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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第6章 L:さようなら
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第7話 ナーバスな、ななせ

 夕方まで、志具たちは遊んだ。朝から夕刻まで、外で遊んだことを志具はこれまでの人生で行ったことがほとんどなかったため、留美奈町行きの電車に乗りこむと、なかなかの疲労感を覚えた。しかしそれは、心地の良い疲労だったため、神経を削られるようなことはなかった。


 その後、駅で解散した志具は、ななせと菜乃と一緒に家路についた。


 家に帰り、夕食を取り、風呂へと入った後、志具が自分の部屋でプライベートな時間を楽しもうとしたときには、時刻は二十一時をまわっていた。


 時間の流れが、非常に早く感じた志具。それだけ密度の濃い一日を過ごしたということか。あるいは、慣れない休日を送ったために、そう感じたのか。新しいことを行うときに、そういった感覚を覚えるものだ。いずれにせよ、前述したとおり、疲労を苦とは感じていなかったため、悪くはなかった。


 志具がいつものように、就寝前の読書を楽しんでいると、


「志具~。未来のお嫁さんがやってきたぞ~」


 ノックもせず、志具の部屋の扉を開け、部屋の主の許可も取らずに入ってきたのは、ななせだ。志具は、もはやため息すら出なかった。いつものことだと、少しずつこの出来事に順応しつつある自分が、なんとも恨めしかった。余計な諍いの火の粉を振りまきたくないようにするための、彼なりの処世術だった。


「なんだ、万条院」


「別に何もないさ。ただなんとなくここに来たかったからやってきただけだよ」


「なんだ、それは」


 やや呆れ気味の志具。だが、こういったことは今に始まったものではないため、志具はそれ以上の言葉を連ねることはなかった。


「今日は楽しかったよな。たまにはあんな感じに一日遊ぶのも悪くない」


「たまには、な。だが、あんなことが頻繁にあったら、さすがにリラックスできそうにないが……」


「帰る頃にはお前、ずいぶんと疲れ切っていたからな」


「わかっていたのか?」


 まあな、とななせはどこか鼻高らげに言ってのけた。


 あいかわらず、人のことをよく見ているやつだ、と志具。まあ、その観察眼は主に、自分に向けられているような気がしてならなかったが……。


 まあ、それはいい。志具はそのことに対して考えるのを止めると、言葉を返す。


「疲れていたのがわかっていたのなら、自分の荷物くらい、自分でもってほしいものだがな」


 買い物の品を、持てる限りすべて持たされたことを、不満そうに志具は言った。


 そんな抗議の言葉に、ななせは、


「女の子の荷物持ちは、男が泣いて喜ぶイベントだろ?」


「勝手に決めるな」


「あたしらの荷物をもって、内心ウハウハだったんじゃないのかぁ? 荷物の中身を想像して、『この中にはマリアの衣服や下着が入っているんだ。はぁはぁ』とか、思っていたんだろう、この変態」


「勝手に変態扱いするな! 君の勝手なイメージだろうが」


「でもマリアは喜びそうだな、さっきのシチュエーション。我々の業界ではご褒美です、てやつなんじゃないか。志具は女の子の下着姿を想像してウハウハ、マリアもお前の妄想の糧にされてムフフ。お互いに利があるから問題ないな」


「問題おおありだ! それに、この場にいない人をあれこれと話の種にするのは、あまりよくないと思うぞ」


「真面目だなぁ、志具は」


 そういうものの、ななせは呆れているわけではないようだった。


 自分の反応を楽しんでいるななせに、志具は不服そうに表情を苦くさせていたが、


「そんなにマリアのことが大切なのか? お前」


「何の話だ?」


「それだけあいつに肩入れするってことはさ」


 ななせの話の切り替えに、志具は疑問に感じながらも、言葉を連ねる。


「別に肩入れしているわけではないさ。常識的な考えを言っただけだ」


「どうだかなぁ~」


「……昼食のときも感じたが、ずいぶんと食いついてくるな、君は」


「なにがだ?」


 今度はななせが言う番だった。


 自覚が本当にないのだろうか? と、志具は思いつつも、言った。


「マリアのことだ。あと……その、なんだ…………。普段よりも、私に必要以上に接近しようとしてきているだろう?」


 言いよどむのは、やや恥ずかしいと感じているが故か。


 志具のその指摘に、ななせは息を呑んだ。目を丸くさせ、志具のことを見つめるななせ。


 数秒の沈黙の後、ななせは瞼を伏せ、微笑を浮かべると、


「まったく……。どうへんぼくのくせに、たまに鋭いときがあるんだな、お前は」


 ななせの皮肉にとれる言葉に、志具は無言。彼は眼で、どうなんだ? とななせに問いかけていた。


 その意図を察したのだろう。ななせは志具と視線を交差させた後、気まずそうに視線を泳がす。言おうか言うまいか、悩むようなその目の動きは、昼間に見せたものと似通っていた。


 心の揺れ動きが、目の泳ぎ方として表に出ていたななせだったが、やがて、ふっと息を吐く。


「……別に、なんてことはないさ。お前が思っているほどの深刻なことじゃない」


「それは私自身が決めることだ。君の話を聞いた後でな」


 違いない、とななせは笑みを漏らした。


 考える時間をもってから、ななせは言葉を紡ぎだした。


「……夢を、見たんだよ」


「夢?」


「ああ、嫌な夢さ。夢であってほしいと願いたいくらいの、現実(かこ)をね、久しぶりに見たんだよ」


 彼女の表情には、憎悪と悲哀がまじっていた。そして、自分自身に対する嘲りも……。過去を捨てきれず、今もなお引きずられている自分に対する、嗤いだった。


「聞いてもいいことか? それは」


 それは、遠回しに、「言いたくないのなら無理に言わなくてもいいのだぞ」という、思いやりの込められた言葉だった。現に志具の声色は、やや柔らかさをもっていた。


 ななせは迷うように視線を動かしたが、かぶりを縦に振ると、


「かまわないさ。あたしが好きでしゃべってることなんだから」


 そうか、と志具は頷いた。本人がそう言うのなら、こちらとしてはそれ以上の言葉を言う必要はないだろう。


 ななせは一呼吸の間を置いた後、訥々と語り始めた。


「実はさ、その……あたし、父親とあんまり仲が良くないんだよ。反抗期かって言われたら、そうかもしれないけど……それがわかっていても、一線どころか二線も三線も引いてしまうくらいには、ね」


「……まあ、君も年頃の女の子なわけだし、そんな感情を抱いてもしかたないのではないか?」


「それだけだとよかったんだけどね……」


 ななせの表情が暗くなる。同時に、憎しみの感情がわいているようだった。自制を利かせ、表情としてはあまり出ていないが、彼女のまとう空気が、鋭利な針のようになっているように、志具は感じた。


「志具は、親のことが嫌いじゃなかったのか?」


「どうだろうな……。好き嫌いか、と言われると、普通って答えてしまうな。両親といる時間が少なかったし……」


 幼いころから親との交流が少なかった志具にしてみれば、好きとか嫌いとか、そういった情を入れ込むほどに両親を想ったことはなかった。それは薄情と言われてしまうかもしれないが、近くにいない相手を深く想うことはなかなかできることではない。


 ただ、それは嫌いというわけではない。幼いころの志具は、両親が久しぶりに家に帰ってきたときはもちろん嬉しいと感じていたし、離れ離れになり続けるよりは、傍にいてほしいと願った。そういった想いは、どちらかといえば、家族というよりは親類縁者に向けるようなものに似ているかもしれない。


「そうか……」


 志具の言葉に、ななせはやや申し訳なさそうだった。それはきっと、志具の彼なりの苦労を察したからであろう。親との温かな交流が盛んだったかどうかといわれれば、志具は間違いなく少なかったほうだ。


「気にしなくていい」


 だからというわけではないが、志具は両親が帰ってきたときには、それなりに甘えたほうだ。こんなことを知られたら、ななせにからかわれるだろうから、声に出して志具は言わなかったが……。


 それゆえに志具は、別に気分を害してはいなかった。話を続けてくれ、という志具の対応に、ななせは調子を整えて、言葉を紡ぐ。


「実を言うとさ、小さいころからあたしは父親のことが苦手だったよ。無口で頑固で、人の話をまったく聞かないで、唯我独尊とまではいかなくても、他人の話をはねのけて、自分の信念にのっとったような行動しかしない人だった。人間味にかけてた、とでも言えばいいのかな。人の血が通わない、機械みたいだったよ。お前の父親とは真逆だった」


 自分の父親と真逆と言われ、志具はなんとなしに察することができた。というより、自分の父親が、馬鹿がつくくらいにノロケまくるカップルだったということが、ある種の奇跡のようなものだった。あれの逆と考えるのは、比較的容易だった。人間、対極の位置にあるものは想像しやすい。一番想像しにくいのは、そのどちらでもない、中途半端なものだ。


「ただ、尊敬はしていたよ。仕事に誠実に向き合う父親の姿は、まぎれもない本物だったし、輝いて見えるくらいだったからな。……ただ、それも昔の話さ」


 ななせはそれっきり、言葉を続けなかった。口がわずかに震えていることから、どうしようか考えていることは確かなのだが、彼女の中の何かが、必死にそれを止めているようだった。


 まるで、口に出すことすら嫌だ、というようなななせの様子に、志具は彼女の肩に、そっと手をのせ、言う。


「それで十分だ。無理にいう必要はない」


 実際、彼女の抱えている重たい荷物のような過去を、志具は十分推し量ることができた。


 だから、それで十分だった。


 一から十まで知る必要はない。察することができる程度にわかれば、それ以上は聞く必要はないと、志具は思っていた。


 志具の顔を、ななせが見つめる。その瞳は驚きのせいか、揺れていた。


「志具……」


 彼の名前を、熱に浮かされたような顔で呟くななせ。そして、固く閉ざしていた口を緩めると、


「あたしらしくないな、こんなナーバスになっちゃうなんて……。ごめんな、志具」


 志具から離れ、あはは、と笑って見せるななせ。それはいつもと比べると覇気がなかったが、まあ許容範囲だった。


「いや、別に気にしてないぞ。……それにしても」


 と、志具は口の端を緩め、彼にしては珍しい強気な態度を見せると、


「君もなかなか可愛いところがあるのだな。嫌な夢を見たからナーバスになってただなんて」


「か、可愛い……っ⁉」


 ななせの頬が、ピンク色に染まる。


「どうした?」


「い、いや……。お前の口から、まさかそんな言葉が聞けるとは思っていなかったからさ……びっくりして」


 言われ、確かに自分らしくないだろうな、と志具。しかし、普段からからかわれつづけている反動か、やや内気な調子の彼女を見ると、つい復習というわけではないが、軽くおちょくりたくなるというものだった。


 ななせの新鮮な驚きを見れて満足した志具は、それ以上彼女をからかうようなことはしなかった。


「まあ、なんだ。辛いことがあるのなら、私に話してほしい。少しは心が軽くなるかもしれないぞ」


「そうだな。お前だったら、他人に言いふらすようなこともしないだろうし、その点は安心できるな」


「わかってるじゃないか」


 用事はそれだけだったのか、ななせは話し終えたと言わんばかりに志具の部屋を出ようとする。


 扉を開け、ななせは志具に振りかえると、


「ありがとな、志具。お前と出会えて、よかったよ」


「大げさだな。私を持ち上げても何も出てこないぞ」


「だな。持ち上げるんじゃなくて、絞り出さないとな」


「何の話だ?」


「なんでもないさ。こっちの話」


 あはは、と軽快に笑ってのけるななせだったが、やがて、


「あたしは、この幸せを……これからも持ち続けていたい」


 それは、決意に満ちた、そんな顔だった。


 決して手放さないように。


 捨ててしまわないように。


 奪われてしまわないように。


 かたく、大切に持ち続けようと誓う、そんな表情……。


「じゃあ、志具。おやすみ」


「ああ。おやすみ」


 ななせのその表情に、志具はやや呆気にとられてしまったが、ななせが平常に戻ったのにつられるように、志具もそれ以上は深く考えないことにした。


 夏休みは、まだ始まったばかりである――――。



 ――◆――◆――



 日をまたごうとするほどに、夜が更けた頃。


 場所は、豪奢な屋敷だった。豪奢であると同時、厳かさを醸し出しているのは、ひとえにその屋敷の持った年季のためだろうか。あるいは、その屋敷の主の厳格さが、月日を重ねることで屋敷にも浸透したのかもしれない……。


 その男は、その屋敷でひとりで暮らしていた。屋敷の内部はとても広いというのに、お手伝いのひとりも雇っていない。昔は雇っていたが、独り身になったときに、全員帰らせたのだ。


 彼には妻がおり、娘もいた。


 しかし、今はもういない。どちらも自分のもとを離れていった。内、娘のほうは、彼女専属の侍女を連れて、ある少年のもとへと行ってしまった。


 それを、その男は許していなかった。ダークブラウンの髪色をしたその男は、自室の仕事机とセットの椅子に腰かけ、ただ静かに客人が来るのをまっていた。


 月が明るい。そのこともあって、部屋には明かりをつける必要もなかった。月の白光が、大きな窓から差し込んでくる。


 窓の外を眺めていると、


「昔を懐かしんでいるの? 源武。かつてあった、妻と娘と一緒に暮らしていた日々のことを」


 背後から向けられたそんな言葉に、男――万条院源武は、すっと椅子から腰を上げ、振り向いた。


 そこにいたのは、絶世の美少女。月明かりをまぶしたような白髪に、ルビーのように綺麗で丸い瞳をした少女に、源武は言う。


「来たか、パンドラ。ずいぶんと遅かったな。遅刻しているぞ」


「あら。遅刻って言っても、たった五分程じゃない。それくらい見逃してよ」


「ビジネスというのは、一分一秒も無駄にできないものだ。それに、待ち合わせの時間までに来るのは、礼儀でもある」


「細かいわねぇ。そんなにかたっ苦しいから、あの()に出て行かれるんでしょ? ……あら、ごめんなさい」


 謝るものの、その声色は源武に対しての皮肉が込められていた。


 しかし、源武は別段、気を悪くはしていなかった。気に食わないのは確かだが、これから取引を行おうとしている以上、相手を怒らせるのは極力避けたいものだからだ。自分の感情は、二の次にしなくてはならない。


「早く話を進めたいのだが、いいか?」


「あら。つれないわねぇ。ま、傷口をえぐられたくないのはわかるけど」


「お前がこうして俺の前に現れたということは、仕事をしてくれるという解釈をしてもいいのだな?」


 パンドラのトゲのある言葉を、源武は完全に無視をする。源武のこういう気質は昔からである。効率を考え、そのために不要なものは、すべてカットしていくのだ。無駄な会話をする気は、毛頭なかった。


 パンドラも、そんな彼の性格を知っているからであろう。それ以上、無駄話はせず、源武と話をする。


「ええ。アナタの提案は、あの人にとって願ったりかなったりのものだったからね。すぐに食いついたわよ、あの人は」


 そうか、と源武。パンドラの言う「あの人」が、だれを差しているのかは、源武は想像がついていた。実際に会ったことこそないが、なかなか外道な精神の持ち主だという話を聞いている。


 実を言うと、そんなやつの手を借りるのは、源武の矜持を傷つけるものであったが、この際、四の五の言っていられない事態だった。


「それで、わたしのほうは、どこまでしたらいいのかしら?」


「ああ。それは――」


 パンドラの質問に、源武は言葉を並べる。寡黙な彼にしてみれば珍しいほどの、口数の多さだった。


 そして、一通り話を聞き終えたパンドラは、驚いた様子を見せた。……が、それも少しの間だけ。次の瞬間には、問いかけを源武にした。


「アナタのそんな行動は、あの娘のため?」


「別に、娘のためだけではない。無用な被害者を出すのは、俺のプライドに反することだからな」


 源武は、自分が事に取り掛かる日を決めていた。そしてその日、彼らがどこに行くのかも、調べつくしていた。


 調べる方法は容易かった。『人探しの術』と『飛聴(ひちょう)の術』を組み合わせて、彼らの会話を盗み聞きしたからだ。彼の娘は、そういった事態に備えていたようで、妨害となる障壁魔術を展開していたようだが、源武の前では無力だった。所詮、娘は父に勝てない、ということか……。


 ふぅ~ん……、とパンドラは目を細め、源武を見つめていた。源武は問う。


「どうした?」


「別に。アナタって、見た目にそぐわない本当の頑固者だなって、思っただけよ」


 そして、パンドラは言う。


「これはわたし個人の見解だけど、アナタのしようとしていることは、あの娘をもっと不幸に陥れることになるわよ」


「あいつの息子と一緒にいることが、すでに不幸だ。悪しき(つながり)は、断たねばならない」


 パンドラは肩をすくめる。これ以上、何を言っても聞き入れてはくれないだろう、という、諦めからなのだろう。


 そう。何を言っても無駄だ。


 一度決めた以上は、引き下がらない。月日が流れれば、あいつも俺の行いが正しかったことを理解してくれるだろう。


 彼の息子と一緒にいれば、間違いなく娘はあいつと接触することになるだろう。


 それだけは、避けねばならなかった。


「もう離れていいぞ。俺も、いろいろと準備があるのでな」


「あら。勝手に呼び出しといて、勝手に出ていけだなんて、身勝手な人。せっかく、いいことを教えてあげようと思っていたのに」


「いらん」


 短い言葉で、源武はパンドラを出ていかせようとする。


 そんな彼に、パンドラはその場を離れようと、空間転移の魔術を発動させた。いっさいの詠唱も術式の魔法陣もなしに、魔術を発動させる彼女のことを、源武は奇怪だと思っていた。そんな彼女を傍らに置く、『フリーメイソン』の盟主も。


「源武。――わたしの話を聞かなかったこと、アナタは後悔することになるわよ」


「……? どういう――」


 どういう意味だ、と訊く前に、パンドラは光の粒子に飲まれ、その場から姿を消した。


 再び、静寂に包まれる源武の部屋。


 パンドラの最後の言葉が気にかかりはしたが、気にしないことにする。


 これから始めようとすることに、一切の雑念を払う必要があった。仕事を失敗しないためにも、ただそれだけに集中する必要があった。


「ななせ……」


 源武は月を見上げる。


 淡い光をたたえるその月を見つめ、そこに自分の行いが「白」であることを刻み付け、誓いを立てるようにこう言った。


「お前を真道の息子から――――引き離してやる」


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