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第19話 覚悟する者R

 魔炎軍師ソーマの両手が、まるで花のように開いた。

 その中で、いくつもの水晶球が軽やかに転がり続ける。

 美しい花弁のような左右の五指によって、ころころと優雅に操られながら、それら水晶球が赤い輝きを孕んでゆく。

 炎だった。

 左右の手中で転がり続けながら、内部で炎を燃やす水晶球たち。それらにソーマは、ふっ……と息を吹きかけた。

 いくつもの水晶球から、炎が溢れ出し、激しく燃え上がりながら迸った。

 そして紅蓮の荒波と化し、魔物たちを襲う。

 ソードゴブリンとオークソルジャーから成る部隊が1つ、一瞬にして灰に変わり、熱風に舞った。

 戦姫レイファは思わず見入った。これほど美しい大量殺戮は、見た事がない。

「私なんて、こうだもんな……」

 自嘲しつつ、青龍刀を振るう。

 オークソルジャーが3体、真っ二つの屍に変わりながら、ドバドバと汚らしく臓物を噴出させた。

 自分の攻撃では、一振りで3匹か4匹の魔物しか討ち取れない。殺し方も、汚らしい。汚らしい屍も、すぐに光の粒子に変わってキラキラと綺麗に消滅してゆく。それが、まあ救いではあった。

 魔炎軍師ソーマは、一息で敵部隊を美しく火葬してのける。

「まあ、いいさ……お前らは私の手で、汚らしく無様に死んでいけ!」

 レイファは踏み込みながら、横薙ぎに青龍刀を叩き付けた。

 剣を構えて猿の如く跳躍したソードゴブリン数匹が、荒々しい斬撃の弧に薙ぎ払われ、切断され、身体の内容物をぶちまける。

 その程度の殺戮では減ったようにすら見えないほどの、魔物の軍勢であった。死せる湖を取り囲む形に、群れている。

 王弟ダルトン公が、ついに野心を剥き出しにした。

 魔王軍の残党である怪物・魔物たちを、いかなる手段によってか支配下に置き、これを戦力として国王に叛旗を翻したのである。

 暗愚なる国王アルザス2世に、ブレイブランドの統治を任せておく事は出来ぬ。このダルトンは、魔王を従え、その力を自在に操る(すべ)を得た。これによって永遠の守りと栄えをブレイブランドの民にもたらすであろう。

 そのような布告と言うか声明が、ダルトン公爵の名によって出され、ブレイブランド全土を駆け巡った。

 そして今、公爵配下の魔物たちの軍勢が、こうして封印宮を取り囲んでいる。

 死せる湖の底から、天空へと向かってそびえ立つ、封印宮の偉容。つい先日、落成したばかりである。

 その最奥部に眠る魔王の解放が、ダルトン公の目的。

 あの愚かなる王弟は、己の野心のために、災厄を復活させようとしているのだ。

 封印宮そのものは、堅牢な城郭である。が、死せる湖の底という地形ゆえ籠城戦には向いていない。

 だからブレイブランド王国正規軍は、数で圧倒的に勝る魔物の軍勢を、死せる湖周辺における野戦で迎え撃たなければならなかった。

 数の不利を覆すには、とにかく自分たちが先頭に立って戦うしかない、とレイファは思っている。

 端くれとは言え、魔王退治の英雄が味方にいる。それを、王国正規軍兵士たちに知らしめるしかないのだ。

「ダルトン公……とち狂った俗物が!」

 襲いかかって来たグレートキマイラの1匹を、青龍刀の一撃で両断しながら、レイファは叫んだ。

「魔王を従える術だと? そんなものあれば苦労ないわ!」

 怒りの気合いを宿した青龍刀が、唸りを立ててオークソルジャーを数匹まとめて叩き斬る。

 独り言のつもりだったが、ソーマが会話をしてくれた。

「魔王はともかく、魔物たちをこうして従える術があるのは間違いないようだな」

 言葉と共に、綺麗な五指がしなやかに躍動し、水晶球が回転する。そして炎を発し、ソードゴブリンの群体を焼き払う。

 灰から光の粒子へと変わり、漂いながら消えてゆく、その死に様を眺めながら、レイファは言った。

「ダルトン自身に、そんな力があるわけはない。協力者がいるはずだ……魔炎軍師殿は、赤の賢者という名を聞いた事があるか?」

 赤の賢者。ダルトン公配下の人材として、ちらほらと噂に上がる名前である。

 いかなる形でか魔王の力を受け継いでおり、魔物たちを自在に操る事が出来る人物であるという。

 青の賢者の名声に便乗しただけの、馬の骨。レイファのみならず大勢の者が、そう思っていた。

 だが実際こうして魔物たちが、ダルトン公の私兵として統率されているのだ。

 赤の賢者という何者かによるもの、であるとしたら、その力は侮れない。

「魔王を従える術がある……などという妄想をダルトン公に抱かせた、張本人という事になるのかな」

 ソーマの口調が、重い。

「もしそうならば、この叛乱の元凶とも言える」

「つまり、ダルトン公もろとも叩き斬ってしまえという事だな!」

 叫びながら、レイファは跳躍した。その足元で、炎が激しく渦巻いた。

 ファイヤーヒドラの炎だった。

 8本首の大蛇。その巨体が、何匹かのオークソルジャーを背に乗せて這いずり、鎌首をもたげている。

 炎をかわして跳躍したレイファに、大蛇の首たちが次々と炎の吐息を浴びせかける。

 背中の翼を羽ばたかせて滞空しつつ、レイファは空中で身を翻し、それら炎をことごとく回避した。

 竜属性の証たる、皮膜の翼。こんなものを背中に生やしているとは言っても、人型の生物である。完全な飛行など出来はしない。

 それでも訓練次第では、空中で体勢を入れ替えて回避行動を取る、くらいの事は出来るようになる。

 炎に続いて、矢が飛んで来た。

 オークソルジャーたちが、ファイヤーヒドラに騎乗したまま弓を引き、空中のレイファに狙いを定めているのだ。

 立て続けに放たれた矢が、なかなかの正確さで飛んで来る。

 落下を始めながら、レイファは身を翻していた。

 見事な曲線を甲冑でも隠しきれない肢体が、空中で竜巻の如く捻れた。美しく力強い両脚が、斬撃の激しさで弧を描き、何本もの矢を蹴り払う。

 その回転を保ったまま、レイファは急降下して行った。

 蹴りに続いて青龍刀が、いくつもの弧を描く。一閃、もう一閃。

 ファイヤーヒドラの首が、8本ことごとく切断されて宙を舞った。

 騎乗していたオークソルジャーたちも全員、真っ二つに叩き斬られて臓物を噴出させる。

 2種類の怪物たちの屍が、光に変わって消滅してゆく。

 その光の粒子が舞い散る真っただ中に、レイファは着地していた。

「お見事」

 まるで乾杯のように水晶球を掲げ、ソーマが賞賛してくれる。彼の周囲に、敵はもういなかった。

 魔炎軍師と戦姫を避けるように王国正規軍へと挑みかかった怪物たちも、兵士らの奮戦に押され、封印宮から遠ざかりつつあった。

 魔物の軍勢が、後退して行く。

 後退して行く軍勢の中から、しかし人影が1つ、こちらに歩み寄って来ている。

 人間に近い体型の生き物である。オークソルジャー、であろうか。停戦申し入れの書状でも、持たされているのか。

 否、とレイファは判断せざるを得なかった。

 オークソルジャーなどとは比べ物にならない激烈な覇気を、その人影は身にまとっている。

 たくましい身体に、甲冑を着用しているようだ。

 全身あちこちから広がる鋭利なものは、しかしその甲冑の突起物ではない。生身の、ヒレである。

「嘘だ……!」

 レイファの声が、震えた。

 まるで怪魚の如くヒレを生やした何者かが、長柄の得物をブンッ……と振るい構える。

 三又の槍。

 これを振るって魔王配下の怪物たちを大いに討伐していた戦士を1人、レイファは知っている。

 彼が、ここにいるはずはなかった。魔物の軍勢の中になど、いるはずがないのだ。

 美しいほど白く鋭い牙を覗かせた、まるで肉食の古代魚の如く猛々しい異相。

 その中で両眼がギラリと輝き、レイファを見据える。

「……戦姫レイファともあろう者が、戦場で何という面をしているんだ」

 紛れもない、魔海闘士ドランの声だ。

「ここは戦場、俺は敵。言わねばわからん事でもなかろうが」

「わからないよ……わかるわけがない……」

 レイファは、首を何度も横に振った。馬の尾の形をした黒髪の房が、激しく揺れた。

「自分は、戦いの中でしか生きられない……確かに貴公は、そう言っていた。でも、だからと言って私たちと戦う必要はないだろう? 私たちと手を結んで、ダルトン公と戦えばいいじゃないか」

 レイファは、泣きそうな声を出していた。

「また私たちと一緒に、戦えばいいじゃないか……」

「それは出来ない。何故なら、お前たちは封印宮を守らねばならん……俺たちは、封印宮を奪わねばならん」

 言葉と共に、ドランが踏み込んで来た。

「我々は魔王を復活させ、あの災厄を再び世に解き放とうとしている……さあ、これで俺と戦う理由が出来たな? 戦姫レイファよ」

 三又槍の穂先が、疾風の速度でレイファを襲う。

「やめろ……やめろよ、魔海闘士……」

 正確に喉元を狙うその一撃を、レイファは必要以上に大きく後退してかわした。回避と言うより、逃亡の動きだった。

「わけが、わからないよ……どうして魔王を復活させなければならない? せっかく、みんなで力を合わせて封印した魔王を……」

 逃げるレイファを追って、ドランが猛然と距離を詰め、三又槍を叩き付けて来る。

 レイファは、弱々しく青龍刀を構えた。

「それは確かに、私なんか全然役に立たなかったかも知れないけれど、でも! あの戦いを無駄にするなんて……きゃあっ!」

 攻撃か防御かはっきりとしない、中途半端に構えられた青龍刀が、激烈な三又槍の一撃によって叩き落とされた。

 両手を痺れさせながら、レイファは無様に尻餅をついた。

 女戦士の泣きそうな顔に穂先の狙いを定め、魔海闘士が躊躇いもなく踏み込んで来る……そう見えた瞬間、炎が迸った。

 ドランが、敏捷に跳び退る。

 直前まで彼がいた空間で、炎が激しく渦を巻いて消えた。

「裏切り者である自分を偽らず隠さず、敵として堂々と私たちの前に姿を現す……実に君らしいな、魔海闘士」

 炎を宿す水晶球をくるくると操りながら、魔炎軍師ソーマが言う。

 何を言っているのだ、とレイファは思った。裏切り者だの敵だのと、一体誰の事をソーマは言っているのか。

「私が思うに、ダルトン公に臣従しているのは君だけではないな。堂々と私たちの敵に回った君の陰に隠れ、暗躍している者もいるのだろう。例えば」

「言うな、魔炎軍師」

 ソーマの言葉を遮りながら、ドランは三又槍を振るった。

 魔炎軍師の水晶球たちが、綺麗な五指に転がされながら炎を発したところである。

 それら炎が球形に固まって発射され、ドランを襲い、だが片っ端から三又槍の穂先や長柄で打ち砕かれる。

 幾つもの爆発が、様々な方向から魔海闘士の全身を照らす。

 その爆炎の明かりの中で、ドランは言った。

「俺以外に、誰がお前たちの敵に回っているのか……ここで言わずとも、いずれ明らかになる事。誰が来ても封印宮を守り抜けるよう、せいぜい備えをしておくのだな」

「何を……一体何を言っているんだ、貴公らは!」

 レイファは、泣き叫んでいた。

「裏切り者だの、敵に回るだのと……私たちの間で、そんな事が起こるわけがないだろう? だって私たちだぞ? あんなに力を合わせて……魔王と、戦ったじゃないかぁ……」

 絶叫が、嗚咽に変わってゆく。

 子供のように泣きじゃくるレイファを、ソーマが背後に庇った。そしてドランと対峙する。

「魔海闘士よ、これ以上レイファを苦しめるのなら私が相手にならざるを得ないぞ……命懸けの戦いになる。出来れば、避けたい」

「それは俺も同じだよ。腑抜けの女戦士だけならともかく、命懸けの覚悟を決めた魔炎軍師を相手にするのは難儀が過ぎる」

 爆炎を避けつつ、ドランはそのまま後退して行った。

「今日は退く。1日2日で貴様たちから封印宮を奪えるなどとは、俺も思っていない。長い戦いになるだろう……明日までに覚悟を決めておけ、レイファ。戦姫の名が泣くぞ」

「私は……悪しき者どもと戦うためなら、いくらでも覚悟を決める……」

 嗚咽に震える喉から、レイファは無理矢理に声を絞り出した。

「だけど仲間たちと戦う覚悟なんて決められるわけがないだろう? だって仲間だぞ!? 仲間なんだぞ!」

 その叫びを、ドランはすでに聞いてはいない。

 背後からの攻撃を恐れる様子もなく、魔海闘士はこちらに背を向け、悠然と歩み去って行く。

 魔物たちが、それに従って退却して行く。

 ダルトン公の軍勢を撃退し、封印宮を守り抜いた。形としては、そうなった。

 王国正規軍の勝利である。

 そんな勝利など、しかし今のレイファには関係ない。

「嫌だ……嫌だよ……いやだよう……」

 尻餅をついたままレイファは、子供のように泣きじゃくっていた。

「仲間と戦うなんて……嫌だよぅ……うっく、うえぇぇ……」

「レイファ……」

 ソーマが身を屈め、目の高さを合わせ、慰めてくれる。

「そんな事になる前に、ダルトン公と赤の賢者を討ち取ってしまえばいいじゃないか。そうすれば、こんな戦いは終わりだ」

「終わりはしないよ、魔炎軍師……貴殿だって、わかっているはずだ……」

 ひっく、ひっく……と震える声で、レイファは反論した。

「見ただろう? 魔海闘士ドランは紛れもなく、己の意志で戦っている……ダルトン公など、担ぎ上げられているだけだ。あやつを討ち取ったくらいで戦いをやめるドランではない……彼は、いかなる事情でか、本気の本気で魔王の復活を企んでいる! ダルトン公や赤の賢者など関係なしに!」

 ダルトン公が討たれた程度でやめてしまうような戦いを、魔海闘士ドランは最初からやらない。

 彼が戦うというのは、そういう事なのだ。

「……面白くなってきたではありませんか」

 足音が聞こえた。いくらか耳障りな、男の声もだ。

 青いローブに包まれた細身が、武術に縁のない者の足運びで歩み寄って来ている。

「なるほど、赤の賢者……ですか。模倣者が現れるのは光栄な事です。あの魔海闘士殿と言い、ダルトン公も予想外の手駒を揃えているようですね。いや、実に興味深い」

「……この場にいるのが私やレイファであった幸運に感謝するのだな、青の賢者殿」

 ソーマが、低い声を出した。

「双牙バルツェフや闘姫ランファであったら今頃、すでに貴殿の命はない」

「不愉快な言動、でしたか? それは失礼……昔から、空気を読めない男と言われ続けてきたものでして」

 青の賢者など、今のレイファにとっては、どうでも良かった。

「ドランよ、何故……そんな覚悟を決めてまで、私たちと戦わなければならないんだ……」

 戦姫の悲痛な慟哭が、死せる湖周辺に流れ渡った。

「嫌だよ……仲間と戦うなんて、いやだよう……」

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