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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第5章 リベンジャー
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第9話 もうひとりのリベンジャー

 パンドラの無限空間が解除され、志具たちは冷たく薄暗い地下室から脱することに成功した。


 壊れた扉の先を行くと、どうやらそこは大きな蔵の中にあった地下室らしいということがわかった。広い空間に、部屋の隅から雑多と積み上げられている物の数々。カビ臭い木造の箱や、錆びついた棺桶のような四角い箱。壁には本物模造問わず、槍や刀といった古めかしい武器がかけられており、中には鎧の類などもあった。ただ、手入れがなされていないのか、金属の表面は白く濁っているようだ。


 蔵の中を照らすのは、天井近くにある小さな窓から射し込む外の明かりくらいだ。


 地下にいるときは気づけなかったが、どうやらもう夜の時間帯らしい。月明かりの、淡く白い光が窓から射し込んでいた。


「鍵がかかっているな」


 蔵の出入り口である観音開きの扉を押し引きしてみるが、びくともしない。まあ、だいたい予測していた事態ではあるが……。


「壊したらいいじゃないか」


「……えらく物騒な発案をするのだな、君は」


 背負っているななせに、志具は呆れの混じった半目を向けた。


「でも、手段を選んでいられない事態なのも事実だぜ? いつまでもこんなところにいちゃ、あたしらが『エデン』まで引き渡されてしまうし」


 ななせの主張に、志具は唸る。


 実のところ、彼女の言い分にはもっともだと感じている自分がいた。


 それに……、と志具。彼は、パンドラの言葉が気にかかっていた。


 彼女が退散する直後に言った、あの言葉……。


 あながち無下にもできない言葉であると直感した身としては、一刻も早くこんな場所から脱出したい気分だった。


「少し待っていてくれ」


 志具はななせを、長方形の木造の箱の上におろすと、扉に振り返る。


 身体強化術を使い、さらに拳に魔力を凝縮。拳を鋼のように硬化させると、


「はあ!」


 扉に拳を叩き込んだ。


 堅牢そうだった両開きの扉は、志具の一撃により大きく吹っ飛ばされ、周囲に豪快な音をまき散らした。


「志具~。もう少し静かにできないのか?」


「し、仕方ないだろ。加減をどうすればいいのかわからなかったんだ」


「ふ~ん。……ま、いいや。早いところあたしをおんぶしてここから抜け出そうぜ」


 と、ななせはニカッと笑うと、志具に両手を伸ばす。まるで抱っこをねだる子供のようだ。


 地下ではしおらしかったのに……、と志具。あれは単なるポーズだったのだろうか、と感じてしまうほどの変り身の早さだった。


「逃げる前に、まずやらないといけないことがあるだろう?」


 と、志具。


 志具は、なずなと対面して話をしないといけない、と思っている。その気持ちは、決して揺らいではいなかった。


 ななせは、そうだったな、と一言。別段、彼女は止める気はないようだ。やりたいようにやればいいさと、彼女の態度が物語っている。


「よし、じゃあ行くぞ」


 言うと志具は、ななせを再度背負った。彼女の温かな体温が、背を介して伝わってくることが心音を高くさせるが、志具はできるだけ意識しないようにする。


 蔵の向かい側には、平屋があった。敷地外は鬱蒼とした木々が密集しており、遠くへと視線をやれば、どうやら山奥にあるのだということがわかる。


 人があまり寄り付かない場所なのか、平屋は手入れが行き届いておらず、どことなく湿気臭い。


 志具は縁側に上がり、平屋を探索することにする。ここがなずなの家だというのなら、必ず彼女はこの家の中にいるはずだ。


 薄暗く、頼りとなる明かりは月明かりくらいだった。障子を透過して射し込む明かりはどこか風情を感じさせる。


 明かりの電源を入れずスイッチはついているので、電機は一応通っているのだろう。だが、不用意に明かりをつけて、相手を警戒させるのは嫌だった。別に不意を突いて攻撃するつもりは志具にもないのだが、念のためだ。


「静かだな……」


 ななせが呟く。その声はどこか真剣味を帯びていた。


 ああ、と頷く志具は、周囲に気をつける。


 今のなずなは、自分たちを手中に収めるためには手段を択ばないだろう。そのことは、彼女のこれまでの言動からも想像できることだ。


 平屋の内部は広かった。なずなの家族構成がどんなものなのか、志具にはわからなかったが、およそ一家族が暮らすには、あまりにも広大だった。


 ――そうか……。


 ここで志具は、ようやく気づいた。


 今までさして気にもとめていなかった。だけど……、


 ――私は、なずなのことをよく知らないのだな……。


 仮にも学校の後輩であるにもかかわらず、だ。


 志具がなずなの家のことを聞かなかったのは、興味がなかったからではない。なずなが、言い出しづらそうにしていたことに、気づいていたからだ。だから、無理に聞く必要はないと思っていた。


 ――それがこんなことになるとはな……。


 ただ同時に、こんなことは誰にも打ち明けられないだろう、ということもわかっていた。魔術なんてものは、一般社会ではファンタジーの題材でしかなく、普通にその言葉を口に出していれば、変人扱いは必至だろう。それは、この世界に足を踏み入れた志具には、痛いほどよく理解できることだった。


 ――結局のところ、人というのは実体験がないと、信じられない生き物なんだろうな……。


 心を通わせるには、会話が必要だ。時には、踏み込んだ話をすることも。

だけどそれは所詮、実体験があることを前提に……さらにいえば、体験できるであろう現実があるのを前提にしたものだ。魔術なんて言うものは、一般人は決して触れることができない領域のものだし、それゆえに理解なんてできるものではない。すべては非現実(ファンタジー)の一言で終わらされる。

今のなずなに必要なもの。それはきっと……、


「……っ!」


 志具は突然、とある引き戸の前で立ち止まった。


 志具の感じた異変。それはななせも同様に感じ取ったらしい。との向こう側を見透かそうとするような、鋭い視線を向ける。


「……いるな」


「ああ。いる……」


 首筋がピリピリとする感覚。それは熱を帯びた鉄パイプを押し当てられているかのよう……。


 なずなか? と志具は初め思ったが、どうにも違うような気がしてならない。


 ここに連れてこられる前、志具はなずなと学園の屋上で対峙したわけだが、そのときに感じたものとは、別ベクトルの気のようなのだ。


 言ってしまえば、それは闘争心。野生の雄獅子が一匹の雌を手に入れようとする、むき出しの闘志。


 ――まさか……。


 パンドラの最後の言葉が、頭の中でリフレインされる。


 そしてこの、一枚の戸を隔ててもわかるほどの気迫。この気迫に、志具は心当たりがあった。


 ――まさか、あいつが……?


 信じられない。だが、そうとしか思えない。


 志具はじっと引き戸を見つめていたが、


「万条院。歩けるか?」


「ああ。だいぶ体力も回復してきた感じがしてる。……まあ、本調子には程遠いけどな」


 言うとななせは、志具の背からおり、彼から少し距離を取る。万が一に備えているのだろう。どうやら、志具の考えがわかっているらしい。


 後方に下がったななせを確認すると、志具は引き戸を引いた。


 志具が危惧していた、不意打ちによる先制攻撃はやってこなかった。だが、気を緩めるわけにはいかない。いつでも戦えるように、気を張り詰めておく。


「よ。また会えたな、王様さんよぉ」


 ざんばらの黒髪。刃物のように鋭い切れ目。ワイルドさあふれる容姿、黒を基調とした軍服。


「七夜……」


 志具は、彼の名前を呼んだ。


 七夜イザヤ。かつて『エデン』で対峙した難敵が、そこにはいた。


「いやはや、まさかこんなにも早く、お前さんと出会えるなんて思っていなかったぜ。少しはあの鬼畜眼鏡に感謝しないといけないのかもな」


「どうしてお前がここにいる?」


 志具は、イザヤの言葉を無視して問いかける。


「おいおい。せっかくの再開なんだぜ? もっと世間話に花を咲かせようじゃねーか」


「お前の言う世間話は、血なまぐさそうだから付き合う気はない」


 ばっさりと切り捨てる志具。


 そんな志具に、イザヤは「ははっ、違いねぇ」と笑った。


「驚いたな、まさかお前とこんなところで会うなんて……」


 ある程度の安全がわかったのか、ななせが引き戸付近にやってき、顔を出した。


「へぇ。王様さんがいるから、おめえもいるとは思ったが……」


 イザヤの剣呑な光を宿した眼が、ななせに向けられる。今のななせは万全の状態ではないため、志具はいつでも飛びかかれるようにかまえる。


 それを見てイザヤは、


「はっ。安心しな。手負いのやつを好んで襲う趣味は持ち合わせてねーよ」


 どうだかな、と志具。


 どこまでこいつの言葉を信じていいのか、正直志具はよくわからない。


 ただ、彼には彼なりのポリシーがあるようで、それに反するような行動はとらないことは知っていた。


「……七夜。もう一度訊く。どうして貴方がここにいる?」


「目的は二つだ」


 と、イザヤは人差し指を立てた。


「――ひとつは、玖珂家のお嬢さんが捕まえたっていうお前らを引き取りに来た。……が、どうやら檻から逃げられているようで」


 鼻で笑うイザヤに、志具は「そのようだな」と愛想のない返事をした。


 パンドラのほかにも、こうして人員を送り込んでくるのは、念には念を重ねた結果なのだろうか……。


 イザヤは二本目の指を立てる。


「そしてもうひとつは、トカゲの尻尾切り」


「……?」


 首を傾げる志具。


「ゲルディのやつは、滅多に表舞台に姿を現さないやつだ。基本的に『エデン』に籠って実験していることは、お前らも知ってるだろ?」


 ああ、と志具は頷いた。


 ――……まさか…………。


 イザヤが言わんとしている内容をいち早く察知した志具は、目を開いた。イザヤが、答え合わせをするかのごとく、言葉を続ける。


「だからあいつは、『エデン』の外に自分の手足となるようなやつらを見つけては手駒にしているんだ。んで、不必要になったら……ポイってな」


 やっぱり……、と志具は自分の不吉な予測が当たったことを理解する。


 奥歯に自然と力が入る。それは、他人の命が散ることに何の苦悩も感じていないゲルディに対するものが大半だが、そんなやつの命令を引き受け、こうして実行しに来ているイザヤに対する憤りもあった。


 イザヤの視線が志具から逸れる。彼の視線の先を追うと、そこには布団の中で眠っている青年がいた。一目で病弱だと理解できるほどに痩せこけた青年に目を奪われていると、


「玖珂悠里。お前さんらの後輩の兄貴だよ」


「そいつが……」


 ななせが呟いた。なにか確信したような色を宿して。


 そういえば……、と志具はかつてなずなと対峙したとき、なずなの兄が原因で、玖珂家が覇権を握っていた『東方呪術協会』が無くなったことを聞かされたことを思い出した。


 なるほど……、と志具も納得する。組織を束ねるはずだった人間が、ここまで衰弱しきっているのなら、組織が解体されてもおかしくない。


 志具はふと、悠里の傍らに置かれている壺に目がいった。


「『壺中天』……!」


 なずなが自分たちを、ここまで連れてくるために使用した『アーティファクト』だ。


 志具の瞳になにが映っているのか気づいたイザヤは、壺を手に取って言う。


「お前さんらの探しているお嬢さんは、この中にいるぜ」


「なずなが……!」


「ああ。もっとも、生きているかどうかは知らねーが」


 どういうことだ? とななせが問う。


「お前らも一度入ったのなら、この中に土蜘蛛が大量にいることは知っているだろ? この壺の中にいる土蜘蛛はな、ゲルディのもとで育てられた魔物なんだ。それをなずなのやつが使っていたんだよ」


 なるほど。どうやら『壺中天』は今、土蜘蛛の飼育かご扱いされているようだ。


 けどな、とイザヤは言う。


「この中の土蜘蛛はな、テレパシーの魔術で、遠く離れていてもゲルディが指示すればその通りに従うように、教育されているんだよ」


 嫌な予感が、志具の額に冷や汗として流れる。


 そしてその予測は、外れていないはずだ。


 イザヤは壺を見て、口元を緩ませると、


「いつまでもつかねぇ、なずなのやつは」


「七夜……っ!」


 頭に血が上る感覚。しかし、それを理性で必死に抑える。今すぐにでも飛びかかりたい気分だったが、相手の力量を知っている以上、感情のおもむくままに突っ込むのは危険だった。


 イザヤは壺を畳の上に置くと、挑発的に目を光らせる。


「助けたかったら、俺にアッと言わせてみせろよ。お前さんと戦うために、わざわざ待っててやったんだからなぁ!」


 言うとイザヤは、縁側の引き戸を開けて外へと飛び出した。


 追ってこい、というわけなのだろう。


 志具は外へと消えていったイザヤと『壺中天』を見やる。彼を放っておいて、『壺中天』の中にいるなずなを助けようとも考えたが、志具は『壺中天』の扱い方を知らなかった。『アーティファクト』は詳細がよくわかっておらず、能力がブラックボックス化している。ゆえに変にいじってしまうと、取り返しのつかない事態になるという可能性があった。


「志具! あいつを追え!」


「し、しかし……」


「『壺中天』はあたしが見ておく。イザヤのあの様子だと、お前と戦うまで、執拗に狙ってくるぞ」


 ななせの凛とした言葉に、志具はしばらく逡巡した。……が彼女の言う通りだと理解すると、志具はイザヤの後を追った。


 イザヤは蔵の前で待機していた。絶対追ってくると確信しているようなその目が憎らしい。


「来たな、志具」


 口の端をつり上げるイザヤに、志具は眉をピクリと動かす。


 正直志具は、乗り気ではなかった。それはイザヤの行動に、納得がいかないところがあるからなのかもしれない。


「……七夜。訊きたいことがある」


 なんだ? とイザヤは怪訝な顔をした。


「貴方は、どうしてこんなことをする? ゲルディに反感を覚えている貴方が、どうして彼のために戦おうとする?」


「なんだ、そんなことか……」


 イザヤはつまらない質問だな、とばかりの顔をした。


 志具は以前の戦いの際、ゲルディを敵視していることを本人の口から聞いていた。あれは決して、その場を取り繕うための嘘ではないことは、あのときのイザヤの態度からわかっていた。


 色々あるんだと、イザヤはあのとき言っていた。だけど、その詳細は聞いていない。もしそれがわかれば、理解し合えるのではないか、という淡い期待が、志具にはあった。それが非常に甘い考えだとしても……。


「言ったはずだぜ。色々あるんだって。俺にも、否が応でもあの野郎につき従わなけりゃならない理由があるんだってな」


 その理由を言うつもりはないのだろう。イザヤの目が雄弁にそう語っていた。


「泥にまみれてでも、護りたいものがあるんだよ」


 ただそれだけ、イザヤは言った。そんな言葉を口にするイザヤの眼は、梃子でも動こうとしない屈強な精神が宿っていた。思わず、気圧されるほどに……。


「……けどな。実のところ、それ以外にも理由があるんだよ」


「なんだ?」


 志具は問う。


 するとイザヤは、不敵に口の端を緩めた。炯々と光るその眼は、闘志を宿した炎がちらついているようだった。


「俺は戦士だ。戦場で生き、その中で己の価値を見出していくような存在だって、俺は思っている。そういう生き方をしているから、俺は価値のある戦いをやっていきたいんだよ」


「……何が言いたい?」


 そう問いかける志具だったが、実のところ、彼が何を言いたいのか、おおよそ判断がついていた。


 予測していたこととはいえ、首筋に冷や汗が垂れる。


「つまり、だ」


 イザヤは両の拳を打ち当て、志具を見やる。純粋な戦いへの意志が宿った眼を向けられ、志具は自然と気が引き締まる思いをした。


「お前と――――()りあいたいってことだ!」


 イザヤが拳をかまえ、志具に突進してきたのは、その直後だった。


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