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第10話 夢見る少女R

 ファイヤーヒドラが、街を破壊している。

 実に良く出来たCG合成である。九条真理子は久しぶりに、楽しい気分になっていた。

 駅ビルの陰にある、小さな憩いの広場。

 1人ベンチに座ったまま、真理子はスマートフォンを見つめ、ニヤニヤと笑っていた。

 時刻は夜7時11分。仕事帰りと思われる通行人たちが薄気味悪そうに、あるいは気の毒そうに真理子を一瞥し、足を速めて行く。

 どう見られようと真理子は構わなかった。世の人間など、どうせ全員、自分の敵なのだ。

 そんな人間どもが昨日、この近くの交差点で大いに死んだらしい。

 大型トラックの暴走などと報道されたその日のうちに、ネット上では、マスコミも警察も嘘をついている、と大騒ぎになった。

 何やら怪獣のようなものが暴れて街を破壊した、などと言い出す者もおり、それらしい動画も大量にアップされた。

 それらの中に、恐ろしく出来の良いものがあったので、真理子は学校が終わってから今までずっと、それに見入っていた。

 本物にしか見えないファイヤーヒドラが、炎を吐き、車を跳ね飛ばし、信号機をへし折り、交差点の路上で大暴れをしている。

 動きも滑らかで、合成も完璧だ。

「いいわぁ……こういう技術の無駄遣いする人って、大好き」

 にやにやと歪んだ真理子の顔が、スマートフォンの明かりに下から照らし出され、浮かび上がる。

 子連れの女性が、子供の手を引いて、そそくさと通り過ぎて行く。

 ちらりと睨みつけながら、真理子は思う。

 こういう連中が、駅前の交差点で大量に死んだ。本当に暴走トラックの仕業であるにせよ、怪物だか殺人鬼だかが暴れたのであるにせよ、実に痛快な見せ物であったに違いない。

 自分も、その場にいたかった。

 痛切にそう思いながら真理子は、別の動画を表示してみた。

 水着のような鎧を着た美少女が、剣を振るい、ファイヤーヒドラの首を切り落としている。

 虎のような大男が鉄球を振り回し、ファイヤーヒドラを粉砕している。

 間違いなく、聖王女レミーと轟天将ジンバだ。CGかコスプレか定かではないが、これまた本当に良く出来ている。

 ブレイブクエストの熱心なファンが、交差点の事故現場を撮影し、それを素材として非公式PVのようなものを作り上げてしまったのだろう。

 掲示板を見ると、面白いくらいに非難囂々である。人が大勢死んでいるのに、こんな映像を作るのは不謹慎だ、などと住人たちが騒ぎ立てているのだ。

 人道主義者の顔をしたい偽善者ばかりだった。まるで、あの中川美幸のように。

 同じブレイブクエストのプレイヤーとして恥ずかしい、聖王女や轟天将に顔向け出来ない。そんな愚かな書き込みをしている者までいる。

「馬鹿じゃないの? こいつ……本当のプレイヤーなら、こういうの喜ばなきゃ」

 聖王女レミー、轟天将ジンバ、烈風騎アイヴァーン、鳳雷凰フェリーナ……ゲームの中にしかいないキャラクターたちが、現実世界に存在したら。目の前で、生の活躍をしてくれたら。

 それを夢見ないようでは、ブレイブクエストのプレイヤーを名乗る資格はない。

 そんな夢いっぱいの動画を作成してくれる映像作家に敬意を払えない輩は、即刻ブレイブクエストをやめるべきなのだ。

 真理子は、そう思う。

 思った事を書き込んでみた結果、笑えるほど大勢の住民が噛み付いてきて、掲示板は大いに荒れた。

「ふん、すぐ釣られる馬鹿ばっかり……」

 真理子は嘲笑った。本当に、偽善者ばかりだ。あの中川美幸のように。

 飯島麗華や村越・石塚といった輩よりも、許せないのは中川だ。

 本当に真理子を助けてくれるつもりがあるのなら、包丁でもナイフでも持って来て、飯島も村越も石塚もことごとく刺し殺すべきなのである。他人を助けるというのは、そういう事なのだ。

 そこまでの覚悟もなく、ただ口を出しただけで、善行を成し遂げたような気分に浸って悦に入る。

 そんな者たちは皆、ファイヤーヒドラにでも焼き殺されてしまえばいい。

 そう思いながら真理子は、動画を何度も何度も再生した。

 本当に素晴らしいPVだが、真理子としても不満が全くないわけではない。

「もう、どうせ作るならレミーや虎男なんかじゃなくて烈風騎! 烈風騎アイヴァーンにしなさいよお、あたしのアイヴァーンを見せてよぉ……」

「ずいぶん楽しそうじゃねえの、ユキナちゃん」

 名を呼ばれた。少し前まで仕事をしていた時の、真理子の名前である。

 1人の男が、いつの間にか隣に座っていた。青年から中年へとなりかけた男。髪を、安っぽい金色に染めている。

「梶尾さん……!」

 真理子は青ざめ、即座にベンチから立ち上がって逃げようとした。が、立てなかった。梶尾の腕が、すでに肩に回されている。

 他にも男が数人、憩いの広場のあちこちに立って、ニヤニヤと笑っている。全員、梶尾の仲間だか子分だかである。

「楽しんでるとこ悪いけど、そろそろお仕事に戻ろうかあ」

「だから、あたし……しばらく、お仕事したくありません……」

 逃げ道を求めて見回しながら、真理子はとりあえず言った。

「また、お金が必要になったら……お仕事、入れていただきますから。今は」

「……仕事ってもんをナメてんなあ、この女」

 梶尾の仲間で特に柄の悪そうな1人が、声を荒げて詰め寄って来た。

「つーか世の中ナメてんだろ? ちっとわからせるしかねーのかなあ、おう!」

「まあまあ、よせよ田中。ユキナちゃん、恐がってんじゃねえか」

 梶尾が、不気味なくらいに優しい声を発した。

「……世の中さ、こうゆうもんなんだよユキナちゃん。自分の意思で始めた仕事なんだからさ、な?」

 真理子の肩を掴む梶尾の手にグッと乱暴な力が籠った。

「一緒に戻ろうや……俺が、まだ優しいうちに」

(アイヴァーン……助けてよ……)

 真理子は、心の中で助けを求めた。

(あたし……貴方のために、あんなお仕事やってたのよ……貴方を、もっと強くしてあげたくて、活躍させてあげたくて……全部、貴方のためなのよ烈風騎アイヴァーン……早く、助けに来なさいよぉ……)

 ずかずかと、荒っぽい足音が聞こえて来た。

 梶尾の仲間か、あるいは警官か。誰かが、通報でもしたのだろうか。

 警察沙汰になったら、自分がしていたアルバイトも全てばれてしまう。

 真理子がそう思った、その時。梶尾の仲間の1人が、悲鳴を上げて倒れた。

 気のせい、であろうか。その身体に、槍のようなものが突き刺さっているように見える。

 この日本で、人が槍に刺されるなどという事が、起こりうるのか。

 そんな事を真理子が考えている間に、槍のようなものを持った人影が10体近く、憩いの広場に踏み入って来ていた。

 槍のようなもの、ではない。本物の、槍である。

 それを携えているのは、本物の金属製としか思えない鎧を着た、体格たくましい男たちだった。その数、10人前後。全員、首から上が人間の頭部ではない。牙を生やし、荒々しく鼻息を噴く、猪である。

 人間の体型をした猪が、鎧を着て槍を振りかざしているのだ。

「な、何だてめえら……!」

「うわ、わわわわ梶尾さぁん!」

 男たちが、叫びながら次々と倒れてゆく。皆、胸や腹に槍を突き込まれ、あるいは首筋を穂先で抉られて鮮血を噴き上げ……絶命してゆく。

 人間が殺される光景を目の当たりにしながら、真理子は呆然と呟いた。

「オーク……ソルジャー……?」

 ソードゴブリンと並ぶ雑魚モンスター。ブレイブランドを「探索」する事でしか出会えないはずの、生き物の一種である。

 それが10匹以上、真理子の眼前で、現実的な殺戮を行っているのだ。

「んっだテメエらぁああああ!」

 田中が懐からナイフを取り出し、オークソルジャーの1体に突きかかって行った。

 ぶんっ、と凄まじい力で槍が振るわれる。重い長柄が、田中の側頭部を直撃する。

 何かがポポンッと噴出した。田中の、両眼球だった。

 眼窩から、両耳から、頭蓋骨の内容物をドロドロと噴出させつつ、田中は倒れて動かなくなった。

「田中ぁ! 根岸……宮本ぉ……」

 倒れた仲間たちの名を呼びながら、梶尾がベンチからゆらりと立ち上がり、そしてポケットから黒い何かを取り出した。

 スタンガンだった。それを片手に、梶尾はオークソルジャーの集団へと向かって行く。

「てめえら……! てめえら、てめえらああああ!」

 怒声と共に突き込まれたスタンガンは、しかし無造作に振るわれた槍によって、あっさりと叩き壊された。梶尾の右手から、黒い残骸の破片が飛び散った。

 このオークソルジャーたちが真理子を助けに来た、わけではない事は、すぐに明らかになった。1匹が、ベンチ状ですくみ上がっている少女に槍を向け、歩み寄って来ているのだ。

 猪の顔面の中で、両眼がギラギラと殺意に燃えている。

 オークソルジャーの群れなど、ブラウザ上では1ターンもかからず皆殺しに出来る。

 だが今ここには、戦ってくれる烈風騎アイヴァーンも魔海闘士ドランもいない。

「ちょっと……待ってよ……」

 真理子のそんな言葉など聞いてくれるはずもなく、オークソルジャーは容赦なく踏み込んで来た。

 踏み込んで来たその身体が、ビシャアッと倒れてぶちまけられた。真っ二つになっていた。頭から股間までを滑らかに斬り下ろされ、大量の臓物を垂れ流している。

 その死体が、やがてキラキラと光に包まれた。と言うより、光に変わっていった。

 惨たらしい真っ二つの屍が、煌めく粒子となって美しく飛散し、消えてゆく。

 その間、梶尾を槍で撲殺しようとしていたオークソルジャーが、その槍もろとも叩き斬られていた。噴き上がる血飛沫が、やがて光の粒子に変わっていった。半ば両断された屍が、やはり同じように光と化し、キラキラと散り消えてゆく。

 呆然としている真理子の視界の中で、毛並みの良い尻尾がふっさりと揺れた。

 それは、1人の少年の尻から生えていた。革製と思われる軽めの部分鎧をいくつか着用した、小柄な少年。

 年齢は、真理子とそう違わない。顔立ちはどこか幼く、可愛いとさえ言えるが、眼光は鋭い。表情も、何だか不機嫌そうだ。

 頭には、髪をはねのけるようにして、獣の両耳がピンと立っている。

 そんな少年が左右それぞれの手に握った、2本の剣。三日月を思わせる片刃の刀身が、別々の方向に一閃する。突きかかって行ったオークソルジャーたちの槍が3本、4本と、鮮やかに切断されてゆく。

 そう見えた時には、彼らの頸部も滑らかに切断されていた。猪型の生首がいくつか、高々と宙を舞いながら光と化す。

「双牙バルツェフ……」

 真理子は呆然と呟いた。間違いない。無課金ではレアまでしか育たない、魔獣属性の剣士。

 コスプレにしては恐ろしく出来の良い双牙バルツェフが、じろりと真理子を睨んだ。

「気安く呼ぶな……俺、お前など知らない」

「なぁんか名前知られちゃってるねえ、バル君ってば」

 そんな言葉と共にオークソルジャーが3匹、頭を粉砕されて絶命した。頭蓋骨の破片が、眼球が、砕けた脳髄やら何やらが、噴水の如く飛び散りながらキラキラと光に変わる。

 光の粒子をこびりつかせた何かが、蛇のようにうねりつつ宙を泳ぎ、やがて連結して1本の棒となる。

 その棒をゆらりと携え、憩いの広場に歩み入って来たのは、1人の少女だった。

 まるでチャイナドレスのような、真紅の衣装。それを内側から突き破ってしまいそうな胸。

 むっちりと露出した左右の太股。その美脚を戦闘的に彩る、レガース状の金属防具。

 出るべき部分は豊満に膨らみ、引っ込むべき部分はしなやかに引き締まった、そんな身体が、翼を背負い尻尾を生やしているのだ。

 黒髪を艶やかに伸ばした頭からは、鋭利な角が現れている。

 顔立ちは、美しいと言うよりは可愛らしい。が、一筋縄ではゆかぬ不敵さをも感じさせる。

「ハンゾウ様には、隠密行動で行くように言われてるけど……最初っから名前知られちゃってるんじゃあねえ」

 そんな事を言いながら悠然と歩く少女の周囲で、棒がヒュン……ッと回転する。

 突きかかって行ったオークソルジャーが2匹ドガッ! グシャッと打ち据えられ、首をおかしな方向に曲げながらよろめき、光に変わって消滅してゆく。

 どう見ても、闘姫ランファである。尻尾や翼の質感、それに12節棍で敵を粉砕する武技。とてもコスプレとは思えない。

 となればハンゾウ様とは、すなわち鬼氷忍ハンゾウの事なのか。

「何よ……何が、起こってるの……」

 真理子が呆然と呟いている間に、オークソルジャーは1匹残らず、光の粒子となって消え散っていた。

「くそっ……俺たち、何やってる……!」

 双牙バルツェフが、怒りの呻きを漏らす。闘姫ランファも、重い溜め息をつく。

「聖王女様の言った通りだね。何だかんだ言ってもバル君、魔物に襲われてる人を見過ごせないから……」

「……お前だって」

「あたしは、バル君に付き合ってあげてるだけだもん……あ〜あ、こんなんじゃ2人ともハンゾウ様に殺されちゃうかもね」

 そんな会話をしながら、バルツェフもランファも歩み去って行く。

「ま……待って、待ってくれよ」

 梶尾が、それに何人か生き残っている男たちが、2人に追いすがった。

「あんたたち、よくわかんねぇけど強ぇな……なあ、俺たちんとこで仕事やんない?」

「仕事……だと」

 バルツェフが、それにランファが、睨むように振り返る。

「確かに、少しの間こっちの世界で暮らさなきゃいけないもんね……住む所とか食べ物とか、お世話してくれるんなら考えてもいいけど」

「任せなよ。俺たち、アパートの手配とかもやってるからさぁ」

 梶尾たちがそんな話をしている間に、真理子はひっそりとベンチから立ち上がり、逃げ出していた。

(何よ……一体何が、起こってるの……)

 ひたすら夜道を走りながら、先程と同じ事を胸中で繰り返す。

 双牙バルツェフがいる。闘姫ランファもいる。

 つまり、聖王女レミーや轟天将ジンバも実在しているという事なのか。あの動画は映像作家の作品などではなく、実際に起こった出来事を撮影したものなのか。

 ブレイブランドの戦士たちが、現実世界に現れつつある。そういう事なのであろうか。

「烈風騎アイヴァーン……貴方も、いるの……?」

 走りながら、真理子は語りかけた。

「あたしの前に……出て来て、くれるの?」

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