いえ、そんなはずは。金盛さんような可愛らしい女性と話したら忘れないですよ」

「そんな褒めても何も出ないにゃあ」

 本心で言ったのだが囃し立てだと思われたみたいだ。僕は嘘を吐かないぞ。

「あ、そうだ。お昼ご飯一緒に食べようよー」

「是非! 是非にも馳せ参じます!」

「にゃはは、面白―い」

 こんな具合に授業の各自個人別の自己紹介のタイミングを作ってくれた講師のおかげでデートの約束を取り付けることが出来た。無宗教派だけれど、神よ感謝します。

 勿論最初の講義なので、内容はどれを見ても同じような内容であり、午前の講義の内容は簡単な説明を受ける二つだけで終わり、すぐに昼休みである。

 待ち合わせで学食は人が多いという事で、部活棟の近くに行く。昨日も来たので道を間違えることは無い。

「にゃほほーい」

 個性的な挨拶で手招きをしている金盛さんを見ると歩みを速めてしまいそうになるが、それを食い止める要因が隣にいた。

「やあやあ、昨日ぶりで合えてうれしいよ、蜃気楼の十八番君」

 あの胡散臭い先輩である。名を福田浩介と教えられた。初見では教員かと思ったが、どうやら聞く所によると生徒らしい。相変わらずの胡散臭いモダンな服装だ。

 隣にいる雪芝先輩は可憐乙女と言う言葉が良く似合う白のワンピースを着こなしている。胸の谷間も少し見えるのがぐっじょぶな先輩だ。これ以上先輩を語るには僕の語彙では足りないほど美しいので止しておこう。

 金盛さんはホットパンツとハイニーソの間にガーターベルトだろうか、紐がある。黒いTシャツにカラフルな水が飛び散ったような模様で、上には柔らかい色のポンチョを着ている。元気っ子と言われて一発で分かる風貌だ。

「お疲れ様です、雪芝先輩、金盛さん」

 僕は迷わず先輩と金盛さんに挨拶をした。雪芝先輩は微笑み返してくれる。

「スルーを決め込むとはやはり君は見どころがあるねぇ」

「あ、福田先輩もお疲れ様でございます」

「儂じゃなきゃ怒り狂って殴っているだろうよ」

「そうですね。先輩は昨日一日でとても優しい方だとお見受けさせていただきました」

 分かりやすく言うと、見下している。あんまりにも胡散臭いので、ちょっとテキトウな態度で接してもいいやと高をくくってしまった。それだけの気質がアフロ先輩にはあった。

 とりあえず何も持ってこなくていいと言われたので、そのまま来たが何も食事処らしきと頃は無いが、どうするのだろう。

「さて、行きますかみなさん」

 そう言ってまたあの鍵型の建物へと向かった。円柱に一つ建物がくっついている鍵型をしており、コンクリートの建物である。

 鍵の先端部分の扉から部屋に入ると、多目的ホールがあり、左右には男女の更衣室がそれぞれある。右手にある女子更衣室は魅惑の花園であるが開けてはいけない禁断の扉だ。

 多目的ホールの長机には食事が綺麗に並べてあった。肉、野菜、魚、米、パン。一式揃った食事がテーブルクロスを引いておいてあるのだ。

「ヒキマル君はどこにいるのかな?」

「もう来てらっしゃるはずですわ」

「では、待っている間に一応蜃気楼の十八番君と落ちた神童のお二人には出欠簿を書いてもらおうか」

 そう言って一枚の紙を渡されたので、金盛さんに続いて氏名と所属学科を記入する。

 男子更衣室の扉が丁度書き終えたタイミングで開いた。中からら男とも女とも見える風貌の人が出て来た。長い前髪がそうさせているのだろう。

「ヒキマル君はそこにいたのか」

 特に声を出すことも無く、頷く。

 それを皮切りに雪芝先輩がプラスチックのコップに飲み物を注いでみんなに配る。

「さて、新入部員歓迎会に乾杯!」

 各々がグラスを叩きあい乾杯と言った。

「え? え? え?」

 ただし僕と金盛だけは不可解であった。

 すると、雪芝先輩がテーブルクロスで隠れた机の下から一枚の板を取り出す。

『ようこそモンキーハンドボールの世界へ』

「君たちも由緒正しきモンキーハンドボールサークルの一員となったのだ! 我々は歓迎しよう! さあ、飲め、食え!」

「はにゃん?」

「ちょっと待ってください! いつ入部したんですか!?」

 まるでドッキリを掛けられたみたい仕掛けである。看板もその仕様かと思えば、デカいしゃもじで色々な物が混じっているようにしか見えない。しかしプラスチックの巨大つぶ付きしゃもじである必要はあるのか?

「ふははは。君たちはそんな平坦な仕掛けに引っかかる馬鹿だ!」

 大袈裟に笑い、先ほど書いた出席簿に人差し指を向ける。ヒキマルと呼ばれていた人物が髪の挟まったボードを持って見せつける。隠れていた『入部届』と言う文字を。

「うぁああぁああぁぁあぁああ」

 何てことだ。僕のキャンパスライフはこれで終わりなのか!

 短い青春だった。膝から崩れ落ちても悔やみきれない。

 スポーツ部、サークルに所属するという事は、基本的に他の行動を制限されることとなる。つまり、それは実質的なキャンパスライフの終了を意味する事なのだ。

「君はやれるよ! 期待してます!」

 雪芝先輩がしゃがみ込んで肩を叩いてくれた。

 先輩、ありがとう。胸の谷間が見えています。

 隣に無粋にもアフロの似非紳士が座り込み耳打ちをしてくる。

「ふはは、君もこの絶景をもっと見たくないかい?」

「一回に一台欲しいほどですな」

「君もいける口だね」

 しまった。乗せられてしまった。

「いやいや、僕はまだ納得してませんよ。急に言われても何をするサークルかなんてちゃんと聞いてないですし」

 言葉通り、昨日はこの建物が部活棟であり、部活を行う場所であると言われた。それだけなのである。それ以外はただ先輩を眺めていただけなので他に何も聞いていない。

「これから覚えていきましょう。ね、しんちゃん」

「え、雪芝先輩? しんちゃんって僕の事ですか……?」

「ええ、蜃気楼さんって言うのは大変だからしんちゃんね」

「僕、和泉智也なんですけど……」

「ね、しんちゃん」

「あの」

「ね、しんちゃん」

「はい、しんちゃんです」

 両手を合わせてにっこりとほほ笑んだ。手に合わせて胸もぎゅうと引き締まる。絶景かな。

「にゃーにゃー、しんちゃん」

 金盛さんもそれに合わせて呼んでくる。もう固定なのかもしれない。

「ご飯食べていいのかにゃー。三限目うちらないけど先輩たちあるでしょ?」

「ふふふ、儂らの心配は不要だ。なぜなら最初の講義は出欠をとられないものだからな! さあ改めて飯を頂くとしよう!」

 それから暫く雑談をしながら用意された飯を食べた。

 先ほどの入部届の件があったので、一応わさび寿司などが無いかを警戒しながら食べていたが、金盛が遠慮なしに普通に食べていたので僕も気にせず食べることにした。案の定わさび寿司に当たりゴミ箱にキスをした。

 結局まともな飯も食えずにその会はお開きになった。ヒキマルさんが予想以上に大食漢であった、細く白い女の様な身体つきなのに、Tシャツとジーンズが膨れるほど食べていた。

 結局その後は授業を終えてからもう一度その場所に行く事になる。

 道中、金盛と肩を並べてみると、背丈が自分の肩ぐらいしかないので本当に可愛らしいなと思う。

「金盛さんって身長どれぐらいなの?」

「しんちゃんってデリカシー無いよね。うちのスリーサイズ聞く方がまだデリカシーあると思うよ」

「スリーサイズ聞く方が問題だろう」

「にゃはは、冗談。約五フィートよ」

「分からないよ、そんなのじゃ……」

 明らかに頭の悪そうな発言が多いのに、何故かそんな日本人には難しいフィートで換算するとは、本当は頭がいいんじゃないかと疑ってしまったが、結論で彼女は相手に慎重を教えたくないのだろうという考えに至った。

 結局身長を聞き出せないまま例の鍵型の建物。これからは鍵型城と呼ぶ事にした建物にたどり着く。若干不安な面持ちで部屋に入ると昼の三人が居た。三人ともハンドボールプレイヤーの様なユニフォームと、ロードレーサーのようなヘルメットをつけて腰には謎のベルトとポシェットを装着したお揃いの姿だ。手足にはそれぞれプロテクターが付けられている。それでも雪芝先輩の胸には目が向いてしまう。

「やあやあ、よく来てくれた。君たちにもユニフォームを用意してある。早速着替えて来てくれたまえ」

「はあ……これは何をするサークルなのですか?」

「モンキーハンドボール部だと言っただろう。一応部として認められているよ」

「ですからそのモンキーハンドボールとは」

「モンキーハンドボールだ」

 埒が明かない。頭を抱えても仕方が無いので、とりえあず着替えた。

 それから奥の部屋に通された。扉を開くと左右にカーブした道がある。ここは鍵型の円柱の建物の中だろう。

「とりあえずみんな同じ位置から始めようか」

 そう言われて右側に行く。四分の一ほど回ったあたりで階段と左手に扉が現れた。扉の方に入ると、広い空間が広がっていて、廊下よりも数段明るかった。思わず目を覆う。

「ここがモンキーハンドボールのフィールドさ!」

 目が徐々に慣れ、視界が晴れて来た。

 壁にはボルダリングで使われるクライミングウォールが敷き詰められている。右上の方に少し出っ張ったバスケのゴールリングの様な所があった。扉を出て少し進んだば場所には二メートル四方程度の足場があり、向かいにも同じような足場がある。

 足場の下を覗くと、明らかに丈夫そうなネットが三重に張られている。ボルダリングをした際に落ちた時の考慮だろうか。

「これからルールを説明しようか。まあ、基本的にゴールにボールを入れるだけの簡単なゲームだ。ただ、普通のボールゲーム違うところがあるのは分かるね」

「そのネットの上を歩くのかにゃー?」

「神童君、惜しいね。そこはフィールドアウトなのだ。つまりそこ意外全てがフィールドなのだよ」

 惜しいどころか真逆じゃないか。

「って事はこの足場と壁だけがフィールド……ですか?」

「そうではない。あのフィールドアウトゾーン。つまりネットの上に体が触れなければ全て有効なのだ。空中も全てフィールドなのだよ」

「にゃははは。何か壮大なゲームだー」

「そう、壮大なのだよ。この直径二十五メートル、高さ七メートルの空間で全てが行われるのだ。あの五メートル地点にあるボールボックスを見てみろ」

 アフロ先輩が指さすのは先ほど気になったバスケットのゴールリングのような出っ張りだ。

「あそこにゲーム開始時にボールが投下される。下向きに投下されるのだ」

「下向きって事は、あの下で構えて落ちてきたボールを奪い合う形ですか?」

「いや、そうではない。ヒキマル君、実際にやってみるのがいいかもしれないな、1on1の形式で対戦しようじゃないか。汎君用意してくれたまえ」

「はい、先輩」

 可愛らしい声で言ってから二人は元来た扉へ戻る。

「君たちは先ほど扉の前にあった階段から上に昇って観戦していてくれたまえ」

 そう言われたので、金盛と僕は引き返して階段を上った。

 それなりに高い位置まで階段を上がると、コートの中が一面見回せた。天井部分はアクリルボードが円錐状になっており、中心にパイプが伸びていて折り返し下に送られるようになっているようだ。その真ん中には本当にバスケのゴールリングの様な縁が糸で吊るされている。ネットはバスケットボールのゴールと違い穴が開いていないのでシュートしたら取り出せそうにない。

 中に居る先輩たちも用意が出来たようで、準備体操をしている。よくみるとアウトゾーンのはずのネットにボールが一つ転がっていた。

「では行くぞ。汎君、ウインドエンジンオンだ」

 そう言うと、建物全体が少し揺れた感じがした。ネットが揺らめく。

 ネットの下を見てみると、幾つものプロペラが回っている、そこからどうやら風が出ているらしい。

 少しして、プロペラの回転が軌道に乗って来ると、ハンドボールがふわりとネットの上から浮かび上がる。最初はプロペラの速度がまちまちなのか、空中で踊るようにしていたが、徐々に天井に迫り、アクリル板に音を立ててぶつかると、中心のパイプを通って観覧席の中に消えた。消えたボールはボールボックスと言われた場所に下向きで登場する。風の勢いで押し上げられて、ボールは下に落ちずにその場でとどまっている。

 F1の様なプ、プ、プ、ピーと言うブザー音と共にアフロ先輩とヒキマル先輩が動き出す。壁にあるカラフルなでっぱりを掴み、足をかけて器用に昇って行く。アフロ先輩の方が若干早くボールボックスにたどり着き、ボールを手にした。

「ヒキマル君、君と試合は久しぶりだね」

「……」

 ヒキマル先輩はやや上部の壁にボールを持って構える先輩を見上げて睨みつける。

 更に上部にアフロ先輩は器用に片手で上ってからヒキマル先輩の立っていた足場の方に向かう。ヒキマル先輩も昇りそれを阻もうとしている。お互いは触れ合わないように気を付けているようだ。

 アフロ先輩が突然落ちた。いや、正確には足場を上手く利用して一気に下降したのだ。片手で腹部辺りのブロックに手を掴み、一気に体を落として両足でブロックを踏みしめる。その行為を片手で二回連続繰り返すのだから凄いとしか言いようがない。

 そこからは横移動をしてヒキマル先輩の立っていた足場に入り、ボールを中に投げた。

 ピピピー。と笛が鳴る。

「儂の勝ちだ、ヒキマル君」

「……」

 ヒキマル先輩は壁から飛んでネットの上に仰向けに落ちた。落ちる速度は心なしかゆっくりなのは下から風が吹きあがっているからだろう。

「しんちゃん君、神童君降りて来たまえ」

 そう言われたので僕等は降りて行く。先ほどの足場の所に行くと、したから前髪が持ち上がる物凄い勢いの風が体を通り抜けた。轟々と風の音が五月蠅い。

 思わず一歩体を引いて顔を腕で覆う。

「ふははは。これがモンキーハンドボールだ、分かったか?」

 向かいの足場でアフロ先輩が肩脇にボールを抱えて立っている。

「いえ、全然……やり方は何となくわかりましたが、ゴールはこの今の立ち位置って事でいいですよね?」

 大声の会話をするしかほかないので、両手で口を拡声器の様して話しかける。

「そうだ、君たちが立っている足場に白いラインがあるだろう。その中の壁や地面に触れたらゴールだ」

 見ると、出っ張った足場の部分と、入口に続く部分の境目は白いラインで区切られている。

 先輩は大声で話すのが面倒になったのか、ボールを天井の穴に向かって投げてから壁を伝ってこちらに来た。ヒキマル先輩もネットの上を歩いてこちらに来た。

「まあ、見ての通りこのゲームはフリークライミングの技術が必要だ。だから最初に君たちに覚えてもらうのはクライミング技術だな」

「はあ」

「壁から一切の手を離して落ちる際は、先ほどヒキマル君がやったように足場から二メートル以上離れた位置から行うように。それ以外の所からわざと落ちるのは危険行為で即退場になるので気を付けるように」

「この足場から飛ぶのはいいんですか?」

「それは構わない。直径二十五メートルもあるからな、向こうの足場までは二十一メートルもある。その距離を跳躍できる人間なんていないだろう」

「それもそうですね」

「見ての通り、この足場から上にはホールド、つまり掴む石が無いだろう? 横にしか行けないように配置されているのは落ちた時に足場に体をぶつけないための配慮だ」

「にゃははー。面白そう! 登って良い? 良い?」

 興味津々に金盛は言う。

「君たち二人ともクライミングの経験はあるかい?」

「無いです」

「無いよー!」

「ふむ、では一から説明しようか」

「いらなーい」

 そう言って金盛は壁にあるカラフルな石を掴み動き始め。

「ふむ、実戦で覚えるのもいいかもしれないな。しんちゃん君も壁に慣れるといい」

「はあ、そうですか……」

 壁登りねぇ。また面倒なサークルに誘われたものだ。と思いつつ、金盛に続いて動いて行く。

 壁に手をかけて体をもって行くと下から吹き上がる風がかなり強い事が体で感じられた。だが、体が少し軽くなったようにも感じるので、動きずらいが楽に動けるような、矛盾した感覚を覚えた。

「金盛さん、上に行きすぎると危ないんじゃないか」

「大丈夫にゃーん。いけるいけるー」

 僕の注意を止めずに登って行く。どうやらボールボックスのボールをとろうとしているようだ。僕もその真下から付いていく事にした。

 ――なんという事だろう。

 ここは絶景のビューポイントだ。金盛の無防備なお尻がぷりんと見えるじゃないか。どうやらユニフォームの下にはスパッツを着用しているようで、パンツは隙間からも見えそうにないが、そのフォルムたるや、見ているだけでご飯が十敗は食べれそうなほどの絶景だ。我ながら意味が分からない事を言った。恥かしいので前言撤回を申し上げる。

 壁にしがみ付いてゆっくり上がって行こうとするが要領を得ない。あの胡散臭いアフロ先輩は実はこの点において中々凄い事をしていたのだとやってみて初めて分かった。

 絶景のビューポイントを逃さぬように必死について行こうとする。

「にゃはっ――」

 次につかむ場所を確認してからもう一度絶景を拝もうと上を見ると、やわらかく弾力のあるお尻が僕の顔にぶつかり、体もろともネットに落ちた。

「おい、大丈夫か!」

 アフロ先輩の声が聞えたが視界は真っ暗だ。

「いたたた、手を滑らせちゃった……はにゃあぁあ!!」

 顔の前方から頭蓋骨に響くように金盛の声が聞えた。慌てるような声が聞えてから視界が開けると、金盛が見下ろしていた。顔を真っ赤にしていて、一発ヘルメットの上から頭を蹴られた。

「和泉君大丈夫かね」

「いってー……大丈夫だと思いますが、最後に金盛に蹴られたのが一番頭に響きました」

 アフロ先輩が近付いて来てネットの上で僕を起こす。思った以上にネットの上は安定しているが、体に衝撃があまり残らなかったのでかなり衝撃吸収の能力は優れている張り方をしているのだと分かる。

 金盛はすぐに足場に戻ってしまった。

「しかしいい経験をしたな」

「それが、何が起きたかさっぱりでして」

「ふむ、知らぬが仏か、知って蛇の道へ入るか君は選ばねばならんな」

「そうですね、気が向いたらまた訊きます」

 その後は色々と身体がむち打ちになっていないかを調べたりと大変だった。

 兎に角、僕とモンキーハンドボールはこうして出会ったのである。とでも言って一度区切りにしよう。


 金盛は初日のクライミング練習以来不機嫌である。口を聞こうとすると「ふん」と言って顔を赤らめるばかりだ。顔を真っ赤にするほど怒らくてもいいのに、と落ち込みつつ。

 とりあえずは、数日間そんな日が続いたわけなのだが、クライミングのコツをいくつか覚えることが出来た。

 鼻を天狗にしてアフロ先輩は語る。

「クライミングのコツはだね。脚と足。つまり下半身を上手く使う事なのだよ。金盛君はその点センスがいいが、和泉君は下手糞だ」

 と言われた。そう言えばあの転落事故以来先輩はしんちゃん君ではなく和泉君と言うようになった。多分面倒になったのだろう。

「腕を曲げていたら辛いだろう。基本は二等辺三角形を体で作るイメージで壁に体を預けるんだ。なるべく腕は伸ばすのだぞ」

 言われてやってみると実際に楽だった。この点で敬わなければならないと思うと、胡散臭い先輩の事が嫌いになりそうだった。

「ほら、これがチョークだ。最初に金盛君が手を滑らせたのはこれを使っていなかったからかもしれないな。手に汗をかいていただろう? 手汗をかくとどうしても滑りやすいからな。野球で使われるロージンバッグと同じものだな。ピッチャーがたまにもってる白い粉だ」

 腰に会ったベルトとポシェットはチョークバックらしい。粉チョーク以外にも液体チョークなどもあるが途中で継ぎ足せないために基本的にはこれを使うらしい。


 そろそろ読者もアフロ先輩の言葉ばかりで飽き飽きして来ただろうから、このあたりで雪芝先輩との会話も挟んでおくことにする。

「雪芝先輩、ポジションってどうやって分けられてるんですか?」

「んーとねぇ……えーと……私がリフトって事しか分からないわ、えへへ」

 実に可愛らしいのでそれだけの情報で十分だ。

「リフトってなんですか?」

「えっとね。公式試合で5on5で行われる試合で、ボールを中継する役割だったり相手の攻撃を阻止するのだったり、あとは敵の注意を引きつけたりするのが役割よ」

「なるほど、ディフェンスと中継が基本なんですね。あんまり上下には動かないんですか?」

 勿論胸を見る。たわわに実る胸は上下に揺れる姿を想像しながら。

「私あんまり登るのは得意じゃないんだけれど、人によってはかなり上下に動く人もいるわね……ヒキマルくん何かがいい例じゃないかしら。しんちゃんもリフトやりたいの?」

「先輩の美しいおっ……姿をみれるなら是非リフトがいいですね」

「あら、そんな事言ってたら智佐ちゃんが怒っちゃうわよ」

「金盛はもう僕に対してへそで茶を沸かすぐらいに怒ってますよ。口もきいてくれないです」

「ふふふ、あんな事があったからかしらね」

「うぅん。やっぱり知らぬが仏でいいものか」

「うふふ」

 不敵な笑みは本当に敵を作らない。僕は骨抜きにされてから、考える能力を失って先輩との会話を終わらせた。終わらせて更衣室で着替えているときに毎回決まって、しまったデートに誘い忘れたと後悔するのがお決まりになっている。


 大抵先輩方とは部活の内容ばかりを話しているのだけれど、一度だけヒキマル先輩と話す機会があった。その時は違う話をしていたな。

 男子更衣室で着替えていて、何気なしに聞く。

「ヒキマル先輩って何か趣味あるんですか?」

「……ラノベとかアニメ」

 おぉお! 初めて先輩の声を聞けたかもしれない。

「アニメですか。僕はス○ムダンクが好きです。主人公に憧れてダンクばっかり練習していたら、他の技術何も進歩しなくってバスケ部で万年補欠でしたけど」

「……」

「先輩は何が好きなんですか?」

「『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』」

 と、奇奇怪怪な言葉を並べて早口で答えてくれた。庶民サンプルって何だよ。

「へ、へぇ」

「愛佳は俺の嫁……」

「はあ」

 それきり一切話して無い。いや、それ以前も一切話して無い。


 と、まあなんだかんだで半月ぐらいが過ぎた。

「金盛そろそろ機嫌直してくれよ、時間が解決してくれる事が世の中大半のいざこざだろう?」

「……」

 久々にこちらをちゃんと見た。あれやこれやと説得していたが、一番意味が分からない説得をした時に見られると反応に困る物だ。

「やっぱりしんちゃん馬鹿だにゃ? 物覚え悪いにゃ?」

「いや、猫みたいな語尾の人に言われたか無いですが」

「これ方言だにゃん」

「どこのだよ」

「メソポタミア文明」

「絶対違うよね?」

 と笑いあう事で和解した。本当にこの半月の不機嫌さが何だったのか不明だったままだが、とりあえず打ち解けられたのでよしとしよう。

 抗議の内容も着々と進んで覚える事も増えたので、元々成績が良くない僕は徐々に辛くなっていく日々の始まりに、勉強を一緒に出来る仲間が居る事は心強い。

「しんちゃんって、どれぐらいクライム出来るようになったん?」

「そうだな、十分ぐらいは普通に壁に張り付いていられるようになったかな。元からバスケ部で鍛えてたのも会ったし、筋肉痛はあんまり無かった」

「んにゃぁー。羨ましい、うちは筋肉痛で毎日悶えてるにゃあ」

 息も絶え絶えに悶えている姿を想像すると、あまりにも淫靡な姿を想像してしまったので頭の上の妄想を手で追い払う。

「僕は指先と腕が特に筋肉痛になったな。やっぱりバスケと違って腕の筋肉や握力が必要になるっぽいしな」

「にゃはー、しんちゃん元バスケ部だったんだね。うちチア部だったよ」

「あれ、アフロ先輩とか雪芝先輩から聞いて無いのか? つか金盛の身長でチア部って難しそうだな」

「にゃははは。うち超軽いからね、一番上で飛ぶの得意だよ」

「そんなに軽いのか? まあ、身長――ぐふっ」

 腹パン。つまり、腹にパンチを食らった。

「身長の話は二度度禁止にゃ。次言ったら爪を一枚一枚捩り剥ぐにゃん」

 閻魔大王さまも失禁するような顔つきだ。先ほどトイレに行っておいて良かった。

「くわばらくわばら。その、体重とか聞いていいか?」

「女の子にそれ聞いちゃう? 聞いちゃうの?」

「いや、なんでもないです」

 多分和解したとはいえ、何かしら僕に対して怒りを覚えているのだろう。金盛は厳しい口調でにゃはにゃはと言いつつも、猫の様に気を逆立てて当たってきている気がする。


 講義の間に仲睦まじくなった僕と金盛は久々に肩を並べて鍵型城に向かった。一切会話をせずとも僕と金盛は多少繋がっているという事だろう。ただ身長の話を出して嫌われる何て事はありは無いはずだ。

 更衣室から着替えて出ると雪芝先輩が居た。

「しんちゃん、め!」

 頭をチョップの形で叩かれた。柔らかく優しい手だが、慣性の法則やエネルギー保存の法則やらの僕の苦手とする分野の計算式で頭にダメージを与えた。

「なんですか、雪芝先輩」

「かなちゃん泣いてたよ」

 金盛の事をいつの間にか雪芝先輩はかなちゃんと呼んでいるようだ。しかし主題はそこではない。もちろん、腕を組んで頬を膨らませる先輩は可愛らしいという点ではない。

「泣いていた……ですか?」

「うん、そうだよ。恥辱の極みみゃぁって言ってた」

「先輩それ泣いてたじゃなくて、鳴いてた、ですよね」

 何の話か分かっていないようだ。先ほどの様子から金盛が涙する場面を想像するのは難しい。だって身長聞いただけだぜ?

 女子更衣室の扉がバタンと開いて猪突猛進で先輩に金盛はぶつかった。

「わあああああ! 先輩何言ってるですか! 何言ってるんですか! うちは泣いてないにゃあああ! にゃああああん!」

 顔を真っ赤にして目を潤している。一筋の痕が残っているので説得力は皆無だ。

 それよりなんだ、その羨ましい格好は。先輩の胸に顔をうずめるなんて女子特権か、くそう。

「目薬さしながら話してたら先輩が勘違いしちゃっただけだよぉお! 勘違いするなしんちゃん! ばか!」

「いや、僕は勘違いしてなかったが」

「うるさい!」


 割愛。


 さて、半月練習したので、初めて練習試合をするという事だ。

「和泉君、君左頬のビンタ痕はどうしたのだね?」

「おかまいなく」

「そうか。では簡単なルールおおさらいしようか」

 1on1はまだ出来ないと言われて、今回は金盛+ヒキマル先輩チーム対、僕+アフロ先輩チームで対戦する。公式戦では五人で人チームらしいので、今回は本当に慣らしという点があるのだろう。三点先取で試合終了だ。

「相手の身体に触れるのは反則だ。触れただけで相手に一ポイント点数を渡してしまうからね、気を付けなければならない。危険行為を行った場合は即退場で相手に三ポイント渡してしまうからさらに注意が必要だ。まあ、そんな事はしないだろうけれどね。今回は五ポイント先取で勝利だから、とにかくボールをパスしてゴールを目指そう。多分向こうもそれで勝負をしてくるだろうよ。特にヒキマル君は名リフターだからね、パスを上手く使って来るよ」

 いちいち長台詞だ。まあ、必要な事なのだろうけれど、話しているとその長台詞が胡散臭さに拍車をかけるんだよなあ。

「さて、そろそろ開始しようか。ヒキマル君たちも準備運動は終わったかい?」

 ゲームコートの向かいの足場に居るヒキマル先輩と金盛さんに確認をすると、手を振って両省の合図を送り返してくれる。

 それから、壁にある無線機を使って雪芝先輩にゲーム開始の合図を送る。前回もこの機会を使って合図を送ったりしていたのか、と感心する。良く考えたらこのコートは風が吹きあがると、風の音で叫び声しか聞こえなくなるので当然か。

 合図をしてすぐにネット下にある送風機が運転開始。轟々と風の音が大きくなっていく。

 スタートシグナルが鳴る時に、前回は気づかなかったが、ゴールになっている足場の奥から赤い光が迫ってきて、最後には碧く光った。

「さあ、がんばって行け」

 今回は僕がモンキーと言われるポジションで行われるらしい。

 壁を登りながらアフロ先輩の言葉を渋々思い出す。


「モンキーポジションは基本的にはオフェンスだ。最初にボールボックスに出て来たボールをとりに行って、リフトにパスをするのだ。最初に見せた技みたいな事はせずに手にしたらすぐに儂にパスをするんだよ」

 絶対危険な行為だけはしないように注意を促す。あくまでスポーツだからと言う事だ。

 他にも上る時のコツも教えられた。

「壁に体をくっつけるようにするだ。怖がって壁から離れようとすると、体が放り出されて上に行くどころか、落ちてしまうのだ。しかも条件下は上昇気流が常にある状態だからね、気を抜くと体を宙にもって行かれるぞ」

 一度だけ試しに体を離してやってみると、本当にふわりと身体にある重力が無くなった感覚になった後ネットの上に落ちていた。悔しいが本当だった。


 うん。やっぱり思い出すだけで嫌になるのでやめておこう。

 とにかく登ってボールの先制権をとらなければと思うが、登って行く際に思ったよりも高い事に気付いてしまう。ボールの高さは五メートル地点にあるので、顔の位置は四メートル以上になるのは確実だ。

 左手からは金盛はそんな事はお構いなしに登ってくる。

「にゃはっ」

 何て陽気な声を出して登っている様を見ていると子供の様だ。

 僕も負けてられないと思い、一朝一夕で覚えたインサイドフラッギングを使い登ったりしたが、金盛には追いつけなかった。

「にゃほい。げっちゅー」

 先を越されてボールを奪われた。だが、僕と金盛は初心者だ、ここからどうすればいいのか分からないし、金盛もボールを取ってそこからどう動けばいいのか全く分かっていない。

 下にはヒキマル先輩が構えてボールを要求している。これはパスカットが必要だろう。

 危険行為と言われる範囲で無理な姿勢でのジャンプは禁止されている。結構その程度が曖昧なのでルール改定が必要だとアフロ先輩が悩んでいたけれど、この抜け穴を突けば中間に位置する僕の位置からパスカットは出来ると思う。

「ヒキマルさーん」

 体を捩ってボールを投げる姿勢になった金盛を見据えつつ、僕も飛び出す体勢になる。

 ボールが放たれると、僕は飛んでパスカットをしてみた。その後は勿論落ちるだけなのだけれど、ボールを奪う事に成功した僕は落ちる最中にアフロ先輩を見つけてパスを出す。

「あ、あれえ?」

 ネットに落ちた僕は素っ頓狂な声を出した。

「ふははは、センスはいいね」

 後続で付いて来ていたアフロ先輩が壁に張り付きながら笑った。

「にゃははは、ばーか」

 パスを投げたボールはあっけなく天井まで飛んで行ってしまったのだ。バスケ時代の癖で直線状やや上に投げたパスボールはそのまま上昇気流によって空に上がって行き、天井に到着して、中心の穴に吸い込まれて行った。

「さあ、和泉君。早く戻ってゴールを守るんだ」

 ボールボックスに装填されたボールを金盛はすぐに手に取り、今度は難なくヒキマル先輩にパスをする。

 落ちてしまったので、ネットを伝って自陣の足場まですぐに戻って、ゴールに投げてくるであろうボールを奪取する事が必要だ。

 サッカーのキーパーの様に構えてヒキマル先輩に注意を払う。

 アフロ先輩が自陣近くまで戻り、ヒキマル先輩の動きを阻む。足場に乗り移るにはどうしても通らなければいけない場所を塞ぐことでディフェンスになるのだと学んだ。

「ふはは、ヒキマル君よ。諦めて儂にボールを渡してくれたまえ」

「……」

 アフロ先輩と対峙しているヒキマル先輩の顔は真剣である。

 ヒキマル先輩がねじりムーブをするためか、お腹にボールを抱えて上に昇る姿勢をとる。アフロ先輩もそれに合わせて体を揺らすと、ヒキマル先輩はその体勢から壁を蹴った。

 驚いた僕は反応も出来ずに、空中滑空の姿勢から放たれたシュートを許してしまった。

『1-0。金盛得丸チーム得点』

 雪芝先輩のアナウンスが風の吹き荒れる中流れる。ヒキマル先輩の本名って得丸だったんだ。

「いやあ、ははは。一本取られたね、次いこうか」

 得点を取られたボールを手に取り呆気にとられていると、アフロ先輩が足場に戻りそう言った。得点後は毎回足場に戻るのがルールだ。

「……次は取り返します」

 僕の闘志はふつふつと燃え始めていた。

 この感覚を長く忘れていた。バスケを始めてすぐの時、練習試合で出してもらった試合で負けてしまった。その時に次は負けないと思うようにジャンプ力を徹底的に鍛えていたあの頃だ。

「結構な心意気だ。さあ、ボールを天井に投げて」

「はい」

 ボールを投げるとボールボックスに向かってチューブを転がって行く。その間に手にチョークを付け直した。

 ホイッスル音がコートに鳴り響いてすぐに僕は捩りムーブを使って登って行く。身体を揺らして上に昇って行く技だ。先ほどは最短距離で行こうとして金盛に負けたのだと思い、先に登り横移動をしてみることにした。

「にゃほ!?」

「今度は取ったぜ」

 タッチの差でボールを手にした。しかしここからどうするか。

 アフロ先輩が下で移動を始めている。片手で降りるのは至難の業になるので、思い切り先輩に向かってボールをパスした。風の勢いでボールの球速は減速して先輩が受け取る。

 僕は金盛に当たらぬように注意しつつ、敵陣の方に向かう。金盛もそれを阻止しようとするが、意外に通り抜けやすかった。この辺はお互い初心者だからだろう。

 アフロ先輩とヒキマル先輩が一進一退の移動を行う中、僕は敵陣に足を付けた。

「和泉君!」

 そう言ってアフロ先輩はネット方面に向かってパスを出すと、風の勢いで放物線を逆に描いて僕の手元までパスが来た。すかさず受け取り敵陣にボールを投げ込んだ。

『1-1。和泉、福田チーム得点』

「ちぇー。やられたあー」

 悔しがりながら僕が立っている敵チームの足場に金盛が上がってくる。

「もう一点取ってやるよ」

「うちが先に取るんだからねー!」

 にやりと笑う顔は闘争心が現れている。僕は程よい高揚感を覚えながらネットに降りて、自陣に戻った。

 戻ると、疲労感がかなり襲ってきていた。かなり体力を消耗している。

「今度は相手にボールを奪われても良いから体力を温存するのだぞ」

「え、何故ですか」

「間もなくハーフタイムがある。十分でワンセット、スリーセットマッチが基本的なルールだからな、相手の体力消耗を狙ってハーフタイムにもつれ込むのがよいのだ」

「人数が少ないゲームだから出来る手法ですね」

 汗を拭おうと額を腕で撫でてみると特に汗は無かった。風ですぐに飛ばされてしまうし、上昇した体温も表面から奪われていく。汗を露骨にかかない分体力消耗の目安が分かり辛いゲームだ。

 ホイッスルが再度鳴る。

 僕は言われた通りあまり体力消耗をしないようにしつつ、相手に悟られないように移動をする。案の定、金盛にボールを奪われた。

「にゃはッ! 今度は取ったもんね」

「パスカットしてやるよ」

 先ほどみたいに飛び出すことはしない。ただし出来る範囲でパスカットなどをして体力消耗を狙おう。

 下につくヒキマル先輩の動きを確認して、僕も移動する。

 金盛もそれで中々パスをし辛いようだ、最初にパスをジャンプしてカットしたのが効いているのかもしれない。

 パスをすぐに出せないと諦めた金盛は、お腹の下から服の中にボールを入れて、移動した。

 一応ルール上問題が無いが、多分非効率だ。

 先輩の近くまで降りてボールを手渡す。ヒキマル先輩羨ましいぞ、女子の柔肌で温められたボールを手に受け取るとは。

 まあ、そんな事もお構いなしで、先輩は移動して僕のブロックを易々と抜き去る。

 そこでホイッスルが鳴った。

『ハーフタイム、五分の休憩です』

 言われてほっとしたので、僕は足を滑らせてネットに落ちる。

「にゃはは、だっせー」

「うるせ、普通こんなもんだろ」

 文句を言いながら自陣の足場に戻った。ハーフタイム中も風を切らないようだ。再稼働の時間が確かにかかるのでこの方が効率的か。

「和泉君、ナイスディフェンス」

「ヒキマル先輩やっぱり凄いですね、片手で抜かれちゃいました」

「ふははは、経験の差だよ。君もすぐに出来るようになる」

「そうですか」

 少なくとも腕に過度な疲労感がある僕にはすぐに出来るようになるという言葉が、月並みな嘘だという事は理解した。

「どうだね、初めてのゲームは」

「うぅん。やっぱりボール持った状態だと難しいですね」

「ふはは、そうだろうな。それがモンキーハンドボールの真骨頂だ」

「ボールを離さずにどうやって移動するか。と言う点が一番の関門になりそうです」

「移動せずにパスを回すのが公式試合での基本になるからね、あまり気にしなくてもいいと思うよ」

「公式試合は5on5でしたっけ? 確かに今の2on2だとパスが回し辛い印象です」

「上手く相手を誘導してからわざとボールを落とすのもいいかもしれないね。ボールボックスに戻る間に儂も動きやすいから」

「うーん。そうですね……ここは元バスケ部員らしくダンクシュートのようなカッコイイゴールを決めたいものですが」

「流石蜃気楼の十八番君だ。まあ、ジャンプは三メートルライン以上で行っていはいけないからボールを手にしてから、降下してジャンプシュートをするのもキーパーが居ない今なら有効かもしれないな」

「難しそうですね、特にボールを持ったまま降りるって言うのが」

「なあに、先ほど金盛君がやったみたいに服に入れておくのも一つの手段だよ」

 練習試合でも、金盛には何だか負けたくない。さっきのビンタのお礼もあるので、どうにかぎゃふんと言わせてやろう。

「……色々試してみます」

「その意気だ」

 後は身体を止めすぎないように少し動かしつつ、ホイッスルが鳴るのを待つ。

 向かいを見ると、綺麗な開脚をして柔軟をしている。真横に足を出してお尻を地面に突けて前屈をするとはかなり体が柔らかい。基本的に僕と金盛は別々にクライミングを教えてもらっていたので、そんなに柔軟性があったのは初めて知った。

 そういえばチア部にいたと言っていたので、かなり運動神経がいいのも納得だ。

 ホイッスルが短く二回鳴る。ハーフタイム終了の合図だ。

 用意すると、再度ホイッスルが長く鳴り、試合再開だ。


 深く息を吸って深く吐き出す。そしてもう一度深く吸う。

「ッっしゃアア! 先一本!!」

 はっ! 癖で大きな声を出して言ってしまった。勝負事となると熱くなりすぎる。

 向かいの二人を見ると、金盛は驚いてからにやりと笑い、ヒキマル先輩は構えて真剣な表情をしている。

「熱いねえ」

 とアフロ先輩は飄々とした声で言ったが、続けて。

「先制一本、勝つぞ」

「はい!」


 試合再開のホイッスルが鳴って、僕はすぐに壁を登る。身体を揺らしながら上るとかなり楽だという事に捩りムーブをしている時に気付いた。先輩たちが早く登れていたのはこれかと思い、体を揺らしながら上りボールを先取する事が出来た。

 近くまで来ていた金盛はかなり息を荒げている。

「へへっ、また僕の勝ちだ」

「まだ試合中だにゃ」

「それもそうだ」

 僕は降りる際にボールを持ったままと言う手段ではなく、一度先輩に渡すことにした。先輩が自陣近くで待機していてくれたおかげでパスはすんなり通った。そこからヒキマル先輩がアフロ先輩に近付いて行く。その間に僕は敵ゴールの近くまで降りていく。何かを察したのか、それに続いて金盛も降りてゴール前で金盛が僕の進行を阻んだ。

「先輩、パス!」

 そう言ってネットの方を指さす。先輩も分かったのだろう、少し戻ってからボールをパス。

「おっと、しまった」

 と、多分言っていたのだろう。パスボールはヒキマル先輩が軽く触れて軌道がそれる。

 かまうものか。


 僕は飛んだ。


 上昇気流が体をふわりと持ち上げられた。


 ボールの軌道が記憶と違うが、目で追って手を伸ばす。


 人の気配が近くにある。金盛だろう。


 手にしっかりと掴んで、シュートを両手で撃ち込もうと姿勢をバスケの物にする。

 違う! これじゃない!

 とっさに思い無理矢理ゴールに向かって投げ込む。

 目の前に手が現れた、金盛がその投げたボールをカットしようとしたのだ。

 しかし彼女の健闘むなしく僕が放ったボールはゴールに入った。


 ネットに体が倒れ込む前に金盛がかなり無理な体制をしていたのか、僕の身体に覆いかぶさるように落ちた。衝撃はネットに吸収されたが、彼女の体重と落ちる時の勢いが体全体に伝わってきた。

「怪我は無いか!」

 かなり心配した声でアフロ先輩が近寄ってきた。

「金盛生きてるか?」

「……」

 彼女の返事が無い、仰向けになる僕の胸に顔をうずめて動かない。まさか打ち所が悪かったのかと思い顔に手を触れようとする。と、

「にゃはははははははははははははは!」

 僕の両腕をずんと押して上半身を起こして大笑いした。

「すっげぇえええーーーーー!」

 嬉々として笑っている。凄く清々しい表情で僕の方を見た。

「しんちゃんすげぇ! かっけー! めっちゃ飛んでる! 私もめっちゃ飛んだ!」

「お、おう」

 彼女の言いたい事が分かった。

 僕達は飛んだ。バスケの時にも一度だけ感じたことがある。

「君たち大丈夫か……って心配なさそうだな」

 ネットに降りて近づいて来たアフロ先輩が僕たちの顔を見て安心したような顔をした。続いて駆けつけたヒキマル先輩が僕達を引き起こす。

「……蜃気楼の十八番の復活」

 ヒキマル先輩が珍しく僕に対して言った。

「カッケー! 蜃気楼かっけー! しんちゃんかっけー!」

 目をきらめかせて起き上った金盛はこちらを見ている。

 照れ臭く思う。

『タッチボディ&ゴール。ワンスリー、和泉福田チームの勝利です』


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