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第25話 異界の剣士たちSR

 12節棍が棒状の連結を解かれ、毒蛇と化した。鞭の如く空気を裂き、襲いかかって来る。

 その先端部分を狙い澄まして、聖王女レミーは長剣を振るった。

 先端でなければならない。そこ以外では、どの部分に当たっても、この毒蛇のような武器は絡み付いてくる。

 深夜の月極駐車場に、鋭い音が響き渡った。

 長剣の細い切っ先が、12節棍の先端部を打ち返していた。

 打ち返された武器が、苦しむ蛇のようにうねる。

 それを闘姫ランファが振るい直そうとしている間に、レミーは踏み込んで行った。

 本気の殺意を込めて、長剣を振るう。本当に殺すつもりで戦ったとしても、容易く殺されてしまう闘姫ランファではない。そんな、信頼にも似たものがある。

 ランファの左足が、離陸した。

 むっちりと形良い太股が、赤い衣装の裾を押し広げて躍動する。

 自分が男であったら大いに心乱されていたであろう、とレミーが思っている間に、蹴りが来た。

 金属の防具を履いた脛が、聖王女の斬撃とぶつかり合う。

 長剣を弾き飛ばされてしまいそうな衝撃が、レミーの両手を襲った。

 それに耐え、柄を握り直す。

 その間、ランファの肢体が、竜巻の如く捻転し翻っていた。たわわな果実を思わせる胸が、横殴りに揺れる。

 揺れに合わせて4度、攻撃が来た。

 防具をまとう左右の蹴り、白桃のような尻から伸びた艶やかな尻尾、そして棒状に繋がった12節棍。

 超高速で叩き付けられて来たそれらを、レミーは後退しながら回避した。

 間合いが開いた。12節棍を伸ばして鞭のような一撃を叩き込むのに、ちょうど良い間合いである。

 その攻撃が来るよりも早く、レミーは長剣を振り下ろした。気力を、両手から柄へと流し込みながら。

 流し込まれた気の力が、白く燃え上がりながら刀身に宿る。

 白く輝く刃が、空中に光の弧を描き出す。

 白色の弧が、投擲武器の如く飛び、ランファを襲った。三日月のような、光の刃。

「くっ……!」

 棒状の12節棍を、眼前で防御の形に立てながら、ランファは歯を食いしばった。

 光の三日月は棍に激突し、砕け散っていた。その衝撃が、ランファに後退りをさせている。

「さすが……やるわね、聖王女様。伊達に綺麗事ばっかり言ってるわけじゃ、ないって事」

「貴女もやるわね、闘姫ランファ。その腕も、立ち回りの巧みさも、相変わらず」

 言いつつレミーは、もう1つの戦いの方に、ちらりと視線を投げた。

 双牙バルツェフと轟天将ジンバが、睨み合っている。

「轟天将を、上手くバルツェフに押し付けたものね。自分では、私という楽な相手を選びながら」

「煮ても焼いても食べられない聖王女様が、楽な相手なわけないでしょうが……!」

 言葉と共にランファが1歩、踏み込んで来ようとする。

 光まとう剣を、レミーはゆらりと構え直した。

 それだけで、ランファの足は止まった。

 互いに隙を見出す事が出来ぬ状態で、戦いそのものが止まってしまう。

 一方、もう1つの戦いは動いていた。

 ジンバが、右手で鎖を振るう。バルツェフが地を蹴り、踏み込んで行く。それが、ほぼ同時だった。

 鉄球が、流星の如く飛びながら豪快に空を切る。

 その時は、バルツェフはジンバの懐に達していた。回避しながらの踏み込み、斬り込み。左右2本の剣が、轟天将の太い首筋に向かって立て続けに閃く。

 血飛沫、ではなく火花が散った。

 ジンバの左腕。幾重にも鎖を巻かれた前腕が、連続の斬撃を受け弾いていた。

 その鎖が、ジャラ……ッとほどけてゆく。ジンバがどのように腕を動かしたのか、定かではない。

 とにかく次の瞬間、バルツェフの身体は拘束されていた。

「うぐ……っ……」

 少年剣士の小柄な全身に、鋼の鎖ががんじがらめに巻き付いてギリギリと食い込んでゆく。悲鳴を、バルツェフは牙で噛み殺した。

「これで明らかになったな、双牙バルツェフ」

 同じ魔獣属性の少年を、容赦なく鎖で締め上げながら、ジンバは言った。

「口で何と言おうと、貴様は迷っておる。こちらの世界に魔王の禍いを押し付ける、その事に対する迷い……そんなものを心に抱いたままで、この轟天将と戦おうなどと」

「バル君……!」

 ランファの注意が、そちらへと向いた。致命的な隙。今なら斬れる、と思いつつも斬り込まず、レミーは言った。

「戦力を見誤ったようね。本気を出した轟天将と戦うならば、貴女たちだけではなく……せめて鬼氷忍ハンゾウを連れてくるべきよ」

 1対1で轟天将ジンバと戦える者がいるとすれば、鬼氷忍か、あるいは最も調子が良い時の烈風騎アイヴァーンくらいであろう。レミーは、そう思う。

「つまらぬ戦いはここまでにせよ、闘姫ランファよ」

 鎖でバルツェフを捕えたまま、ジンバは言った。

「さもなくば……私はこのまま、双牙を縊り殺さねばならなくなる」

「ランファ……俺、構うな……」

 首筋にめり込もうとする鎖を、片手で懸命に防ぎながら、バルツェフが呻く。

「轟天将の両手、塞がってる……間に……聖王女、倒せ……」

「おい待て、無茶な事言ってんじゃねえよ」

 村木恵介が、割って入って来た。

「俺、もしかしたら馬鹿な勘違いしてたのかも知れねえ。もしそうならバルツェフ君よ、おめえに死んでもらわなきゃいけねえ理由がなくなっちまう」

「お前など、関係ない……俺、死ぬ時は死ぬ……戦えない奴、引っ込んでろ……!」

「そう突っ張るもんじゃねえぜ、バル君よ」

 言ったのは、梶尾康祐だった。

 彼の仲間と言うか手下と思われる男たちが、矢崎義秀を捕えている。

 2人がかりで押さえ付けられている矢崎の喉元に、男の1人がナイフを突き付けていた。

 ジンバが、重く低い、剣呑な声を発した。

「……何の真似だ?」

「見ての通り、薄汚ねえ真似よ」

 怯んだ様子もなく、梶尾が答える。

「俺としても、バル君を死なせるわけにゃいかねえんでな……そのごっつい鎖、弛めてくれるだけでいいんだよ虎さん。バル君さえ助かりゃあ俺としても、矢崎さんに酷え事する理由はねえからな。何しろ金は返してもらったし」

「……矢崎よ、私は貴様を助けるわけではないぞ」

 言いつつジンバが鎖を弛め、放り捨てるようにバルツェフを解放した。

 解放された少年剣士が、苦しげによろめき、倒れ込む。

 そこへ、ランファが駆け寄って行く。

「バル君! ……大丈夫?」

「俺……無様だった……くそっ!」

 俯き地面を殴るバルツェフに、ランファがそっと肩を貸す。

 そんな2人にちらりと横目を向けつつ、ジンバは言った。

「我ら、村木浩子殿には大いに世話になっておる。だから貴様を助けるのだ矢崎よ。浩子殿のおかげで貴様は助かるのだ。今後も彼女に尽くせ」

「へへー、そりゃあもう。浩子さんは、俺にとって女神様だからよ」

 そんな事を言う矢崎にナイフを突き付けている男が、大声を発した。

「ようし、そのまま武器を捨てな。虎のバケモノ野郎、それに水着鎧のコスプレ嬢ちゃん! おめえもだよ。大人しく、俺らについて来てもらうぜ」

「おい、草間……!」

 梶尾が、咎めるような声を発する。

 どうやら草間というらしい男が、矢崎の青ざめた頬をぴたぴたとナイフで叩きながら言った。

「ここは、もらえるもの全部もらっちまう所ですぜ梶尾さん。何しろ、バケモノみてえに強え奴を新しく2人、俺らの持ち駒に出来るチャンス……逃すわけにゃあ、いかねえよ」

 草間の顔が、ニヤリと凶悪にねじ曲がる。

「この矢崎とかいうクソの役にも立たねえ野郎の身柄、押さえときゃあ……バケモノどもを思う存分、こき使えるってワケだ。そうでしょう? 梶尾さん」

「へっへへへ、ほんと役に立ちそうにねえ野郎だなあ」

 矢崎を捕えている男の1人が、嘲笑いながら片足を跳ね上げた。

 容赦ない膝蹴りが、矢崎の細い身体をズドッとへし曲げる。

 へし曲がった身体から、潰れた悲鳴が漏れ出した。

 レミーは叫んでいた。

「やめなさい!」

「やめて欲しけりゃ、俺らの言う事聞くよなあ。コスプレ嬢ちゃん」

 うずくまる矢崎に、さらに蹴りを喰らわせながら、男が言う。

「とりあえずよォーひへへへへへ、ストリップショーでもやってもらおうかあ!?」

 この上なく醜悪な笑みを浮かべた男の顔面が、次の瞬間グシャアッ! と歪んで血飛沫を散らせた。

 恵介が、拳を叩き込んでいた。

「ッッ……の野郎ぉおお!」

 怒声を張り上げながら恵介は、矢崎を捕えているもう1人の男を蹴り飛ばし、草間と睨み合った。

「ガキ……!」

 逆上した草間が、ナイフを突き込んでゆく。本当に刺し殺す動きである。

 その刃が、恵介の服を少しだけ切り裂いた。左脇腹の辺りを、かすめていた。

 そこで、草間の動きが止まった。ナイフを握る右腕を、恵介の左腕が抱え込んでいる。

「ふむ……そこで腕をへし折る事が出来れば、理想的なのだがな」

 恵介の戦闘師範である轟天将ジンバが、そんな事を言っている。

 さすがに腕を折る事は出来ぬまま恵介は、至近距離にある草間の顔面に、頭突きを叩き込んでいた。

 鼻血を噴いてのけぞった草間の頭に、続いて恵介の右肘が打ち込まれる。

 草間の右手から、ぽろりとナイフが落ちた。

 その右腕を、恵介は解放した。

 草間がよろめき、尻餅をつく。

 恵介に出来るのはここまでだろう、とレミーは思った。他の男たちが、まるで野犬の群れの如く、恵介と矢崎を取り囲んでいる。

「クソガキがぁ……!」

 最初に恵介に殴り飛ばされた男が、鼻血を拭おうともせずにナイフを構えた。

 斬るしかないか、とレミーは思った。こちらの世界で殺戮を繰り返していたランファやバルツェフを、自分は咎められなくなってしまうのか。

 突然、疾風が吹いた。レミーは、そう感じた。

 赤い霧が、噴出し漂った。鮮血だった。

 ナイフを構えていた男が、膝をついている。恵介に殴られて鼻血まみれになった顔が、逆さまになって背中の方に垂れ下がる。

 首が、皮1枚を残して切断されていた。頸骨も筋肉も、鮮やかに滑らかに切り裂かれている。

「ひぃ……っ……!」

 草間が、鼻血を噴いて立ち上がれぬまま、尻を引きずるようにして逃げて行く。

 その間、他の男たちが疾風に触れ、鮮血を噴き、ことごとく倒れていった。

 ある者は頸動脈を切断され、ある者は眉間から後頭部までを、または両のこめかみを左から右へと、閃光に刺し貫かれている。

 1人が、倒れた。その左胸に小さな穴が生じ、細い鮮血の筋が噴出している。心臓を、正確に穿たれていた。

 1人が、尻餅をついて痙攣した。その下腹部が横一直線に切り裂かれ、胴体の内容物がビュルビュルと飛び出して来る。

 この残虐なまでに鮮やかなる剣技を、レミーは知っている。

「貴方が……貴方までが、こちらの世界に来ていたと言うの……」

「クズしかいない世界だ。こやつらと同じ空気を、貴女が吸っている……それは私にとって耐え難い事だよ、聖王女レミー」

 疾風、としか思えなかった人影が、そんな言葉と共に立ち止まっていた。

 白いマントは長旅に汚れ、ボロ布同然である。その下にある身体はしかしスラリと立って気品に満ち、恵まれた環境で鍛え抜かれてきた貴族剣士の身体能力を充分に感じさせる。

 その右手に握られている剣は、レミーの長剣よりもさらに細い。刀身は刃と言うよりも長い針で、鍔迫り合いでもしようものなら、あっさり折れ曲がってしまいそうだ。

 細やかな刺突しか出来そうにない、この剣で、彼は鮮やかに敵の首を刎ねてのける。オークソルジャーの頭蓋骨を両断した事もある。

「ブレイブランドもクズばかりだが、ここよりは遥かにましだ。まだ立て直す事が出来る。私と、貴女の力でね」

 その剣をピュルッとしならせ揺らめかせながら、貴族剣士は微笑んだ。

 眉目秀麗、としか表現しようのない、美しい顔立ち。さらりと煌めく金髪。

 聖王女レミーとは似合いの夫婦になる、などと言われていたものだ。

「このような世界、魔王にでも滅ぼされてしまえば良い……滅びて当然の者どもなど放っておいて、さあ私と共にブレイブランドへ帰ろう。貴女は女王となるべき人、そして私は女王を支える者」

「私には、こちらの世界で為すべき事があります。貴方の支えは必要ありません。1人でお帰りなさい……と言いたいところですが」

 光まとう長剣を、レミーは構え直した。

「恵介さんのお友達を殺めたのが貴方であるのなら、逃がすわけにはいきません。こちらの世界でどれほどの殺戮を行ってきたのか……正直にお言いなさい、武公子カイン」

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