第五話 ちびっこちゃんと食欲の秋
秋です。
秋と言えば食欲の秋。
様々なものがおいしく見え、ついつい手が伸びてしまう季節です。
それはちびっこちゃんも同じのようで。
「どうしたらダイエットって出来るんでしょう」
カフェテラスでホットココアを飲みながらちびっこちゃんは頭を抱えていました。
今日もボンッキュッボンッの抜群のプロポーションを惜しげもなくさらしている美保ちゃんはビュ~ティ~ドリンクホットバージョンを飲みながら答えました。
「ダイエットしてもあんたのキュッキュッキュッボディーは変わらないと思うわよ。ゆるキャラの擬音か」
「ひどい、美保ちゃん! でかっちょくん、何か言ってやって!」
「ゆるキャラ、可愛いと思います」
「フォローするところそこじゃない!」
今日は3人でお茶タイム。
でかっちょくんは絶妙の濃さの日本茶をずずっとすすっていました。
「ん~、最近、気付くと手が食べ物を持っているんだよね。どうしてだろう」
「食欲の秋というやつね。昔から女性を苦しませているものよ」
「俺、ちびっこちゃんはそのままでいいと思いますが」
「だめだよ、でかっちょくん、甘やかせちゃ。このままじゃ私、ニューちびっこちゃんになっちゃうんだから」
「ニューちびっこちゃん……」
「ちびっこ、でかっちょが想像してるわよ。たぶん某ゲームのラスボスみたいなやつ」
「でかっちょくん、想像しちゃだめ!」
でかっちょくんの目の前であわあわと両手を振るちびっこちゃん。
美保ちゃんはやれやれと横に首を振りました。
「仕方ないわね。そんなに心配ならあんたに私のダイエット方法を教えてあげるわ」
「え、美保ちゃんの?」
美保ちゃんはにやりと笑いました。
「覚悟はいい?」
数日後。
「美保ちゃんに殺される……」
大学のカフェテラス。
3人のお茶会でうなだれるちびっこちゃんの姿がありました。
「人聞きの悪い。私がこんなに協力してやってるのに」
「ちびっこちゃん、美保さんは魔物ですからそれにあわせるのは無理ですよ」
「おい、でかっちょ、私は人間よ」
「美保ちゃんはアスリートを目指してるの? あの食事制限と運動量は尋常じゃないと思うのですが」
「美しさを保つと書いて美保と書く。名前に恥じない生き方をしようという私の親孝行精神がなせるわざよ」
「ごめんなさい、その立派な精神についていけません……」
しょんぼり落ち込んでしまうちびっこちゃん。
でかっちょくんは日本茶を飲みながら考えます。
ちびっこちゃんがしょんぼりしている姿を見るのはでかっちょくんも辛いのです。
少し考え、でかっちょくんは言いました。
「……じゃあ、俺が付き合いましょうか」
「え?」
顔を上げるちびっこちゃん。
でかっちょくんは真面目な顔でちびっこちゃんの手をぎゅっと握ります。
「俺と一緒に走りましょう、ちびっこちゃん」
「でかっちょくんと……」
ちびっこちゃんの頭の中に天使のちびっこちゃんと悪魔のちびっこちゃんが出現しました。
天使ちびっこちゃん『でかっちょくんと一緒だったら頑張れそう!』
悪魔ちびっこちゃん『でも、いくらでかっちょくんと一緒だからってしんどいものはしんどいしな~』
天使ちびっこちゃん『でも、でかっちょくんのジョギング姿が見れるのよ?』
悪魔ちびっこちゃん『でかっちょくんのジョギング姿なんて……』
天使ちびっこちゃん『光る汗。真剣な横顔。でかっちょくん』
悪魔ちびっこちゃん『そ、そんなもの……』
天使ちびっこちゃん『少し息のあがった姿で励ましてくれるでかっちょくん』
悪魔ちびっこちゃん『うう……』
天使ちびっこちゃん『微笑みながら褒めてくれるでかっちょくん』
悪魔ちびっこちゃん『う、う……』
天使ちびっこちゃん『ちびっこちゃん、俺、惚れ直しました、ぎゅっ』
悪魔ちびっこちゃん『ぎゃー!!!』
天使は悪魔に勝利しました。
「やる!!!」
ちびっこちゃんはがっしりでかっちょくんの手を握り返し言いました。
でかっちょくんは嬉しそうに頷きました。
美保ちゃんはちびっこちゃんの脳内葛藤を想像し「やれやれ」と思いました。
結局、彼女の原動力はいつだってでかっちょくんなのです。
それからちびっこちゃんとでかっちょくんの朝ジョギングが始まりました。
黒いジャージとピンクのジャージに身を包み、バス停から大学まで。
いつもスクールバスで行っている道を走ることにしたのです。
でかっちょくんはちびっこちゃんにあわせてゆっくり走りました。
それは会話が出来るほどのゆるさでした。
ちびっこちゃんは不思議な気持ちになりました。
いつもバスの車窓から見ている景色なのになんでこんなにちがって見えるんだろうと。
でかっちょくんと話しながら走っていると色んなものを見つけることが出来ました。
「あ、見て、でかっちょくん。塀の上にめずらしい模様のねこさんがいる」
「本当ですね。こまった眉毛みたいな……」
「気持ちよさそうに寝ているのにうなされているように見えるね」
いつもは通り過ぎるお店の前でも。
「あ、見てください、ちびっこちゃん。喫茶店の扉に可愛らしい手紙が貼ってありますよ」
「ん? 『お客様へ ちょっと留守にします。ごめんね。 店主より』。本当だ。何だかほんわかする手紙だね。ねえ、今度、ここでお茶してみようか」
「良いですね。ちびっこちゃんの好きそうなチョコレートパフェもありますし」
「あ、本当だ! チョコレートがいっぱいかかってる! 絶対おいしいよ、これ!」
「じゃあ、またごめんね店主さんに会いに来ましょう」
「うんうん、ごめんね店主さんに会いにこようね」
自分たちがいつも乗っているバスが通り過ぎていくのを見ても。
「あ、見て、でかっちょくん。美保ちゃんが乗ってるよ」
「あ、本当ですね。あれ、窓に何か書いていますよ」
「んん? 早すぎて分からないよ。メールしてみよう。『何て書いたの?』……あ!」
「どうしました?」
「写真が来た。くもりガラスに『ねぐせついてるバーカ』って。え? え? どこに?」
「左後ろですね。さっきから走るたびにふわふわゆれて「なごむなあ」と思っていたんですが」
「でかっちょくんのバカー! そういう時はなごんでないで言ってよ!」
「すみません。ねぐせついてますよ」
「おそい! うう、大学着いたらすぐおトイレ行くもん……」
そんな風に色んなものを見つけながら二人はジョギングを続け――
「でかっちょ、やせたわね。元々やせてたけどひきしまった感じ」
「ありがとうございます」
3人のお茶会で美保ちゃんは感心したようにそう言いました。
そして、ちびっこちゃんを見て、
「で、あんたは何で変わってないわけ?」
「……言わないでよ、美保ちゃん」
美保ちゃんの冷たい視線の先にはうなだれるちびっこちゃんの姿がありました。
ジョギングを始める前と変わらないちびっこちゃんの姿が。
「予想外だったんだもん。ごめんね店主さんのお店の食べ物があんなにおいしいなんて……」
「ちびっこちゃん、チョコレートパフェ以外にもたくさん食べていましたもんね」
「そうして、私がでかっちょくんごめんね状態になったのです」
「まとめようとしても何もまとまってないからね、あんた」
「うう~反省してるってば~」
結局、でかっちょくんと楽しんだだけでちびっこちゃんのダイエットは終わってしまったのでした。
「ちびっこちゃんは今のままで十分ですよ」
相変らずそう言って微笑むでかっちょくんと一緒に。