詩人の密薬⑦
勇気を振り絞って、それでも可能な限り人目を避けて、何とか病院に着いた私は消耗しきっていました。たったこれだけのことで、とお思いかもしれません。しかしこれは、私にとってはとてつもない大仕事だったのです。そうですね、例えるのなら、恐ろしいいじめっ子がいると判りきっている道を丸腰で通るようなものといいますか――ええ、もちろん病院は私をいじめないのですけれど――怖いものは、怖いのです。
これは、理屈で語れるようなものではありません。心が、身体が、私のすべてがそれを拒むのです。
私は彼女がおそろしい。彼女に身も心もむしばまれていることが、たまらなく憎くておそろしい。でも、そのことを誰にも言い出せずにここまで来てしまいました。私は、失敗したのです。挙げ句、やっと彼女をおとなしくさせる魔法を手に入れたかと思えば、それを過信し、溺れ、却って自らを傷つけてしまった。私は結局彼女を増長させただけでした。何と、何と愚かなのでしょうか――。
*
彼女はここにはいません。
彼女はどこにもいません。
彼女は私の中以外には存在していません。そんなことは、判っていました。
*
私の目の前は真っ暗になった。水島羽鳥は喉が痛んでもなお、傷んでもなお叫び続けた。彼女は恐慌する。水島羽鳥は凶行する。水島羽鳥は水島羽鳥であるが、彼女は自分が水島羽鳥なのか判らなくなりつつあり、私はもう私の手を信じられなくなっていた。
まるで私は私の身体を見下ろしているみたい。私の身体を今動かしているのは、
「 」
ああそうだね、間違いないね。
*
勇気を振り絞って、それでも可能な限り人目を避けて、何とか病院に着いた私は消耗しきっていました。たったこれだけのことでとお思いかもしれません。しかしこれは、私にとってはとてつもない大仕事だったのです。そうですね、例えるのなら、恐ろしいいじめっ子がいると判りきっている道を丸腰で通るようなものといいますか――ええ、もちろん病院は私をいじめないのですけれど――怖いものは、怖いのです。
これは、理屈で語れるようなものではありません。心が、身体が、私のすべてがそれを拒むのです。
私はこの身体を誰かに見られることを恐れています。恥ずかしく思っています。
*
彼女はここにはいません。
彼女はどこにもいません。
彼女は私の中以外には存在していません。ええ。最初から判っていました。
判っていても認めたくないことはありますし、そもそも人は、判っているからこそ否定をするのです。