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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第5章 リベンジャー
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第1話 壺の中に広がる世界

「さあ、始めましょうか。先輩さん」


 なずなはそう言うと、パチンと指を鳴らした。


 直後、志具は異変を感じた。まるで何かに引き寄せられるかのような、奇妙な感覚。それはななせも同様らしかった。


 何が起きたのか、志具はその要因を探ろうと視線を巡らせる。


 すると……あった。


 それは、ベンチの陰。死角となる場所に、古めかしい壺が置かれていた。


 それに志具とななせは、引き寄せられていた。まるで掃除機で吸い取られる埃のような存在になったかのような錯覚さえ感じてしまう。


 くっ、と志具は踏ん張りを利かせるが、やがて足が浮き、踏ん張る力を失った志具は、壺の中へと引きずり込まれた。


「うをおおおおぉぉぉぉ⁉」


 拳程度の大きさしかない壺の口に吸い取られ、しばらく闇が続いた。……かと思うと、次の瞬間には、視界が一気に開けた。


 視界いっぱいに広がった景色を見て、志具は驚愕する。


 清々しいほどに晴れ渡った青空。そこに志具は放り出されていた。


 重力に逆らうことなく、落下を続ける志具。志具は、彼の身体を包むように、シャボン玉のような半透明の泡に包まれていた。


 落下する先には、何か建築物があった。白亜の、神殿のような造りの大きな建築物が。


 ――何がどうなっているんだ?


 魔術師の世界に踏み込み、それなりの時間を過ごしてきたつもりの志具だったが、それでもなお驚きを感じてしまっていた。つくづく、こちらの世界というのは、飽きが来ないつくりとなっているらしい。


 やがて志具は、白亜の建築物――ステージのような場所に着地した。


 神殿のような豪奢な造りのそれは、断崖絶壁に造られていた。崖の部分に居住スペースである建物があり、そこから長い廊下が伸び、わざわざ海上に太い柱を設けてステージが造られていた。


 ステージとしての威容を醸し出すためか、場を囲むように白くて頑丈な柱が立っている。


「志具!」


 ふと、自分の名前を呼ぶ声に気づき、志具は声のほうへと振り返ると、


「万条院、君もか」


 壺に吸い込まれてしまったのか、という含みを込めて言った志具。それにななせは、ああ、と簡潔に答えると、


「大丈夫か? 怪我とかはしていないみたいだけど……」


「私なら問題ない。ついさっき来たばかりだからな」


 志具の返事に、そうか……、とどこか安堵したようなななせ。気遣ってくれるのは嬉しいが、なんだろう……。どこか奇妙に引っかかるところがあった。具体的に何なのか、というのを挙げろ、と言われると、浮かんでは来ないのだが……。


「……にしても、面倒なところに連れてこられたみたいだな」


 ななせは周辺を見渡す。それにつられ、志具も周辺を見渡した。


 志具たちがいる建物以外には、人工的な建築物は見当たらなかった。地平線まで伸びる海洋か、厳つい山脈が遠方に見える熱帯雨林のような樹群か、そのどちらかしかない。


 人の気配も、自分たち以外にはないようだと、志具は感じた。もっとも、人以外の生き物はいるようで、時折、森から鳥の群体がバサバサと大空へと飛び上がっているのが見えた。


 目の前に広がる光景に、志具たちが唖然としていると、空からステージに向かって落ちてくるものがあることに気づいた。


 流星のようなそれは、やがて志具たちと同じように、ステージに落ちてきた。


「なずな!」


 ななせは声色に凛と張りつめたものを宿らせる。どうやらなずなも、自分たちに次ぐように、壺へと吸い込まれたようだった。


 だが、志具たちと違い、なずなはこの異様な場にやって来ても、戸惑いを一切見せていなかった。それどころか、どこか自慢げに、口元を緩ませている。


「あはっ♪ どうですか、先輩さんたち。この壺の中の居心地は」


「最悪だな。あたしは壺のような狭苦しいところより、もっと開放的な場所にいたいと思うぜ」


 口振りからするに、やはりこれは、なずながあらかじめ準備していたものらしい。


「ここは壺の中の世界。『壺中天(こちゅうてん)』とも呼ぶべき世界。かつていた壺公(ここう)と呼ばれていた仙人が、仙術によって創り出した『アーティファクト』です」


 ちなみに、『壺中天』というのが、この世界を示す言葉でもあり、『アーティファクト』の壺を示す言葉でもあります、となずなは付け加えた。


「ここなら、他の邪魔が入りませんからね。わざわざボクが準備してあげていたんですよ。――どうですか、先輩さん。その気配りに免じて、自分の首のひとつでも差し出す気になったでしょ?」


「飛躍しすぎだな、なずな。他者に迷惑を掛けないようにするという点は褒めてやるが、だからといって命をやるつもりはないぞ。せいぜい、頭をなでてやるくらいだな」


「あはっ♪ 先輩さんってロリコンなんですか? 年下が好みなんですか? 頭をナデナデだなんて」


「志具……」


 ジト……、とした眼を向けてくるななせ。


 まさか彼女に、このような顔を向けられるとは思っていなかった志具は、


「冗談だ! だいたい、なぜ君まで不快な気持ちになっているんだ!」


「…………はぁ」


 壮大なため息をつくななせ。わざとらしいため息に、志具はカチンと来るが、ここは抑える。


「あはっ♪ やっぱり先輩さんって、ド鈍チンですねぇ~」


「まったくだ。実は同性好きなんじゃないかって思えてくるほどにな」


「そんなわけあるか!」


 敵対している二人が、息を揃えて糾弾してくる奇妙な様に、志具は戸惑いながらもツッコミを入れた。


 とはいえ、志具は薄々、ななせがどうして、そのような行動を取るのか、なんとなしに気づいているのも事実だった。ただ、それを認めるのは、正直半信半疑だったので、彼は知らないフリをしているのだ。それが少々、汚い手段だとわかっていても……。


「あははっ! 相変わらずですね、二人とも」


 心底おかしいとばかり、お腹を抱えて笑うなずな。からからと明るい笑いを上げるなずなだったが、ピタリと笑うのを止めると、


「ですが……いつまで持つんでしょうね。その余裕は」


 薄らと笑みを浮かべるなずなのそれは、見る者の背筋を震わせるほどの寒さをもったものだった。


 志具は思わず、唾を呑んだ。ごくりと、喉が鳴る。


 ななせも、彼女のまとっていた空気が一変したことに気づいているらしい。厳しい眼を、なずなへと向けていた。


 静まり返る両者。聞こえるのは、波濤が崖に当たり、砕ける音くらいだった。


「なずな、はっきり言うが、お前じゃあたしらには勝てないぞ?」


 前回、戦ったときのことを踏まえて、ななせはそう言っているのだろう。


 振り返ってみると、なずなは志具ともななせとも、戦いの分が悪い。なずながななせを圧倒できたのは、マリアという人質があったからなわけであり、それがなければ確実に押され負けていただろう。


 そのハンデがない今、なずなが二人に勝つ方法はないような気もするが……、


「確かに、ボクひとりじゃ、なかなか厳しそうですね。先輩さんの『グラム』の能力は厄介だし、許嫁さんの『アーティファクト』も、長期戦ならともかく、短期決戦となると一筋縄ではいかなさそうです」


 ですから、となずなは言葉を付け加える。


「ボクも、相棒を使わせてもらうことにします」


 直後、背後から感じる不穏な気配。


 志具たちは即座にその気配に反応し、その場を飛び退いた。


 すると、彼らのもといた場所に、白い粘性をもった糸が伸びてきた。


 なんだ? と志具は糸を辿り、そのもとを知ろうとする。


「あれは……っ」


 ななせは苦々しく、歯を噛みしめる。


 そこにいたのは、蜘蛛の怪物だった。ただ、数が多い。パッと見ただけでも十匹はいた。


 大小さまざまだが、小さくても大人の男性くらいの大きさはある。そして最も巨体なものは一軒家ほどの大きさがあった。くすんだ土のような体色で、顔はいずれも八つの目がついた鬼のそれだった。胴体は虎の模様をしており、そこから八本の長い脚が伸びていた。土蜘蛛だった。


 その姿を、志具は見たことがある。


 忘れもしない。それは、ななせとの邂逅のきっかけをつくった化け物蜘蛛だ。


「土蜘蛛かっ……」


 苦い顔のななせ。一匹程度ならどうにかなる相手なのだが、さすがにあれだけ多いとなると、一筋縄ではいかないのだろう。


「さあ、先輩さんたち」


 なずなは片手に持っていた『村正』の影打の切っ先を志具たちに向ける。


 鋭い光を宿したそれを突き付け、彼女は笑みを浮かべて言う。


「始めましょうよ。――下剋上を」


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