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第17話 殺戮者SR

 猫科の獣には、捕えた獲物を弄ぶ習性があるという。

 轟天将ジンバの相手をしていると、それを強く実感せざるを得ない。まさに捕えられたネズミのような扱いを、村木恵介は受けている。

「俺……食われるんじゃねえかな、そのうち……」

 校門脇の塀に、すがりつくように歩きながら、恵介は呻いた。

 全身で、関節が笑っている。筋肉痛が疼いている。

 まともに歩くのも困難なので、かなり早めに家を出て来た。

 それでも学校に到着したのは、遅刻の1歩手前の時間帯であった。

「恵介さん、大丈夫?」

 聖王女レミーが、心配そうな声をかけてくれる。

 セーラー服を着た金髪の美少女に付き添われながら恵介は今、決死の登校をようやく完遂しようとしていた。

「ああ、俺はもう大丈夫だからさ……うおお」

 踏み出した膝に、力が入らない。恵介は、見事に転倒していた。

「ほら……やっぱり、休むべきだったと思うわ」

 言いながらレミーが、助け起こしてくれた。

 ふんわりとした少女の香りが一瞬、恵介を包み込んだ。

「恵介さんは頑張り過ぎよ。轟天将の稽古を受けた後で、学校に通うなんて」

「……まあ、ここまで来ちまったしな」

 見た目よりもずっと力強い細腕によって、軽々と引きずり起こされながら、恵介は苦笑した。

 貴様は放っておけばまた無茶をするであろう。無茶をしても死なぬだけの強さを、まずは身に付けよ。

 轟天将ジンバはそう言って毎朝、恵介を容赦なく鍛え上げてくれている。

 母・浩子は声援を送るばかりで、捕われたネズミのような目に遭っている息子を、助けようともしてくれない。

 轟天将が充分に手加減をしてくれているのは、よくわかった。

 恵介の稽古など準備運動でしかない、と思えるほどの戦闘訓練を、聖王女レミーは毎朝、ジンバを相手に軽々とこなしている。そして登校時間になると、こうして恵介に付き添ってくれている。

「なあレミー、俺ってさ……」

 聖王女に支えられて歩きながら、恵介は訊いてみた。

「ブレイブランドの兵隊さん……いや多分お百姓さんとかよりも、弱いよな」

「……恵介さんは強くなるわ。決して他人を誉めない轟天将が、そう言っていたもの」

 レミーが、お世辞を言ってくれた。

「だけど無茶は駄目よ。そんなに簡単に強くなれる人なんて、いないのだから」

「へへっ……強くなれたら、いいなあ」

 言いながら恵介は、レミーの腕をやんわりと振りほどいた。校門前である。

「ここまででいいや。ありがとな、レミー」

「気をつけてね、恵介さん」

 レミーが、じっと恵介を見つめ、言った。

「……轟天将に聞いたわ。この学校には、貴方に暴力を振るう人がいるそうね」

「いや、そいつはもう入院しちまってるから……」

 などという恵介の言葉を聞こうともせずに、レミーは一方的な事を言った。

「何かあったら、抱え込まずに言ってね。私が必ず、話をつけてあげるから」

「……気持ちだけ、もらっとくよ。話だけで済むとは思えねえからな」

 冗談めかして言いながら恵介は片手を上げ、レミーをその場に残して校門を通った。

 じっと見送る聖王女の視線が、いささか気恥ずかしくはあった。

 他の生徒の目には、取り立てて目立つわけでもない少年が、他校の美少女と一緒に登校してきたようにしか見えないだろう。

「よう。ようよう村木君」

 下駄箱で、1人の男子生徒が声をかけてきた。クラスメートの高岡俊二である。

「いい加減、教えなさいって。あの子、一体誰よ? どこの学校の子なんだよお」

「俺の……まあ従妹みてえなもんだ」

 痛む身体を屈めて上履きを履きながら、恵介は答えた。高岡が、うんうんと頷いている。

「そうか、そうかそうか従妹かあ。だから一緒に住んでるわけだな」

「おい何だそりゃ!」

 恵介は思わず怒鳴っていた。

「誰が言ってやがった、そんな事!」

「みんな言ってるよぉ村木君。吉沢とか栗木とか、あの子がおめえン家から一緒に出て来んの見てんだから」

 考えてみるまでもなく、当然の話ではあった。

 村木家には虎の着ぐるみを来た大男がいる、などという噂にも、もしかしたら今頃なっているかも知れない。間男が1人住み着いているのは、この高岡にも、吉沢や栗木にも知られてしまっているのだが。

「でよ、それでよ村木君よぉ」

 筋肉痛に耐えて廊下を歩く恵介に、高岡が絡むように話しかける。

「あの子と一緒に、どうゆう生活してんのよ。同じ屋根の下でさああ」

「どうって……」

「すっとぼけてんじゃねえよおお、こんな、まともに歩けねえくらい足腰立たなくしちゃってよお!」

「……言ってろ、バカ野郎」

 そのような展開を最初、全く期待していなかったわけではないのだが。

(ま、レミーとそういう関係になる前に……俺、もうちっと強くなんねえとな)

 自分がブレイブクエストのカードになっている様を、恵介はふと思い浮かべてみた。

(村木恵介、ノーマル……うわっ、すっげえ弱そう)

「しっかし大したもんだよ、村木君おめえは」

 恵介と共に廊下を歩きながら、高岡が何やら感心してくれている。

「聞いたよ。北岡のクソ野郎をブチのめして、病院送りにしちまったんだろ?」

「……そういう話に、なっちまってんのか」

「北岡だけじゃねえ。飯島とか村越とかよ、あいつらにも立ち向かってくなんて……今更だけど見直してんだぜ俺、村木君の事」

 飯島麗華とその一味は、もうこの世にはいない。彼女たちがいなくなっただけで、クラスの雰囲気は格段に明るくなった。

 だが、いなくなったのは飯島たちだけではない。

「あのクソ女ども、死んでくれて清々したぜ。警察は犯人に感謝状送るべきだよなー」

「犯人、か……」

 その犯人と思われる男と一緒に、中川美幸が行方をくらませた。

 それと関係あるのかどうか定かではないが、九条真理子も学校に来なくなってしまった。

「何か最近いい事ばっかだよ、ムカつく奴らがバンバン死んでくれてさー。ほらB組に戸塚って奴がいたじゃん?」

 高岡が言った。

 戸塚というのは、この学校の2年生では北岡と並ぶ札付きだが、恵介は特に何もされていない。だが高岡は、少なくとも恵介が北岡にやられていた程度の事は、されていたらしい。

「あの野郎も、死んだってよ」

「……マジで?」

「ほら、今朝のニュースでやってたじゃん。どっかの暴走族だか半グレの集団だかが、全員殺されたって」

 確かに、そんなニュースがあった。

 とある盛り場のクラブで、そこに入り浸っていた不良の集団が殺された。それはもう、徹底した皆殺しであったらしい。

 犯人は不明。逃走中であるという。

「戸塚の野郎も、その集団の下っ端でさ。そこにいたもんだから、ついでにぶっ殺されてやんの。バカみてえ」

「犯人は……わからねえんだってな」

「ま、俺に言わせりゃ恩人だよ。何かバケモノだか怪獣だかが、そこらへんで暴れてるって噂あるじゃん? その一環じゃねえかな」

 ブレイブランドの魔物たちは、ここ最近、少なくとも恵介の知る範囲では現れていない。レミーもジンバも、不審がっているところである。

「この際、バケモノでも何でもいいよ。クソ野郎どもを片っ端からぶち殺して、世の中の大掃除をやって欲しいもんだ」

「クソ野郎だけを……ちゃんと選んでくれてるんなら、いいけどな」

 言いながら恵介は、恐らく魔物たちの仕業ではないだろう、と思った。

 昨夜、殺されたのは、そのクラブに入り浸っていた不良の集団だけだった。集団のメンバーだけが、まるで選別されたかのように殺されていたという。他の客やクラブの従業員からは、1人の被害者も出ていないらしい。

 オークソルジャーの兵団などが殴り込んだのだとしたら、不良客だろうが従業員だろうが見境なしに殺戮していただろう。

 それに1つ、気になる証言が紹介されていた。ニュースキャスターが、通行人の証言として述べていたものだ。

 事件の直後くらいの時間帯に、そのクラブから、刃物らしきものを持った1人の若い男が出て行ったという。

 仮に、その男が犯人であるとしたら。彼は、多人数の不良を刃物1本で皆殺しにした、という事になるのか。

 そんな事が出来る人間は、そうはいないだろう。

 ブレイブランドの戦士ではないのか。恵介はそんな事を思ったが、レミーやジンバの前で言える事ではなかった。

 飯島麗華たちを殺した犯人も不明で、現在逃走中である。同一犯の仕業ではないか、とも言われているらしい。

 だが、あの廃屋で皆殺しにされていた少年少女らは、身元の判別すら困難なほどの死に様を晒していたという。

 昨夜の殺人事件は、刃物による犯行だったようだ。実に綺麗に斬殺・刺殺され、身元の特定は容易であったらしい。

 刃物を持った、若い男。

 恵介の頭に浮かんだのは、1人の魔獣属性の少年剣士だった。

 双牙バルツェフ。彼ならば、愚連隊の皆殺しくらいは朝飯前だ。

(まさか……な)

 否定すると同時に、恵介は思う。

 バルツェフだけではない。闘姫ランファ、聖王女レミー、轟天将ジンバ……ブレイブランドの勇者たちにとっては、たった1人で大量殺人事件を引き起こすなど容易い事であろう。

 何か不愉快な事があれば、大勢の人間を殺す。

 レミーやジンバと同等の力があれば、恵介とて、そういう事をしていたかも知れないのだ。



 軍勢の主力を成しているのは当然、オークソルジャーやソードゴブリンである。

 彼らの中から、メガサイクロプスの巨体がちらほらと突き出ている。グレートキマイラもいる。ファイヤーヒドラがうねり猛る様も、散見している。

 そんな光景を、城壁の上から見下ろし見渡しながら、ダルトン公は呆然と声を漏らした。

「これが……こやつら全てが、我が配下……私の、軍勢なのか……」

「まだまだ、こんなものではございませんわ公爵閣下」

 鳳雷凰フェリーナが、公に寄り添って囁きかける。

 ダルトン公の耳から頭の中に、毒を注ぎ込んでいる。魔海闘士ドランは、そう思った。

「この者たちを用いて、まずは封印宮を奪取なさいませ。そして魔王の封印を解き、その力をもって」

「この国を、治める……民に、永劫の栄えと守りをもたらすのだ。この、私がな……」

「御意にございますわ公爵閣下。魔王を、配下にお加えなさいませ。赤の賢者殿がおられれば、それは容易い事」

 赤の賢者。魔王の角の力を得たる者。その力をもって魔物たちを、そして魔王そのものをも操る、ブレイブランド最強の魔導師。

 そんな役割を与えられた人物が、ダルトン公の隣に立って両腕を掲げた。

 ゆったりと広い赤色の袖に包まれた、左右の細腕。その袖口から、繊細な弱々しい五指が現れている。

 女性であるのは、間違いない。

 真紅のローブで全身を覆い隠し、フードを目深に被って顔も見せていないが、かなり若いであろう事は見て取れる。まだ少女と呼べる年齢なのではないか。

 そんな少女の両手から、目に見えぬ魔力が発生し、城壁の上から魔物の軍勢へと降り注いで行く。それが、ドランにはわかった。

 不穏なざわめきを発し、門を破って城内に攻め込んで来そうな様子を見せていた魔物たちが、静かになった。

 ソードゴブリンが、オークソルジャーが、それにメガサイクロプスまでもが、跪いた。

 グレートキマイラが、伏せを命じられた犬のように這いつくばった。ファイヤーヒドラが、8つの頭部を垂れた。

 かつて魔王の配下であった軍勢が、ダルトン公に……実質的には赤の賢者に、臣従の意を示しているのだ。

「……お見事ですわ、赤の賢者殿」

 フェリーナが、少し冷ややかな口調で誉めた。

「封印宮の奪取、そして魔王の復活……それらが成った暁には、私も貴女の望みを叶えて差し上げられます。しっかり、おやりなさいな」

「アイヴァーンに……会える……」

 赤の賢者が呻いた。やはり若い。少女の声だった。

「素晴らしい……素晴らしいぞ! 貴様たち、よくぞ私の下へ馳せ参じた!」

 魔物たちに向かってダルトン公が、調子に乗ってそんな事を言っている。

「邪悪なる者どもよ! このブレイブランドに永遠の平和をもたらすために戦う事こそ、民に対する贖罪の手段であると知れ! そなたらには、我が平和を受け入れぬ愚か者どもに対する、あらゆる暴虐を許可する!」

「……思った通りに動いて下さる御方ね」

 フェリーナが、ドランに歩み寄って来て言った。

 魔物の軍勢に向かって熱弁を振るうダルトン公に、フェリーナの嘲笑など聞こえていない。

「どんな扱い方をしても、私たちの心は全く痛まない……ダルトン公のような方がいて下さって、本当に助かるわ」

「彼女もそうなのか、鳳雷凰よ」

 ダルトン公の影のように突っ立っている赤の賢者を、ドランは見やった。

「どんな末路を歩ませても、全く心が痛まない……そういう基準で選び出し、さらって来たのだな」

「貴方の心は痛むでしょうね、魔海闘士殿。だから彼女を、貴方に見せたくはなかったのよ」

「見ないわけにはいくまい。自分たちが、どれほど非道な行いをしているのか……それをしっかり確認しながら、俺たちは戦わなければならない。そうだろう」

「貴方や私は、それでいいわ。だけど……アイヴァーンには、何も知らせないで欲しいのよ」

「……そうだな。あやつは、この戦いに参加させるべきではない」

 烈風騎アイヴァーンは現在、ノーラン伯爵のような不正貴族の狩り出しの真っ最中である。出来るだけ人を殺さないように、と時間をかけて言い聞かせておいたから、まあ穏便に仕事を済ませてはくれるだろう。

 この戦いに、彼を参加させてはならない。封印宮を奪うための、この戦いに……かつての仲間たちと殺し合わなければならない、こんな戦いには。

「……この戦、俺が先陣を切る」

 三又の槍を1度ブンッと振り回しながら、ドランは言った。

「こんな数だけの魔物どもに、戦姫や魔炎軍師の相手が務まるわけはないからな」

「……貴方、レイファやソーマ殿と戦えるの?」

 古代の肉食魚を思わせる魔海闘士の顔を、フェリーナはじっと見つめた。

「私は、貴方にも無理をして欲しくないのよ」

「いずれは、奴らと戦わなければならんのだ。レイファやソーマだけではない、あの鬼氷忍ともな」

 ドランは、ふっと微笑んだ。

「……先延ばしにしても、意味はない」

 微笑んだつもりだが、こんな顔では、ただ牙を剥いただけにしかならなかった。

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