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第9話 弱者を保護する者SR

 こちらの世界の、確か自動車とかいう乗り物と、同じくらいの大きさである。

 皮膜の翼と毒蛇の尻尾を生やし、3つの頭部を備えた獅子。いや、獅子の頭部は1つだけだ。あと2つは、火を吹く竜と角を振り立てる山羊である。

 魔王の配下である怪物の一種、グレートキマイラだ。ファイヤーヒドラなどと比べて身体はずっと小さいが、動きは俊敏である。

 その俊敏な動きを発揮される前に、轟天将ジンバは右手で鎖を振るっていた。

 巨大な鉄球が、超高速で鎖を引きずりながら、彗星の如く飛んだ。

 牙を剥き、こちらに向かって跳躍しようとしていたグレートキマイラが、破裂した。3つの頭部が砕け散り、自動車並みの巨体が原形をなくしてグシャグシャに飛散する。その全てが光の粒子に変わり、消えてゆく。

 消えゆく光の粒子をキラキラとこびりつかせたまま、鉄球がジンバの手元に戻って来る。

 グレートキマイラに食い殺される寸前だった男が、生きた心地もしない様子で震え上がっていた。自分が助かったという事に、どうやらまだ気付いていない。

 中年から初老にさしかかった、どうという事もない男である。普通に働いて、普通に家族を養っているのだろう。いや、独身かも知れない。そんな事はまあ、どうでも良かった。

「あ……わ……」

 どうでも良い男が、ぱくぱくと口を開閉させ、微かな悲鳴を発している。見開かれた両眼は、轟天将ジンバに向けられている。

 鉄球の付いた鎖を持ち、毛むくじゃら縞模様の巨体に黒い甲冑をまとった、魔獣属性の大男。こちらの世界では、珍しい存在であるらしい。怪物が死んだと思ったら、もう1匹の怪物が現れた。この男は、そんなふうに思っている事だろう。

「……これは夢だ。家に帰って、寝てしまえ」

 苦笑混じりに、ジンバは声をかけた。

「目が覚めた時、おぬしは全てを忘れている。そうだな?」

「は……ひぃ……!」

 はい、とでも答えたつもりなのであろうか。とにかく男は、か細い声を発しながら起き上がり、前のめりの姿勢で逃げ出した。今にも転びそうな、危なっかしい足取りでだ。

 公園の、雑木林を貫いて通る道。

 もはや夕刻である。人通りは少ないが、全くないわけではなく、仕事帰りの人々がちらほらと歩いて行く。

 そこでグレートキマイラが1匹、通行人の男に襲いかかっていたところだった。

 転びそうに逃げて行く男を見送りもせずジンバは、暗くなりかけた空をじっと睨んだ。

「魔王め、どこにおる……!」

 ファイヤーヒドラ、ソードゴブリン、そしてグレートキマイラ。魔王の魂に引き寄せられ、様々な怪物たちが、こちらの世界に出現し始めている。

 だが肝心の魔王そのものが、出現どころか気配すら掴ませようとしない。

 こちらの世界に関して、早くもわかった事が1つだけ、ジンバにはある。

 それは魔法の類が全く存在しないという事だ。

 そして魔法と似て非なるものが、この世界の文明を支えている。昨日、村木恵介に見せてもらったものも、その一環であるようだ。

 水晶の板の中で行われる、絵札遊び。それら絵札に描かれた、ブレイブランドの戦士たち。

 聖王女レミーがいた。自分・轟天将ジンバもいた。鬼氷忍ハンゾウに魔炎軍師ソーマ、戦姫・闘姫の姉妹に双牙バルツェフ……魔王との戦いで主だった活躍を見せた者たちのほぼ全員が、美麗な絵札となっていた。

 その絵札遊びの中でも、魔王討伐が行われたのだという。

 あの地獄のような戦いを、競い合いの遊戯として楽しんでいた者たちが、こちらの世界に30万人近くいるらしい。

 聖王女レミーは別に何も気にしていなかったが、ジンバにとっては、いささか気に入らぬ話ではある。烈風騎アイヴァーンなど、それを知ったら30万人ことごとく殺してしまいかねない。

 そして今、絵札遊びではない本物の魔王が、こちらの世界に存在している。あの災いが、こちらの世界にもたらされようとしている。

 魔法とは似て非なる力によって、高度に保たれた文明。確かに、青の賢者の言っていた通りである。軍事力も、かなりのものであろう。だが魔王の軍勢と戦えるほどのものであるかどうかは、疑わしいと言わざるを得ない。

 何しろファイヤーヒドラ1匹で、あの惨状である。

 魔王が本来の力を取り戻したら、一体どれほどの破壊と殺戮が行われてしまうのか。

 こちらの世界の軍事力で、仮に魔王を倒す事が出来たとしても、そこに至るまでにどれほどの人死にが出てしまうのか。

 その魔王が、ブレイブランド人によって押し付けられたものであると知った時。こちらの世界の人々は、怒り狂うだろう。憎悪に燃えるであろう。復讐を考える者も、いるかも知れない。

(わからぬか鬼氷忍よ……他の世界に災いを押し付ける事は、決してブレイブランドを守る事にはならんのだぞ)

 ここにはいない、かつての同志に、ジンバは心の中から語りかけた。

 かつての同志でも何でもない者が、近くから語りかけてきた。

「何だおい……ずいぶん堂々と出歩いてんだな」

 通行人が1人、歩み寄って来ていた。学校の制服を身にまとった、少年である。

 ブレイブランドにも、学校と呼べる教育機関は存在する。貴族の子弟が学ぶ高等学院から、庶民の子供たちに読み書きを教える私塾まで様々あるが、この少年が通っているのは、どちらかと言うと後者に近そうだ。

 それはともかく、少年は村木恵介だった。

「魔王を探さなきゃいけねえのは、わかるけどさ。あんたが出歩くのは、夜になってからの方がいいんじゃねえかな」

「気遣いは無用だ。それより貴様、その顔は何とした」

 恵介の顔が、ずいぶんと腫れている。殴る蹴るの暴行を受けたのは間違いない。

「まあ、ちょっと……いろいろあってさ。今、警察行って来たとこなんだ。その帰りにあんたと会うなんて、思わなかったけど」

「警察……官憲か。貴様、何かしでかしたのか」

「俺じゃねえよ。学校に、何か変なのが殴り込んで来てな。2人ばかり大怪我して、俺が犯人扱いされた。まあ俺の力で負わせられる怪我じゃなかったから疑いは晴れたんだけど、いろいろ訊かれたよ」

「ふむ。その顔も、殴り込んで来た何者かの仕業か?」

「いや、これは違う……それよりジンバさん、ちょうど会ったから1つ訊きたい事あるんだけど」

 恵介の口調が、重い。自身が受けた暴行などよりも、ずっと重い何かを、口に出そうとしている。

「魔王ってさ、どんな奴? その、外見とか」

「禍々しき角と翼を備えたる美丈夫よ。もっとも力の大半を失っておる今は、恐らく人間属性の者とそう違わぬ姿で、この辺りを彷徨っていような……とは言え、やはりそう簡単には見つからん」

「髪は……金色、だったよな確か。あんたたちの言う絵札遊びでは、そうだった」

「あやつの髪は黄金のようでもあり、燃え盛る炎のようでもあった」

 いくらか赤みのかかった、鮮やかな黄金色。煌めくような燃えるようなその金髪を、鋭い角と一緒に振り立て、禍々しく猛々しく荒れ狂う魔王の姿。今もまだ、起きながら見る悪夢のように、ジンバの脳裏に焼き付いている。

「……俺が見た奴は、銀色の髪をしてた」

「ほう。何を見た」

 ソードゴブリン程度なら素手で粉砕する力で、ジンバは思わず、恵介の脆弱な身体を掴んで揺さぶってしまいそうになっていた。

「言ってくれ、どのような些細な情報でも構わん」

「情報ってほどのもんじゃねえし、もしかしたら俺の勘違いや思い込みかも知れねえんだけど」

「それでも良い。手がかりもなく、ただ闇雲に動き回るよりはな」

 ジンバは、恵介の目をじっと見据えた。

「たとえ誤った情報であろうと、行動のきっかけにはなる。誤った行動の結果、正しい道へとたどり着ける事もあるのだ」

「そう上手くいくかどうかは、わかんねえけど……その、学校へ殴り込んで来たって奴の事さ。銀髪で、とにかく強かった。本気で戦ったら、たぶん素手で人殺せる。パンチ1発で、顔面凹んでたから」

 素手で人を殺す程度の事であれば、双牙バルツェフや烈風騎アイヴァーンでもやってのける。

 その銀髪の無法者が、どのような男であるのかは、ジンバが実際に見て判断するしかないだろう。

「そやつは今、どこに?」

「わ、わからねえ。俺の力で捕まえとける相手じゃねえし……ただその、俺の友達の1人が、そいつと仲良くてさ」

「ふむ。ではその友達とやらに訊けば、そやつに会えるというわけだな」

「あんた、まさか家に押し掛けようとか考えてねえよな」

 その銀髪男が本当に魔王であるならば、家に押し掛けてでも叩き殺してしまうべきなのだが。

「あの、言っとくけど家とか電話番号とかは知らねえよ俺。友達ったって女の子だし、ちょっと話しただけだし、あんたが押し掛けてったら間違いなく警察沙汰になるし……下手すると自衛隊とか呼ばれるし」

「……確かに、ブレイブランドでは考えられぬほど官憲の力が行き届いておるようだな。この世界は」

 ジンバは腕組みをした。そこは軍人として、大いに見習うべきところではあるのだ。

「その友達と……おぬしは明日も、学校で会うのだな?」

「だからって、あんたに学校来られると……ちっと困るんだなあ、これが」

「わかっておる。ここは聖王女殿下にお頼み申し上げるしかあるまい」

 ジンバはマントを羽織り、物騒な鎖鉄球を隠した。いざとなればこれで、恵介の学校や友人の家を破壊してでも魔王を討つ。が、その段階に至るまでは、聖王女レミーに小回りの利いた調査をしてもらうしかないだろう。

「それにしても恵介よ、おぬし随分と協力的に振る舞ってくれるのだな。家に居させてもらえるだけで、充分にありがたいのだが」

「別に、さっさと追い出してえわけじゃねえんだけどな……魔王、放っとくとやべえんだろ」

 恵介の顔が、少し痛そうに歪んだ。派手に腫れてはいるが、深刻な怪我を負ったわけではなさそうだ。

「随分と一方的に殴られたのだな……見ればわかる。おぬし、1発も殴り返しておらんだろう」

「まあ……俺、弱いから」

「一体誰にやられたのだ? 私が話をつけてやっても良いぞ」

「やめてくれ。そいつ今、死にかけてるから。言ったろ? 顔面凹んだって……その銀髪の奴が俺の事、助けてくれたんだよ」

「ほう。魔王、とおぼしき者が人助けか」

「そうなんだよ。あのさ、魔王が人助けって……するの?」

「ブレイブランドのとある町にな、魔王が貢ぎ物を命じた事がある」

 苦い敗北と屈辱の記憶を、ジンバは呼び起こしていた。

「魔物の軍勢で町を取り囲み、あやつは町民に命じた。子供を差し出せ、とな。5歳以下の子供を赤ん坊に至るまで全員、恭順の証として捧げるようにと。さすればこの町は助けてやる、魔王の保護下に置いて栄えさせてやろう……そう言われて町の住人たちは、泣く泣く己の子を貢ぎ物として魔王に差し出した。町を魔物どもに囲まれていれば、そうするしかあるまい」

「まあ……そうだよな」

「どうなったと思う、恵介よ」

 ジンバは、牙を噛み鳴らしながら言った。声に、ギリギリッと獰猛な音が混ざった。

「魔王は、約束を守ったと思うか……約束通り、その町を保護下に置いて守ったと」

「……んなワケねえから、あんたはそんなに怒ってんだよな」

 怒り狂っているのが、どうやら丸わかりらしい。ジンバは、苦笑でごまかした。

「まあ、そういう事だ。町は、滅ぼされた。6歳以上の子供らも、大人たちも、男女の差別なく皆殺しだ。我らは1人も……助けられなかった……ッッ」

 あの時、倒れたジンバの頭を片足で踏みにじりながら、魔王は言った。

 こんな者どもを守って、何になる。子供を人身御供に保身を図る。ゴミクズばかりではないか? ゴミはきちんと処分せねば空気が汚れる。このところ、臭くて息苦しくてかなわんのだよ。

 言いながら、魔王が片手を上げた。魔物たちが一斉に、町へと攻め入った。

 ファイヤーヒドラの炎が吹き荒れ、メガサイクロプスの棍棒が建物を粉砕する。逃げ惑う人々が、グレートキマイラに食い殺され、ソードゴブリンの群れに切り刻まれてゆく。

 悲鳴が、ジンバの脳裏に今もまだ響き渡っている。

「……魔王の保護下に置かれたのは、貢ぎ物となった子供たちだ」

「その子供たちは……助かったのかい?」

「魔王の宮殿で、何不自由なく過ごしていた。だが今では全員、親なし子だ……これを人助けと思うか、恵介よ」

「うーん……」

 恵介は、沈痛な顔で黙り込んだ。

 ジンバは少し反省をした。別に、この少年を困らせるつもりはなかったのだ。

「魔王が子供好き、などと思ってはならんぞ。赤ん坊に至るまで皆殺しにされた町や村は、いくらでもある……要するに、気まぐれよ。気まぐれで1つの町を試し、滅ぼし、生き残った子供たちを拾い犬のように養う。あの魔王という男は万事、気まぐれなのだ。恵介よ、おぬしを助けたのも単なる気まぐれ。恩義など感じる必要はないぞ」

「あの銀髪が魔王だって、まだ確定したわけじゃないぜ?」

「……そうであったな」

 急いている。それを、ジンバは自覚した。

「……帰ろうぜ。とっとと飯、作ってくれよ」

 腫れ上がった顔で、恵介は微笑んだ。

「俺のおふくろも、料理はまあ上手いんだけどさ。たまには変化がねえとな」

 この顔で帰ったら、村木浩子がさぞかし大騒ぎをするであろう。なだめる言葉を、ジンバは今から考えておく事にした。

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