第26話 再会する者たちSR
「おい、てめえ」
こちらの世界で最初にかけられた言葉が、それだった。
「てめえだよ、てめえ……何だ、外人か?」
「でも日本にいるって事ぁ、日本語わかるし日本円持ってるって事だよなあ」
「なら持ってるだけ出せ。よこせってんだよ。バカみてえにふらふら歩いてんの、許可してやっからよおお」
品性においてオークやゴブリンにも劣る男が、3人。
ブレイブランドにも無論、こういう輩はいる。見かける度に即、始末してきたものだ。
が、ここはブレイブランドではない。血生臭い行いは、とりあえず控えておくのが、外来者としての礼儀というものだ。
武公子カインは、そう思った。だから充分に手加減をした。
男3人のうち、1人の鼻を削ぎ落とし、1人の片目を抉り出し、1人の両耳を切断した。
それだけで懲りていれば良いものを、男たちが血まみれで泣き喚きながら仲間を呼んでしまったものだから、カインとしては、やりたくもない殺戮を行わねばならなくなったのだ。
男たちの溜まり場である酒場にまで押し掛け、皆殺しを実行した。生きている限りは際限なく絡んで来るであろう輩だったからだ。
血生臭い事は、好きではない。が、いささか気分が良かったのは確かである。良い憂さ晴らしにはなった。
何しろ聖王女レミーに会えぬ日々が続き、鬱々としていたところである。
「魔王が猛威を振るっていた、あの地獄のような戦いの日々よりも……貴女に会えぬ穏やかな日々の方が、私にとっては何倍も苦痛だった」
カインは言った。
「共に帰ろう。貴女も私も、もう充分に戦ったのだ。ダルトン公のような残り物のクズどもは、私がことごとく始末して見せる。そうしてブレイブランドは平和になる……私と共に、穏やかな日々を過ごそう」
「私は、こちらの世界でどれほどの殺戮を行ってきたのかと貴方に訊いているのよ」
ようやく会えた聖王女レミーが、光まとう剣をこちらに向けながら、そんな事を言っている。
「貴方のような人がいる限り、ブレイブランドも、こちらの世界も、平和になどなりはしません」
「貴女は……本当に、変わらないな」
カインは微笑んだ。
「王族としての威厳を保とうとするあまり、嬉しい時でもつい、そのような態度を取ってしまう……けれど私に対しては、もっと喜びを露わにしても良いのだよ? あの頃の、無邪気な少女に戻っても良いのだよ? 私は貴女の、全てを受け入れられる男なのだから」
「相っ変わらず……全然会話が出来てない婚約者同士よねえ」
闘姫ランファが、無礼な言葉を挟んできた。
「そんなんで、ちゃんとした夫婦になれるわけ? どんな子供が生まれてくるのか、ちょっと見てみたい気はするけど」
「その婚約……魔王による動乱の影響で1度、白紙に戻ったのではないのか」
そう言ったのは、轟天将ジンバである。
「とにかく今、聖王女殿下はお忙しい。御結婚どころではないのだ。婚約者たらんとするならば力を貸せ、武公子よ」
「何のためにだ……私や轟天将が力を貸さねばならぬほどの何を、貴女はしようとしているのだ。聖王女レミー」
カインは訊いた。口にするのも忌まわしい質問である。
「まさかとは思うが……魔王の猛威から守ってやろうなどと考えているわけではあるまいな? 貴女が、この生ける汚物のような者どもを!」
怒声と共にカインは、細身の長剣を一閃させた。針のような刀身がピュルンッとしなって閃いた。
赤い霧がブシューッ! と勢い激しく迸った。
近くにいた男が1人、首筋から血飛沫を噴いて倒れ伏す。
その屍を片足で踏み付けながら、カインは周囲を睨んだ。
聖王女レミー、轟天将ジンバ、闘姫ランファに双牙バルツェフ。ブレイブランドの戦士が4名いる一方、こちらの世界の住人たちが蛆虫の如く群れている。わざわざ殺す理由もないが、生かしておく理由もない、屑のような男たち。
「この蛆虫どもに貴女の慈愛が向けられるなど……許せるわけがないだろう? レミー」
そんな屑の1匹が、聖王女の近くにいる。
馴れ馴れしいほど、レミーに近い。若い男、と言うよりは少年。
自分より2つか3つほど年下であろう、その少年に、カインは細身の切っ先を向けた。
「そのような者の近くにいてはいけない……貴女の身の周りから、全ての汚れを排除する。それが、この武公子の務めよ!」
「……恵介さん、逃げて」
レミーがその少年を庇って立ち、身構えた。
光まとう剣が、本気の殺意に近いものを宿し、こちらへ向けられる。
その切っ先でザクリと心臓を抉られたような気分に、カインは襲われた。
「戦うのか、レミー……屑のような者を守るために、この私と……」
声が震える。
聖王女の声に、揺らぎはない。
「答えなさい武公子カイン。貴方はこちらの世界で、どれほど人を殺めてきたのです……どれほど人を殺めるつもりでいるのですか。返答次第では、たとえ誰かを守るためでなくとも、私は貴方と戦います」
「ま、待ってくれよレミー」
恵介と呼ばれた屑の少年が、事もあろうに、聖王女を呼び捨てにしている。
舌を切り落とすしかない、とカインは思った。
「なあ武公子カイン、あんたに訊きてえ事がある……何日か前、この近くの公園で人が死んだんだ。俺くれえのガキが何人か」
屑に、名を呼ばれた。
唇を切り刻むしかない、とカインは思った。
「殺したのは……あんた、なのか……?」
「鼻を削ぐ……眼球を、抉り抜く……面の皮を、引き剥がしてくれる……!」
カインは踏み込んだ。
「手足を切り落とし、芋虫の如く這わせてくれる!」
踏み込もうとした足が、止まった。
にゃー……と、場違いな鳴き声が聞こえたからだ。
「……面白そうな事に、なっているではないか」
何者かが、言った。
どこかで聞いた事のある声だ、とカインは感じた。
自分やレミーと同じく、ブレイブランドからの来訪者の1人か。ランファやバルツェフ以外にも、いるというのか。
いくらか離れた所に、その男は佇んでいた。
夜闇の中にあって、炎のくすぶりにも似た不穏な輝きを発する金色の髪。それが、カインの網膜をまず刺激した。
若い男である。カインと、そう違わぬ年齢。外見は、そう見える。
整った顔立ちの中では、両眼が猛々しく禍々しい光を孕み、この場にいる全員を威圧していた。
そう、威圧されているのだ。バルツェフにランファ、のみならず聖王女レミー、それに轟天将ジンバまでもが、その男の眼光に射すくめられ、猛獣を前にした小動物の如く固まっている。
「貴様たちとは……何やら、どこかで会ったような気がしなくもないが」
そんな事を言いながら金髪の男が、微かに首を傾げ、何か考えるような仕種を見せる。
その傍らでは1人の少女が、仔猫を抱いたまま立ち尽くしていた。
抱かれた仔猫が、またしてもニャーと鳴いた。
「思い出せん……まあ1人2人叩き殺してみれば、思い出すかも知れんな」
「た……タマさん……」
屑のような男たちが、ざわつき、慌てふためいている。
「な、何であんたが……おい草間! てめえ、まさか」
「いざって時のために俺が呼んどいたんですよ、梶尾さん。あるもんは使わねえと」
知っている。カインは、そう思った。
この金髪の男を、自分は確かに知っている。
そのはずなのだが、思い出せない。
この男が何者であるのか……思い出す事を、自分が無意識に拒絶している。恐れている。それに、カインは気付いた。
(馬鹿な……私が、こやつを……恐れている、とでも……)
「奇遇だな。私も、貴様が何者であるか知っているような気はするが、思い出せん」
声を発したのは、ジンバである。
「否……思い出す事を、恐れているのかも知れん。貴様と出会うために、こちらの世界まで来たと言うのにな。出来れば、貴様の事は永遠に忘れていたかった」
「永遠に忘れたまま、ブレイブランドで安穏と暮らし続ける……その選択をしなかった事、私たちは後悔するのでしょうね」
カインに向けていた刃を、レミーは金髪の男に向けた。
もはや武公子カインなど眼中にない、といった様子である。
「私たちが何者であるのか、すぐに思い出させてあげましょう……覚悟なさい、魔王」




