表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eの世界  作者: Σ7
2/5

01:必要の啓示



 暗い。

 暗い部屋だ。

その一部分、大きく夜を刳り貫いた窓がある。

 そこからは隔てなく都市を一望出来る。

都内某所。そこに今大人達が円を組み、挙手と発言をしていた。

 しかし、それらを映す映像は無い。

 部屋全体を黄色で統一した空間、そこに黒い携帯電話のスピーカーを通してその声だけが漏れていた。

『何故なんだ!? 国はイレギュラーの存在を認めてるのだろう?』

『そうだ。何故こうも対応が遅い!?』

『お待ち下さい。貴殿方はその対処法を理解しているのですか?』

『聞いているのはコチラだ』

 ……はぁ。

「お偉いさん方も簡単に言うてくれるなぁ」

声がした。

 今までのスピーカーを通した声では無く、凛とした少女の声だ。

黒い声を吐き捨てる携帯電話が置かれているのは黄色のシーツがひかれたシングルベットの上だ。

そのベットの上にはもう一つ形がある。

「うちみたいなんがポンポン居ったら苦労するかぁって」

足を膝の関節で折り、うつ伏せで本を読む少女。

古川・弥沙希だ。

全身にピンクを基調としたパジャマを纏い、読んでいる本のタイトルは〈国際政治理論〉という、全くもって不釣り合いな組み合わせだ。

いや、おかしいのはその色の方かも知れない。

部屋全体を黄色で統一された中にピンクのパジャマ、それを着ている弥沙希はと言えば、その全身から黒いオーラを出している。

しかし、〈国際政治理論〉も四頁から全く進んでいない。

少女、弥沙希を中心にしたこの空間がおかしいのかも知れない。

と、再びスピーカーの声に耳を傾ける。

『……これは全世界の責任でしょう?我々を責めるのはよしてくれ』

『何を言ってるんです! こういう時、何故国が国民の安全を最優先に考え無いのです?』

『そういう君は何かいい策でもあるのかね?』

……はぁ。

 二度目の溜め息だ。

 その理由はスピーカーの向こう側の声にある。

「全く進んどらんやん。何をグチグチ言いあっとんねん」

 弥沙希はベットから起き上がると、手にある本に詩織を挟み込んだ。

今だに四頁だ。

 その〈国際政治理論〉を本棚の隅に投げ込むと、部屋の角を見る。

そこにあるのは16インチ程のテレビだ。

足元に置いてあったリモコンを広い上げ、ソレをテレビに向け、一際大きい青いボタンを押す。

一瞬、電子が飛ぶ低い音を上げ、黒い画面に白い線が入る。

 が、先に来たのは音声だった。

弥沙希はその音声だけで、元のチャンネルを見限り、他へと回す。

そうこうしている内にゆっくりと現れた画面は暗い。

そこには夜が映っていたのだ。

『弥沙希君に関しては異例だ。それを軽く見ないで頂きたい』

突然携帯電話のスピーカーから聞こえた自分の名前に一瞬びくりとし、視線をそちらに向けるが、直ぐにまたテレビへと戻っていった。

 その時はまだ気付いていなかったのだ。

 今の声は……

「うわっ」

 視線を戻した先に映って居たのはセーラー服にカーディガンをはおり、腰に右手を当て、逆の手で携帯電話を構える少女。

紛れもなく自分だった。

『弥沙希君は異常でな、きっと今頃自分の映ったニュースを見ながら自慰行為を……と話がずれてしまった。すまないな、弥沙希君』

 と先程の声が軽く謝罪。

「あのクソオヤジ……」

片方の耳で携帯の音声を聞いていた弥沙希の眉が寄る。

 弥沙希は激昂していた。

自分の映ったニュースにでは無く、スピーカーから聞こえる無駄な討論を楽しむ大人達の声にでもない。

その中に新たに生まれた声、弥沙希が思うに存在意義を見い出せない男に対して、だ。

討論の中で今まで一言も喋らず、しかし、このタイミングで一人の少女のプライバシーの捏造を実行に移した男に対してだ。

『大蔵君。その話は後で聞こう』

「聞かんでいいッ!」

一人の部屋で思わずツッコミを入れてしまった。

これは大阪の血などでは無い。断じて無い。

大蔵・一誠(おおくら・いっせい)に対しての怒りのボルテージが上限を切った為だ。

勢い良くテレビの電源を落とすと、その手のリモコンを投げつける。

床にでは無くベットにしたのは、単に壊れると不便だからだろう。

『今頃お怒りかね? 弥沙希君!』

 大蔵の高笑いが聞こえる。

次会った時、大蔵を確実に死に追いやる為、弥沙希はその莫大な頭脳を並べ変え始めた。

『と、馬鹿はこの位にしておこう。本題に入ろうか』

「遅いわ!」

これも大阪魂では決して無い。

『まず、これだけは言わせて貰う』

 一息、息を飲む様な異様な間が広がった。

『貴殿方は実際、お喋りを楽しんでいるだけに過ぎない』

 対する声は多い。

『ふ、ふざけるな!』

『何を言い出す!?』

『いい加減にしたまえ大蔵君!』

 だが大蔵のその声に一つの揺るぎも無い。

 淡々と紡ぎだす。

『ではこの中で現実的且つ確実な対応策を持つ者が居るのかね? 居ないだろうね』

 沈黙。

『ふむ。現実的に対応しているのはこの中で私だけのようだね』

『え、偉そうに……その対応とやらが遅れているのも事実だろう』

『ああ、そうだね。では貴殿は何をしている? 我々が切磋琢磨にと動いている時、援助の一つでもしたのかね?』

 薄く笑う声は大蔵のモノだ。

『この一年間、豪邸で悠々とピザを食べていられる程、我々は暇では無いのだよ!』

そして

『国は今我々を求めている。貴殿方には我々の下についてもらう事になった』

『……!!』

『言っただろう。国がそう啓示しているのだ。それを断るのかね?』

弥沙希は携帯電話を手に取る。

 その閉じられたボディを軽く撫で、ふと笑みを溢した。

「真面目な事も言えんやな」

 と、返事をする様にスピーカーから声が発せられた。

 その声は大蔵だ。

『どうだい?決まっただろう弥沙希君』

 は?

『おっといけない。未成年は寝る時間だ。今の私のお言葉をリピート設定でヒーリングソングとして夜を眠りたまえ! 録音をしわすれたと言うようなヘマはしていまいね? なんならもう一度言おうか!』

咳払い一つ。

 言葉は繰り返させる。

『まずこれだけは言わせて……ブチッ』

そこで音声は途絶えた。

息を乱した弥沙希が、力任せにその携帯電話を壁に投げつけたのだ。

それは今、壁に半分以上呑み込まれ、停止していた。



今、暗い部屋に一人の男が座っている。

円卓に一人だけで座るこの男は、黒革の椅子に深く沈みこみ、軽い溜め息を溢した。

右側には壁一面を刳り貫いた窓があり、散りばめられた街の光りを見下す事が出来る。

ここは都内某所の最上階だ。

「一誠さん、どうぞ」

 ふと、オールバックの長髪を整えていた大蔵の背中に声がかかった。

女性の艶やかしい声だ。

 振り替えればその姿が見える。

 クリーム色のスーツを身に纏う、ショートボブの女性。

 混じり気の無い金髪と青い瞳から欧米人だとわかる。

 彼女は大蔵に湯気のたつカップを差し出した。

 中に揺れる色は黒い。

 ブラックコーヒーだ。

「すまないね。サラ君」

サラ・ウィンベル。

大蔵の元につく欧米人の美人秘書だ。

しかし、聞こえた声になまりは無い。

と言うのも、サラは産まれこそはアメリカだが、言葉を覚える前に日本に来た。

 二才の時に海を渡り、既に二十年がたつ。

彼女からすれば日本語の方が当たり前なのだ。

「お疲れ様です」

と、笑みを浮かべると、円卓に残った書類などを集め始めた。

その書類の表紙には、満面の笑みを携える大蔵がプリントされている。

 それを見て、ふと視線を大蔵に向けた。

 大蔵はあの後、しっかりと同じ言葉を二度に渡り、繰り返し叫んだ。

その後に、この円卓会議を解散したのだ。

皆が帰る時、大蔵の前で合掌していたのは謎だが、話は大蔵側へと傾いた様だ。

「イレギュラー……か」

サラの口から溢れた短い名詞。

それは約一年前、突如として現れた。

全世界から発せられる電子の残りカスが溢れだし、文列体となり現れたのだ。

その経緯は謎だが、我々、人類がメディアに頼りすぎたのは事実だ。

今や世界はそれらで動いているといっても過言では無い。

便利だから、と負になるものを考えず、皆がその手に持つ事が出来る。

「イレギュラーだけを相手にしているとキリが無いね」

大蔵だ。

 カップのコーヒーを口に含み、全体に染み込ませた後に喋る。

「見えぬ電子が文列体などと言う準物質体を生み出すとは、誰も予想していなかったよ」

「それを今、弥沙希さんが一人で対応してるんです。いつまでもつかわかりません」

「そうだね。しかし弥沙希君は特別だ。あの速度で強制文列コードを打ち込める者がそう簡単に居るものか」

強制文列コード。

簡単に言えばハッキングだ。

元々、電子暴走前から弥沙希は大蔵の元で働いていた。

僅か十二歳で完璧なハッキングコードを作り出し、国際犯罪レベルの仕事をこなしていたのだ。

しかし、異常なのはその他にもある。

 ハッキングに使うツールと打ち込む速度。

それが普通のハッカーとは訳が違うのだ。

彼女はどこに居ても世界中に侵入出来る。

その手にもった携帯電話から、僅か数秒で、だ。

「今はイレギュラーへの対処よりも、弥沙希君に続く者を探す必要があるね。全世界的に……」

大蔵は見下ろした。

流れる様に動く光は車か、電車か。

それらは眼下の明るい街を縫うように走り、消えていく。

 考え出すとキリが無いのだ。

 人類からメディアを取り上げる事は不可能に等しい。

 メディアを断ち切ると、世界が機能しなくなる。

 今はただ、現れたイレギュラーを片っ端から消去していくしか無いのだ。

 大蔵は思考を切り替える。

「さて、私はそろそろ帰宅しよう。妻とのスキンシップが必要でね。どうだい? 一度見てみるかい?」

サラの溜め息。

「私達の愛の記録をッオブギャ!!」

大蔵が奇怪な叫びをあげた。

 サラが大蔵の手にあるカップを蹴りあげたのだ。

中のホットコーヒーを顔面にあび、大蔵は椅子ごと後ろへと倒れこんだ。

 時間にして、深夜0時前の事だった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ