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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第5章 リベンジャー
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第3話 囚われの身

 志具が意識を回復させたとき、まず初めに気づいたのは肌寒さだった。


 湿り気を帯びた肌寒さは、どこか北国の銀世界を思わせる。……が、そんな美しさなどありはしないことは、志具は直感していた。どちらかといえば、洞穴の中、といってしまったほうが正しいのかもしれない。


 志具は薄らと瞼を開ける。日差しが目を強く突き刺す、というようなことはなく、すぐに受け入れられるくらいの光量だった。


「おっ。起きたか、志具」


「まん、条院……?」


 首を向けると、そこにはななせが、所在なさげに寝転がっているのが見えた。


 志具はあたりを見渡す。


 そこは、密閉された薄暗い空間だった。強固な鉄格子が嵌められ、まるで動物園の檻の中にいるみたいだ。


「牢屋……?」


 まず志具の頭に浮かんだのはそれだった。そしてそれは、間違いではないのだろう、ということがわかる。


 湿気臭く、陽の光が一切射し込んでこない空間。窓らしいものはなく、換気用の穴が天井の隅にあるだけだ。そのことから、ここは地下であろう事が推測できた。


「どうして……?」


 どうして、自分たちはこんなところにいるんだ?


 そんな疑問を口にすると、ななせが上半身を起こし、


「まんまとはめられたらしいぞ、あたしら」


「はめられたって……」


 そこまで言葉を口にし、志具はおぼろげだった記憶を思い出した。


 『アーティファクト』である壺――『壺中天』の中でなずなと戦った後、突如として空に黒い穴が出現。その穴に、自分たちは吸い込まれたのだと。


 そこから先の記憶はない。どうやら、穴に吸い込まれる際の衝撃で、気を失ってしまっていたようだ。ななせも同じように牢屋の中にいることから、彼女も同じだったのだろう。


「……なずな…………」


 志具は後輩の名前を口にする。


 彼女がそこまで自分にこだわる理由はわからないが、策を選ばないその姿勢から考えるに、よほど切羽詰っている状況なのだということはわかる。


 いったい、何が彼女をここまでさせているのだろうか?


 玖珂家の誇りを取り戻すためだと、初めて戦ったときになずなは言っていた。玖珂家の威厳を取り戻すことで、東方呪術協会を復活させようとしているのかもしれない。


 だけど……、と志具。前はさほど疑問に感じていなかったものの、どうして自分の命を奪うことが、誇りを取り戻すまでの勲章になりえるのか、志具にはわからなかった。


 志具はまだ、魔術師の世界に足を踏み入れて月日が浅い。にもかかわらず、どうして……?


 考えられる点はある。あるのだが、それは志具も知りたい事柄であった。


 ――私の両親が、何か関係しているのだろうか……?


 考えられるとすれば、それしかない。ななせの口振りからするに、自分の両親はずいぶんと腕の立つ魔術師であったということがわかる。ならば、そこから生まれる怨恨か何かが、なずなを……さらに言えば玖珂家を動かしているのかもしれない。


 まったく……、と志具は心の中で吐息をした。


 日頃から留守にし、子供をほったらかして何をしていたのだろうか、あの二人は……。


 できれば、人の迷惑になるようなことを率先して行っていた、という可能性は捨てたい。……が、現状がそれを許してくれそうにないのも事実だ。


 ――私は……。


 私は、どうしたらいいのだろうか。


 両親が何をしているのか知りたくて、自分はこの世界に足を踏み入れることを決意した。自分の知らない場所へと、見識を広げたい、深めたいということで、この世界に入った。


 その結果が、これだ。


 もっと早く気づいていれば、あるいはこのような気持ちにならなかったのかもしれない。見識を広め、深めることは、今まで目に映らなかった不快なものに、気づいてしまうことだということを。


 知らなかったほうがよかったという幸福があるのも、事実なのだということを。


「――志具」


 不意にななせが、声をかけた。


「後悔しているのか?」


 ズバリななせは、そのことを的確についてきた。


 志具は閉口する。言葉を返したいが、自分の気持ちを認めたくなかった。認めて、言葉として外に出すのが嫌だった。


 しかし、それをななせは許してくれないだろう。彼女の双眸は、言うだけ言ってみな、と語っていたのだから……。


「……そう、かもしれないな……」


 だから志具は、本心を口にした。


「私は……甘かったのかもしれない。考え方が、ひどく子供だったのかもしれないなって、思っている」


「あたしが言った言葉を、やっと理解したってわけか……」


 ななせは、志具が魔術師の世界に足を踏み入れると決断したとき、念を押して訊いていた。


 その念押しに、志具は首肯した。してしまったのだ。


 ななせは、知っているのだ。この世界に入って、苦い思いをしないということはありえない、と。


 特に、志具に関しては――――。


 志具の両親は、偉大な魔術師のひとりに数えられていた。その息子である志具が、苦労しないわけがないのだ。


 理不尽な仕打ちのターゲットにされる率が、他の人に比べて高いのだ。そのことを、ななせは知っていたから、あのとき、念を押したのだ。


「それで、お前はどうする?」


「何がだ?」


「もう、こちらの世界に関わるのを止めるか? って訊いているんだ」


 止める……。


 その言葉に、志具は眉をピクリと動かす。


 止めれるのなら、そうするべきではないか。


 そんな思いが、鎌首をもたげてくる。中途半端な気持ちで居座るよりも、ここできっぱりと止める意志を見せたほうが、彼女の迷惑にならないのではないか、と……。


 しかし……、と志具。


 それだとやはり、自分の気持ちが納得しそうにないことを、彼は気づいていた。ここで投げてしまえば、自分のことが許せなくなる。――そう、思っていた。


 なずなのことを思い出される。


 二か月半前、なずなに言った言葉を、志具は思い出す。


 彼女が再び悪事を働こうとするとき、自分は何をすると決めたのか……。


 あの言葉を投げ捨て、後輩に背を向けていいものなのか……。


 答えは…………。


「……いや。それはない」


 と志具。それは、ななせの言葉に対する返事だった。同時に、自問に対する回答でもあった。


「こんなところで、引き返すわけにはいかない。私はまだ、やるべきことがあるのだからな」


 それは、決然とした言葉だった。


 その意志の込められた返事に、ななせは「そっか」とにこりと微笑んだ。


 そしてななせは、そんじゃまあ、と立ち上がると、


「ここから脱出する手立てを考えないとな。こんなジメジメしたところ、早いところ抜け出したいもんな」


 もっとも……、とななせは志具をニヤリとした表情で見やると、


「久しぶり二人っきりになれたんだから、もっとそれを味わいたいって気持ちもあるけどな」


「なっ――⁉」


 志具は顔を赤らめる。不意打ち気味の発言に、覚悟が固まっていなかったためだった。


「き……君は……もう少し、TPOを弁えるべきだと思うぞ」


 しどろもどろになりながら、志具は言った。


 あっははは……! とななせは志具の恥ずかしがる姿を見れて、ご満悦だ。こういう彼女の様を見ていると、どこまでが本心なのか、わからなくなる。ななせは感情表現が豊かであるが、肝心なところまでは見分けがつきにくいところがあった。


 志具がそんな思いを抱きながら、ななせのことを見つめていると、


「おっ、志具。目つきが嫌らしいぞ~? 二人っきりということに気づいたから、これからあたしを襲うつもりなんじゃないだろうなぁ?」


「そ、そんなこと、するわけがないだろう!」


「焦ると余計に怪しいぞ~?」


「あ、怪しくない!」


 こういう話題には、やはり彼女のほうが一枚も二枚も上手だった。こんなことをしている場合ではないというのに……、と志具がどうにか話題を変更しようと考えていると、


「――おやおや。ずいぶんと賑やかですねぇ、先輩さん」


 ふと、志具のことを呼ぶ第三者の声がした。


 その声に、志具とななせは振り返ると、


「なずな……」


 鉄格子を挟んで、なずなが自分たちのことを見ていることに、志具は気づいた。


「やぁ、先輩さん……と許嫁さん。どうですか? 居心地は?」


「最悪だな。もっとVIPな待遇を、あたしは所望するぞ」


「十分VIPだと思いますけどねぇ。牢屋の中に入れる機会なんて、犯罪でもしない限り、入れないでしょうし」


「そう思うのなら、お前が牢屋に入ってみたらどうだ? もれなく動物園の動物の気持ちがわかるようになれるぜ?」


「あはっ♪ 遠慮しておきますよ。ボクは檻の中におさまりきるほどの、小さい生き方をするつもりはないですので」


「それはあたしも同じだぜ。志具はどうだか知らないけどな」


 おい、と志具は口を挟む。私だって、こんなところにいつまでもいたくない、という意志の表れだった。


 それになずなは、あはは、と笑ったが、ピタリと笑うのを止めると、


「……減らず口を、減らすつもりはないんですね」


「だからこその『減らず口』なんだろ」


 氷のように冷たい声を発するなずな。


 対しななせも、威圧と挑発を込めた声で応じた。


 気づけば、肌の表面が痺れるような殺伐とした空気になっていた。


「……まあ、別にかまいませんよ。どうせ後先短い命であることは確かなんですしね」


「どういうことだ?」


 と、志具。それに答えるのはななせだった。


「あたしらを殺さずに、こうして牢に閉じこめていることに、何か理由があるんだろ?」


「気づいていましたか。さすがは許嫁さん」


「ああ。あたしらの命を奪うつもりなら、気を失っている最中に首を斬り落とせば済む話だからな」


 言われて、志具は納得した。


 志具はなずなに注視する。


「許嫁さんの予想は、だいたいあっていますよ。アナタたちを生かしておいているのは、ある人に引き渡すためなんですからね」


「引き渡す? 誰にだ?」


 と、志具。


「先輩さんたちも、一度会っているはずですよ」


 そんな彼に視線を向け、なずなは薄ら笑みを浮かべながら言う。


「――ゲルディ・サイマギレッジ」


「――っ‼」


 志具とななせの瞳が、驚愕に見開かれる。


 そんな二人の反応が見れて、なずなは満足したように笑みを濃くすると、


「あはっ♪ やっぱり会ったことがあるんですね」


「なずな……。お前、あいつと面識があるのか?」


 非難するような鋭い声で、ななせは言った。そんな彼女の眼は、刃物のように尖っている。


「ええ。……ですが、今はそのお付きの人を通じての交流がメインですが」


 お付きの人? と志具。


 志具が考えられる人物は、二人に絞られていた。


「イザヤか? それともまひるか?」


 ななせも同じ人物に絞ったらしい。二人の名前を口に出す。


 するとなずなは、首を左右に振って否定してみせた。


「違いますよ。確かその人たちは、先輩さんたちが戦った相手ですよね。そのことは知らされています」


 あの二人ではないのか、と志具。


 だとすると、いったい誰なんだ?


 疑問が湧くが、なずなに訊いたところで答えてもらえるはずがないだろう。


「――明日の晩」


 と、なずなは言葉を紡ぐ。


「そのお付きの人が、アナタたちを引き取りにやってきます。確認を取り次第、先輩さんたちはエデンに転送陣で送られることになるでしょうね」


 明日の晩。


 陽が一切差していない空間の上、時計がないため、今の時刻を知ることができないでいる志具たちには、いったいどれだけの時間が残されているのかがわからなかった。


 ただ、「明日」というワードから、それほど長い時間でないことは明らかだ。


「せいぜい、悪足掻きができるもんでしたら、してみてください」


 それでは、となずなは背を向け、その場を立ち去ろうとする。


 遠ざかろうとしている小さな背。それに志具は、何か言葉を書けないといけないと、そう思った。


 後輩の背が、志具から見ればどこか儚げに見えたからかもしれない。次の瞬間には砕け散ってしまいそうな、そんな脆さがあると、直感したからかもしれない。


 なんにせよ、言葉を……言葉をかけないと――――、


「なずな!」


 気づけば、志具は叫んでいた。


 その言葉に、なずなはピタリと歩みを停止する。……が、振り返りはしない。


 彼女の背は、「何ですか?」と問うていた。


「……私は…………諦めないからな」


 何を諦めないのか?


 決まっている。


 ここから脱出すること。


 それと……後輩(なずな)をとめること。


 志具の言葉に、なずなは「そうですか」と一言いうと、今度こそその場を立ち去った。



 ――◆――◆――



 地下牢へと続く螺旋階段の扉を、なずなは鍵で閉めた。魔術で破壊されないように、特殊な術式が組み込まれているそれは、その扉だけではなく、二人を閉じ込めている牢屋にも施されている。そのため、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないようになっているのだが……、


 ――問題は、先輩さんの『グラム』ですね……。


 『グラム』の特殊能力。あれは魔術などを無効化するどころか、そこから魔力を吸収する効果をもっているものだ。『グラム』の召喚条件はよくわからないが、もし発動されれば、難なく脱出させてしまうことだろう。


 どうしましょうか……、となずなが思案していると、


「どうだった? あの二人の様子は」


 不意に、なずなにそう訊いてくる声が聞こえた。


 声の方へと振り返る。そこにいたのは、見目麗しい少女だった。


 歳は十六歳程度だろうか。絹糸のように艶やかで上品な白髪。それは肩より少し下になる程度に伸びていた。瞳はルビーのように紅く丸く、愛らしい。肌は白魚のように真っ白で、体躯は年齢に見合うほどのプロポーションを誇っており、街角を歩けば、人目を惹くであろう魅力に包まれていた。


 彼女こそ、なずなが『壺中天』で戦っている間に、壺をここまで運んできた張本人であるのだが、


「パンドラさん、ですか……」


 なずなは顏を曇らせる。正直、なずなはこの人物が苦手だった。そう感じてしまうのも、家族の不幸がたび重なった日に、彼女と会ったからかもしれない。


 パンドラと呼ばれた少女は、なずなのそんな気持ちに気づいていないのか、質問を繰り返す。


「借りてきた猫のように大人しくしてた? それとも、ライオンのように食ってかかったかしら?」


「大人しくしていましたよ、今のところは」


「今のところは?」


 と、パンドラ。


 なずなは、はい、と頷いた。


 志具とななせが、エデンに行ったときに何をしでかしたのか、ということは、パンドラを通じてゲルディから伝えられていた。それを知る限り、あの二人が明日の晩まで、何のアクションも起こさないはずがない。そう、断定していた。


 ……にしても、となずなはひとつ、気になることがあった。


「……ひとつ、訊いてもいいですか?」


「……? なにかな?」


 と、パンドラは首を傾げる。


「どうして、今すぐに先輩さんたちを引き取らないんですか? アナタが来ているのだったら、今すぐにでも取引は可能だと思いますが」


 なずなの言っていた「ゲルディの付き人」というのは、パンドラのことだ。


 志具たちにはああ言ったものの、なずなはその点が、どうにも納得できていなかったのだ。


 パンドラは「ああ、そのことかぁ」と今更気づいたような声を上げた。


「ゲルディさんは忙しいからね~。今日のところは予定が合わないからだよ。早いところ引き取っても、またあのときみたいにエデンで騒動を起こしてもらっちゃったら、色々と困るからねぇ」


 なるほど……、となずな。要は、二人が脱走などをした際に暴れられて、騒動が表沙汰になることを嫌がっているのか……、と。それがわかると、先のエデンでの一件は、なかなか揉み消すのに苦労していた、ということも、なんとなしにわかった。


 だからって、ここで暴れられても困るんですけどね、となずなは心中で思った。


 ここは玖珂家が、山奥に立てている隠れ家だ。目立たないとはいえ、騒動を避けたいのは確かだった。


 なによりここには、あの人がいる。あの人に、これ以上の災厄が降りかからないようにするためにも、


 ――先輩さんたちを、なんとしてでも閉じ込めておかないと……。


「お困りのようだねぇ、なずなちゃん」


 なずなの眉をひそめた顔から、それを察したパンドラ。


「なにか、手を貸してあげようか?」


 そう進言してくるパンドラを、なずなは一瞥する。


 苦手な相手とはいえ、それはあくまでこちら側の勝手な心情からだ。彼女が手を貸してくれるというのだから、ここは素直に応じるべきではないだろうか。


 たっぷり十秒ほど悩んだ末に、なずなはパンドラに振り向くと、


「頼んでも、いいんですか?」


「いいよ~」


 二つ返事で、パンドラは応じた。


 そう。手段は今、選んでられない。


 玖珂家の再興のためにも、彼を助けるためにも、ここは彼女の力を借りよう。


「じゃあ、後は任せます」


「オッケー、オッケー♪」


 親指を立て、任された、という意志を伝えるパンドラ。


 彼女のそんな、どこか軽いノリを心配しつつも、なずなは彼女に任せることにした。

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