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第一話 でかっちょくんと浮気

「でかっちょくんが浮気をしているかもしれない……」


うららかな春の昼下がり。


大学のカフェテラスで黒髪ショートボブの髪をいじいじいじりながらちびっこちゃんはぼそりとそう言いました。


優雅に紅茶を飲んでいた友人こと美保ちゃんは優雅に返しました。


「それは残念ね」


肩甲骨の下まである艶やかな黒髪をかき上げ、短いスカートから伸びる長く細い足を組み替えます。


ちびっこちゃんは不満そうに美保ちゃんをにらみます。


つっつきたくなるほど頬をふくらませるので、美保ちゃんは欲望どおりつっついておきました。


ぶはっと息を吐き出してちびっこちゃんは立ち上がります。


「美保ちゃんは経験豊富過ぎる!」


「言われてもねぇ。聞かせてやろうか? 私の経験談」


「悪夢を見るからいらない! それより理由をきいて、理由を!」


「はいはい、なんでちゅか? なにがあったんでちゅか?」


「子ども扱いしない! でも、言う!」


「言うのかよ」


ちびこっちゃんは愛用のクリーム色のななめかけカバンをガサガサといじり始めます。


中から出てきたのはこれまた愛用のスケジュール帳で、くまが観覧車に乗っている可愛らしいデザインです。


ちびっこちゃんはパラパラとページをめくると5月のページを「バン!」と美保ちゃんの前に突き出しました。


「見てこれ! 今月のスケジュール!」


そこには講義の休講や好きなアーティストのDVD発売日などがまるっこい可愛らしい字で書かれていました。


「あ~、来週のひげ野郎の講義、お休みなんだ。それ、いつ発表されてたの?」


「ん? ああ、今日の学科のボードに書いてあったよ。なんかテレビ出演で忙しいとかで」


「何のテレビよ。私のリラックスタイムがなくなるじゃない」


「美保ちゃんはこの先生の授業、爆睡しすぎなんだよ。この前も先生のひげが…ってそこじゃない! 私が見てほしいのはこ・こ!」


そう言ってちびっこちゃんはスケジュール帳に貼られたシールを指差します。


日付の横に涙をながすくまの顔が貼られています。


「何これ、くまが大量生産されてるんだけど……」


美保ちゃんの眉間に皺が寄ります。


今月のほとんどの日付に涙ぐまのシールが貼られています。


「これは私がでかっちょくんに遊んでもらえなかった日を表します!」


「何の統計とってんのよ、あんた……」


「ねえ、おかしくない? 今月こんなに遊んでもらってないんだよ」


「ていうか、どれだけでかっちょと遊ぼうとしてんのよ。小学生か、あんたは」


「私だって普段はこんなに遊ぼう遊ぼう言わないもん。でも断られてばっかりいると余計に遊びたくなるものでしょ?」


「はいはい。で、なんて言って断られてるわけ?」


「……秘密ですって」


ちびっこちゃんの目にじんわり浮かぶ涙。


美保ちゃんはじーっとその姿を見ます。


こくりと紅茶を飲みます。


ぱちぱちと拍手します。


「おめでとう。大人の階段を上ったわね」


「う~れ~し~く~な~い~」


腕に顔をつっぷし泣き出すちびっこちゃん。


美保ちゃんはその頭をぽんぽんたたきます。


「まあまあ、そんなに心配なら私が調べてきてやろうか?」


「え、いいの?」


ちびっこちゃんは喜びます。


美保ちゃんはにっこり笑います。


「報酬は?」


ちびっこちゃんはいそいそとメニューを差し出します。


「店主特製お肌ぷるぷるビュ~ティ~ドリンクでいかがでしょう」


美保ちゃんは満足そうにうなずきました。


「承りました」


美保ちゃんがパチンと指をならすとお肌ぷるぷるの美魔女店主が原材料不明の飲み物を机に運んでくるのでした。



次の日。


美保ちゃんは沈痛な面持ちでカフェテラスにやってきました。


「み、美保ちゃん?」


不安でいっぱいのちびっこちゃん。


美保ちゃんは「結果報告をします」とブランドもののバッグから1冊の雑誌と2枚の写真を取り出します。


雑誌はページを開いて、写真は裏返しに机に置かれました。


「その1。昨日、あいつは本屋でこの雑誌のこのブランドのページを凝視していたわ」


女性に人気のファッション雑誌。


くまのイメージキャラクターを使ったデザインが可愛らしいと女の子に人気のブランドです。


「こ、こんなに高いブランド?」


書かれている値段に驚くちびっこちゃん。


美保ちゃんは頷き、次に1枚目の写真をめくります。


「その2。昨日、あいつはそのお店に向かったわ」


「そのお店に?」


写真にはそのブランドのお店に入るでかっちょくんの後ろ姿が映っています。


「こんなに高いお店に何ででかっちょくんが……」


「最後はこれよ。私は見てはいけないものを見てしまった」


深刻な顔で最後の写真を指差す美保ちゃんにちびっこちゃんはごくりと唾を飲みます。


美保ちゃんはゆっくりと写真をめくります。


ちびっこちゃんは大きく目を見開きました。


「これは……!」


美保ちゃんはこくりと頷きます。


そこには髪の長い綺麗な女性と一緒にガラスケースを覗き込むでかっちょくんの姿がありました。


「とても……幸せそうだったわ」


唇を噛み、顔をそむける美保ちゃん。


ちびっこちゃんの目にじんわりと涙が浮かんできます。


そうして両手で顔を覆うと叫ぶのです。


「でかっちょくんのばかー!」


「……俺、何かしたでしょうか」


『!?』


後ろから聞こえてきた超低音ボイスに二人の肩がはねました。


おそるおそる振り返るとそこにはでかっちょくんが無表情で立っていました。


「でかっちょくん!」


「どうして泣いているんですか、ちびっこちゃん」


首を傾げるでかっちょくんにちびっこちゃんは悲しげに顔をゆがめます。


「だって、でかっちょくんが浮気してるから」


でかっちょくんは言います。


「俺、ちびっこちゃん以外の女性に興味ありませんが」


当然のように。


「え?」


あまりの堂々とした答えぶりにちびっこちゃんは反対に動揺しました。


さっきの女性の写真を突き出します。


「だってだって、この女性は?」


「ああ、お店の店員さんですね」


「……へ?」


これまた当然のように答えるでかっちょくん。


ちびっこちゃんは1枚目の写真と雑誌を突き出します。


「でもでも、こんなブランドのお店に何ででかっちょくんが行くの?」


「だって、今日はちびっこちゃんのお誕生日じゃないですか」


そう言うとでかっちょくんはちびっこちゃんに小さな青い箱を手渡します。


ちびっこちゃんは「ほえ?」とそれを受け取ります。


?を浮かべながら開けるとそこには観覧車に乗る可愛らしいくまのネックレスが入っていました。


「な、何で?」


でかっちょくんはまた首を傾げます。


「ちびっこちゃん、くま好きですよね」


「好きだけど」


「だから、このブランドについて色々調べまして。最後までどの商品にしようか迷ったんですけど……他のものの方が良かったですか? あ、それともバイト増やしたせいで全然遊べなかったこと怒ってますか?」


「……っつ!」


ちびっこちゃんは美保ちゃんをにらみます。


美保ちゃんはぱちぱち拍手をします。


「だから言ったでしょ。ちびっこにプレゼント買いに行ってたって」


「言ってない! 見てはいけないものを見てしまったって言ったもん!」


「友達の彼氏がサプライズプレゼントを買うところなんて見てはいけないものでしょうが。あの時のでかっちょ、本当に幸せそうだったわ」


「美保ちゃんのばかー!」


美保ちゃんの掌でころころ転がされているちびっこちゃん。


でかっちょくんはなだめる様にぽんぽんとちびっこちゃんの頭をたたきます。


「分かって頂けましたか、ちびっこちゃん」


ちびっこちゃんはその手をぎゅっとつかんで言いました。


「……ごめんなさい、でかっちょくん」


小さな身体をより小さくして。


でかっちょくんは「今日は遊びに行きましょうね」と静かに微笑みました。


その日のちびっこちゃんのスケジュール帳には「お誕生日」の文字と一緒ににこにこぐまのシールが貼られたのでした。



ちなみに、その後、こんな会話がありました。


「美保さん、あんまりちびっこちゃんをいじめちゃだめですよ」


「だって、面白いんだもん、ちびっこをからかうの」


「それで俺の浮気は本当に疑われてたんですか?」


「まさか。あんたほどのちびっこバカがそんなことするわけないじゃない」


「……もし、本当にしてた場合、どうしてたんですか?」


「え?」


美保ちゃんは拳を握り、にやりと笑います。


「その時はあんたを全力でぶっ飛ばすのみよ」


ちびっこちゃんを泣かすのは自分だけだと美保ちゃんは言いました。


でかっちょくんは美しい友情に感動すると共にちびっこちゃん一筋を改めて誓ったのでした。




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