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第22話 姿なき殺人鬼R

 勝ち組、負け組という言い方がある。

 無理矢理にでも分類するなら、自分の家は前者なのだろう、と村木恵介は思う。

 家は小さくないし、何より庭が広い。だから、こうして轟天将ジンバに稽古をつけてもらう事も出来る。

 不自由ない暮らしをさせてくれる父・健三には、感謝をしなければならない。それは恵介にもわかっている。自分など、父の稼ぎで生かしてもらっているだけなのだ。

 頭でわかっている事と、心に生じてしまう感情は、しかし全く別のものだ。

 些細な事で自分や母を怒鳴りつけては家の中の雰囲気を暗くする父親を、恵介は昔から好きではなかった。

 海外への単身赴任が決まった時は、心の底から喜んだ。

 家にはいない、だが働いて金は入れてくれる。まさしく理想の父親だ。このまま帰って来なければ良い。

 心のどこかに、間違いなく、そういう思いがある。

(俺は……きっと最低な奴なんだろうなっ)

 自分を、叩きのめす。

 そんなつもりで恵介は、ジンバの巨体に向かって突っ込んだ。

 殴り掛かるつもりなのか、体当たりでも食らわせるつもりなのかは、自分でもわからない。

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 雄叫びと共に、恵介の身体は宙を舞っていた。

 轟天将に何をされたのかは、謎である。

 殴り飛ばされたのなら、自分は今頃、生きてはいない。

 投げ飛ばされた、と言うより手か足を引っかけられ、あしらわれただけであろう。

 ジンバは本当に、最小限の力しか使っていない。

 それで恵介の最大限の力を、受け流すと言うか跳ね返してきたのだ。

「……さん! 恵介さん!」

 声が聞こえる。ほんの一瞬だけ、恵介は気を失っていたようだ。

 いささか短めのプリーツスカートから、綺麗な太股と膝が現れている。その上に、恵介の頭は載せられていた。

 聖王女レミー。学校へ行くわけでもないのに、セーラー服姿である。

 彼女の膝枕から、恵介は慌てて、いくらか名残惜しさを感じながら、身を起こした。

「ご、ごめん……ありがと」

「ねえ恵介さん……やけくそになっても、轟天将には勝てないわよ?」

 やけくそになっているように、レミーには見えたようだ。

「まるで私が親の仇であるかのように、闘志を燃やしておったな。まあ、萎縮して身体が動かぬよりは、ずっと良い」

 ジンバが言う。

「恵介おぬし、怒り狂っておるのだろう? 我らブレイブランドからの流れ者に対して」

「いや、そんな事ぁ……」

「魔物たちが鳴りを潜めている……その代わりのように何者かが、こちらの世界で大勢の人を殺めている」

 レミーが、重く沈んだ声を発した。

「恵介さんのお友達も、殺されてしまった……もしかしたら私と同じ、ブレイブランドの戦士によって」

「そうと決まったわけじゃねえし、そうだとしてもレミーたちが気にする事じゃねえよ」

 高岡俊二が、殺された。

 それを恵介は、心の奥底へと押し隠した。

 押し隠したものが浮かび上がって来ないように無理矢理、別の事を考え続けた。例えば、父親の事などを。

 だが。意識的に押し隠さねばならないほど強烈な思いというものは、そのような蓋を容易く破り、溢れ出して来る。

 溢れ出したものに突き動かされ、恵介は轟天将に挑みかかった。

 そして、レミーの膝枕で目を覚ます事となった。

「それにな……別に、友達ってわけじゃねえ」

 高岡の生前に、恵介は思いを馳せてみた。

 馬鹿話をしていた。そんな記憶しかない。

 生死を共にして力を合わせ、魔王を倒した、ブレイブランドの勇者たちのような絆が、友情が、自分と高岡の間にあったわけではない。

 高岡俊二など、自分にとっては、他愛ない話し相手でしかなかったのだ。恵介は、そう思い込んだ。

 そんな思いの上から、ジンバが言葉を押し被せて来る。

「仇を討ちたいのだろう。友の仇を」

「いや、だから別に友達じゃねえって……」

「私、近くで見ていたのよ。恵介さん」

 言葉と共にレミーが、じっと視線を向けてくる。

「貴方は自分の身も顧みず、お友達を間違った道から助け出そうとしていたわ。あの行動に、友情が全くなかったとでも言うの? 私には、そうは見えなかったわ」

「友情……か」

 恵介は目を伏せ、苦笑した。

「そんな言葉、こっちの世界じゃ、口に出して言う奴はいねえよ」

「ブレイブランドにも、そうはおらん」

 ジンバが言った。

「だがな恵介よ。今おぬしの心の根底にあるものを言葉で表すとしたら、私にも友情という単語しか思いつかん……認めてしまえ。お前は友を殺され、怒り狂っているのだ。仇を討ちたい、と願っているのだ。それは人として当然あるべき感情、恥ずべきものではない」

「仇……」

 獣の耳をピンと立てて尻尾をなびかせた、1人の少年剣士の姿が、恵介の脳裏に浮かんだ。

 数日前、都内のクラブで不良の集団が刃物で皆殺しにされた。

 同じ手口で、高岡は殺された。

 ブレイブランドの戦士、の仕業であるのか。

 恵介の知る限り、こちらの世界に来ているブレイブランド人は4名。うち2名は今ここにいる。

 残る2名のうち、刃物を使うのは、双牙バルツェフのみである。

 無論それだけで、彼が高岡の仇であるなどと決めつける事は出来ない。

 だが、あの少年ならば、多数のチンピラを刃物で殺戮する事など朝飯前であろう。

「双牙バルツェフを疑っているのね、恵介さん」

 レミーが言った。恵介は応えられなかった。口籠り、曖昧な声を出しただけだ。

「隠さなくていいわ。私たちも、彼ならばやりかねないと思っているところだから」

「……そうなんだ」

 バルツェフも、それに闘姫ランファも、レミーの命を狙っている。本人たちは、そう言っていた。

「バルツェフも、ランファも……どういう奴らなのかな? そもそも」

 恵介は訊いてみた。

 公式設定もある。目の前で戦っているところも見た。そして1度、助けてももらった。

 悪い連中ではない。恵介に言えるのは、その程度である。

 それ以外のランファとバルツェフを、レミーもジンバも知っているに違いなかった。

「あの両名は、鬼氷忍ハンゾウの指揮下にあって様々な汚れ仕事を行ってきた。魔王との戦の最中から、な」

 ジンバが、答えてくれた。

「魔王と内通し、我らを罠に陥れんとする者どもがいた。一部の王侯貴族、のみならず市井の人々の中にもな……そういった輩を狩り出して始末するのが、闘姫・双牙の主な任務であった」

「私たちが魔王との戦いに専念していられたのは、あの2人が手を汚し続けてくれたから」

 レミーが言った。

「ランファもバルツェフも、必要とあらば手を汚す事を躊躇いません……だからと言って、こちらの世界で殺戮を行っているなどと思いたくはありませんが、もし万が一」

「おぬしの友を殺めたのが双牙バルツェフであったとしたら、仇討ちは我らに任せておけ」

 ジンバの言う通りだろう、と恵介は思う。自分がバルツェフと戦って、勝てるわけがない。

 だが轟天将にもレミーにも、恵介のための仇討ちなど、しなければならない理由はないはずだった。

「……あんたたち、魔王を探さなきゃいけねえんだろう。そんな事してる暇あるのかよ」

「我らがこの世界に来たのは、ブレイブランドからこちらに流れ込んだ禍いを片付けるためだ。我々自身の名誉問題として、な」

 ジンバが、続いてレミーが答えた。

「魔王であれ、闘姫や双牙であれ、ブレイブランドの住人がこちらの方々に害をなしているのであれば……それは、私たち自身の手で根絶しなければならない問題です」

「……まだ決まったわけじゃねえぜ。あの2人が、こっちで人殺してるなんて」

 高岡の死を含む一連の大量殺人事件が、本当にバルツェフの仕業であるとしたら。

 彼の目的は一体、何なのか。

 双牙バルツェフが快楽殺人を楽しむような剣士であるとは、恵介には思えなかった。目的や理由が、何かあるはずなのだ。

 梶尾という人名が、恵介の頭にはずっと引っかかっている。

 高岡たちによる暴行を受けていた男が、捨て台詞のように叫んだ名前。

 その日の夜のうちに高岡たちは、まるで暴行の報復を受けたかの如く殺された。

 とてつもない戦闘能力を持つ、ブレイブランドの戦士たち。とは言え、こちらの世界で普通に生きてゆくためには、こちらの世界の人間による支援が不可欠であろう。轟天将と聖王女が、村木家で寝泊まりをしているように。

 ランファもバルツェフも、あの後ブレイブランドに帰ったのでなければ、あれからずっと、こちらの世界で生活しているはずだ。生活のための支援を、誰かから受けながら。

 支援の見返りとして、2人に何か労働をさせようと考える者がいたとしても、不思議ではない。あの戦闘能力・殺戮能力を存分に活かせる、違法労働を。

 恵介は、慎重に言葉を選んだ。

「ランファもバルツェフも……こっちの世界で誰かに雇われてる、って事はねえかな」

「充分に考えられる事だ」

 ジンバが即答した。

 一瞬の沈黙の後、レミーが訊いてくる。

「恵介さんには、もしかして心当たりがあるの? こちらの世界でも、あの2人に汚れ仕事をさせている……のかも知れない、どなたかに」

「心当たりってほどじゃねえけど……梶尾、とかいう奴がいるらしい」

 恵介が言うと、それまで黙って見ていた矢崎義秀が、いきなり声を発した。

「梶尾……って言った? 恵介君」

「……矢崎さん、もしかして知ってんの? そいつの事」

「恵介君の言う梶尾って人と、同じ人間かどうかはわかんねえけど」

 矢崎が、いくらか言葉を濁した。

 その梶尾なる人物とは、あまり関わり合いたくない。そんな様子である。

「人に金貸したり、返せない奴から色々取り立てたり、そういう仕事してる……恐い人だよ」

「もしや」

 ジンバが、言葉を挟んできた。

「昨夜おぬしを連れ去ろうとしておった者どもか?」

「何だって……!」

 恵介は、詰め寄るような声を発した。

「矢崎さん、あんた……何かヤバい事してんじゃねえだろうな?」

「し、してないしてない。俺はしてないんだけど、俺の知り合いが……梶尾さんから金、借りちまってな。俺、連帯保証人のとこにハンコ押しちゃったんだよね、つい」

「金貸しか……」

 ジンバが、太い両腕を組んだ。

「私を見ても、さほど驚かぬ男が1人いた。ブレイブランド人との接触をすでに経験している者の目で、私を見ておったな」

「……お願いがあります、矢崎さん」

 レミーが矢崎に、真摯な眼差しを向けた。

「私たちを、その梶尾という方に会わせてはいただけませんか?」

「ま、待ってくれよレミー」

 恵介は割って入った。

 矢崎はどうやら、金銭トラブルが原因で梶尾から逃げ回っているらしい。接触の仲立ちなど、頼むべきではないだろう。

 恵介がそう言う前に、矢崎は言った。

「……やるよ。梶尾さんになら、俺の方からでも連絡つくし」

「お、おい……!」

「いいんだよ恵介君……友達の仇、討ちたいんだろ?」

 矢崎が、あの時と同じ目をしていた。

 車の下敷きになった女性を助けに飛び込んだ、あの時と。

「俺、この家で世話んなってるし。ジンバさんにも、助けてもらったし……俺に出来る事あるんなら、やらねえと」

「おぬしの身の安全は、保証する」

 ジンバが言った。

「……頼むぞ、矢崎義秀」

「大げさだな。電話1本、入れるだけの話なんだからさ」

 苦笑しつつ矢崎が、携帯電話を取り出した。この男の電話代も、今は浩子が払ってやっているはずだ。

 村木家の金である。父・健三が、単身赴任で稼ぎ出している金である。

 父が帰って来た時の事を、恵介はとりあえず頭から追い払った。考えない事にした。

 今は、高岡の仇討ちを含む、ブレイブランド関連の厄介事を片付けるのが先決である。

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