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Eの世界  作者: Σ7
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00:生きた世界



「な!なんだコイツ!」

 その声は夜に響いた。

「キャーッ!」

 夜。

 冷たい夜だ。

「おい!逃げろ!」

 そこに風が産まれる。

 風。

 鉄がひしゃげた様な音だ。


──ガァァアアアアァアアアアァァアッッ──


 咆哮。

 それは全てを固める様に、夜の街に異質を産み出す。

 そして、異質は影となり現れた。

 イレギュラー。

 今や世界を飛び交う電子がさまよい、そして個体となった(かたち)

 それは突如として姿を見せる。

 この世界に。

 そしてこの都市に。

「駄目やねぇ。関係無い思とるようじゃまぁだまだや」

 大阪。

 世界へのパイプラインの一つ、関西国際空港。

 その場所と本土を繋ぐ橋、海に面したその根本にそびえる巨大な建造物がある。

 それは階数にして56階、ゲートタワービルだ。

 今その屋上ヘリポートに、一人の制服姿をした少女が立っていた。

 夜に高い風を全身に浴びながら、セーラーの上に纏う黒のカーディガンを揺らし、肩に当たる程度の髪に空の空気を染み込ませる。

 その顔は力無く、眼鏡のせいか地味にも見える。

 だが、少女は笑っていた。

 屋上、ヘリポートの端に片足をのせ、薄い眼鏡越しに見下ろし、笑うのは遥か眼下。

 海岸沿いに作られた自然と共用の場。

 りんくう公園だ。

 そこを蟻の様に逃げ惑う人々を見て、少女は笑っていたのだ。

 ある者は足を絡ませ、ある者はソレを踏みつける。

 避難シェルターへの扉の前で詰り、押し合う誰もが、その手に一つのツールを握り締めていた。

 そして屋上の少女もまた、スカートの隠しポケットから同じ様なツールを取り出す。

 左掌に収まる程度のそれは四角く、長方形をしていた。

「あぁあ、そら入るもんも入らんわ」

 緑と海がおり混ざる景色も夜の中ではわからない。

 だが、それでも人の波は見える。

 ライトアップされた通りに詰りが幾つもの見えた。

 すぐ隣には公園と繋がる様にマーブルビーチがある。

 この場所は、今の季節にこの時間帯、それなりに人は多い。

 その全てが身勝手な命を守ろうと走り、詰め掛けて来るのだ。

 誰もがその掌から電子を放ち、夜に飛ばそうとしている。

 今や全世界に普及されたツール。

 携帯電話というツールで、だ。


……兎に角ヤバいんだ!……


……助けて……


 しかし、その夜にもハッキリと映る異質があった。

 今、この場の全ての人を脅えさせようとする巨人。

 街が第五警報を高く高く鳴らす理由。

 それはイレギュラーだ。

 その大きさからして約100メートル。

「でかいなぁ」

 その貌は人と同じで、二足で立っている。

 やけに長い腕もあれば、一つ目の頭もある。

 ただ違うのはそれを作りだす成分だ。

 人間の体の半分以上を占める水など必要としない。

 そのモールドの付いた硬質な表面を作るモノ。

 異質な機械の様な貌を作るモノ。

 それはこの世界に溢れ返っている。

 人々の手から、国の全てでさえ必要とするモノ。

 電子だ。

「えらい電子量や」

 滑らかな線を全身に走らせる一つ目の巨人。

 その黒い巨躯(きょく)の肩の一部が一瞬揺らいだ。

 風に吹かれ、そこだけが飛ばされる様な揺らぎ。

 まるで蜃気楼の様な、そんな揺らぎだ。

 その一瞬、そこに見えたのは文字の連なり。

 いや、それだけじゃない。

 イレギュラーと呼ばれる巨躯のあちらこちらでソレは見える。

 アルファベットと数字、幾つもの記号が絡み合い、螺旋を描いたり、並び替えられたりしている。

 まるで人が呼吸をする様に、その肩が上下しているのだ。

 そして人の恐怖に包まれた夜気の中、イレギュラーは動いた。

 異様に長い腕の先、鋼の様な右拳を公園へと向け、その腕を肩より高い位置に固定。そして肘を背中の後ろへと回す。

 その動きに文列は伸び、遅れまいと着いて行く。

 関西国際空港の方に向けられた肘の文列が一度崩れた。

 そして、新たな貌を作り出してゆく。

 ソレは長い。

 肘の真ん中、公園に向けた腕の芯を通るように真っ直ぐと棒状のモノが飛び出していた。それはゆっくりと動き出し、肘へと収まろうとする。

「そう簡単にやらすかぁッ!」

 制服の少女は叫んだ。

 そして地上高256メートルの夜へとその細い体を投げ出したのだ。

 それとほぼ同時、イレギュラーの右肘から伸びた棒状のモノが、空白を残す爆音と共に、爆ぜた。

 正確に言えば棒の外側、関西国際空港側の末端が爆破した。

 それは撃鉄の役目となり、高い位置にある拳を、りんくう公園へと撃ち出したのだ。

 夜に一瞬で閃光が木霊する。

 それは海に轟き、高い波を空港へと向ける。

 挙げた咆哮は空気を裂き、空を滲ませる。

 だが、それだけだ。

 地上からは尚も悲鳴が聞こえていた。

 木々が砕ける訳でも無く、コンクリートが飛び散る事も無い。

 一瞬で撃ち出された腕は、そのまま肌寒い空で打ち付けられた様に固まっていたのだ。

 時が止まった様な錯覚を得るのは雑音のせいだろうか。

 そして今、その固定された右腕に降り立つ一つの影があった。

 それは落ちる様に、しかし無駄が無く、なんの苦も無く上空から現れた。

 真っ直ぐに立てられた爪先には、文列がそこを軸に円を組む様な形で三つある。

 それらは、その爪先がイレギュラーの腕に 降り立つと共に散り、消え去った。

「届いたみたいやな」

 鼻先にずれた薄い眼鏡を押し上げ、一息。

「うちのEメール」

 巨大な腕の拳。

 その甲に立つ制服の少女。

 古川・弥沙希(ふるかわ・みさき)がそこに居た。

 弥沙希はその左の掌を上げて見せる。

 そこにあるのは一つのツール。

 携帯電話だ。

 開かれた携帯電話のアンテナを一つ目に向け、そしてその小さなボタンの群れを、目を見張るスピードで打ち込みだした。

 ボタンを叩く快音と、電子音の隙間の無い二重奏が聞こえたのは僅か三秒。

 左の親指がゴムを引き千切った様な異様な音を夜に響かせ、停止した。

 その瞬間、まるで世界が時を忘れた様だ。

 そう錯覚させる程の空白があった。

 弥沙希が持つ携帯電話のその小さな画面、送信メールの本文には、アルファベットと数字、記号の波が溢れだしていた。

 画面を埋め尽したのは規則性の無い文列。

 文字にして約5472。

 人が僅か三秒で打ち込める数を軽く凌駕する文字数だ。

 そして、少女の声と共に止まった空間が動き出す。

「何か解るか?今送ったる」

 細い親指が最後のボタンを押し込んだ。

「強制消去や」

 その瞬間イレギュラーが動いた。


──ギシャアアァァァアアアアッ!──


 音に成らぬ咆哮。

 空中に固定された右腕を無視し、左腕を勢いだけで振り上げる。

 動きは大きく、拳を自分の右腕、弥沙希へと向け真上で固定。

 左肘からも再び線が現れ、夜の空を割り、 そして爆ぜた。


──グガァァアアアアァアアッ!!──


 その咆哮は黒い拳と共に真っ直ぐに弥沙希へと撃ち出され、爆裂した。

 固定された右腕を、自分の左腕で殴りつけたのだ。

 黒煙が夜に発ち込める。

 大阪、泉佐野の街には今、第五警報が響きわたっていた。

 だが、それを完全に無視し、爆煙の中に凛とした声が響いた。

「消去や言うたやろ?」

 少女の声だ。

 その少女は着ていたブラウスを汚す事も無く、眼鏡を傷付ける事も無く、その場に立っていた。

 殴り付けられた筈の少女、古川・弥沙希はその場から一歩も動いて居なかった。

 いや、動く必要が無かったのだ。

 撃ち込んだ筈の左腕。

 それは今、文字と記号が織り成す爆煙となり、暗い夜に舞っていた。

 自分の右腕もろとも弥沙希を殴り潰そうとした左腕は裂け、花を咲かせるように円を作り飛び散っていた。

 それらは連鎖する。

 巨人、イレギュラーのその海に着いた右脚へと、陸に置いた左脚へと、少女が立つ右腕へと

「送信完了」

 全てが連なる文列となり、冷たい夜に閃光を上げた。

 文字と言う閃光だ。

それらは一瞬で散り、瞬間に消えていく。

 その光景をこの場にいるどれだけの人が見上げていただろうか。

 どれ程の人が冷静に見据えていただろうか。

「何も考えてへんのやろな」

 少女は、弥沙希は夜の大阪の空を落下していた。



 電子が溢れる世界。

 その世界は生きている。

 その世界は現実に、生きている。






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