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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第5章 リベンジャー
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第13話 罪の告白

「おっ、思ったより早く起きたな」


 目を覚ますと、まず志具の視界に移ったのは、ななせの自分を見下ろす顔だった。


「万条……院……」


「おっと。まだ起きるなよな。疲れてるだろ?」


 ななせの気遣いが、志具にはありがたかった。


 ただ……それだけにひとつ、疑問に感じずにはいられなかった。どうして彼女がここまで、変に気遣いをするのかを。


 不自然さを不審に思う志具。茫漠とした意識だったが、時間の経過とともに、頭の靄が晴れ渡るような感じがしてきた。


 そうすると、まず志具が最初に気づいたのは、自身の後頭部への感触だった。


 温かく、柔らかいものが当たっている。決して不快ではない。むしろ、心地よい。それだけに、得体のしれない不安が志具の心をざわつかせる。


 そもそも、彼女はどうして、こんなにも近くで自分の顔を見下ろしているのだろうか?


 あと少し、ななせが顔を下ろせば、志具の顔と正面衝突するであろう至近距離である。そして、彼女の持つ魅力的な二つのやや大きめの胸が、志具の視界に映っていた。正直、気まずく、視線を逸らしたくなる。


 その考えに従い顔を少し横にすることで、


 ――……!


 志具はようやく気づいた。曖昧模糊としていた意識が一瞬で覚醒し、目が冴えた。


 ふふん、とななせは得意気だ。というのも、彼女は志具を、膝枕していた。


「なっ……⁉」


 反射的にとび起きようとする志具を、ななせが力ずくで押さえつける。


「大人しくしろ! 今から楽しいことしてやんだからよぉ、ウェヒヒ」


「完全に犯罪者の台詞ではないか、それは!」


「ええではないか、ええではないか。座敷なんだぞ~、いちゃつこうぜ~」


「却下だ、却下!」


「あたしが快楽の海に誘ってやるよ」


「……なに口説き文句のようなことを言っているんだ、君は」


「口説いてるんだよ。悪いか!」


「開き直るな! とにかく放してくれ!」


 無理やりななせを振りほどくと、全身がずきりと疼いた。さすがに短時間で、痛みは消えないらしい。傷も、ななせが手当てしてくれたのか包帯が巻かれていたが、傷口がまだ完全には塞いでいないせいか、血がじんわりと滲んでいた。


 身体を襲う痛みに顔を顰める志具に、


「ほら~。だから大人しくしろって言ったんだよ」


「君の膝に自分の身を預けていると、貞操の危機を感じてしまってな……」


「ほう。あたしの性への探求心を感じ取ったのか」


「……その言い方、なんとかならないのか?」


 ならん! と胸を張って言うななせに、志具は呆れのため息を漏らした。


「はぁ……」


 ため息は志具のものだけではなかった。もうひとり分、志具のものに次ぐように、部屋に響いた。


 ため息のした方へと振り向くと、志具とななせから離れた場所に、なずなが正座して、こちらを見ていた。ただその目は、呆れの色が強い。なずなの隣には布団が敷かれ、彼女の兄が眠っていた。


「よくもまあ、人の家でいちゃつけますね。その無神経さが羨ましいですよ」


 そうだった。ここはなずなの家だった。家、といっても、現住居にしているのかどうか怪しいところだ。きっと、町の中に別の住まいがあるのだろうが……。


「バカップルは偉大だからな」


「待て、万条院。私を巻き込むな」


 勝手にバカップルとセットにされ、志具は不服だった。


「そうやって……不断な仲が悪いように見せて、いざというときは息をぴったり合わせるんですよね。先輩さんのその態度が、正直本物かどうか怪しいものですよ」


「だろ~? こいつはきっとツンデレなんだぜ。クーデレかと思ったけど、それにしてはクールさが足りないからな」


「クールというより、暗いですからね。性格が」


「さっすが志具の後輩なだけはあるな。わかっていらっしゃる」


「二人で勝手な話をするな! 私は断じてツンデレでもクーデレでもない!」


「え? じゃあヤンデレか? 困ったなぁ~。あたしを一途に思ってくれるのは嬉しいけど、勘違いで殺されるのは嫌だぞ」


「ヤンデレではなく、(あん)デレという新ジャンルを打ち立てましょう。暗いジメジメした性格の人がデレたときに使う言葉です」


「おおっ! それはいいな!」


「勝手に話を進めるな!」


 意気投合をし、志具談議をし始めるななせとなずなを、志具は止めようと言葉を挟む。


 するとななせは、ポン、と志具の肩を叩くと、


「おめでとう。お前は暗デレ第一号に選ばれた、歴史的人間だ。やがて神話となり、お前のことが語り継がれていくぞ」


「なんだ、その全然嬉しくない称号は⁉」


 ここまで律儀にツッコミを入れていた志具だが、さすがに馬鹿馬鹿しくなり、これ以上の言葉を挟むのはやめた。


 すると、そこで会話がちょうど途切れてしまったのか、ななせとなずなの会話は中断し、その場に沈黙の空気が流れる。


「……なずな」


 志具がなずなに声をかけると、彼の後輩はピクリと肩を震わせた。そして、気まずそうに視線を逸らさせる。もしかすると、先程の会話の応酬は、彼女の心にある気まずさを隠すためのものだったのかもしれない。


「……先輩さん」


 志具の呼びかけに、しばらくの時間を置いてなずなが口を開いた。


「……ボクは今まで、汚れた人生を歩んできました。兄を助けるために、ボクは『フリーメイソン』の手足となって動き回って、自分の両手を他人の血で染め上げ、心を穢していきました」


 ぽつぽつ、語り始めるなずな。


 それは自分の罪の告白。言葉は少ないが、彼女のこれまでの言動を見、彼女の信念ともいうべきものに触れてきた志具には、それだけでおおよそのことが察することができた。口外できるようなものではない罪の数々を、なずなはこれまでの人生でしてきたのだろう。彼女のこれまで歩んできた道は、他人の血でも、自分の血でも汚れていた。


「だからボクは、あの男の人に『壺中天』に閉じ込められたとき、これは罰なんだと思って、生きることを諦めたりもしました」


「でも……できなかった」


 志具が静かに言ったその言葉に、なずなは顏を俯かせた。それは、恥を感じているかのようだった。


「ボクは臆病者なんです。泥にまみれた人生を送っておきながら、自分の最期が近づくと途端に足がすくんで、生にしがみついてしまうくらいに。姑息で、卑怯者で、恥知らずで、臆病者で…………どうしようもないクズな人間です」


 慰めの言葉をかけたほうがいいのだろうか、と志具は思ったが、その言葉が出てこなかった。それは、志具も少なからず彼女自身に感じてそう思ってしまっていた節があったからだ。そんな考えをもった上での慰めの言葉は、結局のところ、相手を傷つけるナイフのような口舌でしかないだろう。志具は、黙った。


「ボクはこれまで、自分のしてきたことの数々を、兄を救うためだとか、家族の汚名を払拭するためとか綺麗なことを言ってごまかしてきましたけど、本当はただ……復讐したかっただけなんです、きっと……」


 復讐。血を血で返すという、汚れたもの。そういったマイナスのイメージがつくことが大半であろう言葉。そして現に、なずなの場合はそうだった。家族の汚名を払拭するとか言っておきながらその実、ただ泥に泥を上塗りしていただけだった。


 なずなは俯かせていた顔を、布団で眠っている兄に向けた。なずなの兄の顔色は青白いを通り越して土気色になり、生気を感じられるものではなかった。


「見ればわかります。兄はもう、長くないことくらい……。どれだけ手を尽くそうとも、もう間に合うはずがないってことくらい……。そのやるせなさを、ボクは……復讐に当てていただけなんです。最低なんですよ、ボクは」


 どこまでも自己満足で、どこまでも利己主義。そんな自分を、なずなはそう評価してみせた。そしてそこには、自暴自棄のようなものも感じられた。


「……先輩さん、お願いがあります」


 ふとなずなは、そんなことを言ってきた。


「……なんだ?」


 短く問い返す志具に、なずなはしばらくだんまりだった。


 何か決意をするための、沈黙……。


 やがて、意を決したような眼差しを向け、なずなは言った。


「ボクを………………殺してください」


 ななせの息を呑む声が聞こえた。


 対し志具は、じっとなずなを見つめる。自らを殺めてほしいという願いを吐露し、暗闇のどん底にいる彼女の姿を。


 沈黙が…………重い。その質量をもったような空気をやぶったのは、志具の言葉だった。


「……わかった」


「志具⁉」


 今まで沈黙をしていたななせが、志具の言葉に驚愕の声を上げた。なずなも予想外だったのか、目を丸くさせている。


 しかし、志具は言う。


「何を驚いているんだ? 私はなずなの頼みを聞き入れるだけだ。本人が同意の上なんだ。驚くことなんてないだろう?」


 志具の声色は、恐ろしいほどに冷たいものだった。発している本ですら、少し驚くほどに。


 血の通わない冷徹な声に、ななせは唖然とし、なずなは顏色に畏怖を滲ませている。


「なずな、君は言ったな。自分は最低な人間だと。その通りだと思うぞ、私は。君は愚かで無謀で、自分勝手で利己主義で、他人のことなど路傍の石のごとく思い、蹴飛ばすような非情な人間だ」


「志具……」


 何もそこまで言うことはないだろう、という諫めが、ななせの声色に宿っていた。しかし、なずなに歩み寄る志具を止めるまでには至らなかった。自分の放つ冷たい態度に、触れることができないのだろう、ということが、志具には想像がついた。


 志具の左胸が青白く輝き出す。志具はその光の中に手を突っ込むと、聖剣『グラム』を召喚した。どうやら『グラム』も、自分の意志を尊重してくれるようだ。『グラム』の刃は厚く、斬れるものではなかなかないが、それでも、小さい身体のなずなを吹っ飛ばすことくらいはできる。ましてや『グラム』は、強大な力を秘めた『アーティファクト』。威力のほどは折り紙付きだ。


 なずなは思わず、膝を崩して後ろにたじろいだ。


「何逃げようとしているんだ? なずな」


 志具の威圧的で冷たい言葉に、なずなの動きが止まった。


 なずなの顔が、志具の顔を見上げる。すると顔を青ざめさせ、口を震わせ始めた。鏡がないので、志具には自分がどのような表情をしているのか、わからなかった。


 『グラム』を振り上げ、志具は照準を見誤ることがないようにじっと見つめる。


 なずなはキュッと目を閉じていた。身体をカタカタと震わせる姿に、志具は思う。最期の最期くらい、死んでいった人たちの苦しみを味わえばいい、と。


 『グラム』が――――振り下ろされた。


 後ろでななせが、金縛りから解けたように動き出す気配がする。おそらく、自分を止めるつもりだろう、と志具。


 しかし、それももう遅い。一度加速をもって振り下ろされた大剣は、もう止まることはない。勢いよく――――振り下ろされた。


 バキバキバキイイィィィィ――――…………


 騒音が鳴り響き、平屋全体が揺れる。古い柱はみしみしと軋み、障子がバリバリと鳴った。


 騒がしく鼓膜を震わせた音が鳴った後、静寂が訪れた。


 時が止まったように、静かだ。それは、その場にいる全員が、動きを止めているから、なおさらにそう思えるものだった。


 『グラム』が破砕したのは、なずなから脇へと少し逸れた畳だった。『グラム』の衝撃に耐えられず、周辺の畳も巻き込まれ、無残な散り様を見せていた。


 なずなはペタンと、腰を砕かせたようだった。志具を見つめるその瞳は、大きく丸く開いていた。


 志具は『グラム』を光の粒子に変換し、再び体内に溶け込ませた。


「畳は壊れ失ってもまた直せる。けど、命は一度失うと二度と替えが効かんぞ」


 志具は腰を下ろし、なずなと同目線になると、






 パシンッ――――!






 なずなの頬を、平手で打った。それなりに力強い一発だった。


 乾いた音が、静かな部屋によく響く。


 音が鳴りやみ、しばらくすると志具は言った。


「命は大事にしろ」


 志具が叩いたなずなの頬は、痛々しい赤に変色していた。白い肌のため、それがなおさらくっきりと浮かんでいた。


 しかし志具は悪いとは思わなかった。彼女が手を下した人々は、これ以上の痛みをもって逝っているのだから……。


「なずな」


 志具は語りかける。


 なずなはじっと、志具の顔を見つめていた。ただただ驚きを、瞳に宿して。


「私は正直、まだ若い。だからというわけでもないが、私の言う言葉はただただ甘いだけの戯言かもしれない」


 志具はまだ、齢にして十五。人生の経験は浅く、何か物事の確定的な結論を導き出すには、まだ浅学が過ぎる。


 それを理解した上で、志具は言う。


「死ぬことで罪を償おうとは思うな。『死』なんてものは所詮一瞬の苦しみで、後には何も残らない。死後の世界というものが本当にあるのだとしたら、罪を犯して死ぬことは、別の世界に逃げることと同じだ」


 それは言うなれば、現実のストレスから逃れるために仮想世界に潜り込むのと同じことだ。


 それ自身は悪いことではない。己の心身を休めるために、逃げ道は必要であるし、ただ単に逃げ道ではなく、それが活路だという人もいるだろう。それは志具も理解しているつもりだ。


 しかし……、と志具は言う。


「なずな。君は向き合わないといけないんだ。自分の罪と。犯した罪と向き合うためには時間が必要で、時間というものは現実を生きていなければ感じることができないものだ。――死ねば、時間は止まるのだから……。死んで時間を止めるということは、自分の罪と向き合い、考える時間を放棄することだ。それは君がしていいものではない」


 なずな、と志具は真剣な眼を、彼女に向ける。


「生きろ。生きて、己の罪と向きあえ。自分の行いを悔いているのなら、その悔いを改め、これから自分が何をできるかを自分で考えろ。自分ひとりでわからなければ、他人から助言をもらえばいい。私も、協力するから……」


「協力……」


 なずなは呟く。なにかを思い出しているようだった。


 そんな彼女に、志具は手を差し伸べた。彼から差しのべられた手を見て、なずなはハッとしたような顔になり、志具の顔を見た。


 志具の顔と手を、交互に見るなずな。その瞳には、思いが渦巻いているようだった。


 やがてなずなは、恐る恐る、志具の手を握った。恐々しく震えるなずなの手を、志具は強く握りしめた。


「っ、……っ…………」


 なずなは俯いたかと思うと、肩を震わせ始めた。そうしてポタポタと、滴を落とし始めた。


 か細く震える彼女を安心させようと、志具はなずなの身体に触れようとする。


 抱きしめるのは、さすがに恥ずかしい。


 だから志具は、空いていた手を、そっとなずなの頭に置いた。置いただけでなく、優しく撫でた。


 静かに、静かに。


 なずなは、泣いていた。


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