表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/37

第29話 離散する勇者たちSR

 球技、のように見えなくもなかった。

 轟天将ジンバという名前らしい虎の大男が、力強い両腕を目まぐるしく動かしている。小刻みに、鎖を振るっているのだ。

 その鎖の先端では、巨大な鉄球が、暴風そのものの唸りを発している。

 無論、梶尾康祐の目で捉えられるものではない。

 立て続けに、暴風を投げつけている。鎖を振るう轟天将の動きが、梶尾にはそのように見えた。

 間断なく襲い来る暴風を、タマが左右の素手でことごとく打ち払っている。ラケットを使わぬ卓球、といった感じにだ。

 まるで猫のような名前をつけられた、金髪の若い男。

 外見は、轟天将よりも遥かに人間に近い、だが間違いなく人間ではない男。

 人間ではない者たちが普通に暮らしている世界が、存在する。それは、もはや疑う余地のない事実であった。

 田中や根岸を殺した、あの怪物たちも、その世界から来た。

 あの時と同じように今、大量の怪物どもが、いきなり目の前に現れたのだ。

 何体ものオークソルジャーが、槍を振りかざし、襲いかかって来る。梶尾を刺殺・撲殺しようとしている。根岸や宮本が殺された、あの時のように。

 むっちりと格好良い太股が、梶尾の視界をかすめた。

 チャイナドレスのような衣装を豊麗に膨らませた胸が、荒々しく揺れる。棒のような鞭のようなものが、一閃する。

 蹴りと、12節棍。闘姫ランファが、梶尾を助けてくれたとことであった。

 襲いかかって来たオークソルジャーたちが、グシャグシャッと砕け散りながら光に変わり、消滅する。

「逃げた方がいいんじゃない?」

 梶尾を護衛する形に12節棍を構え直しながら、ランファは言った。

「借金の回収は済んだんでしょ。梶尾さんがここにいる理由、もうないと思うんだけど」

「俺が……ここにいる理由……」

 ランファやバルツェフを手懐けながら、自分がここまでやってきた理由。それは今、目の前にあるのではないか。

 この怪物たちは突然、現れた。まるで何者かに呼び出されたかの如く。

 誰に、呼ばれたのか。

 この光景を見る限り、答えは1つしかない。

「てめえ……てめえか……!」

 梶尾の右手で、ナイフが開いた。

 こんなもので、どうにか出来る相手ではない。そんな分別は、消えて失せた。

 タマという、ふざけた名前の男。人間ではない男。どうやら魔王と呼ばれているらしい男。

 禍いは全て、この男が呼び寄せたものだったのだ。別の世界から。

「根岸も……田中も、宮本も……テメエのせいで……てめえが、テメエがああああああ!」

 お笑い種、としか言いようがなかった。

 仲間の仇を討つために飼い馴らした、つもりの戦力が、仇そのものであったのだ。

「ちょっと、梶尾さん……!」

 止めようとするランファの声など、もはや聞こえない。

 もはや信用など出来ない。ランファもバルツェフも、魔王と同じだ。怪物たちと同じく、別の世界から来た禍いだったのだ。

 別の世界から来た者たちを、信用するべきではなかったのだ。

 ナイフに全体重を預け、梶尾は駆け出していた。魔王に向かってだ。

「てめえ! てめえが! てめえがァアーッ!」

 自分の絶叫。

 それが、梶尾康祐の鼓膜を震わせる、最後の音声となった。



 焦げ臭さが、漂っている。

 紙ならば発火させてしまいかねない火花を、大量に飛び散らせながら、剣と剣が高速で激突し合っているのだ。

 時には一直線に奔り、時には鞭の如くしなって閃く、細身の刃が1本。

 鋭利に湾曲し、まるで新月のような輝きを宙に残しつつ乱舞する、片刃の刀身が2本。

 計3本の剣を激しくぶつけ合わせる、2人の剣士……武公子カインと、双牙バルツェフ。

 魔王討伐の偉業を成し遂げた勇者たちの、剛力の筆頭は紛れもなく轟天将ジンバであろう。

 俊速の双璧として名を挙げられるのが、カインとバルツェフであった。

 だが身体的な敏捷性ならばともかく、剣捌きの速度と技量は、自分よりもカインの方が上であると、バルツェフとしては認めざるを得なかった。

 うかつな扱い方をしたら折れてしまうであろう細身の剣が、まるで太い鉄棒のような強度で、バルツェフの斬撃を弾き返し、受け流し、それと同時に反撃を繰り出して来る。

 鞭を思わせる閃きが、バルツェフの左胸を、首筋を、眼球を襲う。

 間断なく襲い来る細身の切っ先を、バルツェフは左右の剣で受け弾き、それが間に合わぬ時は後退してかわし、少しずつ防戦一方に追い込まれていた。

「身の程知らずの犬が! 私に刃を向ける、それがいかなる事であるのか! 獣の頭でも、いささかは理解出来たであろうなああああ!」

 高らかに罵声を張り上げながら、カインが踏み込んで来る。

 細身の剣が、刺突の豪雨となってバルツェフを襲う。

「さあ鳴け! 尻尾を振って鳴いてみせろ! 多少でも可愛げがあれば、命だけは助けてやらぬでもないぞ? 手足を切り落とし、犬と言うより虫ケラとして生かしてやる! 無様に這って生きるがいい!」

「お前……うるさい」

 閃光の豪雨が、止まった。

 左右2本の剣でバルツェフは、細身の刀身を挟み込み、捻り上げていた。

「貴様……」

 武公子の秀麗な容貌が、憎しみに等しい苛立ちで歪んでゆく。

 睨み据え、バルツェフは言った。

「戦いの最中に喋る奴……恐くない。言葉に夢中、攻撃おろそか」

「犬が……ッッ!」

 武公子カインは、怒り狂っている。

 が、それとも比べ物にならないほど激しい怒りの絶叫が次の瞬間、迸り響き渡っていた。

 少し離れた所では、轟天将ジンバが左右の鉄球を振るい、1対1で魔王と戦っている。

 その戦いの中へと、怒りの絶叫を張り上げながら、猛然と突っ込んで行く男が1人。

 梶尾康祐であった。

 腰の辺りで短剣を構え、まるで獣のように姿勢低く、魔王へと突進して行く。

 轟天将に加勢しようとしている。形としてはそうだが、正気の沙汰ではない。

「やめろ……!」

 バルツェフが叫ぼうとした時には、すでに遅い。

 魔王の片手が、まるで虫でも叩き落とすかのように、ジンバの鉄球を打ち払う。

 払われた鉄球が、梶尾を直撃していた。



 眼球、肉片、脳の飛沫、臓物の切れ端……様々なものが、飛び散って行く。

 ブレイブランドの魔物ではなく、こちらの世界の人間である。キラキラと光に変わって消滅する、などという事もなく、飛び散ったものはビチャビチャと地面に付着し、残っている。

 梶尾康祐の上半身は、綺麗に砕け散っていた。

 残された下半身が、ちぎれた臓器をビュルビュルと噴出させながら両膝をつく。

 魔王に鉄球を弾かれたから、などというのは言い訳に過ぎない。

 ブレイブランドの軍人が、こちらの世界の人間を殺めてしまったのだ。

 その事実にジンバが打ちひしがれている一瞬の間に、魔王は踏み込んで来ていた。

「つまらぬ犠牲に心を動かす……相変わらずの甘さよなあ、轟天将ジンバ」

 秀麗なる容貌が、ジンバの眼前でニヤリと不敵に冷酷に歪む。

 直後、衝撃が来た。

「…………ッッ!」

 ジンバは呼吸が止まり、悲鳴を漏らす事も出来なくなった。

 黒い甲冑をまとう毛むくじゃらの巨体が、前屈みにへし曲がっている。

 魔王の左手が、ジンバの鳩尾にめり込んでいた。

 拳、ではなく掌が、轟天将の分厚い腹筋を、甲冑もろとも凹ませている。

 その掌から魔力が迸り、腹部から体内に叩き込まれて来るのを、ジンバは感じた。人間を幾人かまとめて粉砕する、破壊の魔力。

 力強い巨体の内部で、内臓が何ヵ所か破裂した。

 猛虎の牙を剥きながら、ジンバは大量の血を吐いて宙にぶちまけ、がくりと片膝をついていた。

 そのまま立ち上がる事が出来ず、前のめりに倒れてしまう。

 倒れると同時に、頭を踏まれた。

 ジンバの頑強な横面を、片足でぐりぐりと踏みにじりながら、魔王が笑う。

「貴様をこうして踏み付けるのも、何度目であろうかな」

「ぐっ……き、貴様……記憶が……」

 血を吐き、地面に垂れ流しながら、ジンバは呻いた。

 魔王が、応える。

「おうよ、全て思い出した。貴様のおかげだ」

 踏まれたままジンバは見上げ、そして息を呑んだ。

 魔王の頭から、金髪を掻き分けるようにして、鋭利な刀剣のようなものが生え伸びている。

 一対の、角。

 いや、先端に至るまで鋭利に伸びているのは、右側だけだ。

 左側の角は、半ば辺りで折れている。

 誰によって折られたのか、それも魔王は思い出してしまったようだ。

「道を空けろ、魔物ども」

 ジンバの横面を踏み付けたまま、魔王は命じた。

「聖王女殿下の御ために……な」

 命じられた魔物たちが、まるで訓練された兵隊のような動きで、左右に分かれた。

 群れが真っ二つに割れ、道が出来た。

 その道を、凛とした足取りで歩み進んで来る、1人の少女剣士。

「その足を、下ろしなさい……轟天将を踏み付ける無礼は、許しません」

 聖王女レミーだった。

「もう片方の角を折る、程度では済みませんよ」

「俺は貴様の首を、脊椎を、へし折ってくれる……」

 魔王の、力強く整った顔立ちが、憤怒に歪む。

「この片角の無様なる姿はな、小賢しい小娘の剣に不覚を取った、俺自身への戒めよ」

「小賢しい小娘の剣が、どれほどのものか……思い出しなさい、魔王」

 レミーが、優雅に長剣を揺らめかせる。白い光を帯びた刃が、幻惑的な軌跡を描いて躍る。

「な……なりません、聖王女殿下……こやつと、1対1で戦うなど……」

 血を吐きながら、ジンバは呻き、そして叫んだ。

「闘姫ランファ、双牙バルツェフ……何をしておる、殿下をお助けせよ! 武公子カイン! 今こそ、貴様が戦わずして何とするか!」

「た……戦う、だと……」

 武公子の声が、震えている。

 仲間であるはずの双牙バルツェフと対峙し、刃を交えたまま、カインは青ざめていた。

「何と戦えと言うのだ……まさか我々だけで、魔王と戦えなどと」

 噛み合っていた3本の刃が、ほどけるように離れてゆく。

 バルツェフも、今は武公子相手の仲間割れどころではなく、力を取り戻しつつある魔王をただ呆然と見つめている。

「ここまで……みたいね。バル君、あたしたちの本来の仕事に戻るわよ」

 闘姫ランファが、魔王の傍らに立った。

 魔王に、付き従う。そんな格好だ。

「何の……真似だ……」

 踏まれ、血を吐き流しながら、ジンバは牙を剥いた。

 そんな轟天将を、ランファが冷ややかに見下ろす。

「言ったでしょ? 本来の仕事に戻るって……あたしらが何のために、こっちの世界へ来たのか、一応は説明しといたと思うけど」

「魔王に与して……禍いを、こちらの世界に留め置こうと言うのね」

 レミーが言った。

「……ブレイブランドを、守るために」

「魔王にはせいぜい、こっちの世界で暴れててもらうわ。その間、ブレイブランドは平和だから」

 ランファが、棒状の12節棍を構え直す。魔王を、護衛する形にだ。

「ハンゾウ様にもらった任務……これで、果たせるわ」

「愚かな……それが本当に、ブレイブランドを守る事になるとでも」

 呻くジンバの顔面に、軍靴の爪先が叩き込まれて来た。

「野良猫が! 貴様ごとき下等なケダモノはなぁ、魔王様のおみ足に触れる栄誉をただ悦んでおれば良い! 悦びに鳴き吠えておれば良いのだ! 浅ましい畜生のようになああああああ!」

 武公子カインだった。

 秀麗な顔立ちを怒りに歪ませ、喚き、ジンバの鼻面にガスガスと蹴りを入れている。

「この武公子が、魔王様に刃向かう者どもを許してはおかぬ! 容赦はせぬ! 死ね、死ね! 魔獣ごときがレミーの傍で大きな顔をしくさって、前々から気に入らなかったのだよ貴様はぁあああああッッ!」

「やめなさい!」

 レミーが魔王ではなく、武公子に斬り掛かる。

 白い光をまとう刃が、本物の殺意を宿したままカインを襲った。

 仲間、そして婚約者であったはずの男を今、レミーは本気で斬殺しようとしている。

 その斬撃を、カインは振り向きざまに迎え撃った。

 細身の剣が、鞭の如く一閃し、白い光の刃を打ち据える。

「くっ……!」

 レミーは斬撃を弾き返され、後退りをした。

 そこへカインが、針のような切っ先を突き付けながら歩み迫る。

「わかってくれないか、レミー……魔王様には、こちらの世界に君臨していただくしかないのだ。ブレイブランドの平和のために、この世界を魔王様に捧げ奉ろう。そして貴女と私は、平和なブレイブランドで婚礼を挙げる。我々の歩む道は、それしかないのだ」

「武公子カイン……見下げ果てた男!」

 聖王女の可憐な美貌に、怒りの生気が漲った。

「魔王の下僕に成り下がったのなら、むしろ好都合。この場で討ち果たす!」

「わからない事を言うものではないよレミー」

 光の剣と細身の刃が、再びぶつかり合った。

 高らかに金属音が響き渡り、白色光の飛沫と火花が美しく飛散する。

「一緒に、ブレイブランドへ帰ろう。この汚らわしい世界に群れて蠢くゴミ虫どもが、魔王様の大いなる御力によって綺麗に滅ぼされてゆく……それを尻目に、2人で幸せになろうではないか」

「1人で幸せを享受していなさい……安らかな死という幸せを!」

 聖王女の怒りの斬撃を、細身の剣がピュルピュルッとしなって揺らめきながら弾き返し、受け流す。

 武公子カインという男、人格はともかく剣士としての技量は、ブレイブランドでも1、2を争うだろう。

 その戦いぶりを、闘姫ランファが楽しげに見物している。魔王の傍らで、護衛の形に佇みながらだ。

「あ〜あ、夫婦喧嘩が始まっちゃったわねえ。この2人……無理矢理にでもくっつけて、子供の顔が見てみたいって気がしてきたわ」

(何だ……何なのだ、これは……)

 ジンバは、心の中で呻いた。

(我ら……これほどまでに、結束出来ぬ者たちであったのか……? あれほど固く結び付き、1度は魔王を打ち倒したはずの……我らが……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ