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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第5章 リベンジャー
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プロローグ リベンジャー

――――第5章 あらすじ――――

「――お久しぶりですね、先輩さん♪」

 そんな明るい調子で言ってきた、志具の後輩――玖珂なずな。

 久しぶりの再会に、志具は戸惑いを見せる。そんな彼に、なずなは、命をとりに来たことを、再び宣告してきた――――!

 青天の霹靂という言葉を、真道志具は今以上に感じたことはなかった。それほどまでに志具は、彼女と再会したことが衝撃的だったのだ。


 同じ学園に通っている以上、いつかは会うだろうとは思っていたが、まさかこれほどまでに虚を突いて自分の前に現れるとは、志具は想定していなかった。それは、ある種の油断がそうさせていたのかもしれない……。


 柔らかな栗色の髪。ショートカットの髪型は、前髪をヘアピンで止めている。リスのような小動物を彷彿とさせる可愛らしい容姿に小柄な体型……。


 志具が後輩と親しみをもって言えた少女――玖珂なずな。


 再会を喜んでいいべきか、それとも非常事態として気持ちを引き締めるべきなのか……。今の志具は、後者のほうへと意識を傾けていた。


 かつて自分の命を狙った張本人、という事実が、志具をそんな気持ちにさせていた。


「あはっ♪ 先輩さんったら、すごくびっくりしてますね。――うんうん。そのびっくらこいた顔を見れただけでも、十分な収穫というべきですよね」


「なずな……」


 明るい笑顔を向けてくるなずなに、志具は声のトーンを落として対応する。それは彼女に対して威圧を込める、というよりも、自分自身の気持ちを冷静に戻すためにそうしている、といったほうが正しい。


 梅雨の季節を過ぎながらも、湿り気を帯びたゆえの冷たい風が、志具の頬を撫でる。それは冷たい刃物を突き付けられているような、そんな錯覚を感じさせた。


「どうしました、先輩さん? ずいぶんと顏が怖いですよ? そんなに仏頂面だと、幸運が逃げちゃいますよ~」


 なずなが歩み寄ってくる。そんな彼女に、志具は思わず数歩退いた。過去の出来事が志具に、彼女に対しての危険信号を点滅させていた。


 そんな志具の挙動に、なずなは目を丸くさせた。……が、それも一瞬。その後は、ふふっ、とついぞとばかりの笑みをこぼした。それは失笑とも、自嘲とも取れる笑み。


 なずなは肩を竦めると、


「まあ、無理ないですよね。先輩さんのそんな反応も……」


 自分の犯した罪を受け入れた上で、なずなはそう言っているようだった。それに対し、志具は何も言葉を返せない。それが事実である以上、下手な慰めをかければ、かえって彼女を傷つけることになってしまうだろう。


 瞼を閉じ、しばらく瞑目した後に開いたなずなの目は、どこか挑戦的なものに変貌していた。口の端をつり上げるような微笑みは、見る者の神経を怯ませるような、そんな威圧感があった。


 なずなのその雰囲気の変化に、志具は自然と臨戦態勢に神経が切り替わるのを感じた。それを肌で感じたのか、なずなは笑みを漏らす。


「先輩さん。どうして今、ボクが貴方の前に現れたか、わかりますか?」


 なずなの問いかけに、志具は無言。


 返事が来ないことに、なずなは一歩歩み寄ることで抗議した。


「答えてくださいよ。先輩」


「……わからない。どうして君は、私の前に姿を現したんだ? それに、今まで君は何をしていたんだ? 何が目的だ?」


「質問はひとつだけにしてくれませんかねぇ、先輩。ボクの口はひとつしかないんですよ」


 堰を切ったようにあふれ出した質問は、なずなのその一言でストップさせられた。同時に、熱を帯びて暴走していた思考が、少し冷やされる。


 なずなの口調は、あくまで静かだ。平静を保っている。それは、志具の目の前に姿を現すという覚悟が固まっているからであろう。覚悟を決めた人間は、恐ろしいほどに心に波風を立たせないものだ。ただひたすらに、目的を遂行することだけに意識を固めた人間は、それにしか視線がいかない。それゆえに、他の物事に心を移すことがないからだ。


 今のなずなは、まさにそれだった。それを志具は、直感で察していた。


「先輩さん。本当に、わからないですか?」


 挑戦的になずなは、志具のことを上目づかい気味に見つめる。


 ああ、と志具は答えた。ただ、なずなの態度から、ただならぬ不穏な空気を感じ取っていた。


 少なくとも、いい知らせを伝えに登場したわけではなさそうだ、と志具。


「相変わらずなんですね、先輩さんは。そういう鈍いところは、昔から何も変わっていません」


 鈍い、というのは、人の気持ちをくみ取る能力のことを言っているのだろう。言われずとも、志具はそのことを、薄々感づいていた。特に最近になって、嫌というほど教えられた。


 だが……、と志具。


 彼は、今回ばかりは気づいていた。


 彼女――なずなが、どうして自分の前に姿を現したのか、その理由に……。


 それに気づいてしまっている以上、志具はなずなに対して、警戒を解くことができなかった。


「私は、そんなにも鈍いか?」


「ええ、鈍いですよ。だって……」


 と、なずなは志具に歩み寄ってくる。志具は後方に下がろうと脚を動かそうとするが――、


「……!」


 そこで志具は気づいた。自分の脚が動かないことに。まるで蜘蛛の糸で自由を奪われた蝶のように。


 志具が足元へと視線を落とすと、


 ――これは……!


 戦慄する志具。彼の足元には、ゴルフボールほどの大きさもある大型の蜘蛛が三匹、糸を吐いてまとわりついていた。


「――こんな奇襲にも気づけないほどに、先輩さんは鈍感なんですもの」


「これは……君のものか?」


 蜘蛛を指して、志具は訊く。


「答えるまでもないですよ。先輩さん、そんな定型句みたいな質問をしないといけないほどに、ボケてしまったんですか?」


 そう言ったなずなの右手に、銀色の光の粒子が集まり出す。それは徐々に棒のようなものに姿をかたどり、やがて一振りの刀になり、彼女の右手におさまった。


 それが何なのか、志具には見覚えがあった。


 忘れるわけがない。自分が、魔術師の世界に足を踏み入れることになった原因を築き上げたと言っても過言ではない、妖刀――――!


「村正……」


 志具は自然と、その刀の名前を口に出していた。


「ええ、そうですよ。……とはいえ、これはオリジナルじゃないんですけどね」


 なずなが所有している『アーティファクト』――妖刀『村正』。それは斬った対象を自分の駒として扱うことができる妖刀であり、影打(コピー)を量産することができる妖刀だ。


 なずなの言葉から考えるに、今生み出した『村正』は、その影打なのだろう。


 なずなは妖刀の白刃を、志具の首筋にそっと当てる。


「ですが、今の先輩さんの息の根を止めるのには、これでも十分すぎますよ」


 口元を緩めるなずな。その笑みは黒く、昏く。無邪気に笑ってみせていた過去の彼女とは、まるで別人のものだった。


 志具は背に、気味の悪い汗をかく。動きを封じられている今、逃げようにも逃げられない。


 逃げられないのなら……、


「……なずな。止めるつもりはないのか?」


「止めると……本気で思っているんですか?」


 それが答えだとばかりに、なずなは『村正』に力を込めた。


 瞬間、志具も動く。ただし、脚は拘束されているので動かせない。


 動かすのは――、


「…………へぇ…………」


 なずなは感嘆の声を漏らした。


 『村正』の刃が志具の首筋に食い込む直前、志具は両手で妖刀の刃を挟み込むように受け止めていた。


 白刃取り。


 一か八かでやってみたが、どうやら成功したようだ、と志具。ただ、内心、心臓の鼓動は気分が悪くなるほどに早まっていた。


 寸でのところで攻撃を停止させられ、なずなは驚きを見せたが、すぐに狂気の笑みを浮かべた。


「簡単には死んでくれないんですね」


「当たり前だ。私だって……まだ生きたいからな」


「ボクもですよ、それは。……でも」


 と、なずなは『村正』に更なる力を込め始めた。どうやら、力ずくで押し切ろうと決めたようだ。


「人には、死ぬよりも怖いものだってあるんですよ」


 ぼそりと、独り言のように紡がれたその言葉を契機に、なずなの力の込めようが跳ね上がった。それによって、両手で挟み込んでいる刃が少し、首筋まで近づいた。


 ――まずい……!


 このままだと押し切られる、と志具は直感した。もともと踏ん張りもろくに利かない体勢で白刃取りしているため、手に力がうまい具合にかけられないのだ。


「安心してください。痛みは一瞬ですよ。苦しまないように、首をはね飛ばして、あっという間に痛覚を遮断してあげますから…………!」


 押される刃が、志具の首筋に当たる。僅かに斬られた箇所から一筋、血が流れ出した。


「無意味に耐えるのは、先輩さんの為にもなりませんよ~? まあ、痛いのが好きというM精神をお持ちでしたら、話は別ですけどね」


「なずな……っ!」


 歯を噛みしめながらも、志具は彼女の名前を呼ぶ。それは、なずなの中にある、良心に対して、語り掛けているものだった。……が、今のなずなには届いていないようだ。


 刃が肉に食い込む感覚が、志具の総毛を立たせる。密着した死の恐怖に、志具は肝を冷やしていた。


「おいおい、志具。そこは許嫁であるあたしの名前を呼ぶべきだろ?」


 不意に、そんな声が聞こえたかと思うと、なずながその場から飛び退いた。刹那、朱色の鋭い軌道が走る。


 軌跡の後に次ぐように、炎の魔剣の所有者が志具の正面に立つ。背を向けてはいるが、


「万条院!」


 やって来た助けに、志具はホッと内心安堵した。ななせはというと、後ろ背を見せたまま顔だけを振り向かせ、志具の足元を見る。


 異変に気付いた蜘蛛が、近くに着地してきたななせの脚を、糸で動けなくしようと近寄ってくるが、


 フォン――――!


 風を切るような音と同時に放たれた魔力の炎で、三匹の蜘蛛を焼き払い、ついでに志具の拘束も解いた。


「すまない、万条院」


「ったく、ホームルームの時間が近づいても戻ってこないかと思っていたら、魔力の気配がしたからな。ただ事じゃないと思って来てみれば……」


 ななせは志具から視線を外し、前方目測十メートル先にいるなずなへと向いた。


「あはっ♪ お久しぶりですね、許嫁さん」


「なずな……。来ていたのか」


「ええ。今日から学園に復帰ですよ。その挨拶を、先輩さんにしていたんですよ」


「挨拶、ね……。刃物を突き付けての挨拶なんて、聞いたことがないんだけどなぁ」


「ついさっき、ボクがつくりましたから」


「そんな挨拶は、世紀末じゃないと流行らないぜ」


 肌を震わせるほどの緊張が、場を支配していた。ななせとなずな。二人の視線が交差し、弾けんばかりの敵意と殺気の火花を生み出しているようだ。


「……まだ、諦めていないのか」


 志具の命を、とななせは言った。


「ええ。諦めるはずがないですよ。それが玖珂家の誇りを取り戻すことに繋がるのですから」


 なずなは、そう信じきって疑わない、と言わんばかりだ。


 そんな彼女に、ななせは問いかける。


「前も思ったんだけどな。志具の命を奪うことが、どうして玖珂家の誇りを得ることに繋がるんだ?」


 ななせのその質問に、なずなは目を丸くさせた。


 本当に知らないんですか? と言わんばかりの、純粋な驚きだけが存在している表情だった。


 ……が、なずなの表情が昏い微笑に変わる。それは無知な子供を軽蔑するようなものだった。


「何にも知らないんですね、許嫁さん。仮にもあの人の配下にいるっていうのに……」


「っ! 父親は関係ないだろ!」


 ななせが忌々しいとばかりに表情を歪ませ、咆えた。どういうことなのか、志具にはわからない。


「まあ、そうですね。直接的には、関係ありませんね。それとも…………本当に知らないかの、どちらかでしょうか」


 アナタのその態度は、となずな。


 くっ、とななせは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。話してほしいが、今は詮索している場合ではない。


 志具はななせの一歩前へと踏み出す。その眼光は厳しく相手を諫めるような鋭さを宿らせている。


「なずな。あのとき、言ったはずだ。君がよからぬことをしようとするなら、私が全力で阻止すると」


「……確かに、そんなことを言ってましたね、先輩さん」


 なずなは静かに、そう言った。落ち着き払ったその態度に、志具は少し疑問に感じながらも、


「君がこれ以上、暴挙に出るというのなら……容赦はしない」


 それは、脅しというよりは、相手を思いやっての発言だった。これ以上、なずなが手を汚さないようにと、親切心で言った言葉。


 だが、


「かまいませんよ。むしろ、望むところです」


 なずなは彼のそんな気持ちに気づかない。挑発の一種とくみ取ったのだろう。


 そんな彼女に、志具はギリ……と歯を噛みしめる。避けられない衝突を、志具は心底憎んだ。


 なずなが、自分の命を突け狙う理由はわからない。だが志具も、無抵抗でなずなに首を差し出すつもりはなかった。


 向こうがその気なら、こちらも覚悟を決めるべきなのだろう。志具は、そう思った。

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