表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

八章

 「おい大丈夫か?しっかりしろ!」私は近くで誰かが呼びかけている声に気が付いた。だんだんと意識が戻ってくると同時に痛みも戻ってきた。身体を起こそうとしたが、彼に制止された。私は身体の状態をチェックした。打ち身が身体のあちこちにあり、胸の辺りにも激痛が走っていた。恐らく肋骨辺りが折れているのだろう。

 「物凄い音が後ろからしたから振り返ってみると君がいないんで驚いたよ。多分老朽化が進んでいて、私が通ったときは何とか耐えていたけど、君が通る時に寿命を迎えたんだろう」

 「これを寿命と表現するのは的確じゃないだろうな。寿命は自然な形で死んだ場合に使うものだ。ダクト君が死んだのは大の男二人が彼の中を通ったからで、これは正しい使い方じゃない。悲しい事にダクト君は私たちの魔の手にかかって命を落としたんだ」私はなんとか苦しげに返答した。

 「落ちたのはダクト君の命だけではなく、君の身体もだったけどね」暗くてよく見えなかったが恐らく彼の口元は笑っていただろう。彼は何か瓶のようなものを私に手渡した。ライトを向けてもらうとそれはいつも私が飲むものよりは上等なウイスキーだった。私は黙ってそれを受け取ると無理やり上半身を起こして、かなりの量を一気に飲んだ。喉が焼ける感覚にむせこんだが、酔いが回ってくるにつれ、だんだん痛みは引いていった。実際には痛みが引いたのではなく、痛みに鈍くなっただけだったのだが。

 「仕事中は酒を飲んでは行けないんじゃなかったか?」私は立てるかどうかを試しながら尋ねた。

 「何事にも例外はある。それを認めなければどうやって現実を生きていける?ドグマを厳密に守っていたって神は助けてはくれないさ」彼は立って私の手を引っ張りあげた。苦痛は伴ったが歩く事は不可能ではなさそうだった。改めて人間の身体の堅牢さと、酒の素晴らしさを思い知った。私が神を信じるとしたらディオニュソースだけだろう。彼がライトを向けた先には上を落下してきたダクトが見えた。およそ高さ5mといったところだろうか。下には空のダンボールが山積みされていたようで、それが私の頭部を守ってくれたようである。私たちは周りを見渡した。見る限りカフェのような場所だった。今までの薄汚れた景色とは大分違い、客が来る事を想定されていた場所だった。つまり私たちはショッピングモール内部に潜入した事になる。物資と呼べそうなものは何一つ残っていなかった。恐らくここの住人がぜんぶかっぱらっていってしまったのだろう。私はウイスキーの瓶をあけまた一口飲んだ。あまり酔ってしまうと有事の際に外れた宝くじよりも役に立たなくなってしまうだろうから、すぐに蓋を閉めた。私は足元に気をつけながらゆっくりと出口の方に向かった。彼がドアを開けるとわずかだが光が入ってきた。彼はライトをしまい、銃を抜いた。私も同じく銃を抜き彼がドアを開けると同時にすばやく外へ出た。周囲には人はいないようだった。そこはショッピングモールの二階のようだった。光源は一階の大分離れたところにあった。ここからでは人がいるかどうかはわからなかった。一応、足音をあげないようにゆっくりと階段の方へ向かっていった。階段を降りきった辺りでもう一度光源の方を見ると、ビニールシート等で作った簡易の家が目に入った。しかし家というには形が随分と変わっている気もする。サイズがあまりにも大きいし、普通は長方形の家を建てそうなものだが、これはドーム型だった。色は全て白で構成されていて、あばら家のはずなのにどこか近未来的だった。私たちは物影に隠れながら家に接近した。光は家の近くにある装置から発せられていた。これで家のペイントがカラフルだったならサーカスのテントに見えなくもない。私たちは家まで5mの位置に接近したが中から反応はなかった。ドアの前に彼が行き、鍵がかかっているかどうかを確認した。鍵はかかっていなかった。彼は私にハンドシグナルで突入する旨を告げた。酒には酔っていたが、私の手は震えていなかった。私はドアのそばに立ち、彼と会いコンタクトをした。私がドアを開けると同時に、彼は中に突入した。私も後に続いた。彼はすばやくクリアリングをしたが、敵はいなかった。中は予想に反して住居の体をなしていなかった。どちらかというとそれは新興宗教の施設のように思えた。室内には非ユークリッド幾何学的なモニュメントがいくつかあった。この手のものの価値はよくわからないが高級品には見えなかった。何の意味があるのかさっぱりわからない。他にもガラクタにしか見えない用途不明の機械や、未知の言語で書かれた書類等もあった。これらのものを手にとって触っていると、ドアが開く音がした。私は振り返って銃を構えたが、侵入者は私に向かって猛然と突っ込んできた。銃を撃ったが弾は外れてしまい、タックルの直撃を受けてしまった。そのままマウントポジションを取られたが、私はなんとか追撃を防御する事が出来た。もう一度殴ろうとしたところで目の前の侵入者は吹っ飛んだ。彼が飛び蹴りを侵入者にかましたらしい。

 「動くな、動いたら次こそ鼻の穴に鉛玉をぶち込んでやる」私は起き上がり銃を構えて言った。

 「わ、わかったよ。降参するから撃たないでくれ」侵入者は両手を上げた。

 「手を頭の後ろで組んで地面に伏せろ」彼は銃口を侵入者に向けたまま冷静な調子で命令した。侵入者は言われたとおりにした。顔を確認するとそれは彼が持ってきた書類で見たのと同じだった。しかし、写真で見たものよりも大分目の下の隈は濃くなり、髪の毛も荒れているようだった。

 「俺に何の用だよ!」侵入者は明らかに恐怖で声を震わせながら答えた。

 「私の顔に見覚えはないか?」

 「ないよ!誰だよあんた!」

 「この刺青は何だ?」私は侵入者の腕をまくって聞いた。

 「あんたこれを知らないのか?」

 「ああ知ってるよ。それは猿だ。そしてどうやらお前の脳みそは猿以下らしい。お前の仲間はどこにいる?」

 「いや、そもそもこれは猿じゃないんだが。ってかなんで俺の仲間を探してるんだよ?」

 「質問にだけ答えろ。お前の仲間はどこにいる?」私は頭に拳銃を押し当てて聞いた。侵入者は頭の上に組んでいた手を離して、天井の方を指した。

 「二階ということか?」

 「違う」

 「なら地上?」

 「それも違う」

 「おい、いい加減にしろ。言葉をもってはっきりと話せ」

 「宇宙」

 「は?」私も彼も思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。宇宙とは何だ?こいつが言いたいのは、ミクロコスモスの事で文字通りの宇宙じゃないのか?というかこの男は二人から銃を向けられている状況で冗談を言ったのか?私はなんだか腹立たしくなってきた。銃を振り上げ、侵入者の肩を銃把で殴りつけた。

 「ふざけるのもいい加減にしろ。鼻の穴を掻くのと同じように私は引き金を引けるんだ。お前のつまらん冗談に付き合うつもりはない」

 「この状でふざける奴がどこにいる?俺は真面目だ、大真面目だ。何なら具体的な星の名前を出してやろうか?稼いだよ。火星にモノリスがあるだろ?お前のような一般愚民にはわからないだろうが、ここには私の同士がいる。同士は私が選ばれし戦士だと告げた。私は同志達がいつの日か地球に降り立った日に彼らと一緒に闘う。お前らはその時にまるごと丸焼きにされるだろうさ。俺は超高速機動兵器に乗ってお前らが逃げ回り泣き叫ぶのを見ながら感謝の舞を踊るのさ」

痛みを堪えていたが侵入者の声はあくまで冷静だった。殴りかかってきた時とは別人のようだ。しかし話している内容は狂気そのものだった。

 「なら何故強盗なんてしたんだ?同士からの指令とか言うんじゃないだろうな?」

 「何故分かった。同士は地球侵略の際の軍事拠点が必要だと言っていた。俺はそれを作る任務に任命されたのさ。この偉大なる事業を成し遂げるのに手段は選んでいられない。そこらへんにある機械は全部来るべき時のために集めたものだ」

侵入者は妙に誇らしげだった。どうやらこいつは統合失調症か何かを患っているらしい。

 「最後に一つだけ聞かせてくれ。その刺青は何だ?」

 「これか?これは同志の姿を模ったものだよ。あんたらに分かりやすく説明すると宇宙人って奴だ」

 「わかった、質問は終わりだ。一つアドバイスをやろう。崇高な目的があるならそれをぺらぺら他人に喋らない事だな」私は侵入者もとい電波男の頭を銃把で思いきり殴りつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ