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第31話 人間の屑SR

 王笏とは、国王のみが所持携行を許された杖である。

 それをダルトン公は、勝手に作ってしまった。

 すでに国王になったつもりでいる愚かな男が、王笏を振り上げ、激昂している。

「よくも、よくも私を愚弄しおって! 賢者の紛い物があッ!」

 振り下ろされた王笏が、赤の賢者を打ち据える。

 真紅のローブに包まれた少女の細身が、王笏でめった打ちにされながら這いつくばり、縮み上がっている。

「や……やめて……あたしだって、何が何だか……わかんないのよォ……」

「貴様が紛い物であった! ただ、それだけの事であろうがああああ!」

 泣きじゃくる少女の顔に、ダルトン公が王笏を叩き付ける。涙と血飛沫が、一緒くたに舞い散った。

 ダルトン公の、私邸である。

 封印宮を奪うべく、意気揚々と魔物の軍勢を率いて出たのだが結局、戦いもせずに戻って来る事となった。

 魔物の軍勢が、行軍中に突然、消えて失せたからだ。

 消え失せた魔物たちを、赤の賢者は召喚しようとした。何度も試みた。

 だが結局、魔物の軍勢は、ダルトン公のもとへは戻らなかった。消えて失せたきりである。

 だから今、赤の賢者は、このような目に遭っている。

 見苦しく怒り狂って王笏を振り回すダルトン公と、見苦しく泣き喚いて打擲を受け続ける少女。

 その様を眺めつつ鳳雷凰フェリーナは、考えていた。

 魔物たちは、どこへ消え失せたのか。何故、戻って来なくなってしまったのか。一体、何が起こったのか。

 考えるまでもない、とフェリーナは思った。

 魔物たちは、本来の主である魔王に引き寄せられ、あちらの世界へ行ってしまったのだ。

 あちらの世界で魔王が、魔物たちを引き寄せてしまうほどに、力を回復しているのだ。

 すなわち聖王女レミーと轟天将ジンバが、魔王を撃ち損じたという事である。

(だから申し上げましたのに……)

 この場にいない聖王女に、フェリーナは心の中で語りかけた。

 封印宮から、鬼氷忍ハンゾウが送り込んだランファとバルツェフ、それに自分が送り込んだ武公子カイン。この3名が聖王女・轟天将と合流し、何事もなく力を合わせる事が出来たとしても、ここまで力を取り戻してしまった魔王を討つ事は、もはや不可能であろう。

 出来るとすれば、以前そうしたように、魔王を別の世界へと追い出す事くらいであろうか。

 あちらの世界から、このブレイブランドへと。

(貴方たちの役割が重要になってくる、という事よ)

 発狂者の如く王笏を振り回し続けるダルトン公、打ち据えられて泣き喚く赤の賢者。

 その様を冷ややかに見物しながらフェリーナは、両者に聞こえぬ小声で呟いた。

「だから今のうちに思う存分、お馬鹿を晒しておきなさい……」

「おい、何をしている!」

 たくましい人影が1つ、ずかずかと室内に踏み入って来た。

 鱗の上から甲冑をまとった、強固な武人姿。獰猛な怪魚の頭部。

 魔海闘士ドランであった。

 カギ爪と水掻きを備えた手が、ダルトン公から王笏を奪い取る。

「なっ! 何をする無礼な……」

 言葉を発しながらダルトン公は、両足をばたつかせた。

 締まりのない小太りな身体が、ドランに胸ぐらを掴まれ、宙に浮いている。

「公は、御自分の立場を理解しておられんようだな」

「な、何をぬかす貴様! 怪物の分際で一体、誰に対し口をきいておるのか」

「無論、我が主君ダルトン公に申し上げている」

 公の弛んだ首を、今にも食いちぎってしまいそうな肉食怪魚の口が、牙を剥きながら言葉を発する。

「貴殿はな、俺たちに主君として担ぎ上げられているのだ。輿の上で、ただ泰然とふんぞり返っていれば良い。わざわざ輿から降りて来て、くだらん事をするな」

 ドランは、長椅子の上にダルトン公を放り捨てた。

「公よ……貴殿は、実に哀れな男なのだ。ゆえに生かしておいてやっている。それを忘れるなよ」

「…………!」

 だらしなく肥えた身体を、長椅子の上で縮めながら、ダルトン公は青ざめ黙り込んだ。

 そちらをもはや一瞥もせずドランは、立てず涙ぐんでいる赤の賢者に、手を差し伸べた。

「災難であったな……大丈夫か?」

「……触んないでよ……その他大勢のザコキャラのくせに!」

 赤の賢者が、泣き喚きながら怒り狂う。

「ちょっと役に立ってるからって、いい気になんないでよね! あたしのデッキじゃ烈風騎アイヴァーンが最強、それ以外は基本みんなザコなんだから!」

「落ち着け、何を言っているのかわからんが……」

「とっととアイヴァーンに会わせなさいって言ってんの! あんただけじゃなく轟天将やら聖王女やら魔炎軍師やら、どうでもいい連中ばっか出て来んじゃないってのよザコどもが」

 フェリーナは、長椅子に身を沈めたまま鞭を振るった。

 赤の賢者の足元で、衝撃と電撃が跳ねた。

 怒り喚いていた少女が、悲鳴を上げ、尻餅をついたまま激しく後退りをして壁に激突する。

 その滑稽な怯えようを見物しながら、フェリーナは言った。

「おわかりでしょう魔海闘士殿。その女は正真正銘、人間の屑……優しく手を差し伸べたところで、その手に汚物をなすりつけられるだけよ」

 そのような屑を、あちらの世界から引き連れてきたのは、フェリーナ自身である。

「我ながら慧眼だと思うわ……よくもまあここまで、どう扱っても心が痛まないような屑女を見つけて来たものよね私も」

「…………」

 ドランは無言で、赤の賢者を見つめている。壁にすがりつくように怯えている無様な少女に、哀れみの眼差しを向けている。

 この赤の賢者が、哀れむべき存在であるのは、まあ間違いない。

 だが、とフェリーナは思う。

「ねえ魔海闘士……貴方、青の賢者は哀れんであげないの? その小娘よりも、あの男の方が、ずっとかわいそうだと私は思うのだけど」

「……あれは確かに気の毒な男だ。いずれ叩き殺して、楽にしてやる」

 そんな事を言いながらドランが身を屈め、ダルトン公の背中をぽんと叩く。

「公よ。貴殿は、あやつよりはずっとましな御仁であるなあ」

 などと言われて喜ぶはずもなくダルトン公は、赤の賢者と同じく、怯え続けていた。



 どんなに可愛らしくとも、猫は肉食動物である。それを忘れてはならない。

 中川美幸は、そんな事を思っていた。

 和弘が、ぴちゃぴちゃと血を舐めている。

 畳の上にぶちまけられ、血まみれとなった高級料理を、さほど美味そうでもなく食べている。

「あの……もしかして、猫缶とかの方が美味しい……ですか?」

 美幸は恐る恐る、そんな事を問いかけてみた。

 和弘はただ、にゃーと鳴いた。その可愛らしい鼻面が、血まみれである。

 鶏や魚の血ではない。人血だ。

 美幸など普通に生きていれば一生縁がないであろう高級料亭の、一室である。

 庭園に面しており、月見などしながら酒食を堪能する事が出来る。

 惨状は、室内から庭園にまで続いていた。

 いくつもの人体が、料理と一緒くたにぶちまけられている。

 一目でそれとわかる、堅気ではない屈強な男たち。

 全員、あの時の飯島たちと同じような死に様を晒していた。

「ひっ……ぐ……草間ぁ、てめえ……」

 辛うじて生きている者もいる。老人、いやまだ初老と呼べる年齢か。

 仕立ての良い高級なスーツに身を包んではいるが、その様はまるで、いじめられている子供である。

 どうにか虚勢を保っているところは、さすが広域暴力団の組長と言えなくもないか。つい最近までは、若頭であったようだが。

「こ、こんな事しでかしやがって、ただで済むとでも」

「戦争なら大歓迎ですよ神崎さん。いつでも攻めてらっしゃい」

 草間弘樹が、ニタニタと凶悪な笑みを浮かべて言う。

「こちらのタマさんに、勝てるとお思いでしたら……ね」

 上座で、無事なお膳をガツガツと平らげている男が1人。

 がっしりと力強い身体を包む安物のスーツは、返り血で濡れ汚れている。

 整った顔立ちは金色の髪で彩られ、その金髪を掻き分けるように、頭からは角が伸びていた。左右一対。左側の角は、半ば辺りで折れている。

 タマ、などと呼ばれたその男が、高級日本料理を2人前3人前とかき込みながら言う。

「油分が、まるで足りん……コンビニ弁当の方が美味いぞ」

「コンビニなんざぁ日本全国、片っ端から買い占めて差し上げますとも」

 草間が、タマに対しては恭しく、神崎に対しては悪意丸出しで、言葉を投げる。

「ま、そんなわけで神崎さん。あんた方にケツ持ってもらう必要、なくなりましたんでね」

「ま、待て……わかった、六道会のシノギは全部おめえのもんだ」

 神崎が、虚勢を捨て去った。

「だ、だから頼む、命だけは」

「んー……どう言ったら、わかってもらえんのかなあ」

 草間が、頭を掻いている。

「俺はね神崎さん。ヤクザや半グレの枠から出られねえ、ケチくさい商売にゃ興味ないんですよ。何しろ、こちらの方々がいてくれりゃ警察だって恐かねえ……麻薬だの風俗だのオレオレ詐欺だので、ちまちま稼ぐ必要なんざぁねえって事です」

 喋る草間の傍らに、優美な人影が立った。

 長旅で薄汚れていたマントは、綺麗に洗濯をしたようである。

 その下に、服か鎧か判然としないものを着用している。豪奢な衣服のあちこちが、部分甲冑で補強されているようだ。

 そんな装いをした身体は、タマに比べると一回り近く細い。

 細身の、優男である。顔は信じられないほど美しいが、その冷酷残忍な心根は、美幸も目の当たりにしている。

 村木恵介をひどい目に遭わせた男である。確か、武公子カインと呼ばれていた。

 そんな危険人物を傍らに立たせたまま、草間は調子に乗っている。

「俺たちは、もっと大きな事が出来る……ああでも神崎さん、あんたは必要ありませんから」

「不要なのは貴様も同じだ。わかっているのであろうな?」

 カインが剣を抜いた。フェンシング用のものに似ている、細身の剣。

 その針のような切っ先が、草間に突き付けられる。

「私の目の前で、あまり不愉快な言動を晒すな……手足を失い、芋虫の如く這いずりたくなければな」

「わ、わかっておりますとも……」

 草間が、恭しく怯えながら脇にどいた。

 自分に代わる獲物として神崎を、武公子の眼前に提供する。そんな形になった。

「ふふ、本当に……」

 嘲笑いながらカインが、軽く剣を動かした。細身の刀身が、ピュルンッとしなって跳ねた。

 ぞっとするほど美しい、嘲りの笑顔。

 美幸が思わず息を呑み、見入っている間に、神崎の首は高々と宙を舞っていた。

「本当に、鳳雷凰の言う通り……どう扱っても心が痛まぬ屑どもばかりの世界よなあ!」

 放物線を描く生首を、光が貫いた。カインの剣が、串刺しにしていた。

「殺しても面白くなし、だが生かしておく理由もなし。ならば生かさず殺さず、手足を切り落とし目を抉り抜いて舌を切り刻み、虫ケラとして這わせてみるのも一興か? こちらの世界の屑ども、1匹残らずそうしてくれようか!? 私を楽しませる、それ以外には一切の存在意義を持たぬ屑虫どもが!」

「おい」

 高級料理をコンビニ弁当の如く平らげながら、タマは物騒な声を発した。

「……食事中だ。少し静かにしろ」

「は……ははぁあああああッッ! も、もももも申し訳ございませぬ!」

 血と屍にまみれた畳の上に、カインは思いきり身を投げ出し、平伏していた。

 土下座の姿勢のまま、ズザザァーッと滑るように後退して行く。散乱する生首や手足や臓物を、蹴散らしながらだ。

「偉大なる魔王様の麗しき御機嫌を損ずる意思など毛頭ございませぬ、どうかお許しを! お慈悲を、ご寛恕を! こ、こやつらがあまりにも屑であるがゆえ、否! このカインとて、こやつらに劣らぬ屑でございますゆえ! 取るに足らぬ虫ケラを見逃す、寛大なる御心をもって何卒、何とぞお許しをぉおおおおお!」

「だからぁ、魔王様は静かにしろっておっしゃってるの」

 部屋の片隅で苦笑しているのは、翼と尻尾を生やした美少女である。

 丈の短いチャイナ服のような衣装を身にまとい、むっちりと形良い左右の太股を、いささかだらしなく開いた姿勢で畳の上に座り込んでいる。丸見えの白いものが、生のランジェリーか、あるいはレギンスやスパッツの類であるのかは、よくわからない。

 以前、アパートの前で1度だけ会った事がある。闘姫ランファ、と呼ばれていた少女だ。あの時は、獣の耳と尻尾を生やした少年と一緒であった。

 彼は、いかなる事情でかランファと袂を分かち、村木恵介と共に行ってしまった。

「で……これからどうするの? 魔王様」

「適当に過ごす」

 タマ……いや、どうやら魔王であるらしい男が答えた。

「こちらの世界にも、いささか興味が湧いてきたところだ」

「そうそう。ブレイブランドなんかより、ずっと面白い所でしょ?」

 ランファが微笑む。

 可愛らしい、だが一癖ありそうな美貌が、ニヤリと陰惨な歪みを帯びた。

「めちゃくちゃに、してやりましょうよ。あたし、いくらでも手伝いますから……あんたたちも。魔王様の興味を、こっちのクソ世界に引き付けておく努力を怠らない事」

「当然、わかっていますよ……こっちの世界には、あんたたちの力が必要なんです。大いに、ね」

 こっちの世界、などという言葉を、草間は平気で口にしている。

 あっちの世界、とでも呼ぶべきものが存在する、という事か。

 確かに、別世界の住人とでも思うしかない。タマも、武公子カインや闘姫ランファも。それに村木恵介と行動を共にしていた、あの金髪の美少女や虎の頭の大男も。

「どんなもんですかね吉村さん。俺ら下っ端の売り込みも、たまには受けてみるもんでしょう?」

「確かに、ね……無理矢理にでも時間を作った、その甲斐はありました」

 この場において、落ち着き払って酒食を楽しんでいる男が、タマ以外にもう1人いる。その男が、草間の言葉に応えた。

「このところ都内各所で発生している、破壊・騒擾・殺人事件……人間ではないものの仕業である、などという噂も流れておりましたがね。なるほど、このような方々の仕業でしたか」

 暴力団の類には見えない、身なりの良い勤め人らしき中年の男。

 高級な酒と料理を品良く堪能しつつ、殺戮を見物していたその男が、興味深げに言った。

「知事も……それに与党の先生方もね、大いに興味を持っておられますよ」

 吉村、と呼ばれた男の目が、ちらりと庭園に向けられる。

 血を啜る音が聞こえて来る。肉を、骨もろとも咀嚼する音が聞こえて来る。

 何が起こっているのか、よくわからない。見てみよう、という気にも美幸はなれなかった。

 とにかく、大量に散らばった男たちの屍を、凄まじい勢いで片付けている者たちが存在する。

「その怪物たちも、国庫から出るお金で匿い養う事になるでしょうが……なに、下手に軍備を増強するよりも安上がりです。国民も納得してくれるでしょう。何しろ自衛隊も動かさず、9条を書き換える必要もなく、国際貢献が出来るのですからね」

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