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Eの世界  作者: Σ7
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03:人の持つ眼



屋上に風が抜ける。

 春のまだ肌寒い頃だ。

ずっと向こうに海が見えていた。

頭上からは太陽が、その暖かい陽光をこちらに向ける。

ここは泉南高校、その屋上だ。

周囲を見れば、そこには生徒が何人かいる。

皆、弁当やパンなどを食べているのだ。

その中に弥沙希とりるかは居た。

既に昼食を済ませた後らしく、今はそこから泉南の町を見下ろしている。

「どうしたんですの? いつも以上に黒いオーラが出てますの」

弥沙希は屋上の手摺に体を食い込ませ、海の方を見たままだ。

視線は動かず、ただ前だけを見ていた。

「なんもないよ」

りるかはその横で、心配気に眉を寄せる。

しかし、中々言葉が見付からない様子で落ち着きが無い。

「気にせんでええよ」

「でも、最近の弥沙希様はずっとそうですの」

言葉は返ってこない。

眼下の国道を走る車の音だけがそこにはあった。

少し、ほんの少しの時間の後、弥沙希は簡単な言葉を作った。

「寝不足なだけや。だから心配はいらん」

口元に笑みを作る。

が、その表情は無理している。

りるかにもそれはわかった。

「この前だって三日程学校休んだりしてましたの……」

 りるかはうつむく。

 だが、弥沙希は考えていた。

目の前に居るりるかも、今の世界の状況を簡単に見ているのだろうか、と。

 廃棄電子や不要電子が形となり、想像を絶する被害を受けた世界を。

アメリカでは電子の暴走により国の政治が機能しなくなった。

それだけでは無い。

 電子が巨大な積乱雲を作り出し、その大地に電子の雨を降らせたのだ。

 結果、アメリカの一部に電子汚染が広がった。

ネット関連が機能しなくなったのは当然の事。

 しかし、その恐ろしさはそこじゃない。

電子汚染。

人が膨大な量の電波や電子を浴びるとどうなるか、今の日本人のどれ程が知っているだろうか。

電子や電波は人間の脳に直接影響する。

大粒の雨となり、一日中降り続けた電子を長時間に渡って直接体に受けるとどうなるか。

それは人の想像の域を越えていた。

ある者は意思が無くなり、ある者は衝動だけが残る。

人を集団で襲えば、狂い、そして電子に完全に飲み込まれると、二度と動かなくなる。

 脳死状態に陥るのだ。

弥沙希はそれを見てきた。

学校を休んだのはそれらの理由が殆んどだ。

日本はまだ比較的に被害が少ない。

機能のイレギュラーを入れても片手で数えられる程だ。

そもそもイレギュラーが発生するのは頻繁な事じゃない。

しかもその殆んどが海外なのだ。

日本人はまだその本質を知らないのだ。

こっちにはこないだろう。

私達には関係無い。

そう思っている人が殆んどである。

その結果、イレギュラーへの対応が遅れ、人々はそれに反発する。

まるで自分達は関係無いとでも言うように、だ。

その事を弥沙希は知っている。

 それは、今の世を客観的に見た答えだった。

ふと、視線をりるかに向ける。

りるかは屋上の柵にもたれるようにしゃがみこんでいた。

りるかの父親は大手ITサービス企業の社長だ。

今でも〈モバとも〉のようなコミュニティサービスをしているところを見ると、軽く見ているのだろう。

今の世界へと目線を一番に強くしなければならない者の筈なのにだ。

しかし、既に取り上げる事は出来ない。

ネットが無ければ当然、国は混乱する。

来るとはわからない危機に目を向けていられない。

それが事情だろう。

と、りるかがいきなり立ち上がった。

弥沙希は軽く驚くと、その目を見る。

「りるかは今日東京に行くんですの。それも今から」

数秒もない。

「月曜日は元気に来て下さいね? それじゃりるかはもう行くですの」

「……!」

弥沙希が違和感を感じた時には、もうりるかは居ない。

さっき、教室の女子から感じた違和感と似たようなモノだった。

りるかは早退で東京へと帰る。

  普段はこっちで家族と離れ、暮らしている。

 家族の居る東京へと帰るのだ。

昼休憩が後、僅かとなった時間。

校門には一台の高級車が止まっていた。

弥沙希は少し気分が悪くなるのを感じた。

それはりるかに対しての罪悪感かもしれない。

今日は余程疲れている様だ。

「うちも早退して会社で寝せてもらお」

そう呟き、歩きだした時、校門の高級車がエンジンを上げる音がした。

それは、りるかが東京へと向かった音だった。



「失礼します。田渕先生いますか?」

凛とした声が聞こえる。

 弥沙希の声だ。

もう五時間目が始まり、誰も居ない筈の廊下にその声は響いた。

片手で開けたドアは二年教職員室のモノで、中には常に二、三人の先生が居る。

「ああ、古川か。どうした?」

その中に、弥沙希が訪ねてきた先生が居た。

「先生、ちょっと……」

「ん? 何かな?」

珍しく職員室の中は田渕と呼ばれた教師一人だけだった。

それを見て、弥沙希は職員室に足を踏み込んだ。

ドアをゆっくりと閉めると、そこにある錠を下ろし、鍵をかける。

その後の動きは無駄が無く、早い。

錠がかかるのをその音で聞くと、小さな職員室の右側奥に座る田渕の元へと一気に詰め寄る。

 対する田渕はと言うと、座っていた椅子を倒す勢いで飛び上がり、逃げる。

 その顔は青かった。

しかし、時既に遅し。

 弥紗季はその細い右腕を伸ばし、そのカッターシャツの襟首をそっと掴むと、一気に引き寄せ、左腕で胸元を捻る と、グッと力を込めた。

「あ、あ……うっ」

 若干首が締まるらしく、田渕は慌てる。

しかし、弥沙希は構わず、更に押し上げると、その言葉を並べた。

「勇ぃぃ……何が古川や……」

「やっ……これはっ弥紗季さ……」

 田渕が何か言いそうになるが、弥沙希の声が先を行く。

「何で昨日現場に来なかったんやぁ……おかげで家から走らなあかんかったやんけぇ……」

「いやぁ、僕も……忙しくて……家のパソコンがバグを起こして……」

弥沙希は田渕の胸を一気におし、その拍子に重い音が壁に響く。

田渕・(たぶち・いさむ)

見た感じ普通そうな顔に、これまた普通そうな眼鏡をかけ、安物のスーツを身に纏う24歳。

 弥沙希の担任だ。

しかし、それだけではない。

「こっちはもっとでかいバグを相手してんやで?」

彼は弥沙希と同じ職場に居る。

立場上では弥沙希の部課だ。

この学校に居るのは弥沙希がいつでも素早く動ける様に、と言う事らしい。

簡単に言えば、弥沙希の専属ドライバーというやつだ。

「まぁそんなん言いに来たんちゃうけどな」

と、襟元に絡めた指をほどく。

よく考えると、こんなのは今日二度目だ。

「うち帰るわ。っても今家帰んのは不自然やから会社にやけど」

「はぁ……」

息を整えた田渕は、襟を直しながら生返事を返す。

「適当に出席つけといてな」

「え! あ。ちょっと大丈夫ですか弥沙希さん? 顔色よくないですよ?」

「ん。大丈夫やよ。あんま寝てないだけやから」

とだけ残し、職員室の外へと向かう。

「そうですね……弥沙希さんは海外の対処もしてますからね。すいません」

「謝らんでええよ。勇も一緒やろ?」

職員室の錠を外す。

「いやぁ、僕は補助しか出来ないですから。弥沙希さん頼みなのは事実です」

「充分やよ。じゃあまた後でな」

「あ、弥沙希さん!?」

職員室のドアが閉められる。

部屋には田渕だけが残されていた。



大阪の一角、泉佐野の街にその場所はある。

南海本線泉佐野駅をターミナル側に出て徒歩五分。

見えるセンタービルの影にその会社はあった。

 全体的にこじんまりとした雰囲気を持つ、二階建ての建築物。

その小さな玄関には〈ドクターE〉と書かれた看板が置かれてあった。

(相変わらずセンスの無い会社名やな……)

その看板を見ているのは、制服姿の弥紗季だ。

〈パソコン、携帯、何でもござれ! ネットのお医者さん。ドクターE!〉

「あほっ」

片目で看板の売り文句を流し、玄関に指をかける。

当然だが鍵はかかっていない。

滅多に客は来ないのだが、一応だ。

「あれ? 弥紗季さん?」

玄関口を開けてまず聞こえたのは、キョトンとしながらも穏やかな声だった。

眼前、すぐの小さなカウンターに座り、書類を手にした金髪、碧眼の女性、サラ・ウィンベルだ。

「学校はどうしたんですか?」

「ん。早退してきた。社長は?」

 一階フロアを見回すが、大蔵・一誠の姿は無い。

「居てないか。まぁええわ。ちょっと仮眠室借りてええ?」

「え? あ、ハイ。いいですけど」

と立ち上がろうとする。

が、弥紗季はその動きを片手で制した。

「ええよ。自分で行くから」

「は、はぁ……」

生返事を漏らすサラは、その青い目で弥紗季の後ろ姿を見た。

ゆっくりと歩くその背は少し重い。

「後で何かスッとするモノ持っていきますね」

「ありがと」

返事を返すと奥の階段へと消えて行った。

残されたサラは、少しだけそのままで動かない。

(弥紗季さん、疲れてますねぇ……)

階段を上る音はもう無い。

「やっぱり無理してますよね」

若干眉を寄せると、椅子を回す動作で金髪のボブヘアー揺らす。

と、手元のキーボードを引き寄せ、書類に印刷された事項を打ち込み始めた。

 その表情は、決して柔らかくは無かった。



今、弥紗季は天井を見ていた。

昼の陽射しが差し込み、まだまだ明るい部屋だ。

そこに置かれたベットに寝転びながら、弥紗季は視線を動かす。

その位置は高い。

二段ベットの上だ。

下は社長専用で使ってはいけない。

と言うより誰も使いたく無いのだ。

「ふぅ」

と、息を溢す。

その息が床に落ちる前に、陽の光を遮断する為、天井から吊されたカーテンを引いた。

上側のベットだけがその空間から孤立する。

その中で弥紗季は背を伸ばした。

空気が肺を満たし、溢れた呼気だけが外に出る。

視界が霞んでいくのがわかった。

眠気だ。

だから弥紗季はベットに備え付けられたイヤホンを耳に填めた。

中には海がある。

波が心地好く音をあげているのだ。

そうすれば、ソレはすぐに来る。

ふっ。と意識が落ちるのがわかった。

眠りと言う感覚が弥紗季を包んだ。





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