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第4話 世界を守る者R

 消防車だか救急車だかが、サイレンを鳴らしながら公園の近くを走り過ぎて行く。

 近くで、火事でもあったのだろうか。

 そんな事は関係なく中川美幸は、公園のベンチに腰を下ろし、溜め息をついていた。

 学校で、少し嫌な事があった。

 美幸自身が嫌な目に遭ったわけではないが、嫌なものを見てしまったのだ。見て、そして見ないふりをしてしまったのだ。

 飯島麗華を中心とするクラスの女子が何人か、九条真理子1人を取り囲んで、罵声を浴びせたり、髪を掴んでちょっとした暴力を振るったりしていた。

 視界に入らなかったふりをして、美幸はその場を去った。飯島麗華に目を付けられたら、次は自分が九条真理子のような目に遭うからだ。

 それに、その危険を冒してまで助けたいと思うほどの魅力が、九条真理子にはないと言わざるを得ない。誰とも何も喋らず、こちらから声をかけても邪険な返事しかしない少女。いじめている飯島たちの気持ちが、美幸には全くわからないでもなかった。

「はぁ……あたしって、最低……」

 1人ぽつんとベンチに座ったまま、美幸は呟いた。

 飯島たちの九条に対する仕打ちは、日に日に酷くなってゆく。

 九条の机には様々な悪口が彫り込んであるし、目を覆いたくなるほど卑猥な合成画像がネット上に出回っているのも美幸は見た事がある。九条真理子がそういうアルバイトをしているらしいという噂は、確かにあるのだが。

 九条本人は気にした様子も見せず毎日、普通に登校して来ている。それがまた飯島たちの神経を逆撫でしているようであった。

 もしこのまま九条が登校拒否……最悪、自殺でもするような事になったら。

 美幸の通う新永山高等学校は、大いに吊るし上げを食らうだろう。マスコミも世間の人々も大喜びで、飯島たちの個人情報をネットに晒し、新永山高校の関係者全員に罵詈雑言を浴びせるだろう。

 同じクラスにいながら助けてやれなかったという理由で、美幸にまで何か嫌がらせをする輩が現れるかも知れない。

「……あたしって本当、最低」

 美幸はベンチの上で、自己嫌悪に押し潰されそうになっていた。

 クラスメイトが1人、酷い目に遭っていると言うのに、自分に降り掛かるかも知れない迷惑の事しか考えていない。これを最低と呼ばず、何を最低と呼ぶのか。

 にゃー……と、か細い声が聞こえた。

 痩せた仔猫が1匹、美幸を足元から見上げている。野良であろうか。

「……あら、なぁに? お腹空いたの?」

 美幸は両手でそっと、その仔猫を抱き上げた。

 抱き上げた仔猫が突然、横から奪われた。

 ベンチの近くの茂みから、ガサッと人影が現れたのだ。

 全裸の、若い男だった。力強い筋肉が美しく引き締まった、まるでスポーツ選手のような身体をしている。白髪にも見えてしまう銀色の髪が、夕刻近い陽の光を反射して目に眩しい。

 そんな銀髪の男が、美幸の両手から仔猫を奪い取り、全裸のままのしのしと歩み去って行く。

「ち、ちょっと! その子をどうするつもりですかっ!」

 美幸は思わずベンチから腰を浮かせ、叫んでいた。

 全裸の男が、ぎろりと振り返る。

 顔は、悪くない。目つきがいささか凶暴だが、悪い人間ではなさそうである。美幸は、そう感じた。

「その子とは……これの事か」

 銀髪の男は、掴んだ仔猫を軽く掲げた。

 凶悪なほど力強い五指にがっちりと捕えられ、仔猫はみいみいと悲鳴を上げている。

「腹が減った……だから食う」

 全裸男は言った。本気だ、と美幸は感じた。

「貴様には、やらんぞ」

「要りません……て言うか、食べちゃ駄目ですよ!」

 牛や豚や魚は良くて何故、仔猫は駄目なのか。そんな議論を仕掛けられたとしても、とにかく駄目ですとしか応えようがないまま、美幸は言った。

「あの……お腹、空いてるんですよね。あたしが何か、買ってきますから」

「ほう」

 歩み去ろうとしていた銀髪男が、とりあえず立ち止まってくれた。隠すべき部分を、晒したままだ。

 通行人が、じろじろと視線を浴びせてくる。子供連れの母親が、子供の手を引いて足を速める。携帯電話やデジカメを向けてくる者もいる。

 意に介した様子もなく、全裸男は言った。

「貴様が俺に、食べ物を用意してくれると言うのか?」

「そこのコンビニで買って来ます。だからその、ちょっと隠れて下さいっ!」

 言い残して美幸は背を向け、走り出した。そうしながら財布を取り出し、中身をちらりと確認してみる。小遣いはあまり多くもらっている方ではないが、仕方がない。

「5分か10分で戻って来ますから! その子、食べちゃ駄目ですよ!」

 1度だけ振り向き、美幸は叫んだ。

 隠れろと言ったのに、銀髪男は全裸のまま、仔猫を抱いて堂々とベンチに座っている。

「ああもう、パンツも買って来ないと駄目ね……」

 ぼやきながら美幸は、公園近くのコンビニエンスストアへ急いだ。

 九条真理子は助けられなくとも、仔猫は助けなければ。そう思った。



 建設途中で放棄され、何年も前から鉄骨だけの状態で野ざらしとなっているビルがある。

 轟天将ジンバと聖王女レミーは、無許可でそこに恵介を運び込んだ。

「あ……あんたたち、強いんだよな?」

 鉄骨の上に座らされたまま恵介は、轟天将ジンバの巨体を見上げ、言った。

 この虎男、あろう事か恵介を、聖王女レミーの命を狙う刺客ではないか、などと疑っているのである。

「強い人ならさ、見ただけでわかんねえかな……俺が、めちゃくちゃ弱いって事。俺なんかに、刺客やら暗殺者やらが務まるかどうかって事くらい」

「彼の言う通りよ轟天将。こんな弱い人に私の命を狙わせるほど、ダルトン公も人を見る目が曇っているわけではないでしょう」

 レミーがはっきりと肯定してくれたので、恵介は少しだけ傷付いた。

「そ……そんなに弱い? 俺って」

「見ればわかるわ。貴方、まともに身体を鍛えた事もないでしょう? それなのに、あんな無茶な事をして」

 どうやら本気で気遣ってくれている聖王女レミーを、恵介はちらりと見やった。

 水着のような鎧をまとった、少女の半裸身。形良く引き締まった太股と、うっすらと浮かび上がった腹筋が、とても綺麗である。鍛え上げられた身体であるという事が、まともに鍛えた経験のない恵介にもわかった。

「……貴様、何を見ておる」

 轟天将ジンバが、恵介をギロリと見下ろし睨み据える。人食い虎そのものの眼光に、恵介はおどおどと愛想笑いを返した。

「い、いやその……聖王女様、腹筋割れててとってもセクシーっすね」

「そう? ありがとう。お腹凹ませるのに、いろいろと苦労はしているのよ」

 レミーが、にっこりと微笑んでくれた。

 ジンバは笑いもせずに巨体を屈ませ、恵介に向かって両手を伸ばした。

 巨大な鎖鉄球を軽々と操る手が、恵介の脆弱な肉体を容赦なく捕まえ、まさぐり回す。

「や、やめろって! そんな趣味はねえ!」

「ふむ……こやつは聖王女殿下の万分の一も苦労しておりませんな。全くどこも鍛えておらぬ身体です」

 凄まじい力が、二の腕をさすり脇腹をつまむ。恵介は、生きた心地がしなかった。この虎男が僅かでも力加減を誤れば自分など、肋骨が折れて内臓が破裂する。

「確かに、このような者が刺客として選ばれるはずもなし……とは言え、名乗ってもおらぬ我らの名を知っていたのは事実。やはり様々な事を聞き出さねばなりませぬ。小僧、うぬは何者であるか。我々に関して、どれほどの事を知っておる」

「何者……か。あんたたちが何者なのか、俺の方が知りたいとこなんだけどな」

 自分がゲームのやり過ぎで幻覚を見ている、わけではないという事を、恵介はどうやら認めなければならなかった。

 けたたましいサイレンの音が、ひっきりなしに聞こえて来る。あの交差点で起こった事は、全て現実なのである。

「2人とも、本当に……聖王女レミーと轟天将ジンバ、なんだよな? ブレイブランドから来た、って事でいいのかな」

「貴方は、ブレイブランドの方なのですか?」

 レミーが訊いてくる。

 あのファイヤーヒドラのような怪物たちと普通に出会えるブレイブランドでは、自分など1日も生きてはいられないだろう。そう思いながら、恵介は答えた。

「俺は……違う。俺んちは、こっから歩いて10分くらいのとこさ」

「そうか、貴様はこちらの世界の者か。それが何故ブレイブランドの事や我らの名前を知っておるのか、そろそろ話さぬか小僧」

 こちらの世界。轟天将ジンバは今、確かにそう言った。

「あちらの世界が、ブレイブランド……世界が2つあって、あんたたちは……あちらから来た、って事? でいいのか?」

 恵介が問うと、レミーがいささか深刻な表情を浮かべた。

「……信じられないでしょうね、確かに。でも御覧になったでしょう? こちらの世界には存在しない生き物が、大いに害をなした光景を。あれはブレイブランドから、こちらの世界へと流れ着いてしまった災い。それを、私たちは根絶しなければなりません」

「あのファイヤーヒドラ1匹だけじゃねえ……って事?」

 ブラウザ上で自分を大いに苦しめてくれたモンスターたちを、恵介は思い浮かべた。

「メガサイクロプスとか、グレートキマイラとかも、出て来るかも知れねえって事なの?」

「ほう、魔物どもに関する知識まであるのか」

 ジンバが感心している。いや、油断のならぬ奴だから殺してしまおう、などと考えているのか。

「確かに、ファイヤーヒドラ1匹で済むとは思えぬ。何が何匹いようが、全て滅ぼさねばならんのだ」

「そのために、あんたたちが……なあ、他の奴も来てるの? ブレイブランドから、こっちの世界に」

 ふと思いついた疑問を、恵介は口に出してみた。

「烈風騎アイヴァーンとか、鬼氷忍ハンゾウとか……」

「あの方々を、知っているのですか……!」

 レミーが息を呑み、ジンバが眼光をギラリと燃え上がらせる。

「小僧、おぬし……本当に何者なのだ? 鬼氷忍の名を知る者など、ブレイブランドにもそう幾人もおらぬ」

「こっちの世界には、25万人くらいいるぜ」

 ブレイブクエストのプレイヤー総数、公称25万人。そろそろ30万人に迫っているという噂は、恵介も聞いている。

「信じらんねえだろうけど、あんたたちの世界の情報は……ある程度、こっちの世界に筒抜けなんだよ。俺だけが特に詳しいわけじゃねえ」

「25万人に、筒抜けだと……」

 轟天将ジンバが、白く鋭い牙をギリギリッ……と獰猛に噛み合わせている。

 ブレイブクエストの公式設定によると、この魔獣属性の将はまさに武人の中の武人という性格をしており、弱い者をみだりに殺したりはしないらしい。だが恵介は今、命の危険を感じていた。

 何しろ、目の前にいるのは実物だ。こちらの世界の人間が作った公式設定など、果たしてどれほどあてになるものか。

 その公式設定の中に1つ、気になるものがある。恵介は1度、咳払いをしてから訊いてみた。

「あの、聖王女様……武公子カインと婚約してるって、本当? 付き合ってるんスか?」

「ちょっと待って下さい! そんな事まで、25万人もの人々に知られているの!?」

 レミーが、可愛らしく慌てふためいている。

 付き合っているとしたら、どの程度の付き合いなのか。恋人同士として、行く所まで行ってしまっているのか。それを恵介は知りたかったが、やはりレミー本人の口から聞ける話ではなさそうか。

 代わりに、何者かが教えてくれた。

「時々パーティーなんかで、お手々繋いで社交ダンスするくらい? 付き合ってるってほどじゃないのよねえ」

 レミーと比べて一癖二癖ありそうな、女の子の声である。

「だから聖王女様をモノにするなら今がチャンス! 頑張りなよ? 人間属性の君」

「……姿を現しなさい闘姫ランファ。貴女が来ている事くらい、わかっているのよ」

 レミーの言葉に応じて姿を現したのか、いつの間にか人影が立っていた。

 聖王女と同じ年頃の、若い娘。鉄骨にもたれて腕組みをしている。まるで己の胸を抱えるように。

「本当? ホントにわかってたのかなぁ? 不意打ちし放題なくらい隙だらけだったんだけどォ」

 その胸を見て恵介は、紛れもなく闘姫ランファであると確信した。あの美麗なイラスト通りである。ブレイブクエスト全女性キャラクター中、最大の巨乳の持ち主。

 綺麗にくびれた胴体に、チャイナドレスのような真紅の衣装がぴったり貼り付いている。その衣装が、胸の部分で、内側から破けてしまいそうである。力強さすら感じさせる両の乳房を抱き支えるように、左右の細腕を組んだ少女。

 真紅の衣装の裾は艶かしく割れており、すらりと長い脚が、かなり際どい高さまで露わである。むっちりとした太股の見事さは、レミーに勝るとも劣らない。膝から下には、レガースのような金属製の防具を履いている。防具と言うより、蹴りを入れるための武器にも見える。

 凹凸があまりにも見事な身体に反してと言うべきか、顔立ちはどこか幼い。無邪気そのものの可愛らしい美貌に、しかし今は不敵な笑みが浮かんでいた。

 一癖ありそうな笑顔を、艶やかな黒髪が3方向から囲んでいる。その黒髪の中から2本、枝分かれした鋭利な角が突き出ている。

 背中には、マントのような皮膜の翼。ここからでは見えないが、尻尾も生えているはずだ。

 角と、翼と尻尾。竜属性の証である。

 恵介は見回した。闘姫ランファが来ているのなら、彼女の姉である戦姫レイファも来ているかも知れない。

「それなら不意打ちを仕掛けて来れば良かったのに……」

 レミーが、にっこりと不穏な笑みを浮かべた。

「まさか正面切っての戦いで、貴女が私に勝てるとでも?」

「ん〜……やってみなきゃわかんないねぇ」

 ランファの豊麗な身体が、ゆらりと鉄骨から離れた。

 どこからか生じた武器が、いつの間にか彼女の手に握られている。

 彼女の身長よりもいくらか長めの、棒である。単なる棒ではない。12本もの小さな棒が鎖によって連結された、12節棍だ。棒術に用いる事も出来るし、連結を緩めて鞭のように振るう事も出来る。

 それを闘姫ランファは、聖王女レミーに対して振るおうとしているのか。

「まま待て、待ってくれよ。あんたたち、敵同士って設定だったのか?」

 殺し合いでも始めそうな美少女2人の間に、恵介は割って入った。

「2人とも俺のデッキじゃ、仲良く魔王と戦ってたじゃんかよ」

「……驚いたな。まさか魔王との戦の事まで知られていようとは」

 ジンバが言った。

「確かに我ら、団結して魔王と戦い、これを倒した。それによって団結する理由が失われた、とも言える。そうなれば殺し合いの1度や2度はしてもおかしくない者どもばかりでな」

「あんたも含めて、でしょ? 轟天将のオジサマ」

 1本の棒状に連結した12節棍をくるりと鮮やかに回転させながら、ランファが言った。

「まったく、もうちょっと常識的にもの考えられる人だと思ってたのに……聖王女様のトチ狂った家出に付き合って、こんな面倒事引き起こしちゃうなんてね」

「……ランファ、貴女も本当はわかっているのでしょう。ブレイブランドの災いが、何の関係もないこちらの世界の人々を苦しめているのよ」

 腰に吊った長剣をまだ抜こうとはせず、レミーは説得を試みている。

「ブレイブランドに住まう者として、これほど不名誉な事はないわ。力を貸しなさい闘姫ランファ。こちらの世界が滅びてしまうような事にでもなれば貴女も絶対、嫌な思いをするわよ」

「ま、寝覚めは良くないかもだけど」

 言いながらランファが、ちらりと恵介の方を見る。

「でもさぁ、そっちの彼には悪いんだけど……あたしは別に、ブレイブランドだけ守れればいいって言うか。両方の世界を守るなんて、あたしらの力じゃ絶対無理なわけで」

「何故、無理と決めつけてしまうの?」

「無理だから、に決まってんでしょうが……いい加減、夢見んのやめなさいよねお姫様」

 ランファの幼い美貌に、凶暴なほど切羽詰まった表情が浮かんだ。

「あのクソったれな魔王1匹倒すのに、どんだけ人が死んだと思ってんの? あんたのおバカな行動1つで、あの戦いがもう1回起こっちゃうかも知れないんだよ? ねえ、あの戦いが一体何だったのか聖王女様わかってる? わかってないでしょ、ねえちょっとコラ!」

「……わかっているわ。あの戦いは、ブレイブランドに平和を取り戻すためのもの」

 ランファの怒りを真っ正面から受け止めながら、レミーは語る。

「その結果、ブレイブランドは確かに平和になった。私も最初は、それでいいと思っていたわ。私たちの世界が平和なら、他の世界はどうでも良いと」

「それが、どうでも良くなくなっちゃったってわけ……」

 12節棍がビュッ! と回転し、レミーに向けられる。

「それなら、あたしたち……殺さなきゃなんなくなるわよ、聖王女様の事」

「だから、不意打ちをして来れば良かったのに……」

 言いながら、レミーは長剣を抜いた。鞘の中からシャッと高速で走り出した刀身が、そのまま一閃する。

 ティッシュペーパーくらいなら燃えてしまいそうな火花が、飛び散った。

 襲撃だった。突然、襲いかかって来た何者かの攻撃を、レミーが長剣で防御したようである。

 攻撃を弾かれた何者かが、くるくると着地した。

 ふっさりとした尻尾が、恵介の目にはまず見えた。

「彼のように……ね」

 油断なく剣を構えたままレミーが、襲撃者を見据えて言う。

 襲撃者は何も言わず、左右2本の剣を、威嚇の形に揺らめかせる。三日月を思わせる、湾曲した片刃の剣である。

 それを2本、左右それぞれの手に握っているのは、恵介とそう年齢の違わぬ少年だった。

 粗末な服の上から、革製の軽い防具をいくつか装着した身体は、恵介よりも小柄である。だが恵介よりもずっと強靭に鍛え上げられている事は、今の動きを見ても明らかだ。

 顔つきは幼く、可愛いとすら感じられるが、眼光の鋭さは尋常ではない。獣の目だ、と恵介は思った。

 頭では、茶色の髪を跳ねのけるように、一対の獣の耳がピンと立っている。

 恵介は、ちらりとランファの方を見た。チャイナドレスのような衣装に、穴が空けられているのだろう。豊麗な丸みを帯びた尻からは1本、爬虫類的な尻尾がニョロッと伸びている。対してこちらの少年が生やしているのは、ふさふさと獣毛豊かな肉食獣の尻尾だ。

 獣の耳と尻尾を有する、魔獣属性の少年剣士。彼もまた、恵介の戦闘デッキを構成する1人である。

「双牙バルツェフ……」

「気安く、呼ぶな。俺、お前など知らない」

 獣の眼光がギロリと恵介に向けられ、続いてレミーに向けられる。

「聖王女、1度だけ言う……ブレイブランドに戻れ」

「私は何度でも言いましょう。まだ戻れません」

 レミーが、きっぱりと即答する。凛とした口調が、恵介の耳に心地良い。

「双牙バルツェフ、貴方が私の命を狙うのは鬼氷忍殿の命令なのでしょう。命令は絶対、それはわかります。ですが1度で良い、貴方自身の頭で考えてごらんなさい。他の世界に災いを垂れ流し、ブレイブランドのみが平和を享受する。それが、どれほど卑しくおぞましい事であるか」

「ハンゾウ様の命令、いつも正しい。逆らう事、許されない……だけど俺、自分の頭でも考えてみた。それでも言える。聖王女、あんた間違っている」

 双牙の異名にふさわしい左右2本の剣が、ギラリと物騒な輝きを帯びた。

「魔王復活……絶対、させない」

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