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詩人の密薬⑥

 私は何と愚かだったのだろう。

「ほらほら、あたしの言ったとおり。すてきなおくすり、すてきだったでしょう」

 道の途中。私はまた、あの声を聞いた。水島羽鳥ははたと立ち止まった。彼女は背中に寒さを感じる。水島羽鳥の背中を冷たい汗が流れる。

 ひやり。ひやりと。彼女はすぐ背後にまで迫っていた。否、目の前に立ちはだかっていた。それにも気付かず、何が水島羽鳥か。私は悔いた。

「あなたもこれであたしとおんなじ。おめでとう、水島羽鳥。ありがとう、水島羽鳥。はじめまして、あたしは――」

 そう、それは、いつか私が出会った、あの幼い少女だ。水島羽鳥は怖くなった。彼女は拒否する。彼女は少女の顔をまだはっきりと認識することができない。彼女はそれを確かめることができない。ただ、彼女は恐れた。水島羽鳥はまだ動き出せない。水島羽鳥は立ち止まっている。嫌だ、嫌だ、私は嫌だ。私はその回答を聞きたくない。私はその答えを知っている。彼女が言わんとしていることを私は知っているから。水島羽鳥はただひたすら恐れた。怖い怖い怖い怖い、私は怖い。私は拒否する。私は水島羽鳥だ。私は私だ。私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は。

 あなたじゃない。

 私はあなたじゃ、ない。

 暗転。

 私の名前は水島羽鳥と言います。私は、生まれつきある病気を持っています。それは生命に関わるような重篤なものでは決してありませんが、私の見た目にいくらか影響を及ぼしうるものです。それゆえ、私は長年その病に悩まされていました。そして、病ゆえに私の見た目はとても醜いものですので、私は外を歩くのが怖かった。そとに出るのがひどく嫌でした。外出という意味では、病院に行くのという行為も嫌悪や恐怖の対象です。理解してはいました。病院に行かなければならないのだと。私のこの病は病院に行かなければ、薬を飲まなければ、決して良くなることはないのだと。いいえ、むしろ、悪くなる一方であるのはきちんと自覚していました。

 私は愚かでした。

「これから仲良くしましょうね」

 彼女は海より深い憎悪を覚えた。

「あなたは美しい。あなたはとても美しいよ。あなたが何度否定しようとも、誰が何を言おうとも、自分は、自分だけはそう思っているよ」

 あの日私は、意を決して病院へと行きました。そこで、その帰りの道で、あの少女に会ったのです。私は彼女の顔をはっきりと見ることができませんでした。ぼやけて、にじんで、文字通りに「見る」ことができなかったのです。彼女の正体には、そのときから薄々気が付いていました。彼女も私のことを知っていました。いいえ、知っているからこそ、彼女は私の前に現れたのです。

 私は彼女がうらやましかった。うらやんだから憎悪しました。こうするしかできなかった。私の中の悪魔は、私が憎むことでしか生きられなかった。そうしなければ、私が悪魔そのものになってしまうからです。

 私は彼女を切り離すために、こうするしかなかったのです。すべては、私の弱さでしょう。私の弱さこそが何よりの罪なのです。

 水島羽鳥は恐怖した。憎悪した。彼女は全身全霊でその声を拒否した。彼女は怖かったし、私はもうどうしていいのか判らなかった。ゆえに水島羽鳥は、彼女は、私は、考えるよりも速く、

 叫んでいた。

 耳をつんざくような声。それは紛れもなく水島羽鳥の絶叫だった。


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