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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第6章 L:さようなら
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第4話 ホームズ

 その後、一同で話し合った結果、明日、水着をみんなで買いに行くということになった。志具も、学校の水泳のときに使う水着は持っていたが、プライベート用の水着は持っていなかったので、この際に買うのもいいだろう、と思い、反対しなかった。


 女性陣――特にマリア――は、明日、水着を買うことに気合を入れている感じだった。女性の、水着に対する熱意は、正直志具にはわからなかった。


 夕食を食べ、風呂に入り、自室にこもると、志具はベッドに腰掛けて読書にふけていた。明日、朝からみんなと一緒に水着を買いに行く予定が入っているものの、学校が休みだという安心感もあり、夜更かししたいという気持ちが、鎌首をもたげる。


 志具が読んでいるのは、ミステリーものだった。志具はミステリーものを読む際は、必ずと言っていいほど二回読む。一度目は事件を解く側として読み、二度目は犯人視点で読むのだ。一冊の本で二回の楽しみがあるので、志具は好んでミステリーものを読んでいる。


 読書の邪魔にならない程度の音量で音楽をかけながら、志具が黙々と本を読んでいると、


「し~ぐっ♪」


 扉を少し開け、志具の様子を見に来た少女がひとり。言うまでもなく、ななせだった。


 読書にふけていたというのに、水を差され、志具はやや不満を顔に出す。特にミステリーものは、一気に読まないと登場人物の相関などを、時間をおいてしまうと忘れてしまい、何が何なのかわからなくなる厄介さがあった。


 しかし、このままななせを放っておくわけにもいかない。このままノーリアクションでいれば、さらなる妨害を働きかけてくる可能性が大だからだ。


 志具は額を人差し指で掻いた後、本にしおりを挟み、ノートパソコンで流していた音楽を切った。


「……なんだ?」


 自分のリラクゼーションタイムを邪魔されたということもあり、志具の声色は若干低くなっていた。


「そんなに怒らないでくれよ~。読書を邪魔されたからって……」


 ななせは笑いをもらしながら、志具の部屋に入ってきた。入って来てもいい、なんて許可した覚えはないのだが……、と志具。しかし、どの道彼女は、力ずくでも侵入してくるだろうから、という考えに切り替わり、あきらめることにする。


 ななせは、勉強机に置かれた、先ほどまで志具が読んでいた本を一瞥すると、


「シャーロック・ホームズか……。好きなのか?」


「ん? まあ、面白いからな。……君は、本とか読まないのか?」


「あたしは嫌いじゃないけど……ただ、実家にいたときは魔導書くらいしか読ませてくれなかったからな。それほど多くの本を読んでいたというわけじゃないんだ」


 魔導書……。やはり、魔術師の世界では、そういったものがあるのだな、と志具は今更ながらの感慨を受けた。


 ……いや。それよりも志具は、気になったことがあった。


 それは、ななせの雰囲気だ。「実家」という言葉を口に出すとき、彼女のまとう空気が刃物のような鋭さが宿ったように思われたのだ。


 ただ、それがあまりにも一瞬だったため、志具は気のせいかと思い、流すことにした。


 にしても……、とななせは、ホームズの本を片手に取ると、


「志具は将来、探偵になる願望でもあるのか? こういう本を読むってことは」


「別にないけど……まあ、憧れはするかな」


 探偵に興味があり、志具は一度調べたのだが、探偵業を起こしたとしても、なかなか生活できるほど満足な収入は得られないのだそうだ。それも、基本的な探偵の仕事というと、だいたい脱走した犬猫などのペット探しや、飼い主の代わりにペットを散歩させるなど、仕事としては非常に地味なものであり、探偵屋というよりは万事屋みたいな立ち回りになるらしい。


「ロッキングチェアに揺られながら、コーヒーを片手に新聞を読む……。絵面としては、なかなか優雅なんだけどなぁ」


 志具に、探偵のことについての話を聞かされたななせは、やや残念だ、とばかりのリアクションをした。


「まあ、現実とフィクションは違う、というわけだな」


 と、志具。漫画やドラマのように、毎日のようにクライアントが押し寄せるような探偵は、世界中を探しても一握りほどしかいないだろう。


「そうだけどさぁ……。やっぱり、夢は持ちたいって思わないのか?」


「夢……? まあ、あったらいいなとは思ってはいるが……」


 現実を見るのは、現代社会を生きていくうえで必要なことではある。ただ、現実を見すぎた結果、生き方が淡白になってしまうのは、志具は避けたかった。言ってしまうと、理想(ゆめ)があり、その理想に向かって現実の道を突っ走っていけるような生き方が、志具好みだった。夢とは、現実を歩むためのひとつの道標のようなものなのだと、志具は考えていた。その道標さえ見失わなければ、道を踏み外すようなことは、まずないだろう。


 夢を真剣に追い求めている人は、自分と同じように夢を追いかけている人を傷つけることはない。なぜなら、夢を追いかける苦労や苦難を、実感として理解しているからだ。


 志具は、そういう人間になりたいと思っていた。


 ただ……。


「あったらいいな、てことは、今はないのか?」


 ななせの指摘に、志具は少し視線を逸らし、「……ああ」と小さく頷いた。


「なんだよ~。夢がないと、人間枯れてしまうぞ」


「枯れるとか言うな」


 あっはは、とななせは快郎に笑う。


 ただ、あながちななせの指摘も外れていないかもしれない、という思いが、志具の頭に浮かぶ。


 だが、


 ――……いや。私は認めん。せめて……卒業するまでには見つけ出して見せるからな。


 志具は左右に首を振って、ネガティブな考えを雲散霧消させる。まだ高校生生活は始まったばかり。夢を見つけるまでの猶予時間は、まだまだある。


 志具が自己弁護を心の中で行っていると、


「あたしは夢がちゃんとあるぞ」


 勝ち誇ったようにななせは胸をそらす。


 志具には、大体の答えが予測できていた。


 志具の半目を受けながらも、まったく気を悪くした様子のないななせは、言った。


「ずばり、お前と結婚することだ!」


 指をビシッと志具に向けるななせ。


 ああ、やっぱりな……、と志具。予想から全く外れない答えだったため、志具は驚きのリアクションすら見せなかった。


 はいはい、と志具はスルーする。


「む……。なんか反応が淡白だな、お前」


「推測がまったく外れなかったからな。1+1の答えが2だと理解するよりも簡単だったぞ。君の夢を当てるのは」


「なるほど。つまり、あたしの思考をトレースできるほど、お前とあたしは繋がっているというわけだな?」


「何がなるほどだ。断じて違うからな!」


 普段から耳にタコができるほどに同じ言葉を連呼されれば、嫌でもわかるというものだ。


 やれやれ、と志具は呆れていると、


「……なあ、志具」


 ななせの声。


 なんだ? と志具がななせへと視線をやると、彼女はいつにもなく真剣な表情を、自分に向けていることに気づいた。


 突然だったため、志具は呆気にとられる。そんな彼に対し、ななせが訊いてきた。


「もし……万が一に、だぞ? あたしと離れ離れになったときは……あたしを、見つけ出してくれるか? ホームズみたいに、謎を解いて」


「……どうした? 急に」


「うるさい。早く答えてくれよ」


 口をとがらせるななせ。どういうわけか、彼女の頬が若干赤くなっていた。


 あまり見せない彼女のそんな表情に、志具は不覚にも心音を一段階はね上げさせた。


 戸惑いながらも志具は、ななせが真面目に訊いているのだということを察していた。


 普段、ざっくんばらんな態度をとり続けている彼女の、真剣な言葉に、志具は十秒ほどたっぷり悩んだ後、


「……ああ、見つけ出してやる」


 と、言った。そういう言葉を真正面から言うのが恥ずかしかったため、言葉を言うとき志具は、ななせから視線を外していた。


 しかし、それだけでななせは満足だったらしい。


「そっか。……信じてるからな」


 志具はチラッとななせを一瞥する。


 志具の回答に満足した、とばかりの明るい笑顔を、ななせはしていた。普段から飄々と笑っていることが多いななせだが、今回の彼女の笑顔は、普段の笑顔からは感じられない、ある種の特有な感情が宿っているような気がした。


 ――……嘘ではなかったのか…………。


 許嫁、というのは……、と志具。自分に近づくための、ただの方便ではなかったのか、と。


 そういえば、前にもこんなことを思ったことがあったな、と志具は思い出す。確かそのときも、自分は彼女から、同じような言葉を得ていたような気がする……。


 彼女の本心が、わからない……。


 どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか……。


 先ほどのは幾分、本気の度合いをうかがい知ることができたが、普段、生活しているときに、彼女の本音を見る機会は、だいぶ少ないな、と志具は思った。


「し~ぐっ♪」


 弾んだ、ななせの声。


「なん――――⁉」


 なんだ? と言おうとしたとき、志具の唇が強引に塞がれた。


 唐突だったために、何をされたのか、志具は判断がつかずに混乱した。……が、時間の経過とともに、何をされているのか理解できた。


 キスだ。ななせが、志具の唇に自分のそれを重ね合わせていた。


 瑞々しく、吸い付くような唇に、志具の芯が火で炙られているように熱くなる。


 時間にして十秒。長かったのか、短かったのか、志具には判断がつかなかった。


 すっとななせがキスを止めると、ベッドから腰を上げ、立ち上がると、


「それじゃ、失礼させてもらうよ~。ちゃんと明日、寝坊せずに起きろよな」


 それだけ言うと、ななせは志具の部屋から出ていった。出ていく直前、ななせの顔を見たが、やや赤くなっていた。


 呆然と、志具は彼女が閉めていった扉をじっと見つめていた。


 鏡を見なくともわかる。今の自分の顔は、リンゴのように赤く染まっているのだろうと。部屋を出ていった、彼女と同じように……。


 ――……柔らかかったな…………。


「……って、何を考えているんだ、私は!」


 破廉恥な考えを抱いてしまったことに、志具は狼狽する。


 しばらく頭を抱え、悶えていた志具。


 そんな彼ができることは、茹で上がった頭を冷ますべく、読書にふけ入ることくらいだった。



 ――◆――◆――



 時刻は夜の十時を回っている。


 ななせは、志具の部屋から自分の部屋に戻り、ベッドの上でごろごろと転がっていた。


 ななせの頬は、時間が経過するにつれて元の状態に戻りつつあったが、それでもまだ、桜の花びら程度の色には染まっていた。


 ――おかしいなぁ……。出会ったばかりの頃はこんなことなかったのに……。


 転がりながら、抱いていた枕を顔に当てて、そんなことを思った。昔の自分なら、こんなにも照れくささを表には出さなかったはずだ。だというのに、先ほど志具と接吻を交わしたら、このざまだ。今まで自分がリードしていたというのに、気づけば志具と同格になりつつあった。


 ……いや、違うか。志具が自分に追いついてきたのだ。


 右も左もわからなかった出会った当初の志具とは、今の彼は違っていた。まだ色々とリードしているとはいえ、その差は縮まりつつあるように思われた。


 ――方便のつもり、だったんだけどな…………。


 と、ななせ。許嫁という設定は、志具に接近するための嘘だったはずだ。それが一度目の戦いを終えたときから、変わっていった。


 はじめは好奇心からだった。どこまで彼が上へとのぼりつめていくのか、興味本位の感情だった。


 それが幾重もの困難を潜り抜けていくうちに、今のような感情になっていったのだ。


 どうしよう……、とななせ。こんな状態じゃ、マリアのことをいじることもできなくなってしまう。なぜなら、マリアが志具に抱いている感情を、ななせもまた彼に抱きつつあるからだ。マリアの恋慕のほどを実感してしまった以上、からかうことがしづらくなる。


「あ~~~~~~~~…………」


 とめどない声が、部屋に響き渡る。照れくささをゼロにしてしまおうとするが、意識すればするほど、彼に抱く感情が頭から離れなくなっていく。


「どうしたんだろうな、あたしは……」


 あたしらしくない、となんせは自分ながら思う。恋する乙女なんて、なれっこないと思っていたのに……。


 今日に限って、どうして自分はあんな行動を起こしてしまったのか……。


 理由には……心当たりがあった。


 十中八九、昨日の夜に見た夢が原因だ。


 家族の温かさが、すべて失われた時のことを思い出し、父親に抱く憎悪を改めて認識した結果、あんな行動を起こしてしまったのだ。


 父親にかかれば、今の自分の環境を、すべて「なかったこと」にしてしまうことが、可能だから……。繋がりを、すべて「なかったこと」にしてしまえるから……。だから、あるうちにその繋がりを存分に感じたかったのだ。


 ……と、ここでななせは、気づいてしまった。


 あるうちに。確かに自分はさっき、そう思った。それはつまり、「なかったこと」にされてしまうのを、無意識のうちにわかってしまっているから、そんな考えが浮かんでしまったのだということを。


 父親の呪縛が、離れたこの場所でもななせを苛んでいた。


 どうして……、とななせは思う。父親の独りよがりな独善によって、すべてを「なかったこと」にされなければいけないのか、と。


 ――……つらいな……。


 ななせは、自分の胸が、きゅっと締め付けられる感覚を得た。


 志具とのつながりだけではない。マリアや菜乃、なずなとの繋がりすらも、あの人は消すことができる。


 失いたくなかった。ここでの生活は、ななせにとっては本当に幸せそのものだった。絵に描いたような幸福が、この約三か月に集約されていた。楽しいことばかりではなかったが、それでも……幸せと思えた。


 ――失いたくない……。


 せっかく、自分の思い描いた幸せを、手に入れたんだ。手放したくなかった。


 だけど……、とななせ。


 もし、父親がなにか、気に入らないことがあり、彼特有の独善が働いたら、この幸福など、あっという間に「なかったこと」になるのだろう。


 ――嫌だな……。


 ななせは考える。


 万が一、父親が手を下しに来たとき、自分はどういう行動をとればいいのか、を――――。


 そんなことを考えているうちに、ななせは、自分の意識を夢の中へと沈み込ませていた。


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