第27話 覚醒者R
ダルトン公が、前線に出ると言い出した。
強力な魔物の軍勢を擁していながら、封印宮を奪う事が出来ずにいる今の戦況に、業を煮やしての事であろう。
流れ矢にでも当たって死んでくれれば面倒がない。魔海闘士ドランとしては、そう思わない事もない。
だが今は、まだ死んでもらっては困る。守ってやらねばならない。ダルトン公も、そしてこの赤の賢者も。
ちらり、とドランは視線を動かした。
豪壮な馬車が、しかし馬ではなくグレートキマイラ2頭に引かれ、走っている。
御者を務めるのは、1匹のオークソルジャー。賓客の扱いで乗せられているのは、赤いローブを身にまとう1人の少女である。目深に被ったフードから、暗い面差しが覗いている。
醜いわけではないが、例えば聖王女レミーなどと比べると華に欠ける少女だ。
あちらの世界から連れて来られ、魔王の力の一部を植え付けられ、赤の賢者などと名付けられた少女。
ダルトン公と同じく利用され、いずれは切り捨てられる少女。
哀れむ資格など自分にはない、とドランは思う。
彼女を利用し、切り捨てるのは、他ならぬ自分たちなのだから。
わかっていても、つい声をかけてしまう。
「嬉々としている、ように見えるな。あちらの世界に帰りたいとは思わんのか」
行軍中である。
ダルトン公の率いる魔物の軍勢が、今日こそ封印宮を奪うべく、土煙を蹴立ててヴァルメルキア大平原を進んでいるところだ。
その先陣に、魔海闘士ドランそれに赤の賢者の姿はあった。
歩兵であるオークソルジャーやソードゴブリンの群れに混ざって、2頭のグレートキマイラが赤の賢者の馬車を引いている。
「向こうの世界は、ゴミクズみたいな奴ばっかり……それでもまあ、帰りたいと思わない事ないわね」
馬車の上から、まっすぐ前方……封印宮の方角を見据えたまま、赤の賢者は応えた。
「この魔物どもをまんま、あっちの世界に持ち込んで……どいつもこいつも、皆殺しにしてやりたいわ」
あちらの世界では今頃、それに近い事態が、もしかしたら発生しているかも知れない。
それを止めるために、聖王女レミーと轟天将ジンバは、死せる湖を通って世界間を渡航した。
自分も無理矢理に付いて行くべきだった、とドランは思う。
(今は、あちらの世界こそが戦場ではないのか……魔王のいる、あちらこそが)
今、自分がいる場所は、戦場ではない。茶番劇の舞台だ。
ダルトン公や赤の賢者を主役に擁した茶番など、鳳雷凰フェリーナや魔炎軍師ソーマがいれば充分ではないか。自分に、出番があるとは思えない。
そう思いながらドランは、茶番劇の主役の1人である少女と会話を続けた。
「自分が何かに利用されている、という事くらいは理解しているのか?」
「利用でも何でも、すればいいわ。あたしは何だって構わない……烈風騎アイヴァーンに会わせてくれるんなら、ね」
アイヴァーンは、この戦に参加していない。参加させるべきではない戦士の1人なのだ。
「魔海闘士ドラン……あんたは、あっちの世界ではそこそこ役に立ってくれたわ」
赤の賢者が、謎めいた事を言っている。
「このブレイブランドでも、あたしのために戦ってもらうわよ。あんたをURまで育てるのにも、結構お金かかったんだからね」
一体何を言っているのか、問いただしている場合ではなくなった。
いくつもの火の玉が、流星雨の如く降って来たからだ。
「魔炎軍師か……!」
ドランは三又槍を振るった。
降り注ぐ炎の流星が、猛回転する長柄に粉砕されて片っ端から火の粉と化す。
魔物の軍勢のあちこちで、オークソルジャーが、ソードゴブリンが、火球の直撃を食らって砕け散りながら遺灰に変わってゆく。
恐慌に陥りかけた魔物たちを見下ろす高台に、魔炎軍師ソーマは立っていた。
「ここより先……進ませるわけには、いかない」
しなやかな五指でくるくると水晶球を転がしながら、ソーマは言う。
「先陣を率いているのは魔海闘士ドラン、君だろう? 馬鹿げた野心は捨てるようにとダルトン公に進言せねばならぬ立場にありながら、一体何をしているのか」
「俺のような化け物の進言を聞き入れて下さる御仁ではないさ」
肉食の怪魚そのものの顔面をニヤリと歪め、ドランは応えた。
「それよりソーマ殿、兵を率いてはおらんのか? まさかとは思うが、単身でこの軍勢を食い止めようと言うのではあるまいな」
そういう事をしそうな女戦士の姿が、見えない。
やはり、と思いつつドランは訊いた。
「戦姫レイファはどうした。常に戦場一番乗りの彼女を差し置いて何故、魔炎軍師がここにいる」
「…………」
ソーマの、その沈黙が答えだった。
「噂通り、というわけか……逃げたのだな? 戦姫レイファともあろう者が」
「失踪した。君の武勲だよ魔海闘士。ものの見事に、彼女の心をへし折ってくれた」
この戦いに参加させるべきではない戦士が、アイヴァーン以外にもいるとしたら、彼女であろう。
だが今は、そのような話をしている時ではなかった。
茶番とも言うべき、この戦いを、可能な限り長引かせなければならない。
オークソルジャー及びソードゴブリンから成る歩兵の軍勢が、左右に割れた。
一際、豪奢で巨大な馬車が、進み出て来たところである。
「何をしておる。先鋒が進軍を滞らせて、何とするか」
尊大な声を浴びせられ、ドランはその場に跪いた。
今のところは拝跪の対象である人物が、馬車の上で肥満体を揺らしている。恰幅が良いので、きらびやかな甲冑が、それなりには似合っている人物。
ダルトン公であった。
その傍らに、鳳雷凰フェリーナが侍女あるいは妾の如く侍っている。
烈風騎アイヴァーンがこの場にいたら、大暴れをしているところであろう。
ドランは、まず跪いた。
「ダルトン公、どうか後陣にお戻り下さい。御身に万一の事あらば」
「醜くおぞましい怪物風情が! 私に直接、その耳障りな声をかける許可など与えてはおらぬぞ!」
ダルトン公が、酒杯を投げつけてきた。それはドランの頭に当たり、砕けて散った。
高級品ではないのか、とだけドランは思った。
「そもそも私がこうして直々に姿を現したのはな、貴様が先陣を率いておりながら一向に封印宮を奪えておらぬが故の事であるぞ!」
「貴方が出て来たところで事態は何も変わりはしませんよ、ダルトン公閣下」
魔炎軍師ソーマが、よく通る声で嘲笑った。
「後方の安全な所で、酒でも飲んでいなさい。ひたすら無様に生き延びて偉そうに振る舞う事。それが貴方の役目なのですからね」
「そちらこそ無様な虚勢を張るのはやめておけ、仮にも英雄と呼ばれる身でありながら」
ダルトン公が、嘲りを返した。
「そなたらの内情、全て掴んでおるのだぞ。あの愚かなる姪レミーは轟天将もろとも行方知れず、戦姫レイファは敵前逃亡! よもや貴様1人でこの魔物どもの大軍と戦うつもりではあるまい? 魔炎軍師などと呼ばれておりながら、そのような愚行を」
「身の程をわきまえろと言っているのだ、愚かなるダルトン公よ」
ソーマの口調は静かだが、水晶球の内部では、炎が燃え盛っている。
「貴殿は単なる飾り物……そこの鳳雷凰フェリーナによって擁立されている身に過ぎぬ。余計な事はせず、ただ安全な場所で尊大に振る舞っていれば良い。貴公に出来る仕事など、他にないのだからな」
「……赤の賢者よ、魔物どもを動かせ! あの無礼なる痴れ者を、跡形残さず食らい尽くさせろ!」
ダルトン公が喚いた。
「否! 手足をもいで私の眼前に引き立てて来い! 生きたまま、はらわたを抉り出してくれる! さあ早くしろおおおおおおお!」
「魔炎軍師ソーマ……あんたには、あたし別に何の愛着もないのよね」
赤の賢者が、またしても謎めいた事を言っている。
「いくら美形でも、魔法使い系のキャラって、あたしあんまり好きじゃないから……死んでもいいわよ」
赤いローブから、ほっそりと伸び現れた手が、軽く掲げられて振り下ろされる。
魔物の群れが、一斉に動いた。
ソードゴブリンが、オークソルジャーが、得物を振りかざして荒れ狂う。
グレートキマイラが咆哮し、ファイヤーヒドラが荒々しくうねって鎌首をもたげる。メガサイクロプスが、地響きを立てて巨体を突進させる。
様々な種類の魔物たちが、岩の上に立つ魔炎軍師に襲いかかり……そして光に包まれ、一斉に消え失せた。
「魔王……だって!?」
村木恵介は呻いた。
間違いない。あの時、北岡光男による暴力から、自分と中川美幸を救ってくれた銀髪の男……いや、今は金髪だ。
がっしりと力強い身体は安物のスーツに包まれ、一見すると髪を染めたチンピラのようでもある。
だがチンピラでは有り得ない禍々しい威圧感が、男の全身から発せられて、この場を支配していた。
恵介は無論、矢崎義秀も、梶尾も、彼の手下である草間その他の男たちも、威圧感に打たれて動けずにいる。
闘姫ランファは12節棍を構えたまま固まっており、双牙バルツェフも獣の如く低く身構えながら、微かな唸りを発するだけだ。
魔王。
髪を金色に輝かせたその容貌は、確かに「ブレイブクエスト」のイベントに登場したボス敵のそれである。
「銀髪の時は、気が付かなかったぜ……」
「何だ小僧、俺を知っているのか」
魔王の眼光が、威圧感が、恵介1人に向けられた。
「む……貴様、どこかで会ったか?」
「あんたにゃ1回、助けてもらった事がある。そこの中川さんと一緒にな」
その中川美幸は魔王の傍らで、仔猫を抱いたまま無言で佇んでいる。
恵介が偶然、聖王女レミーや轟天将ジンバと出会ったように。中川もまた、2人が標的としている存在と偶然、出会ってしまったのだ。
光がヒュンッ……と揺らめいた。
気力の輝きを帯びた長剣を、聖王女レミーが、魔王に向かって構え直している。
「ブレイブランドでは付けられなかった決着を、今ここで……」
「駄目だ、レミー……!」
声を震わせているのは、武公子カインである。
「貴女は時折、とんでもない気まぐれを起こしては私を困らせる……今回も、そうなのだろう? クズどもしかいない世界に追放する事が出来た魔王を、ブレイブランドへと呼び戻しかねない真似を……魔王と、再び戦おうなどと……!」
「もとより貴方の助力など期待はしていません。命が惜しければ引っ込んでいなさい、武公子殿」
「それは困りますな……武公子よ、貴公には力を貸してもらわねばならんぞ」
轟天将ジンバが、言葉を発した。
それと同時に鎖が鳴り、空気が裂けた。
魔王が、軽く左手を動かした。重々しい打撃音が響いた。
まるで羽虫でも払いのけるかのように魔王は、左手の僅かな動きだけで、轟天将の鉄球を弾き返していた。
「闘姫ランファに双牙バルツェフ、お前たちもだ。我らが仕留め損ねた魔王が、ここにいるのだぞ。協力して戦わぬ理由が、どこにある」
弾き返された鎖鉄球をブゥーンと回転させながら、ジンバが言う。
「さあ、手を貸せ……こやつが本来の力を取り戻しておらぬ今しか、機会はないのだ」
「なるほど。俺はまだ、本来の力を取り戻していないのか」
秀麗な、だが線の細さを全く感じさせない顔立ちを、魔王はニヤリと歪めた。
「そうか。俺は……魔王、なのだな」
深夜の高架下駐車場に突然、いくつもの光が生じた。
咆哮が轟き、地響きが起こった。グレートキマイラの咆哮であり、メガサイクロプスの足音だった。
他にもソードゴブリンにオークソルジャー、それにファイヤーヒドラ……魔物の群れが、そこに出現していた。




