第四章 追及 (1)
ジュンは、ボストン研究所から戻ると翌日から東京研究所に出た。日々の研究をしながらも心の中は、ボストン研究所で見た両親を死に至らしめた男の事を考えると我慢が限界に来ていた。そして遂にジュンは小野寺に会うことをナオミに告げる。
第四章 追及
(1)
ジュンは、ボストン研究所から帰ってくると翌日すぐに研究所に出た。ボストンでの出来事は、すでにケネパル・フォーミュラ東京研究所にも伝えられていたが、小宮山が、声を掛けたくらいで、特に誰が心配するわけでもなかった。
ジュンは“個人の交通事故など気にすることもない”と思うとジュン自身も何事もなかったかのように振舞った。
だが、ボストン研究所で見つけた組織の存在とお父さんとお母さんを事故死に見せかけて殺した男“国際科学アカデミー。戸野上正志”そしてその仲間である“内調のプロジェクトリーダー弦神新之助”は、許すことのできない人間として記憶に残った。
ジュンは、自分たちだけでは、何もできない事だけに、心の中に仕舞い込んで毎日を過ごしたが、思えば思うほどに苛立ちが募った。
“このままでは、お父さんとお母さんが浮かばれない。両親の思いは自分が受け継ぐ”そう思うとリビングで目の前に座る姉に
「お姉さん、小野寺と会う」
弟のいきなりの言葉にナオミは、不思議そうな顔をすると
「このままでは、お父さんとお母さんが浮かばれない。親の気持ちを受け継ぐのは子供の義務だ」
言葉を切ると
「僕が研究している“反物質”は、人類の未来の為にある。“反重力”も同じだ。お姉さん、どこまでできるか分からないが、やるだけやってみようと思う」
「でも、もしものことがあったら」
「僕たちだけではできない。だから小野寺を利用させてもらう。あの男もあれだけのことになったんだ。組織とは違う人間だろう」
「組織とは違う人間だからって、私たちの味方とは言えないわ」
「だから利用させてもらう」
「どうやって」
自分にとっては、弟以上の存在となった大切な人に思い切り心配そうな視線を投げながら言うと
「僕に考えがある」
そう言って、自分の考えを姉に話した。
次の日曜日、居るか居ないかは、分からないがとにかく東高円寺の小野寺の家に行くことにした。
東高円寺の駅に降りてから、真っ直ぐ向かうと以前の事も考え、階段を上がり出口を一度左に曲がった。後ろを気にしながら遠回りに左回りに公園の外側を通ると小野寺の家の側に来るとジュンはもう一度周りを見た。角の側に誰もいない事を確かめるとナオミの目を見て頷き、小野寺の家の玄関に向かった。
「二人は、小野寺の家に入りました」
二人に気づかれないように二人のマンションから付けてきた、一見するとサラリーマン風にしか見えないサングラスをかけた男が、耳元のイヤホーンと口元の小さなマイクを使って小声で話した。
自分の言葉の後、耳にあるイヤホーンを左手で音が漏れないように覆うようにしながら何かを聞くようにすると
「了解」
それだけ言うとそれ以上は動かずに小野寺の家から続く塀に隠れるようにしながら二人の行動を監視した。
だが、この男とは別にもう一人の男が二人を見ていた。
引き戸の左横にあるインターホンのボタンを押すと少しして
「はい」
と小野寺の声がした。ジュンは、ナオミの目を見てもう一度頷くと
「神崎です。小野寺さん話が有ってきました」
「話」
その声の後、少しして引き戸の真ん中辺りにある鍵のロックが外れる音がした。そして“ガラガラ”と大きな音と共に引き戸が開いた。
小野寺は、玄関の外に立つ二人の姿を見ると
「とりあえず入りな」
そう言って体を退かした。
二人が中に入ると首だけ引き戸の外に出して誰もいない事を確かめると引き戸を閉めて鍵をかけた。まだ玄関の土間で立っている二人に
「上がりなよ」
そう言って二人に促すと自分が先に上がって、すぐ左にあるダイニングとリビングが兼用の部屋に入った。
二人は、小野寺に付くように一緒入ると
「とりあえず座れよ」
そう言って促すと自分も座った。
“じっ”と二人を見ながら“何の用だ”と言う表情をすると
「小野寺さん、国際科学アカデミーをご存知ですか」
その言葉に一瞬だけ目を曇らせ、
「どこでそれを」
「私の会社ケネパル・フォーミュラのボストン研究所にある資料から見つけました」
一呼吸置くと
「戸野上正志。ご存知ですよね」
無言の時間が流れた。小野寺は、視線を鋭くジュンに向けながら
「そこまで知ってしまったのか。だがな、お前たちではどうにもならない。表向きは、学校運営のような顔をしているが、裏の顔は、国家機密漏洩阻止だ。ケネパル・フォーミュラの情報DBもそちらのきれいなお嬢さんのマザーDBもすべて監視対象だ。そこにアクセスしたものは、すべて調べられる。もう分かっていると思うが」
ナオミは、今までの出来事を考えると納得した顔になった。
「やはり」
ジュンは、“ボストンでの交通事故が意図的だったという懸念は、確実のものになった”と感じた。
ボストンの件を知らない小野寺はジュンの言葉に怪訝な顔をした後
「ところで俺に話とはなんだ」
“じっ”と小野寺の顔見ながらジュンは言葉を一つ一つを確かめるようにしながら
「戸野上を拉致したい。協力してほしい」
「なんだって」
ジュンの口から出たあまりに突飛な言葉に小野寺は声をあげて驚くと
「自分の言っている言葉の意味が分かっているのか。相手は国の機関だぞ。公にはされていないが、公安の裏組織だ。その組織の男を拉致するなんぞ、自分の命を危険にさらすだけだ」
「分かっている。だが、僕たちは、両親の無念と志を継ぐためにもあの男の口から聞きたい」
小野寺は、ジュンの言葉にあきれながらも無視できない感情に少し口を閉ざした後、
「捕まえた後、どうする。お疲れ様でしたなんて言って釈放するわけにもいかなぞ。まして警察なんぞに連れて行っても何も役に立たない」
「検察に引き渡します」
「無理だ。検察も警察と同じだ。所詮“同じ穴のむじな”だ。この組織は、表面上は存在しない。そんな組織の人間を“親殺し”として渡しても連中は証拠も何も掴めない」
「大丈夫です。本人から白状させます」
「無理に決まっているだろう。吐くわけがない」
ジュンはその言葉にもう一度
「大丈夫です」
というと少しだけ含み笑いをして横に座るナオミの顔を見た後、小野寺に視線を戻した。
「お前ら、まさか」
小野寺が白状させる方法を察知したことを理解するとジュンは、首を少しだけ縦にして頷いた。
「どこで」
小野寺の質問には答えずに“じっ”と見つめると
「分かったよ」
そう言ってジュン目をしっかりと見つめると
「しかし、どうやって戸野上を捕まえる」
「僕たちがおとりになる。マザーDBを分かるようにアクセスして連中を引き寄せる」
「なにーっ、お前達何を考えている。失敗したら命取りだぞ。荒木の時と同じになるぞ。死体も何も分からないままに抹消されるぞ」
小野寺の言葉にナオミは、表情を曇らせて不安な顔をしながらジュンの横顔を見た。
「大丈夫だ。お姉さん。いずれにしろ、お姉さんの内調のプロジェクトリーダー弦神も正体を現すはずだ。その時、お姉さんが危険な目に会うのを避けるためにもこちらから仕掛ける」
小野寺は、ジュンの言葉にあきれながら“そこまでして行動するものなのか。確かに両親を殺した恨みは分かるが、自分たちの命を張ってまで”そう思いながらジュンとナオミの目を見た。
ジュンは、再度
「小野寺さん、協力してほしい。僕たちがアクセスした後、必ずあいつらは、僕たちに接触してくる。その時がチャンスだ」
その言葉にナオミもその美しい瞳で小野寺を見ながら
「小野寺さん、お願いします」
と言って、頭を下げた。
「うーん」
と言いながら腕を組んで考えると
「しょうがねえ。美人のお姉さんにそこまで言われて、断るほど度胸はないからな。分かった。協力する。ただし、やり方は、俺の意見も参考にしてくれ。実際にやるとなったら、素人さんだけの考えでは、やつを拉致するのは難しい」
「分かりました」
確かに小野寺の言うことにも一理あると考えると小野寺の話を聞くことにした。
それから一時間後、小野寺の家を出た二人は、直接、東高円寺の駅に向かった。小野寺の家から三〇メートルほど離れた塀の脇から二人を見ていた男が、口元に小さなマイクを持ってくると周りに聞こえないようなしぐさで
「二人は、小野寺の家を出ました」
そう言うと男は、二人とは別方向に歩いて行った。だが、もう一人二人を見ている男がいた。その男は、二人が小野寺の家から通りに出るのを見届けると同じ方向に歩いて行った。
ジュンとナオミは、真っ直ぐにマンションには帰らず、渋谷のインターネットカフェに行くことにした。自分達のマンションからアクセスすれば、アクセスポイントからマンションが、割り出されてしまう。
新宿まで出てくると山手線で渋谷まで来た。そして南口の左側にある二四六をまたぐように掛かっている横断歩道橋の階段を上った。
道路から細い通路を通り、狭いエレベーターを使用して受付に着くとカウンタの中にいる男が目を丸くしてナオミの顔を見た。引き付けられるような瞳を見ていると後ろから現れた男の顔を見ると、今度は“なーんだ、男が一緒か”という顔をしながら
「いらっしゃい」
愛想笑いをしながら言うとジュンは、
「PCがある個室の部屋を借りたい」
と言った。
「分かりました。少々お待ち下さい」
そう言ってカウンタの反対側にあるPCを操作して
「空いています。何時間の予定ですか」
ジュンはナオミの顔を見ながら
「一時間」
と言うとナオミが頷いた。
実際には、一時間も掛からない。だが、アクセスポイントを意図的に特定させるためには、必要な時間だ。
二人は、部屋のカードキーを貰い、カウンタ側の自販機で、あたかもノンビリとPCで遊ぶ振りをする為に飲み物を購入した。
受付カウンタから真っ直ぐに行き、突き当たりを右に曲がると左手に渡された部屋のカードキーと同じ番号の部屋が有った。カードキーを左上にあるパネルにかざすとドアのロックが“カチャ”という音と共に開いた。
二人で部屋に入ると明らかに分かる監視カメラが天井奥の隅に付いている。二人は、それを見て、お互いの顔を見合わせて微笑むと二畳位しかない狭い部屋を見た。
椅子が一つしかない。PCの操作はナオミが行う。ジュンは、カメラ方向からPCの操作が見えないように椅子に座るナオミの背中に立つと、あたかもナオミに話しかけるように腰を折りながらナオミの体に体重が掛からないように近づいた。
ナオミは、可愛い弟がするしぐさに目元を緩ませながらキーボードにその細く長い美しい指を添わせた。
監視カメラから見れば、男女のカップルがPCを目の前にして“いちゃついている”程度にしか見えないだろう。ジュンは“さっきのカウンタの男が多分見ているだろう”と思うと少しだけ姉の耳元に口を近づけ“お姉さん、からかおうか”と言うと、ナオミはゆっくりと左向きに顔を回しながら目で“いいわよ”と言うと可愛い妹の唇に自分の唇を合わせた。
ナオミの唇は柔らかくそしてやさしくそのままにしていたかったが、この部屋に入った理由を考えるとゆっくりと唇を離した。そして
「お姉さん、始めようか」
と言うと、ジュンと唇を合わせたことに心が和んだナオミは、ゆっくりと頷いた。そしてPCへ向きなおすとジュンには信じられない早さでコードを打ち込み始めた。
「家にあるシステムがないから、簡易的に作る。後でゼロサプレスすれば分からない」
そう言うとジュンの目の前でキーボードを操作した。ジュンが信じられない顔をしながら見ていると二〇分ほどして
「ジュンできたわ」
そう言って振り返って微笑むと
「アクセスする」
言葉も終わらないうちにその細長い指でエンターキーを押すとディスプレイのグリーンスクリーンにものすごい速さで文字がスクロールし始めた。
「いま、アメリカのプロバイダを通して民間サテライトにつなげた。この後、イギリスのプロバイダを通して民間サテライトの入る」
そう言いながら止まらない指の前でスクリーンに映る文字がものすごいスピードでスクロールしている。
「今度はシンガポールの民間プロバイダに入った後、日本政府のサーバへアクセスするわ。我が国のオフィシャルなサーバは、セキュリティなんて意味のないレベルよ」
瞬く間に進むアクセスにあきれながら見ていると姉の指が止まった。
「どうしたの。お姉さん」
「想像はしていたけど、荒木のパスが使えない」
「えっ、じゃあ、マザーへのアクセスは」
「ジュン、まかせて」
そう言うと、別のウィンドウを開いて何かを打ち始めた。
「出来たわ」
言うが早いか、更にもう一つ開けたウィンドウで十二桁の文字がそれぞれの桁で激しく動いていた。やがてそれが一つずつ止まり始めると、すべてが止まったところでナオミは先頭からの文字を、最初に開けたウィンドウへ入力した。
少し経つとPCのディスプレイの中心に国家安全保障局のホームページが現れた。
「ふふっ、簡単でしょ」
そう言ってもう一度振り返ると弟の顔を引き寄せて唇をほんの少し触れさせた。
「さすがだね」
そう言いながらジュンは、露骨に分かるアクセス方法で情報を検索し始めた。
「マザーDBアクセス。侵入経路は・・・」
言葉の止まったオペレータに
「どうした」
トランザムこと戸野上の声に怯えながら
「はっ、各国の民間プロバイダと民間サテライトを通してアクセスしています。アクセスポイントが特定できません」
「なにっ」
オペレータからの声に驚きながらジャックこと柴森は、
「早く見つけ出せ」
「はっ」
オペレータの怠慢に苛立ちながら待つこと一〇分。
「分かりました。渋谷にあるインターネットカフェです」
その声にトランザムとジャックは頷くと監視室を出た。見かけは“国際科学アカデミー”と自動車の横に書かれた車に乗りながら
「やつらだ。間違いない。今度こそ尻尾をつかむ」
トランザムは、いきり立ちながら車を走らせた。
小野寺は、ジュンとナオミの強い意志に感心し、トランザムこと戸野上を拉致することにした。ジャックとトランザムは、罠とも知らずにジュンとナオミがいるはずのインターネットカフェに行った。ジャック一人で行ったところを、三人はうまくトランザムを拉致する。
いよいよ二人の反撃が始まります。