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第24話 代理返済人SR

 高架線の下。深夜この時間帯は人気が無くなる、月極駐車場。

 梶尾が指定した場所は、そこであった。

 聖王女レミーと轟天将ジンバに護衛される格好で、矢崎義秀と村木恵介が、そこに歩み入って行く。

「……すみませんね矢崎さん、こんなとこにお呼び立てしちゃって」

 男が1人、愛想良く片手を上げた。

 この男が梶尾康祐であろう。

 当然、1人きりで来ているはずがなかった。まばらに駐車された車の陰に、梶尾の仲間だか子分だかが身を潜めている。

 身を隠すつもりなどないのであろう。恵介のような素人でも、人数を数える事が出来る。ざっと数えて、10人以上。その中に、闘姫ランファと双牙バルツェフがいるのかどうか、そこまではわからない。

「それで……お金、返してもらえるって事でいいんですかね?」

「お金があるんなら、こんな人たちは連れて来ませんて」

 矢崎が笑った。その笑顔が、引きつっている。精一杯の虚勢を張っているのが、恵介にはわかった。

「今日はね梶尾さん、話をつけに来たんですよ。あんたがお金貸したのは、そもそも俺じゃなくて中田でしょう? あいつを、もうちょっと気合い入れて捜して下さいよ。俺なんかで間に合わせようとしないでさ。そりゃまあ、保証人のとこにハンコ押しちゃったのは俺だけど」

「それがわかってんなら、あんたには内臓売ってでも金作ってもらわなきゃいけないって事も、おわかりと思いますがね……」

「穏やかではありませんね、内臓を売るなどと」

 聖王女レミーが、言葉と共に進み出た。

 水着のような鎧をまとう、しなやかな半裸の肢体が、矢崎を背後に庇って立ち、梶尾と対峙する。

「そのようなお金の作り方、少なくともブレイブランドでは認可されておりませんが……こちらの世界では、認められているのですか?」

「わかってねえなあ、お嬢さん。世間的に認められてるようなやり方で、美味しいお金稼ぎなんか出来るわけねえんですよ」

 言いつつ梶尾が、水着姿も同然の聖王女を、じろじろと視線で舐め回す。

「グラドル顔負けの身体してんじゃねえの……あんた稼げるぜ、お嬢さん。どうだい、そこまで脱いじまってるんだからさ。かわいそうな矢崎さんのために、もう一肌くれえ脱いでみたら?」

「私が、お金を稼げる……? よくわかりませんが、それで矢崎さんが助かるなら」

「駄目だって!」

 矢崎が叫んだ。

「梶尾さん、この子はそんな事のために連れて来たんじゃないですよ。俺の、ボディーガードをやってくれてるんです。信じらんないでしょうけど彼女、強いんですよ」

「信じますよ。強くて可愛い女の子なら、俺んとこにもいますからね」

 梶尾の言葉に応ずるかの如く、軽やかな足音が近付いて来た。

 チャイナドレスのような、真紅の衣装。

 その裾が割れ、むっちりと見事な太股が見え隠れしている。

 その付近で、艶やかな竜の尻尾が妖しくうねる。

 片手には連結した十二節棍、背中には翼。

 闘姫ランファが、敵意を隠す事もなく歩み寄って来たところである。

「お久しぶりね、聖王女様に虎猫おじさん」

 恵介や矢崎など存在しないかのように、ランファは言った。

「お互い、こっちの世界でグダグダやってるみたいだけど……あたしらもいい加減、仕事やんないと。ハンゾウ様に殺されちゃうからね」

「仕事とは、私たちの命を奪う事ですか」

 レミーの口調が、眼差しが、いささか剣呑なものを帯びた。

「それとも……こちらの世界で、殺戮を繰り返す事ですか」

「殺戮……ふふっ、確かに殺しまくったねえ」

 ランファの愛らしい美貌が、ニヤリと凶悪に歪んだ。

「ゴブリンとかオークとかを皆殺しにするのと、感触としては大して違わないのよねえコレが」

「雑魚モンスターを殺しまくるみたいに……高岡も殺したのかよ、お前ら……」

 恵介の声が震えた。震える声で、叫んでいた。

「いるんだろ、答えろよ双牙バルツェフ……お前、高岡を殺したのかあああああああッッ!」

 轟天将ジンバが突然、無言でマントを開いた。

 開いたマントから、左腕が現れる。幾重にも鎖が巻き付いた、毛むくじゃらの剛腕。

 そこに刃が激突し、火花が散った。

 双牙バルツェフ。どこからか高々と跳躍し、空中から剣を振り下ろしていた。

 その斬撃をジンバが、鎖をまとう左腕で受け止めている。

 恵介の眼前で、ふわりと尻尾が揺れた。

 バルツェフが、そこに着地していた。

 鋭い眼光が、じろりと恵介に向けられる。言葉と共にだ。

「殺した奴の事……いちいち、覚えてられない」

「何だと……!」

 自分の頭に血が昇ってゆく音を、恵介は確かに聞いた。

「殺したんなら……殺したって、はっきり言えよ……」

「いちいち覚えてられない。同じ事、言わせるな」

 言いながらバルツェフは、両手に持った2本の剣をスラリと鞘に収めた。腰に吊った鞘と、背負った鞘。

「ゴミみたいな人間、大勢殺してきた。その中にタカオカという奴、いたかも知れない。いないかも知れない……そんな事どうでもいい。お前、俺、殺したいなら殺してみろ。相手してやる」

 その言葉が終わる前に、恵介は殴り掛かっていた。

 泣き喚く子供のような怒声が、身体の奥から迸り出る。レミーもジンバも矢崎も、さぞ耳障りな思いをしているだろう。だが恵介は、止められなかった。

 振り回した拳が、バルツェフに当たる寸前。恵介は、衝撃に襲われた。

 弱々しい衝撃。バルツェフの左手が、拳か手刀か判然としない形に、恵介の身体を軽く打っていた。

 軽く打たれたかのように思えたが、恵介はひっくり返りながら吹っ飛んでいた。

 そして、地面のコンクリートに背中から叩き付けられる。息が詰まった。

「恵介さん!」

 レミーが駆け寄って来る。

 優しく柔らかな感触が、恵介の身体を包み込む。抱き起こされていた。

 聖王女の瑞々しい太股の上で、恵介は呼吸を回復させた。それと同時に、おかしな声が漏れた。

 嗚咽だった。

 泣きじゃくる恵介を、膝の上に抱いたまま、レミーが言う。

「覚えていられないほど、大勢の人々を殺めてきたのですね……貴方たちは、こちらの世界で」

 その口調に、可憐な美貌に、怒りの生気が満ちている。

「魔王という禍いを、別の世界に放置せんとする……のみならず、積極的に血の禍いを広め流そうとするのですか」

「こっちの世界はね、どっちみち魔王にグチャグチャにされちゃうのよ? あたしらが少しくらい殺しまくっても、大して変わんないっての」

 棒状の十二節棍をヒュンッと威嚇の形に振るいつつ、ランファが言う。

「こっちの世界まで救おうなんて……魔王を追い出すので精一杯だったあたしらに、出来るワケないでしょ? これが最後よ聖王女様。夢見てないで、ブレイブランドへ帰りなさいな。今頃は魔炎軍師とか、クソ女の鳳雷凰とかが馬鹿やらかして収拾付かなくなってる頃だから。聖王女様がいないと、収まんないわけよ」

「魔炎軍師と、鳳雷凰が……?」

 レミーは息を呑んだ。

「……あの2人が、何をしていると言うの」

「っとォ、いけないいけない。余計な事言っちゃったぁ、ハンゾウ様に怒られちゃう」

 ランファが、ぺろりと可愛らしく舌を出した。

 猛獣が舌舐めずりをする様にも似ていた。

 恵介に膝枕を貸したまま、レミーが口調厳しく問いかける。

「答えなさい闘姫ランファ。あの2人が一体、ブレイブランドで何をしていると言うの」

「だからぁ、戻ればわかるっての」

 猛獣の表情のまま、ランファが答える。

「どいつもこいつも、余計な事ばっかやろうとしてる……せっかくブレイブランドが平和になったってのに、それ自分らで台無しにしてどうすんのよ。ええ?」

「それが、こちらの世界で殺戮を行って良い理由になるとでも」

 レミーの口調に、いよいよ殺意に近いものが宿り始めた、その時。

「あー……ちょっといいかな? グラドル顔負けのフトモモ独り占めしてる、そこの羨ましい彼氏」

 梶尾が、言葉を挟んできた。

「友達が殺されたんだって? うちのバル君がやった、みてえな話になっちゃってる感じだけど……1つ言っとく。俺らが虫ケラみたく殺しまくってきたのは、もともと日本にいねえ連中だけだ。いねえクセして悪さばっかりしやがるクソどもが、本当にいなくなっちまったってだけの事。バル君もランファちゃんも、日本人は1人も殺してねえよ」

「何だって……」

 涙を拭いながら恵介は、レミーの太股から顔を上げた。

 バルツェフは何も言わず、左右2本の剣を一見無造作に構えたまま佇んでいる。

 殺戮に関しては一言の言い訳もしないこの少年を、自分はもしかしたら、大した根拠もなく疑っていただけではないのか。

「……ま、どうだっていいでしょ。そんな事」

 ランファの肢体が、ゆらりと前傾した。踏み込みが来る、と恵介は思った。

 が、来なかった。

 こちらへ踏み込もうとした足で、ランファは足元のコンクリートを蹴りつけ、跳躍していた。

 同じように、バルツェフも跳んだ。

 回避の跳躍。

 2人が何をかわしたのかは、次の瞬間、明らかになった。

 スパイクを生やした巨大な鉄球が、ブゥーンと重い唸りを発して宙を裂き、豪快に空振りをしていた。

「梶尾とやら、1つ訊いておこう」

 敵を仕留め損ねた鉄球を、鎖で引き戻しながら、轟天将ジンバがようやく言葉を発した。

「貴様が用心棒として飼っている戦力は、闘姫・双牙の両名のみか?」

 ブレイブランドの出身者が、他にも何人か、こちらの世界に来ているのではないか。そして、この男に雇われているのではないか。轟天将は、それを疑っているのだ。

「連れて来てるのは、その2人だけさ。あと1人……とんでもねえ御方が、いるっちゃいるが」

 梶尾が答えた。

「その人にお出ましいただくのは、俺としても本意じゃねえ。冗談抜きでヤバい人だからよ……俺ぁ矢崎さん、あんたにお金返してもらえるだけでいいんですけどねえ」

 ジンバが、何かを放り投げた。

 何やら硬い物が詰められた、小袋である。

 それが、梶尾の足元にジャラッと投げ出された。中身が、こぼれ出た。

 何枚もの、金貨だった。

 梶尾は屈み込み、それらを1枚1枚検分し、息を呑んでいる。

「おいおい……こりゃ本物の純金じゃねえかよ。一体どこでこんなもの」

「やましい財ではないぞ。この轟天将が、俸給として正式に賜ったものだ。こう見えて高給取りなのでな」

「おい、虎さん……」

 矢崎が、何か言おうとしている。それをジンバは無視した。

「この男に、どれほど貸したのかは知らんが……梶尾とやら、それでは足りぬか?」

「足り過ぎだ。下手すると、お釣り払わなきゃいけねえ」

 梶尾は答えた。案外、正直な男であるようだ。

「いくらになんのか、俺でも想像つかねえよ」

「釣りはいらん。何なら、その10倍は支払おう。ゆえに梶尾よ、闘姫ランファに双牙バルツェフ、あと1名いるようだが、とにかく全員を解雇せよ。私が買い取る」

「……縞猫おやじが、すっとぼけた事言ってんじゃないわよ」

 ランファの言葉を、ジンバは無視した。

「安い用心棒として、上手く飼い馴らしておるつもりであろうが……ブレイブランドの戦士が、こちらの世界においてはどれほど危険な存在であるか、全く気付いておらぬわけではあるまい? こやつらが牙を剥いたら、飼い犬に手を噛まれる、どころでは済まぬ事態に陥るであろうぞ」

「そーゆうワケにはいかねえんだ、これが。ランファちゃんにもバル君にも、それにタマの旦那にも、やってもらわなきゃならねえ事があるんでなあ」

 金貨の袋を弄びながら、梶尾は即答した。

「ま、こちとらお金はもらったし、矢崎さんの事はもういいや。俺的にゃあ、ここでアンタ方とやり合う理由は無くなっちまったワケだが」

「こっちは、そうはいかないのよねぇ」

 ランファが、棒状の十二節棍をブンッ! と威嚇の形に振るった。

「梶尾さんは、まあ話終わったんならどっか隠れててよ。あたしらはあたしらで、話し合わなきゃなんないから……って、もう話し合う段階じゃないんだけどね」

「殺し合いだ」

 バルツェフが、左右2本の剣を構えつつ、身を低くする。跳躍せんとする、獣の姿勢。

「聖王女に轟天将、命もらう……魔王復活、絶対させない」

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