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第35話 勇者N

 ブレイブクエストには、例に漏れず「属性」という概念が存在する。

 人間、竜、魔獣、計3つの属性。

 人間属性の勇者は、竜属性の勇者に強い。

 竜属性の勇者は魔獣属性の勇者に、魔獣属性の勇者は人間属性の勇者に、それぞれ強い。

 ゲームシステム上は、そのような事になっている。

 だが例えば竜属性である闘姫ランファが、魔獣属性である轟天将ジンバよりも強いとは、恵介には思えなかった。

 ともあれ聖王女レミー曰く、各属性における最強の勇者を1名ずつ挙げるとすれば、轟天将ジンバ、烈風騎アイヴァーン、そして鬼氷忍ハンゾウ。このような顔ぶれになるらしい。

 人間属性最強と言われる勇者……鬼氷忍ハンゾウが今、冷気の濃霧の奥からユラリと姿を現しつつあった。

 ジンバの巨体と比べて細いのは、まあ当然か。

 それでも村木恵介とは比べものにならぬほど鍛え込まれた体格は、黒い装束の上からでも明らかである。

 影が実体化してまとわりついたかのような、黒装束。それが全身のみならず、首から上にまで及んでいる。

 両眼、以外を全て包む込む覆面。まとわりつく影の中から双牙バルツェフを見据える瞳は、青い。

 凍りついた海を思わせる、冷たい青さだった。

「一応は訊いておこうか、双牙バルツェフ。僕が君に与えた、任務の内容は?」

 その声は優しく、しかしやはり冷たい。やんわりと、ひんやりと、聞く者の心に突き刺さってくる。

「……ま……魔王……」

 バルツェフが、凍えている。

 公園を覆う、この白い冷気の霧によって、身体のみならず心まで冷やされている。

「魔王……こ、こっちの世界に……」

「偉いね、よく覚えていた」

 覆面の下で、鬼氷忍ハンゾウは微笑んだようだ。

「そう、魔王をこちらの世界にとどめおく。過酷な任務だという事はわかっているよ。聖王女殿下や轟天将と、対立しなければならない……我ながら、君たちには非道な命令を下してしまったと思う。本当に申し訳ない」

 微笑みながら、ハンゾウが頭を下げる。

 バルツェフが、さらに震え上がった。

「は、ハンゾウ様! そんな……」

「……しかし、やってもらわなければならないのだよ」

 顔を上げたハンゾウが、青く冷たい眼光でバルツェフを刺す。

「双牙よ。君は今、聖王女それに轟天将と行動を共にしている。それは魔王をブレイブランドに押し戻さんとする両名を……隙あらば、殺めるため?」

「ハンゾウ様……俺、あの2人……殺せない……」

 震えながら、バルツェフは俯いた。

「俺……ここで、ハンゾウ様に……殺される……仕方ない……」

「そんな話をするために僕は、わざわざブレイブランドから来たわけではないよ」

 ハンゾウの口調は、まだ優しい。

「魔王の事は、まあ良しとしておこう。封印宮は完成した。聖王女たちが何をしようと、魔王がブレイブランドに送り込まれる事はもはやない……鳳雷凰や魔炎軍師が、封印宮で何やら妙な細工をしなければ、の話だけどね」

 封印宮。

 恵介にとっては、初めて耳にする単語である。ブレイブランドはくまなく探索したが、そんな地名はなかったはずだ。

「魔王は、この汚物溜まりのような世界で永遠に破壊と殺戮を愉しみ続けるだろう。もはやブレイブランドとは関わりなき事。ランファには、隙を見て魔王から離れるよう僕から伝えておく。バルツェフ、君には別の仕事をあげよう」

 汚物溜まりのような世界、と言われた。

 魔王という災厄を押し付けてきた側の人間に、もはやブレイブランドとは関わりない事、などと言われてしまった。

 こちらの世界の住人としては、激怒するべきなのだろうか、と恵介は思う。

 だが魔王よりも許しておけぬ者が、恵介にはいるのだ。

「そこにいる村木恵介を、殺しなさい」

 ハンゾウが何を言っているのか、恵介は一瞬、理解出来なかった。

 バルツェフも同様であろう。ハンゾウの言葉を咀嚼する事が出来ずに、呆然としている。

「聞こえなかったのかな? バルツェフよ。君の双剣をもって、村木恵介の首を滑らかに斬り落としてあげなさいと言ったのだけど」

「あー……ちょっと、いいかな」

 恵介は、口を挟んだ。

「いろいろ訊きたい事はあるんだけど、まず何よりも……あんた何で俺の名前、知ってんの。自己紹介なんて、した覚えないんだけど」

「君は、村木恵介だろう?」

 青く、鋭く、冷たい両眼が、覆面の隙間から恵介に向けられてくる。

「こちらの世界で君ほど、ブレイブランドと関わりを持ってしまった者はいない。これ以上、関わって来られると……いささか、困った事になるのでね」

 確かに、と恵介は思う。ブレイブランドの王族とも個人的親交に近いものを持ってしまった。自分を生かしてはおけない、という者も出て来るだろう。

 あの、武公子カインのようにだ。

「あんた……あの野郎の、同類かよ」

「武公子が実に、中途半端な事をしてくれた。彼が、君の命を奪っておいてくれればね……僕がこうして、わざわざ出向いて来る必要もなかった」

 覆面の下で、ハンゾウは微笑したようだ。

「さて、どうする双牙バルツェフ。君も武公子カインと同じく、中途半端な仕事ぶりしか見せてくれないのかな? この、僕に」

「…………」

 バルツェフが、双剣の片方を恵介に向けた。刃ではなく、柄尻の方をだ。

「……使え」

「おいおい……バル君を相手に、チャンバラをやれってか」

 とりあえず恵介は、受け取るしかなかった。

 バルツェフが日頃、左手だけで疾風の如く軽々と振り回している片刃の剣。

 だが恵介は、片手だけで保持する事が出来なかった。両手に、ずしりと重みが来る。

 人を殺せる武器の重さだ、と恵介は感じた。

 まるで双子のように同じ形の剣を一振りずつ、バルツェフは右手のみで軽々と構え、恵介は両手で懸命に支え持つ。そして対峙する。

「見逃しちゃあ……くれねえよな、やっぱ」

 バルツェフは答えない。ハンゾウも、何も言わない。

 かつて梶尾康祐に雇われ、大勢の人間を殺してきた双牙バルツェフである。自分1人が殺されずに済む、などと恵介は思っていない。

 逃げようが、命乞いをしようが、バルツェフの踏み込み1つで自分は死ぬ。

「ま……あの野郎にぶっ殺されるより、マシかもな」

 武公子カインによる暴虐から、この少年は自分を救い出してくれたのだ。

 その時点で自分の命は、バルツェフのもの。

 思いつつ、恵介は踏み込んだ。重い剣を辛うじて両手で振り上げ、振り下ろしながら。

 その斬撃がバルツェフに届く、よりも早く、恵介の腹に衝撃がめり込んで来た。

 あまり長くはないバルツェフの片足が、目視不可能な速度で跳ね上がったのだ。前蹴りか、膝蹴りか。

 とにかく、恵介は倒れていた。

 息が出来ない。口が、鯉のようにパクパクと閉じては開く。

 そんな恵介に、バルツェフが剣を突き付けてくる。

「お前……武公子にやられた時と、同じ。進歩ない」

 容赦のない言葉を、浴びせながらだ。

「恵介、全然強くなってない。弱い」

 路上で身を丸め、痙攣しながら、恵介は思う。全くその通りだ、と。

 あの時も自分は、こんなふうに考えなしに武公子カインに挑みかかり、蹴り倒された。

「お前、弱い……だから、まだ殺したくない」

 謎めいた事を言いながらバルツェフが、ハンゾウの方を向く。

「ハンゾウ様、俺……恵介、殺せない……」

「欲張ってはいけないよバルツェフ。君は、どちらか1つしか選べないんだ。僕の期待に応えてくれるのか、それとも僕を失望させるのか」

 ハンゾウは言った。

「僕の信頼と、村木恵介の命……さあ君は、どちらを選ぶ?」

「…………」

 バルツェフは答えない。無言のまま、かちかちと歯を鳴らしている。

 白く冷たい霧が、相変わらず晴れる事なく立ち込めていた。

 人体を凍結粉砕するほどの冷気よりも、しかし冷たいものが今、バルツェフを震わせているのだ。

「は……ハンゾウ様……俺……」

 恐怖だった。

 後退りをしようとする少年剣士の身体に、白い霧がまとわりついてゆく。不定形の、禍々しい生き物のように。

 冷たい白さが、バルツェフの全身を覆ってゆく。

「君と、ランファと、過ごした日々は忘れないよ」

 青い瞳をバルツェフに向かって、まるで氷雪の煌きのように輝かせながら、ハンゾウは言った。

「とても楽しかった。まるで、つがいの仔犬か仔猫を飼うようにね……だけど双牙よ、君はもう僕に従順な仔犬ではない。かと言って、僕に牙を剥く覚悟も持てない。何も出来ずにただ迷うだけの、無様な駄犬に成り下がってしまった」

 怯え、震えながら、バルツェフは凍りついてゆく。先程、砕け散った少年たちのように。

「師匠として、飼い主として……ふふっ、育て方を間違ってしまったようだね。君は失敗作だ。責任を持って、僕が処分する」

「やめろ……」

 恵介は、叫ぼうとした。

 その弱々しい叫びを押し潰すかのように、咆哮が響き渡った。

 獣の咆哮だった。

 バルツェフが、吼えている。怯えながら、恐怖の涙を飛び散らせながら。

 その全身から、白い氷の欠片が飛び散った。

「ほう……? 僕の凍結魔法を、自力で振りほどくとは」

 覆面の下で微笑しつつハンゾウが、右手を揺らめかせる。

 その鋭利な五指に、冷気の霧が濃密にまとわりつく。

「面白いね、バルツェフ。君はやはり褒めて伸ばすよりも……追い込んで、怯えさせた方が、実力を発揮してくれる」

 そんな言葉を発するハンゾウに向かって、バルツェフが、氷の破片と冷気の霧を蹴散らし、踏み込んで行く。

 双牙の名に反して右側一振りしかない剣が、激しく一閃した。

 その斬撃を、ハンゾウが右手で迎え撃つ。

 五指にまとわりつく冷気の塊が、実体ある得物と化していた。

 氷、である。短めの刀剣ほどの長さに凍り固まった、鋭い氷柱。

 氷の剣とでも言うべきそれが、バルツェフの刃を受け流していた。

 受け流されたバルツェフが、勢いを殺しきれずによろめく。

 よろめきながらの斬撃が、再びハンゾウを襲っていた。いかなる体勢からも、この少年は敵を斬殺する事が出来る。並の敵であれば、だ。

 一閃した刃はしかし、今度は受け流される事もなく空を切った。

 ハンゾウは、いつの間にかバルツェフの背後にいる。

「腕を上げたね……僕が本気でかわさなければならないような斬撃を、放ってくるとは」

 氷の剣が、後方からバルツェフの首筋に突き付けられていた。

「それに免じて、もう1度だけ機会をあげよう……村木恵介を、殺しなさい」

「ハンゾウ……様……ッッ!」

 涙を流し、怯えながら、しかしバルツェフは牙を剥いていた。

 この少年にとって鬼氷忍ハンゾウは、魔王以上に恐怖をもたらす存在なのだ。

 その恐怖に抗ってまで、彼は戦っている。村木恵介を、守るために。

 思った瞬間、恵介の身体は勝手に動いていた。

 バルツェフから借りた剣を、両手で叩き付けるように振り回す。ハンゾウの、首筋を狙ってだ。

 こんな斬撃では、首を刎ねる事など出来はしない。そもそも、斬撃などと呼べない。

 バルツェフの首筋に突き付けていた氷の刃を、ハンゾウは無造作に振るった。

 それだけで、恵介の手から剣が叩き落とされていた。

「くっ……」

 衝撃が、それに冷気が、左右の手首を震わせる。骨まで痺れさせ、凍てつかせる。

「轟天将に、そこそこは鍛えられているようだね。武公子に殺されかけてもいる……それなりに死線はくぐっている、というわけだ」

 ハンゾウは言った。恵介を褒めてくれている、のだろうか。

「これ以上、場数を踏ませるのは危険だ。ここで始末をしておく必要がある」

「……それを何で、最初っから自分でやろうとしねえ」

 恵介は呻いた。

「バル君はなぁ、俺を殺したくねえんだとよ。そんな奴に何で無理矢理、人殺しをやらせようとする。自分の手ぇ汚そうって気はねえのか」

「やろうとしている。僕はねえ村木君、さっきからずっと君を凍らせようとしてるんだよ?」

 言われて恵介は、ようやく気付いた。

 冷気の霧が、自分の身体にまとわりついている。

 肌寒い。だが凍死するほどではない。

 あと数時間この状態が続けば、あの少年たちのように自分もまた凍り付き砕けてしまうのだろうか。

「バルツェフと同じく、僕の凍結魔法を気力で跳ね返す……その域に、君は達してしまったんだよ。轟天将に鍛えられながら死線をくぐり抜けてきた結果さ。君は、強くなってしまった」

「そんなわけ、あるかよ……!」

 まるで牙を剥くように、恵介は歯を食いしばった。

 武公子カインに、まるで虫けらを嬲り殺すように扱われた。泣き叫び、小便を漏らした。

 そんな自分が、強いわけはないのだ。

「ふん……まぁ村木恵介NからR、くれぇにはレベルアップしてんのかも知れねえけどよ」

「わけのわからない事を……とにかく君は、これ以上強くなる事はない。何故なら、ここで」

 死ぬからだ、とハンゾウは言おうとしたのだろう。

 その言葉が詰まり、覆面から微かな吐血の飛沫が散った。

 黒装束が、血でグッショリと重くなってゆく。

 背中から入った刃が、左胸から現れている。鋭利な、片刃の切っ先。

 バルツェフの剣だった。

「……見事…………ッ!」

 ハンゾウが、血でうがいをしながら声を発する。

「僕が、馬鹿話をしている……その隙を、よく見逃さなかったね。双牙バルツェフ……」

「……ハンゾウ……さま……」

 主君あるいは師匠と呼ぶべき男を背後から突き刺したままバルツェフは、まだ震えていた。

「……お……俺……」

「いいんだよ……弟子は、師匠の屍を踏みつけて……先へと、進む……もの……」

 血染めの黒装束をまとう姿が、白く染まってゆく。白く、霞んでゆく。

 鬼氷忍ハンゾウは、冷気の霧と化していた。

 そして薄れ、消えてゆく。

 公園全域に立ち込めていた冷気の霧も、消え失せていた。

 立ち尽くすバルツェフに、恵介はとりあえず剣を返した。

「バル君……あの、ありがとな」

「礼……何故、言う……」

 俯いたまま、バルツェフが呻く。

「俺……お前など助けない……」

「結果として助かっちまったからな。俺のせいで、鬼氷忍ハンゾウを殺しちまって」

「殺してない」

 俺の心の中で生きている、などと言うつもりなのか。恵介はそんな事を思ったのだが。

「俺ごときの力……ハンゾウ様、殺せない。あれ、ハンゾウ様の分身」

 バルツェフが、信じがたい事を言っている。

「ハンゾウ様……ブレイブランドから、あっちこっちに分身、送ってる。いつもの事……」



 封印宮の露台からは、岩壁しか見えない。

 当然であった。ここは、死せる湖の中なのだ。

 水のない湖を、しかし水の如く満たしているものたちがいる。

 今も、ハンゾウの周囲にたゆたっている。

 目には見えない、知覚する事すら出来ないそれらを、アームドゴーストという物質的な戦力に作り変える。それが封印宮の、役割の1つである事に違いはない。

 だが主なる役割は、その名が示す通り、封印である。

 魔王という悪しき存在を、封印する事だ。

 魔王が、このブレイブランドに存在しない。その状態を永遠に保持する事だ。

 魔王が、地の底に封じられているのであろうが、他の世界で破壊と殺戮にいそしんでいるのであろうが、ブレイブランドの民にとっては同じ事。要は魔王が、ブレイブランドに不在でありさえすれば良いのである。

 不都合な真実を封じておくための、封印宮でもあるのだ。

 露台に佇んだまま鬼氷忍ハンゾウは、じっと岩壁を見つめていた。

 この封印宮は、本来の役割を立派に果たしていると言えるだろう。

 あちらの世界とブレイブランドを繋ぐ通路は、これで完全に塞がれた。魔王がいかなる力を振るおうと、あちら側から、この封印宮という障害物を破壊する事は出来ない。

 魔王は完全に、ブレイブランドから追放された。その状態は永遠に続く。

「この封印宮で……何やらおかしな小細工をする者がいなければ、の話だ」

 振り向かずに、ハンゾウは言った。

 振り向く必要はなかった。気配を隠さず、足音を殺そうともせずに彼女は、足取り優雅に背後から歩み寄って来ていた。

「貴女がそんな事をする、とは思いたくないが……どうかな? 鳳雷凰」

「小細工、ね。貴方が今している事は何なのかしら」

 鳳雷凰フェリーナが、冷ややかに微笑んでいる。

「相変わらず器用な事をするのね。あちらの世界に、分身だけを送り込むなんて」

「その分身が倒されてしまった。双牙バルツェフに、ね」

「あら、あの仔犬ちゃんが?」

「彼は、僕が付けてあげた首輪を引きちぎって……たくましい野良犬になろうとしている」

「……わからないわね。彼に牙を剥かれてまで貴方は一体、何をしようとしているの?」

 フェリーナの視線を感じたが、ハンゾウは振り向かなかった。

「あちらの世界に、貴方や私たちが手を出す理由はもうないはずよ。魔王を追い出す事には成功したのだから」

「その魔王を……どなたかが、こちらの世界に押し戻そうとしておられる」

 ハンゾウはようやく、ちらりと振り向いてフェリーナに眼光を向けた。

 睨む眼光になってしまった、かも知れない。

「聖王女と轟天将を、あちらの世界に送ったのは……貴女か魔炎軍師の、どちらかだろう?」

「聖王女殿下が? あちらの世界に? それは初耳ねえ。そう言えば最近、お姿を見ないと思ったわ」

「……まあ、いいさ。魔王の事は、とりあえずいい。魔王よりも恐ろしいものに、僕たちはそろそろ備えなければならないんだ」

「魔王よりも、恐ろしい……」

 フェリーナが、綺麗な顎に繊手を当てた。

「……そんなものが、存在すると言うの? ブレイブランドに、それともあちらの世界に」

「存在はしない。今は、まだね」

 ハンゾウは言った。

「魔王よりも、恐ろしいもの……それは勇者だ」

「勇者……」

 フェリーナが、綺麗な唇を微かに歪めた。嘲笑だった。

「鬼氷忍、貴方は……まさか、あの馬鹿げた言い伝えを信じているの?」

「魔王の存在だって、最初は馬鹿げた言い伝えでしかなかった」

「それは……確かに、そうね」

 嘲笑交じりにフェリーナは、その愚かな言い伝えを口にした。

「異世界より魔王が現れ、ブレイブランドに災いをなす。時同じくして異世界より勇者が現れ、魔王を討つ……確かに、魔王は現実の災いになってしまった。だから勇者もきっといるに違いない、という話にはなるわよね」

「異世界から勇者を召喚しよう、という動きもあった。だけど僕たちは、そんなものを当てにせず魔王と戦った。結果、魔王を別の世界に追い出す事は出来た。勝ち負けで言えば、ひとまず勝ったとは言えるだろう」

 ハンゾウは、死せる湖の湖岸を見上げた。

「僕たちによって出番を奪われてしまった勇者は、一体どうなってしまうと思う? 魔王との戦いで大いに発散出来たはずのものを、くすぶらせたまま……魔王よりも禍々しい何かになってしまうと、思わないか」

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