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第13話 監視者R

 うまい具合にと言うべきか、2時限目の授業が自習になった。

 なので九条真理子は、公園のベンチでスマートフォンを弄っている事にした。教室は騒がしいからだ。

 飯島麗華、村越江美、石塚恵。その3人の机には花瓶が置かれ、花が生けられていた。いずれ花瓶に小便でも注ぎ込んでやろう、と真理子は思っている。

 3人とも、身元の判別すら困難になるほどの死に様を晒していたらしい。

 飯島の男友達も、あらかた殺された。

 今日学校に来ていなかった中川美幸も、死体は見つかっていないが、恐らくは死んでくれたのだろう。

 犯人は不明であるという。だが、真理子にはわかっていた。

「貴方なのね、アイヴァーン……」

 公園に向かって歩きながら、スマートフォンに話しかけてみる。

 表示されているのは、烈風騎アイヴァーン・魔王バージョン。次のイベントが始まるまでに、このカードを出来る限り育てておかなければならない。

 インフォメーションの欄に、運営からの、現在準備中の次期イベントに関する告知が表示されている。

 ブレイブランド内乱。

 聖王女レミーの叔父でありブレイブランドの王位を狙う野心家であるダルトン公が、魔王復活をたくらむ闇の勢力と結託し、叛乱を起こそうとしている。そんな公式ストーリーが用意されているのだ。

 具体的にどのようなイベントになるのかは始まってみなければわからないが、とにかくデッキを強化しておかなければならない。

「待っててねアイヴァーン……今回も、貴方を活躍させてあげるから」

 うっとりと、真理子は確信していた。

 あの双牙バルツェフや闘姫ランファのように、烈風騎アイヴァーンがこの現実世界に降臨し、真理子に嫌な思いをさせる者どもを皆殺しにしてくれたのだ。そうに決まっている。

「早く、あたしの前に出て来てよ……って何、うるさいわね」

 真理子はスマートフォンから顔を上げ、きょろきょろと周囲を睨んだ。

 公園の中を大勢の通行人たちが、やかましく悲鳴を上げながら走り回っている。と言うより、逃げ回っている。

 何やら見覚えのある生き物たちに、追い回されている。

 オークソルジャーがいた。ソードゴブリンもいた。群れを成しながら槍を振るい剣を構え、子連れの女性や散歩中の老人などに襲いかかっている。

 別にそのような連中は何百人殺されようが一向に構わない。

 問題なのは、真理子の傍らで巨大な生き物が戦斧を振り上げている、という事だ。

 小さめの住宅ほどもある、筋骨隆々の巨体。メガサイクロプスである。凶悪に血走った単眼が、真理子をギロリと見下ろしている。

 真理子は立ちすくんだ。

 もはや疑いはない。今やこの現実世界は、ブレイブランドと繋がっている。

 魔王配下のモンスターたちが、この腐りきった世界を滅ぼすために流れ込んで来ている。そして、ブレイブクエストの勇者たちも。

(来てくれる……のよね? アイヴァーン……あたしを、助けるために……)

 スマートフォンの中にいる烈風騎に語りかけながら、真理子は呆然と見上げた。メガサイクロプスの巨大な戦斧が、自分に向かってブンッ! と振り下ろされて来る様を。

 その戦斧が、メガサイクロプスの右腕もろとも砕け散った。

 片腕になった巨体が、苦しげにのけ反りながら、同じく砕け散った。上半身が破裂し、肉片や臓物が噴出し、キラキラと光に変わって消えてゆく。

 同じような破壊が、公園のあちこちで起こっていた。

 子連れの女性を寄ってたかって切り刻もうとしていたソードゴブリンの群れが、老人を槍で撲殺しようとしていたオークソルジャーたちが、ことごとく砕けて花火のように飛び散り、光の粒子と化す。

 何かが重い唸りを発して空気を裂き、流星の如く飛翔し続けている。それに、真理子はようやく気付いた。

 スパイクの生えた、大型の鉄球だった。

 2つのそれらが鎖によって振り回され、モンスターたちを直撃・粉砕しているのだ。逃げ惑い、あるいは尻餅をついて悲鳴を上げる通行人たちを、正確に避けながら。

 大男が1人、たくましい両腕で縦横無尽に鎖を振り回しながら、のしのしと歩いている。

 縞模様の獣毛の上から黒い甲冑をまとった、力強い巨体。眼光も牙も鋭い、猛虎の頭部。

「轟天将ジンバ……」

 へなへなと座り込みつつ、真理子は呟いた。

「何よ……あんたなんかお呼びじゃないってのよ……アイヴァーンは、どうしたのよォ……」



 何故、戦うのか。こちらの世界がどうなっても、ブレイブランドの住人には何の関係もないではないか。

 村木恵介は、そう言った。

 あの戦いの最中に聖王女レミーは、同じような問いかけをされた事がある。

 何故、戦うのか。このようなクズどもを守るために何故、そこまでして戦うのか。貴様たちは貴様たち、その力で己の身だけを守りながら好きに生きてゆけば良かろうに。

 魔王はそう言いながら、レミーたちの眼前で、町1つの住民を皆殺しにして見せた。

 その問いにレミーは、この斬撃をもって返答したつもりである。

「同じ事を、こちらの世界でも行うつもり……だとしたら許さないわよ魔王ッ!」

 怒りの気合いが長剣に流れ込み、両刃の刀身が白い光を帯びる。

 気力の白色光をまとう剣が斜めに一閃し、グレートキマイラの1体を叩き斬って光の粒子に変えた。

 通行人たちは、あらかた逃げ去ってくれたようである。

 ソードゴブリンとオークソルジャーが群れを成し、レミー1人に槍や剣を向けてきている。

 いくらかは数が減ったか、と見ながらもレミーは油断なく光の剣を構え、踏み込んだ。

 セーラー服が、瑞々しいボディラインを浮かび上がらせながら翻り、はためく。

 その周囲でオークソルジャーやソードゴブリンが、次々と光の粒子に変わり、飛散して消える。まるで目に見えぬ壁にでも激突し、砕け散るかのように。

 高速で弧を描く光の長剣が、群がる彼らを片っ端から迎撃・斬殺していた。

 背後に、巨大な気配。後ろ、と恵介が叫んでいる。

 メガサイクロプスが1体、後ろからレミーの脳天を狙っていた。

 ふわりと金髪を舞わせて振り向きながら、レミーは長剣を振り下ろした。白く輝く刃が、右上から左下へと一閃する。

 光が、メガサイクロプスの巨体を斜めに走り抜ける。

 戦斧を振り下ろそうとする姿勢のまま、その巨大な肉体が硬直し、斜めにずれてゆく。

 真っ二つに滑り落ちながらメガサイクロプスは、胴体の内容物を大量に噴出させた。それらがドプドプッと汚らしい飛沫を散らせながら、キラキラと美しい光に変わっていった。

 消えゆく屍を突っ切るようにして、オークソルジャーが1体、勇敢にも槍で挑みかかって来る。

 突き込まれて来た槍先を、レミーは身を揺らしてかわした。そうしながら長剣を振るう。

 白い光が一閃し、ドス黒い血飛沫が飛び散った。

 半ば真っ二つになったオークソルジャーが、様々なものをぶちまけながらビシャアッと倒れ伏す。

 それを一瞥もせずに、レミーは別方向へと長剣を閃かせ、ソードゴブリン2匹を叩き斬った。

 恵介が、悲鳴に近い声を発した。

 彼の身も守らなければ。そう思い振り返ったレミーの視界に入ったのは、ベンチから立ち上がってこちらに突っ込んで来る恵介の姿だった。

 何が起こったのかをレミーが理解したのは、一瞬後である。

 半ば真っ二つになったオークソルジャーが、大量の臓物を垂れ流しながらも立ち上がり、槍を叩き付けて来たのだ。死に際の力が籠った、執念の一撃。

 それを自力でかわせたかどうかは、レミー自身にはわからなかった。恵介が猛然とぶつかって来たからだ。

 戦闘訓練などした事もないであろう少年の体当たりが、レミーを左方向へとよろめかせる。

 聖王女の細身を殴打するはずだったオークソルジャーの槍が、恵介の背中を直撃していた。

「恵介さん……!」

 己の迂闊さを、レミーは呪った。

 彼が自身の非力さを考慮せずに無茶をやらかす少年である事は、初めて会った時にもう明らかになっていたはずである。

 そんな村木恵介の眼前で自分は、無様な油断をして危機に陥ったのだ。

 臓物を引きずっていたオークソルジャーが、ようやく力尽きて倒れ、光に変わって消えてゆく。

 恵介も、倒れていた。外傷は見られない。穂先で突かれたのではなく長柄で殴られたのが、幸いとは言えた。

「恵介さん!」

「よ……よう」

 恵介は、倒れたまま痛そうに微笑んでいる。

「ど……どうしたの。何か、恐い顔しちまって」

「……貴方は、馬鹿よ!」

 まず言わなければならない事があるだろう、と頭でわかっていながら、レミーは叫んでいた。

「無茶な事をして! まさか私を助けてくれたつもりではないでしょうね!」

「百円玉……落っこちてたからよ」

 レミーの膝の上で、恵介が愚かな事を言っている。

「レミーに拾われちまう前にと、思ってさ……あ、あれ? どこ行っちまったのかな、百円……」

「貴方は……っ!」

 レミーの声が震え、詰まった。

 周囲では怪物たちが、レミーが何もしていないのに次々と砕け散ってゆく。オークソルジャーが破裂し、ソードゴブリンが潰れ散り、グレートキマイラがひしゃげて肉の残骸と化す。

 大型の鉄球が2つ、レミーを護衛するかの如く振り回され、魔物の群れを薙ぎ払っていた。

 豪快かつ正確無比に鎖を振るいながら、轟天将ジンバがのしのしと歩み寄って来ている。

「いずれ、このような事になるのでは……と思っておりました」

 出現した魔物たちの最後の1匹であるファイヤーヒドラが、炎を吐く暇を与えられずに首8本ことごとく粉砕され、消滅する。

 先程までは魔王の残党で満たされていた公園が、すっかり綺麗になっていた。光の残滓が、キラキラと微かに残っているだけだ。

「こやつと言い、あの矢崎義秀と言い……我らがしっかり見ておりませぬと、無茶をして早死にいたしますな」

「何だよ……俺、間男と同じ枠かよぉ……」

 呻く恵介をジンバは、レミーの膝の上から引きずり起こした。

 名残惜しそうな悲鳴を漏らす少年の身体を、轟天将のたくましい指が容赦なくまさぐり回す。

「ふむ、肩が外れておるな……まあ打ち所次第では首や背骨を折られていてもおかしくはなかった。幸運と思うのだな」

 その指が、恵介の肩胛骨の辺りをゴリッと圧迫する。

 思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げて、恵介が地面をのたうち回った。

 転げ回る事が出来るのは、外れた肩がきちんと入ったからでもある。レミーもかつて1度、同じ目に遭った。

「いっ痛ぇえ! 痛えよおおおおお!」

「泣くな。聖王女殿下はな、じっと耐えておられたのだぞ」

 のたうち回る恵介を、ジンバは首根っこを掴んで引きずり起こした。

「恵介おぬし、明日から日の出と共に起きろ。世話になっている礼だ、少し鍛え上げてやる」

「お礼の押し売りなんて、いらねえよぉ……」

「轟天将殿、私もお願いします」

 レミーは頭を下げた。

「私が未熟なせいで、恵介さんに怪我をさせてしまいました。聖王女などという大層な呼び名は返上いたします……私を、一から鍛え直して下さい」

「聖王女殿下よりも、あの双牙や闘姫を徹底的に叩き直してやりたいところでございますが……」

 言いながら、ジンバは空を見上げた。

 魔王が本格的に力を覚醒させ、それに応じてより多くの魔物たちがブレイブランドから引き寄せられて来るようになった。レミーの知らぬところでも今頃、こちらの世界の人々が脅かされている。

 そういった人々を守るために、双牙バルツェフも闘姫ランファも戦ってくれている。そう信じるしかなかった。



 村木恵介とは、同じクラスになってから1度も会話をした事がない。

 九条真理子にとっては、教室の風景の1つに過ぎない男子生徒だった。見て見ぬふりをしている有象無象の1人でしかなかった。

 真理子の事は見て見ぬふり、だが中川美幸が酷い目に遭っている時はしゃしゃり出て来て口を出し、正義の味方の顔をする。

 そんな卑怯者が、聖王女レミーや轟天将ジンバと、親しげに口をきいている。

「何で……何でよ……」

 木陰からその様を睨みながら、真理子は呻いた。声が震えた。

「何で、あんたなんかが……ブレイブクエストの勇者と、仲良く出来てんの……?」

 羨ましいわけではない、と真理子は思い込んだ。聖王女や轟天将など、自分の眼中にはない。

 自分が待ち望んでいるのは、烈風騎アイヴァーンただ1人。

 だがレミーやジンバと親しく出来ているという事は、すなわち他の勇者たちとも繋がる人脈を築きつつあるという事。いずれアイヴァーンとも会えるであろう道を、村木恵介が独占しているという事である。

「卑怯者が……あんたみたいな、卑怯野郎が……っ!」

 木陰で唇を噛む真理子の存在に気付く様子もなく、村木もレミーもジンバも立ち去って行く。

 歩きながら、村木はレミーに何かを言われ、照れ笑いのような表情を浮かべている。

 思えばあの梶尾も、双牙バルツェフや闘姫ランファを手懐けていた。

 梶尾や村木のような腐りきった男どもが、ブレイブランドの勇者たちと繋がり、烈風騎アイヴァーンへの道を確保しつつある。

 なのに、誰よりもブレイブクエストを愛しているはずの九条真理子はどうなのか。

「何で……何でよ……何であたしの前には、誰も出て来ないのよ……っ」

 真理子は大木の樹皮に爪を立て、唇を噛んだ。

「何で、誰もあたしを……アイヴァーンの所に、連れて行こうとしないのよォ……ッ!」

「連れて行ってあげましょうか?」

 声がした。冷たいのか優しいのかよくわからない、若い女の声。

「もちろん、すぐアイヴァーンに会わせてあげられるわけではないわ。彼は彼で忙しいから……それでも、貴女をブレイブランドに連れて行ってあげる事くらいはできるわよ」

 優美な姿が、いつの間にか真理子の背後に立っていた。

 豊満でありながら、引っ込むべき所は引き締まった、完璧過ぎるボディライン。それがピッタリと引き立つ薄い緑色のドレスを、身体に貼り付けている。

 顔立ちは、冷酷なほどに美しい。醜いもの全てを蔑み見下す美しさだ、と真理子は感じた。

 綺麗なうなじの辺りで切りそろえられた金髪、そして翼を広げた鳳凰の形をした髪飾り。

「鳳雷凰……フェリーナ……」

 真理子は、声を震わせた。

「連れて行きなさいよ、あたしを早くブレイブランドへ……アイヴァーンに会わせなさいよ、すぐに! 忙しいって何よ、すぐ会わせられないってどうゆう事よ! そのくらい何とかしなさいよ、あんたが!」

 震える叫びが、止まらなくなった。

「あんたはね、あたしとアイヴァーンのために何でもしなきゃいけないのよ! わかってんの? あんたをURのレベル80まで育ててあげるのに、どれだけ手間とお金が」

 衝撃が、真理子の全身を走り抜けた。皮膚がちぎれ飛んで内臓が沸騰破裂してしまったのではないかと思えるほどの、衝撃である。

 電流だった。

 悲鳴を上げる事すら出来ぬまま倒れ、のたうち回る真理子に、フェリーナが優雅に微笑みかける。

「ああ、もう……ゴミクズを相手に手加減するのって、本当に大変」

 薄緑色の長手袋に包まれた優美なる繊手に、いつの間にか武器が握られている。

 毒蛇のような、鞭だった。全体にバチバチと電光がまとわりついた鞭。

「貴女はね、黙って私と一緒に来ればいいのよ。こちらの世界では何の役にも立たないメス豚ちゃんを、私が役に立ててあげるから……ね?」

 その鞭がピシッ! と地面を打ち据えた。電光が、飛沫のように散った。

「いけない、いけない。私ったら、こんな女をメス豚なんて。豚さんに失礼だったわ」

「ひっ……ぃ……」

 ようやく悲鳴くらいは漏らせるようになった真理子を、フェリーナが笑顔で睨み据える。

「私ね、ブレイブランドからずっと貴女を見ていたの。探していたのよ、貴女のような人を……どう扱っても心が痛まないくらいに軽蔑出来る存在を、ね」

 にっこりと細められた両眼が、鋭く冷たい光を孕んでいる。

「烈風騎に会えるかどうかは貴女次第。ダルトン公と一緒に、せいぜい私の役に立ちなさい……さあ、愉しいブレイブランド内乱の始まりよ」

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