第2話 壺中天での決闘
なずなの一声と同時、土蜘蛛が怒涛となってステージに上がってきた。土蜘蛛の見た目もあり、その威圧感は尋常ではない。
志具とななせが、化け物蜘蛛に注意を向けていると、
「――っ、志具!」
ななせの鋭い一声が飛ぶ。
直後に、志具は鋭利な殺気を察知し、その場を飛び退いた。
後に続くように、銀閃が描かれる。描いた当事者は、
「なずな!」
「あはっ♪ 先輩さん、あまりよそ見はしない方がいいですよ~?」
見る者の背を震わせるような、不気味な笑みを浮かべるなずな。どうやら彼女の狙いは、意地でも自分だということに気づかされる志具。
ななせはあくまでおまけという意識なのか、彼女のほうを振り向くような真似はしない。もっとも、ななせはななせで、なずなにかまっている暇はないようだ。
土蜘蛛を指揮しているのがなずなだからだろうか。彼女の意図を察知して、土蜘蛛はななせを狙いに定めているようだ。その巨波のように押し寄せてくる怪物の相手をするのに、ななせは手いっぱいのようだ。
彼女のことを助けたいとは思っている。……が、現状がそれを許してくれそうにない。
――……やむをえない、か……。
覚悟を決めた志具は、意識を自分の内側に向け、かの反応を待つ。
志具の中に眠っている、聖剣の鼓動を――――。
――来た!
志具の呼びかけに応答する何かを察知したとき、志具の左胸が青白い閃光を放つ。
迸る光はやがて、一振りの大剣の柄の姿をかたどると、志具はその柄を握り、『グラム』を抜き払った。
「先輩さん、やっとやる気を出してくれましたね」
笑みを色濃くするなずな。これで心置きなく殺れる、とその表情が語っている。
「できれば……もう一度君を相手したくはなかったんだけどな……」
「ボクは、先輩さんとやり合える日が来るのを、ずっと心待ちにしていました――――よっ‼」
刹那、なずながダッシュして、懐に飛び込んできた。
十メートルの距離を、一瞬でゼロにしてみせる俊足に、志具は反応する。
志具は後方に少し跳び、大剣の刃の部分で受け止めようとする。……が。
不意になずなが、『村正』の斬り上げを中断。右に拳をつくり、志具の鳩尾目がけて放とうとする。
なに⁉ と志具は驚くものの、後方に下がっていたことが幸いしたらしい。紙一重のところでなずなの徒手空拳を回避してみせた。
体勢を立て直すために、志具はさらになずなとの距離を開こうとする。……が、なずなは執拗に肉薄し、志具の動きを制限してくる。
こいつ……っ、と志具。
『村正』の刃を『グラム』と交差する間際に引かせたのは、『グラム』の特殊能力を危惧してのことだろう。先の戦いで、なずなは学習したようだ。
動きも、あのときより数段跳ね上がっているように見える。とておではないが、楽に勝てる相手ではない。これまで、学園で彼女の姿を一切見かけなかったのは、自分を討つために人知れず修業を積んでいたからかもしれない。
だが、だからこそ志具は気になった。
どうして彼女が、そこまで自分を殺すのに執着しているのか、を。
防戦に徹している自分に突っ込んでくるなずなを見ると、志具は余計にその疑問が湧きたってきた。
けど、
――教えてはくれないのだろうな……。
自分に、何かしらの秘密があるのだろう、ということを、志具は戦い前のなずなとななせの会話や、これまでの出来事で薄々察していた。だが、それを具体的には知っていない。中途半端に知っている今の状況が、志具はとても奇妙で気持ち悪いものに思えてしかたがなかった。
けど……、と志具。
だからこそ、この戦いで勝つ必要があると、志具は思っていた。
この勝負で勝利し、なずなから情報を掴みとる。――そう、志具は考えていた。
「どうしたんですか、先輩さん。守ってばかりじゃつまらないですよ~? もっとこう、イキのいい獲物じゃないと」
剣術と格闘術を組み合わせ、『グラム』に力を蓄えさせないようにする術を確立させつつあるなずな。
実際、彼女の言うとおりだ。このまま守りに徹していても、事態が好転するとは思えない。助けというものが、この壺の中にまでやってくるとは思えなかった。言ってしまえば、完全アウェイな状況なのだ。
ならば……、と志具。
――こちらも腹を決めるしかない……っ!
志具はなずなが距離を詰めてきたのを見計らい、『グラム』を横一文字に振り払った。
なずなは的確に距離間を掴み、ギリギリのところで跳躍した。
志具の背丈の二倍ほどの高さをもった大跳躍をし、なずなは志具の背後に回り込んだ。
それは志具も、気配でわかっていた。振り払った勢いを利用し振り返ると、なずなとの距離を詰め、今度は逆袈裟に斬り上げた。
「無駄ですよ」
なずなはそれを読んでいたらしい。攻めてきた志具に慌てる様子もなく、身体を半身に逸らして回避し、『村正』で胴を斬りにかかってきた。
斬り上げ、胴体が無防備にさらされている志具だったが、
「こっのおおおおぉぉぉぉ‼」
振り上げた勢いを、志具はさらに利用する。
それはまるで、大剣の軌跡を辿るようなものだった。大剣の重量に反抗せず、その反動を利用しての襲蹴を、なずなに放つ。
なずなの目が、驚きに見開かれる。
志具の放った蹴りは、一文字の軌跡を辿ろうとしていた『村正』の刃に直撃し、無理やり軌道修正させた。
互いに体勢が崩れる志具となずな。
体勢を安定させ、次の攻撃に転じさせたのは……。
「くっ……!」
なずなだった。
志具はがむしゃら気味の蹴りにより、体勢が大きく崩れていたのに対し、なずなは『村正』の軌道をずらされただけだ。
『村正』での一撃こそ不可能だったが、なずなは妖刀を片手に持ち、空いた右手の拳を、志具の右脇腹に直撃させた。
「がっ――‼」
右肺の空気が、一気にしぼむ感覚を、志具は得、そのまあステージを囲んでいる白亜の石柱まで吹っ飛ばされた。
「志具!」
ななせの声が飛ぶ。……が、彼女も土蜘蛛の対処で手いっぱいらしい。それ以上の言葉も行動もなかった。
跪いた志具は立ち上がる。命にかかわるような一撃ではなかったが、それでも口の中が鉄の味になる程度には傷ついた。打たれた部位も、熱した石を当てているかのように痛んでいた。
「へえ……。先輩さん、ずいぶんとタフにあったんですね。てっきり根を上げて降参するかと思っていました」
確かに……、と志具。昔の、なずなと初めて戦った当時の自分ならば、そうしていてもおかしくはないだろう、と思った。
だけど、志具はこの二か月以上の間、戦いの連続に身を置いていた。いずれの戦いも楽勝とは程遠く、身も心も削り取らなければ得られない勝利ばかりだった。
熱した鉄は、打てば打つほど強くなる。
それと一緒で、志具の心身も、打たれ続けて強靭なものになっていた。
――まあ、それでも。痛いことには変わりないけどな……。
「少し残念ですね。てっきり楽勝かと思っていたのに……。つくづく先輩さんは、ボクの計画を妨害するのが好きなようで」
「君がそんなことばかりするからだろ。言ったはずだ。君がよからぬことをするときは――」
「――邪魔しに来るってやつですか? あはっ♪ 先輩さんって愚直ですねぇ。その真っ直ぐさが、自分の命を削ることに、気づいていないんですかぁ?」
「ぬかせ。抵抗してもしなくても、私を殺すつもりのくせに」
「あはっ♪ そうでしたね」
わざとらしく、言ってのけるなずな。
それにしても、と志具は思った。彼女の――なずなの戦闘技術は、依然と比べて上がっている、と。
前回は『グラム』の特殊能力と時の運のおかげで、なずなを退けることに成功した。……が、今回は、なかなかそうはいかない。
なずなも、この二か月半ほどの間、ただ遊んでいるわけでも、敗北し意気消沈していたわけでもなさそうだ。志具がそうであったように、なずなも鍛錬を怠ることなく、今日に備えていたことは、ある程度想像がついた。
彼女が自分の前に姿を現したのも、勝算のめどがついたからなのだろう。負けることなど、考えていないのかもしれない。
しかし……、と志具。
もしそうであるならば、そこに付け入る隙があるのも事実だ。
――やれるか……?
自問する志具。しかし、やらなければいけない。
この戦いで勝利を得ないと、待っているのは「死」の一文字だけだ。
それに……、と志具はちらりとななせを一瞥する。彼女は今、土蜘蛛の群れの対処で忙しいようだ。ななせの努力により、土蜘蛛の数は減っていっているようだが、いつまでも彼女の負担になるようなことはさけたい。
――一刻も早く、万条院の手助けをしないといけないな。
志具がななせをチラッと見ていた――――そのときだ。
――来る!
直感が彼を動かした。
視線を動かすよりも先に、『グラム』を構えた両腕が動く。
動きは薙ぎ払い。ブォンと重低音な音が風を切ったかと思うと、栗色の髪の毛が数本舞った。
「へぇ……」
感心したような、なずなの声。よそ見をしていた不意をうかがったというのに、俊敏に対応してきた志具に対しての、称賛の吐息だった。
なずなは寸でのところで回避したらしい。飛び退き、距離を置こうとしている彼女に志具は、今度はこちらから攻め込もうと決め、突進した。
嵐のように振り払う志具に対し、あくまでなずなは『村正』を交えようとしない。影打だと、バターのように刀身を折られてしまうことを知っているからだ。
小柄な体躯をフルに使い、軽やかに志具の猛攻を避け続けるなずな。
「おやおや、先輩さん。空振りばっかりですよ。三振過ぎていますよ~」
挑発してくるなずな。しかし、志具の心に波風は立たない。なずなのそれは、少しでも自分の立ち位置を上へと上げようとしている、言ってしまえば虚勢以外の何物でもないためだ。自分の立場が危ういと悟った人間の挑発だからだ。
その虚勢を張るところから察するに、どうやらなずなは、『村正』のオリジナルをもってきていないのだろう。どうして主力となる妖刀をもってきていないのか、志具にはわからなかったが、いずれにせよ好機であることには変わりない。
ならば――っ! と志具は決心した。
心を決めれば、後はそれに従うまで。志具の動きに、一層のキレが現れ始めた。
攻撃の手段を、さらに激しく、さらに俊敏に。大剣であるにもかかわらず、一切の反動を感じさせない軽やかな斬撃の数々に、なずなの額から汗が垂れていた。
挑発していた上辺面には、余裕がなくなってきたのか、歯を噛みしめはじめていた。
苦々しい、と訴えているなずなの眼を見て、志具は立場を逆転しつつあることを確信した。
「こっの……!」
なずなはずるずると後ろに、やむなしに追いやられていく。やがてなずなが、間合いを取って体勢を整えようとしたときには、
「あ……」
なずなはようやく気づいたようだ。自分の後ろにはもう、白い石柱しかないことに。
ステージの端へと追いやられ、なずなは忌々しそうに志具のことを見上げる。
志具は、『グラム』の切っ先を、彼女の胸元に突き付けた。もちろん志具は、彼女を殺めようというつもりはない。そこまでしようとは思わないのもあるが、一番の理由は、人を殺めることに抵抗を感じていたためだ。いくら別世界に足を踏み込んだとしても、一定の良識の線引きはしないといけない。
「なずな。――君の負けだ」
はっきりと志具は、そう宣言した。
なずなは口を真一文字に結んでいたが、口元を不敵に緩めると、
「あは。先輩さん、いいんですか? ボクなんかに必要以上にかまっていると、許嫁さんが土蜘蛛の餌になっちゃいますよ」
「ならないさ」
志具は断言した。なずなのその笑みは、苦し紛れのものだと、見抜いていたから……。
だけど、それ以上に、
「あいつは、こんなところでくたばるヤワなやつではない」
志具はそう言った――――直後だった。
「でええええぇぇぇぇ――――――いいっっ‼」
張り上げた声と同時、志具は背後から高温の熱を感じ取った。それと一緒に、何かが焼けるような音と爆音が響いてきた。爆風が火の粉を運び、波の砕ける音とともに消えていく。
なずなが驚きに目を丸くさせ、志具の後ろへ視線を向けていた。
志具は見ない。見ずともわかる。なずなの視線の先に、誰が立っているのかを。
「待たせたな、志具。……って、言いたいところだけど」
ななせの声がした。その声に、志具は心の中で頷いた。
勝敗は決した、と――。
なずなは目の前の光景を信じられない、とばかりの表情をしていた。まさか土蜘蛛の群れを、たったひとりの少女によって全滅させられるとは思ってもいなかったのだろう。
なずなは視線を落とし、『グラム』の切っ先を見つめる。志具の言った宣言が、彼女の内で渦を巻いていることを、志具は察していた。
「ボクの……負け…………」
「ああ、そうだ。――君の負けだ」
俯いている後輩に、もう一度言ってやる志具。ななせのうんうんという頷きの声が、後方より聞こえてきていた。
「………………ふふ」
不意に、なずなが肩を震わせた。それは哀しみや悔しさによるものではない。言うなればそれは、勘違いしている者を嘲笑うものだった。
「何がおかしい?」
志具は静かに問いかける。……が、彼の内心は、嫌な予感にざわついていた。
「……いえ、その……。なんて言えばいいんでしょうかねぇ」
もったいぶって含み笑いを漏らすなずな。
そんな彼女の喉元に、背後から寄ってきたななせが、『桜紅華』の剣先を突き付けた。
「もったいぶらずに言ったらどうだ? あたしは気が長くないんだ」
ドスの込められた声で、ななせは言った。
その態度がおかしいのか、なずなは含み笑いを一層強くすると、
「この勝負。アナタたちがここに来た時点でボクの勝ちも同然なんですよ」
なに? とななせ。言っている意味がわからない、とばかりの声だった。
そんなななせにかまわず、なずなは空を見上げる。
「さて。そろそろ、でしょうかね」
なずなが言った――直後だった。
蒼穹に染まっていた空に、突如として真っ黒な穴が現れた。
「なんだ?」
志具が気を引き締めたのと同時だった。
ぽっかりと空いた穴に、志具の身体が引き寄せられようとしていた。
いや、彼だけではない。ななせやなずなも同様だった。
初めは抗おうとしていた志具とななせだったが、やがて吸い込む勢いに逆らえず、身体が宙に浮いた。空中に浮くと、穴に吸い込まれるまでの時間は、ものの数秒で終わった。
視界が真っ黒に染まる。
闇の中に、落ちていく――――。




