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第34話 目覚めし者R

 育ち過ぎた果実のようでもある左右の乳房が、巻き付いた水着をちぎり飛ばしてしまいかねない勢いで揺れる。

 烈風騎アイヴァーンの目が一瞬、そこに釘付けになった。

 その一瞬の間に、十二節棍の先端がアイヴァーンの鳩尾を直撃していた。

「ぐぅ……っえ……ッッ」

 槍を手放して両膝をつき、前屈みに身を折って倒れ込むアイヴァーン。

 その様を見据え、嘲笑いながら闘姫ランファが、棒状に繋がった節棍をヒュンッと高速回転させる。

「あんたバカだから何度でも言っとくけどねえ烈風騎。おバカな勇者様はバカでも出来る悪党退治のお仕事に専念してりゃいいのよ」

 可憐な唇から嘲り言葉を紡ぎながらランファが、倒れたアイヴァーンに歩み迫る。

「青の賢者様たちがねえ、バカじゃ絶対わかんないような難しいお仕事をなさってる所によ。あんたみたいなのが空気読まずに首突っ込んだら、いろいろ台無しになっちゃうでしょう? ねえ」

 激しく動いただけでほどけ落ちてしまいそうな水着を貼り付けた、半裸の美少女。揺れる胸も、躍動する太股も、烈風騎アイヴァーンの実力を少なくとも半分は封じ込めてしまうだろう。

 彼に、戦えるわけがなかった。

 つまり自分、戦姫レイファが戦うしかないという事だ。

「バカに口で言ってもわかんないからねえ……うん。手足の2、3本もへし折って」

「……やめろ」

 おこがましくも烈風騎アイヴァーンを背後に庇う格好で、レイファは割り込んだ。

 そして妹と対峙し、青龍刀を構える。

「やめろランファ。ここで烈風騎の手足をへし折る事に一体、何の意味がある」

「あ? 何あんた。戦場から逃げて来た奴が、逃げた先で姉貴面しようってわけ?」

「仲間同士! ここで傷つけ合う事に一体何の意味がある!」

 レイファは叫んでいた。

「正直に答えろランファ。お前は今、青の賢者様と呼んだ。あの男に愛想良く振る舞いながら内心では侮蔑の念を抱いていた、お前がだ」

 あの男がいるのか。

 力を合わせて魔王と戦った仲間たちが、その魔王の復活を巡って対立し争っている。

 この事態の背後には、あの青の賢者がいるのか。

「一体……あの男に、何を吹き込まれた? どう言いくるめられてお前は今、青の賢者の使い走りのような事を」

 攻撃の気配は感じられた。が、かわす事は出来なかった。

 衝撃が、レイファの両手を打ち据える。

 青龍刀を、叩き落とされていた。

「あんたみたいな出来損ないのダメ女でも一応、あたしの姉貴だからね。命だけは助けてあげてもいいかなー、なぁんて思ってたんだけどぉ」

 棒状に固定された十二節棍が、猛回転しながら襲いかかって来たところである。

「青の賢者様の、悪口……言った? よねぇ今。じゃもう生かしとかない、ぶち殺す!」

 ランファの殺意を宿した棍が、横殴りの旋風となって吹き荒れる。

 よろけるように、レイファはかわした。と言うより逃げた。旋風が、横面の付近をブンッ! と激しく通過する。

 直後。よろめくレイファの片足に、蛇のような鞭のようなものが絡み付いて来た。足首の骨を潰し砕かんばかりの勢いでだ。

 蛇でも鞭でもなく、連結を緩められた十二節棍である。

「あっ……う……」

 弱々しい悲鳴を漏らしながら、レイファは無様に転倒した。

 転倒した女戦士の足首から、十二節棍がほどけてゆく。

 とりあえず解放はされたが、助かったわけではない。

 ほどけた十二節棍が繋がり固まって棒となり、ランファの一見たおやかな両手によってヒュンッと構え直される。

「青の賢者様の魅力と偉大さがわからない脳ミソ……ぶちまけて死んじゃいなよ、クソ姉貴!」

「お……お待ち下さい、どうか……」

 姉を撲殺しようとする妹。その間に割って入って来たのは、レイファが助けた、という形に見えなくもない1人の男である。

 先程、グレコス伯爵の兵士たちに殴られ蹴り転がされていた店主。

 魔獣属性の太り気味な身体が、レイファを後ろに庇い、ランファに向かって土下座をしている。

「どうか、お許しください……このお方に、これ以上ひどい仕打ちは」

 十二節棍が、その懇願を打ち砕いた。

 路面に接するところまで下げられていた男の頭部に、ランファが棍の先端を突き込んだのだ。

 頭皮がちぎれ、頭蓋骨が砕け、その中身が路上に流れ広がる。

 太り気味の肉体が、首から上の原形を失った状態で突っ伏している。

 その屍に、ランファが軽く蹴りを入れた。

「ったく……しゃしゃり出て来るんじゃないってのよ、クソザコが」

 罵りつつ、ランファが後方へ跳ぶ。

 レイファの身体が、ほとんど勝手に動いていた。跳ね起き、駆け出し、まだ痛みの残る片足を思い切り離陸させる。

 オークソルジャーの頭蓋を粉砕する蹴りを、自分の妹に叩き込む。その事に対する躊躇いが、レイファの中から完全に消え失せていた。

 かわし、着地したランファが、ニヤリと凶悪に微笑む。

「へえ……殺しに来たね、姉貴」

 棒状に固まった十二節棍が、その微笑とともに突き込まれて来る。

「あたしさぁ、実はアンタの事大っ嫌いだったのよねー。お互い、考えてた事は同じ」

 突き込まれて来た棍を、レイファは左手で掴み止めた。

 ランファが息を呑んで黙り込み、青ざめる。

「弱い者に対してしか、振るえぬ棍……」

 掴んだ棍をグイと引っ張りながら、レイファは言った。

「このようなもの、闘姫ランファの技ではない……貴様、何者だ!」

 よろめき引き寄せられて来たランファの身体に、レイファは蹴りを叩き込んでいた。

 美しく力強い脚線が、斬撃のようにしなって閃き、闘姫ランファ……の姿をした何者かをズドッ! とへし曲げる。

 水着姿の美少女が、腹を押さえてのたうち回り、血を吐きながら悲痛な呻きを漏らす。

 男、例えば烈風騎アイヴァーンであれば、ここで攻撃の手を緩めてしまうところであろう。

 だがレイファは容赦なく、青龍刀を拾い上げていた。

 その際、路上に横たわる男の姿が視界に入ってしまう。

 恩返し、のつもりだったのであろうか。レイファを庇ってランファに打ち殺された男の、頭蓋が潰れた屍。

 殺し合い同然の姉妹喧嘩など、珍しいものでも何でもなかった。

 その最中であろうとしかし、無関係の者を巻き込んで殺すなど、闘姫ランファであれば絶対にあり得ない。本物のランファであれば。

「偽物めが……生かしては、おかぬぞ」

「ち……ちょっと待ってよ、姉貴……」

 ランファの姿をした何者かが、立ち上がれぬまま苦しげな愛想笑いを浮かべる。

「偽物とか……一体、何言っちゃってんの。あたしは、可愛い妹のランファ」

「本物であれば尚の事! 許してはおけぬ!」

 叩きつけるように、レイファは青龍刀を一閃させた。

 竜の美少女の半裸身が、縦真っ二つになりながらキラキラと飛び散った。

 両断された肢体が、光の粒子に変わり、飛散し、消えてゆく。

 オークソルジャーやファイヤーヒドラ……魔王配下の怪物たちと、同じ死に様である。

 闘姫ランファの姿をしていた何者かは、無残な屍を残す事もなく、消えて失せた。

 屍を残した男の傍に、レイファは跪いていた。

「そう……最初から、わかってはいたんだ……」

 頭の潰れた、惨たらしい死体。

 してやれる事など何もないまま、レイファは呟いた。

「私は、戦いから逃げた……逃げた先でも、こんな事が起こる……」

 近くでは烈風騎アイヴァーンが、腹を押さえながらよろりと立ち上がっている。男の屍を見下ろし、沈痛な表情をしている。

 助けてやれなかった、などと思っているのかも知れない。

「逃げる場所なんて……最初から、なかったんだ」

「……俺、無様だったな。助かったぜレイファ」

 アイヴァーンが言った。

「おめえさん、やっぱ強えよ。きちっと本気さえ出せりゃ、俺なんかより」

「そんなわけはない……だけど今までよりは、少しましな戦いが出来るようにはなったかな」

 レイファは立ち上がった。

「そう、戦いに戻らなければ……どの面下げて、と魔炎軍師には言われるだろうけど」

「……一体、どういう事なんでえ」

 槍を拾いながら、アイヴァーンが訊いてくる。

「今のはランファの……偽者? って事でいいんかい」

「それも、どうやら魔王に関わりある力で作り出された模造品だ」

 魔王配下の怪物たちと同じ死に様を、今の偽物は晒していた。

「……私も、貴公に説明出来るほど事情を知っているわけではない」

 魔海闘士ドランがダルトン公に与し、魔王復活を目論む側に身を置いている。

 それをレイファは、やはりアイヴァーンには言えずにいた。

 一瞬、期待にも似た思いが胸中に浮かんで来る。

 あのドランも、今のランファと同じく紛い物なのではないか。

 即座にレイファは、その思いを打ち消した。

 実際に、戦場で出会った。そして戦った。否、戦いにすらならず叩きのめされた。

 だから、わかる。偽者などではない。

 あれは本物の、魔海闘士ドランであった。



 霧が出て来た。

 何も見えなくなる、ほどではないが、公園の風景がうっすらと白く霞んでいる。

 ぶるっ、と震えが来た。いささか傷にしみる寒さである。寒い季節でもないのだが。

 恵介は、己の顔面を軽く撫でさすった。

 包帯の面積は、かなり減った。

 少し前までは、まるで白い覆面のようであった。輪郭すら判然としないほど、包帯を固め巻かれていた。

 今も覆面状態である事に違いはないが、少なくとも顔を見て村木恵介であるという事はわかる。

 だから、こういう連中が絡んで来る。

「なあ村木君よ。怪我してりゃ許してもらえるとか思ってねえよなあ? まさか」

「北岡はよ、もう自力じゃ飯も食えねえし口もきけねえ。なのにテメエはのうのうと外歩いてやがる。これが一体どうゆう事か、わかってんのかなああ?」

「俺らにブッ殺されても文句言えねえって事だぜオイごるぁあ!」

 5人、恵介を取り囲んでいる。

 新永山高校の、男子生徒たち。入院中の北岡光男と、よく行動を共にしていた少年たちだ。

 北岡はある時、中川美幸が学校に連れて来た1人の男によって、顔面を殴り潰された。

 その男は魔王という正体を現し、怪物たちを引き連れて姿を消した。

 そして北岡を病院送りにしたのは村木恵介、という話になってしまったのだ。

 誤解を解こうという気が、恵介にはなかった。

 今なら思う。魔王になど任せず、自分が北岡を叩きのめしてやるべきだった、と。今から入院先に赴いて、とどめを刺してやろうか、とすら思う。

 自分の心が、荒んでいる。それを恵介は、自覚してはいた。

「……で?」

 包帯の下で、恵介はニヤリと笑って見せた。こうして表情筋を動かすと、微かな痛みが疼く。

 痛み続ければ良い、と恵介は思う。あの男への憎しみを、忘れないためにも。

「北岡の仇……討とうってんなら相手になるけどよ。そうじゃねえだろ? てめえら」

 少年5人が、怒りのあまり痙攣している。

 轟天将ジンバに鍛えられ、いくらかは強くなった。とは言え5対1で勝てるわけはない。しかも、こちらは怪我人である。

 殺されるかも知れない、と思いつつも恵介は言葉を止められなかった。

「要は、俺をぶちのめしてえだけなんだよなあ。それを友達の仇討ちって形にしてえんだろ? てめえらって生き物は年がら年中、暴力を振るう理由を探してやがる。ハイエナかハゲタカみてえによ」

「本っ……ッッ当に、殺されてえのか。てめえ」

 1人が、胸ぐらを掴んでくる。

 掴まれた瞬間、恵介は片膝を跳ね上げていた。眼前で凄む少年の、股間を狙ってだ。

 ここまで上手くいって良いのか、と思えるほど見事に、膝蹴りが入った。胸ぐらなど掴みに来るからだ、と恵介は思った。

「バカが……掴んでる暇あんならブン殴ってりゃいいだろがぁああああッ!」

 内股気味に崩れ落ちて悲鳴を上げる少年の顔面に、恵介は拳を叩き込んでいた。

 多人数を相手に勝てる手段が、1つだけある。ジンバと共に恵介の稽古相手を務めてくれている、双牙バルツェフが言っていた。

 最初の1人を、とにかく徹底的に叩きのめし、他の者たちを出来る限り怯ませる。それしかない、と。

 倒れた少年の顔が一瞬、武公子カインの高慢な美貌に見えた。

 その顔を、恵介は思いきり踏みつけていた。自分があの男に、そうされたように。

 鼻を踏み折った感触が、靴の裏からグニャリと伝わって来る。

 潰れた悲鳴が、いくらか間抜けな感じに響き渡った。

 他4人が、息を飲んで硬直している。

 うち1人に、恵介は殴りかかっていた。

「ち……ちょっと待っ」

 言いかけた少年の顔面に、拳を打ち込む。

 歪み、揺らいだ顔が、またしてもカインと重なった。

 恵介は少年の頭を掴み、近くの木の幹に叩き付けていた。2度、3度と。

「や、やめろよ……殺す気かよ……」

 3人目の少年が、そんな世迷言を漏らしている。

 恵介は飛びかかり、掴み、膝蹴りを入れた。

「殺しに来たのぁテメーらの方だよなあ!? 俺のことブッ殺すとか言ってたよなあ? なあ!? なあ!」

 前屈みにへし曲がった少年の身体に、ガスガスと蹴りを降らせながら、恵介は叫んだ。

「怪我人の俺をよォ、4人とか5人で囲みやがった奴らがよお! 今さら甘ったれた事言ってんじゃねえぞ!」

「お、俺たち……付き合いで来ただけだから……」

 残る2人の少年が、そんな事を言いながら逃げ腰になっている。

 付き合いで来て、付き合いで恵介を半殺しにしようとしていた者たち。

 やはり、許しておくわけにはいかなかった。

「死ねよ、てめえら……」

 言いつつ、恵介が踏み込もうとする。

 逃げ腰の少年2人はしかし、その時にはすでに死んでいた。

 両名とも、口から何かを生やしている。

 槍の、穂先であった。まるで魚の骨のようにギザギザとした、物騒な形の槍先。

 それが2本、少年2人の後頭部から入って口へと抜けているのだ。

 立ったまま屍となった少年たちの背後に、よくわからぬ生き物が立っている。

 白っぽい全身甲冑に身を包み、魚の骨に似た槍を持った、2人の兵士。

 いや、甲冑ではなく外骨格か。骨が、身体の外側に出て鎧を成しているように見える。

 頭だけではなく、両肩も、胸板も、腰の左右と両膝も、頭蓋骨だった。それら全てが、眼窩の奥で禍々しく眼光を燃やしている。

 そんな姿の怪物が2体、槍で突き刺した屍を放り捨て、その槍先を恵介に向ける。

 もはや見ただけでわかる、と恵介は思った。ブレイブランドからの来訪者。それもレミーやジンバの仲間ではなく、ソードゴブリンやオークソルジャーの同類であろう。

 そんな怪物たちが人間を殺害する様を見ても、何とも思わなくなってしまった。

「え……っと。俺を助けに来てくれた……ってワケじゃあ、ねえよな?」

 恵介は問いかける。

 骨の兵士たちは答えない。その代わりのように3体、4体と、霧の中から姿を現し、恵介を取り囲みにかかる。

 魚の骨のような槍が何本も、恵介1人に向けられている。

「むしろ俺を……殺しに来た、と」

 殺す、などと口に出す事もなく、無言の殺意を槍と一緒に突き付けてくる怪物たち。

 恵介は見回した。槍を、どうにかして奪う。それしかない。

 このような連中を相手に戦えないようでは、武公子カインを倒すなど、夢のまた夢なのだ。

 骨の兵士たちが、一斉に踏み込み、全方向から恵介を突き殺しにかかる。

 その時、疾風が吹いた。

 骨の甲冑が、縦に、横に、斜めに、両断されてゆく。

 真っ二つになった怪物たちが、そのまま砕け、崩れ、光の粒子に変わり、消滅してゆく。

 消えゆく光を蹴散らすように、左右2本の剣が閃く。獣の尻尾が、ふっさりと揺れる。

 恵介は、声をかけた。

「よう……バル君じゃねえか」

「……気安く、呼ぶな」

 不機嫌そのものの声を発しながら、1人の少年がフワリと動きを止める。

 頭にピンと立った、獣の両耳。可愛いと思えるほどに幼く、だが鋭い顔つき。

 恵介よりも小柄で、しかし無駄なく強靭に鍛え込まれた身体には、軽めの部分鎧をいくつか装着している。

 左右それぞれの手に握られた剣は、鋭利に湾曲しており、まるで2つの三日月を携えているかのようだ。

 切り刻まれた怪物たちがキラキラと消えゆく有り様、その真っただ中に佇む双牙バルツェフ。

 彼の周囲に、骨の兵士はもはや1体も残っていない。

「悪いな。わざわざ、助けに来てくれたのかい」

「聖王女……恵介の事、心配してる。お前、弱いくせに馬鹿やる。そして死ぬ」

 容赦ない事を言いつつバルツェフが、ちらりと見下ろす。恵介に叩きのめされ、路上に倒れ泣き呻いている、3人の少年を。

「恵介……お前、戦えるの、こういう奴らだけ。無茶、するな」

「俺の事、心配してくれちゃってる?」

 笑う恵介の首筋に、バルツェフが双剣の片方をピタリと突き付ける。

「お前……まだ弱い。強くなるまで、死ぬな」

「……おめえらから見りゃ俺なんて、こいつらと大して違わねえもんな」

 苦笑しながら恵介は、自分が叩きのめした少年の1人を助け起こした。

「よう、大丈夫か? 悪かったな、やり過ぎちまってよ」

 否。助け起こそうとした瞬間、その少年は砕け散った。まるでガラス細工のように。

「な…………」

 呆然としつつ恵介は、ある事に気付いた。

 霧が、随分と濃く深くなっている。公園の風景が、ほとんど見えない。

 そして、寒い。

 霧の粒子1つ1つが、いずれ氷の粒になってしまうのではないかと思えるほどだ。

 恐ろしく冷たい霧の中、残る2人の少年が、倒れたまま凍り付いていた。

 そして同じくガラス細工のように、砕け散った。

「……冷たい……霧……」

 バルツェフが、息を飲んでいる。震えている。

「まさか……そんな……」

 怯えている、と言っても良いだろう。

 白い闇とも言える濃霧の中に1つ、人影が見える。

 ブレイブランドの勇士をも怯えさせる何者かが、冷気の霧の中に佇んでいる。

「闘姫ランファは、しっかりと務めを果たしている……」

 その何者かが、言った。穏やかな、若い男の声。

「魔王の側にあって、魔王をこちらの世界にとどめ置く……ブレイブランドを守るために、あの子は命を賭けて立ち回っているよ」

 その男は、微笑んでいるようだ。

 バルツェフはしかし微笑むどころではなく、怯え固まっている。

「なのに君は一体、何をしているのかな? 双牙バルツェフともあろう者が」

「……ハ……」

 辛うじて聞き取れる声を、バルツェフは発した。

「……ハンゾウ……様……」

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