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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
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第13話 呼び出し

 深夜零時。


 日付の変わり目であるその時刻に、志具はひとり、家を出ていた。ひとりで行動しているところからわかるように、ななせと菜乃には秘密にしていた。


 今までの経験上、夜は魔術師が活発になり、志具を狙う輩も現れやすくなっていることはわかっていた。……が、どうしてもあの二人には知られたくなかったのだ。それが自分勝手な我がままだと、自分でもわかってはいたが……。


 それに……、と志具。万が一にも、自分の憶測が外れていた場合、これから出会う人物に手ひどい傷をつけてしまうことになりかねない。それを志具は危惧していたのもある。


 やって来たのは、住宅地から外れた場所にある、更地だった。近々、このあたりに住宅群が築かれるということもあり、辺りは平べったい更地と、ショベルカーなどの重機が置かれていた。


 ――まだ来ていないのか……。


 志具が到着したとき、まだ呼び出した相手は来ていなかった。向こうは仕事がある身のため、そう自由にはなれないのかもしれない。


 念のため、志具はショベルカーの陰に身をひそめ、用心することにした。


 空は相変わらず鉛色の雲に覆われてはいたが、ところどころにある雲の縮れ目から、月明かりが地表に向かって注がれていた。


 虫の鳴き声と、時折吹く湿った風音だけが、志具の鼓膜を震わせていたが、


 ――来たか。


 その環境BGMに乗じて、人の足音が聞こえてきた。


 数はひとり。どうやらちゃんと、ひとりで来てくれたようだ。


 呼び出した相手が敷地内に入ってきたのを見計らい、志具も重機の陰から姿を現した。


 ビクリ、と当人は身体を震わせたが、相手が志具だとわかると、ホッと胸を撫で下ろしていた。


「びっくりしました。物陰からそっと出てくるんですから……」


「すまない。色々と神経が逆立っていてな」


 逆立って? と佳織は首を傾げる。


 志具が呼び出したのは、西元佳織だった。仕事の途中を抜け出してきたわけではないらしく、服装はすべて自分のもののようだ。カバンを腕にかけている辺り、仕事帰りにここに寄って来たということなのだろう。


「まずは謝らせてほしい。――こんな時間帯に呼び出すような真似をしてしまって、すまない」


 志具は頭を下げる。年上だとはいえ、彼女はまだ十八歳。うら若い女性をこんな真夜中に呼び出すようなことをして、志具には申し訳ない気持ちがあったのだ。


「いえ、いいんです。真道さんの気持ちが、よく伝わりましたから……」


 そう言った佳織。


 志具が彼女をここに呼び出す際に言ったのは、「菜乃のことについて、君に話したいことがある」というものだった。


 正直、志具もこの言葉だけで佳織が乗って来てくれるとは思っていなかったのだが、佳織は思いのほか、あっさりと承諾してくれた。


 それだけ菜乃のことを大切な友達と思っているのだろうか。


 それとも……。


「それで、真道さん。早速で悪いんですが、お話を聞かせてくれませんか?」


 そうだな、と志具。


 早々に本題に移ろうとしてくれるのは職業柄からか。なんにせよ志具も、余計な手間が省けて助かった。


「私は元来口下手で、無駄な話はなかなかできない性分だ。万条院たちが来てから少しはましになったとはいえ、他の学生たちからしてみれば、まだまだ口達者とはいいがたい。だから、はっきと、先に結論だけを言わせてもらう」


 志具は真剣な眼を佳織に向ける。


 雲の合間から注がれる月明かりが、志具の眼を鋭く光らせる。


「――万条院たちを襲撃したのは、君なのだろ?」


 一切のごまかしを利かさず、本当に結論だけをストレートにぶつけてきた志具に、佳織は目を丸くさせていた。


 それは、彼の言動に対しての驚きとともに、別の感情が宿っているようだった。


 佳織は唖然と口を開けていたが、しばらくすると、乾いた笑いを漏らした。どうリアクションしたらいいのか、わからないとばかりに。


「ず、ずいぶんといきなりですね、真道さん。では訊きますけど、どうしてそう思ったのですか?」


「君は、万条院たちを襲った相手が書いたと思われる手紙を、彼女たちに渡したようだな」


 そうですけど、と佳織。


「そこがそもそも怪しいところなんだ。警察の手が入って、外部からの介入が一切無理な場所に、どうして手紙なんてわかりやすい証拠が、あの二人がやってきたときに『偶然』にも見つかるんだ?」


 警察がやって来て、少なくとも一日が経過している場所。人員もそれなりにいたというのに、手紙のような物品が一日経過しても見つかっていなかったというところが、そもそも怪しいのだ。


 考えられるのは、警察官がよほどの節穴か、それとも、


「万条院たちを襲った犯人が、その当日に手紙を、一般人を殺した犯人のものだと偽って手渡すか……」


「……で、ですが、それは単なる真道さんの想像じゃないですか。何を根拠にそんな――」


「手のひらの火傷は、どうしたんだ?」


 え? と佳織は自分の手のひらを見やった。


 直後に、息を呑んだ。


 佳織の手のひらからは、火傷の痕が綺麗に無くなっていたのだ。


「昨日今日できた火傷が、こんな短時間で完治するものなのか?」


「そ、それは……火傷が浅かったから……」


「傷が浅くても、痕くらいは残るはずなのではないか? 特に火傷の場合は」


 佳織は唸るが、意味のある言葉が出てこない。色々と言葉を取り繕おうとしているが、できないようだ。


「万条院から聞いた話では、相手は万条院の魔剣の刀身を白刃止めしたらしいぞ」


 炎の魔剣を……、という言葉を、志具はあえて口に出さなかった。


 なぜか? それは、もし佳織がななせたちを襲撃した相手でなければ、白刃取りした程度で手のひらを火傷したとは考えないだろうからだ。普通の剣は、炎など刀身にまとわせていない。


 佳織が志具の言葉に返せないのは、彼女自身が知っているからだ。炎の魔剣というものがあるのを。


 佳織は志具をじっと見やる。その眼差しは、いかにして誤魔化そうか、という姑息な奸計を巡らせているものではなく、真実を話してもいいかを考えているようなものだった。


 人のことを値踏みするような視線に、志具は真正面からぶつかる。


 悪いが志具とて、退くつもりなどなかった。返答次第によっては、いくら菜乃の友達であろうとも、それなりの仕置きをするつもりでいた。


「……ふふ」


 突然、佳織は相好を崩した。いきなりだったので、志具は目をきょとんとさせる。……が、相手からは不穏な空気が一切感じられない。少なくとも、志具を陥れるための何かを考え付いた、というような笑いではないようだ。


「見事ですね、真道さん。正直、驚きましたよ。貴方がここまで大胆なことをするだなんて」


「……ということは、私の言ったことはすべて正しい、と考えてもいいのだな?」


 はい、と佳織は言ってのけた。


 それはあまりにもあっさりとし、同時に明るさをもった白状の仕方だった。


 自暴自棄になった、というわけでもないらしい彼女に、志具は問い詰める。


「なぜだ? どうして君は、万条院たちを襲った?」


 志具の言葉は、針をもったように鋭かった。


 佳織は笑いを止めると、志具と向き合い、


「理由は二つあります。その内にひとつが、菜乃ちゃんの敵をおびき寄せるためです」


「花月の、敵……」


 それは佳織が、自分の目の前で火だるまにした殺したあの男のことを言っているのだろう、と志具。


「はい。あの男はなかなか姑息で、他の大きな事件が起きているのに乗じて、悪事を働いているような人でした。ですから――」


 西元さん自身が、その撒き餌になったというわけか……、と志具。


「……だが、それにしてもだ。なにも万条院を病院送りにするまで痛めつける必要はないだろ」


 それに……、と志具は言葉を続ける。


「万条院たちに秘密にして起こす必要は、何もなかったはずだ。彼女たちに伝えて、その上で事を起こしても――」


「それじゃ、駄目なんですよ」


 佳織は志具の言葉を、途中で遮った。


 何が駄目なのか。志具の疑問に、佳織は指を二本立てると、


「二つ目の理由は、純粋にななせさんの力を試すためにしかけたものだからです」


 力を試す? と志具は首を傾げた。


「はい。私の代わりに、菜乃ちゃんをちゃんと護っていけるかどうか、それを試すために……」


 その言葉を聞き、志具はふと、ある仮説にたどり着いた。それはやや飛躍しているようなものだったが、今の彼女の口振りから、志具はそれを予感せずにはいられなかった。


「……ひょっとして、昔、菜乃を助けたのは……」


「私です」


 佳織は白状した。


「正直、あの男をあのときに仕留めてしまえば、このような事態にはならなかったのかもしれませんね。今回の一件は、菜乃ちゃんや私の過去を清算する意味で起こしたことなんです」


 感慨深いものがあるのか、佳織は瞼をそっと閉じ、そのようなことを言った。


 ……が、志具はふと、腑に落ちない点を感じた。


 それは、佳織の年齢だ。


 佳織の見た目年齢は、だいたい十八歳ほど。だけどその年齢では、幼児であった菜乃を助けた際の風貌に矛盾が生じている。


「……西元さん。君は――」


 と、失礼ながらも志具が、年齢を聞こうとすると、佳織が志具の口元に指を当て、口を閉ざさせると、


「女の人の過去を、あまり詮索しない方が身のためですよ」


 くすり、とほほ笑んだ。


 どうやら、見た目年齢と実年齢が、必ずしもイコールでは成り立たないらしい。そのことを、志具は察した。


「それにしても」


 と、佳織は志具に背を向け、歩きながら言った。


「まさか真道さんが私の正体を見つけ出すなんて、驚きです。てっきりななせさんか菜乃ちゃんが答えを見つけ出すんじゃないかって思っていたのに……」


「……ひょっとして、ワザとなのか?」


 と、志具。佳織自身が、わざわざ自分が仮面を被った人物の正体であり、ななせたちを襲った犯人だと知られるために仕組んだものなのか、と。


 佳織は顔だけを振り返り、微笑みとともに言葉を返した。


「ええ、そうですよ。どこまで気づけるのか、それを確かめるために行ったまでです。そうじゃないと、あんなわかりやすい証拠なんて残しませんよ」


 確かに、と志具。今回のことは、不自然なほどに証拠がわかりすぎていたようなところがある。いかにも、自分を見つけ出してください、と言っているような感じすら抱かせるほどに。今回、志具は当事者としての立場であったが、第三者の視点で考えれば、犯人は佳織以外にありえないことだろう。


 当事者として……ましてや、何らかの縁がある相手だった故に、答えまで到着するのに時間を要してしまった感じが、志具にはしてならない。


 視点の切り替えができ、なおかつ一切の不純を取り除く公平な思考力がないと、今回の一件は、決して回答には結びつかなかったであろう。もし、彼女がここでしらを切り通していれば、自分の考えをなかったことにしてしまっていたことだろう、と志具は思っていた。


「話は終わりましたか?」


 ああ、と志具は答える。


 正直、ななせを傷つけたことは許せない。……が、ここで彼女を叩きのめしたところで、何の意味もないことだろう。下手をすれば、ななせたち――特に菜乃を傷つけることになりかねない。


 だから志具は、危害を加えるつもりはなかった。


「では、今度は私の要件を、聞いてくれませんか?」


「……? なんだ?」


 どうやら彼女も、自分に要件があるらしい。そのことを知った志具は、首を傾げる。


 佳織は首から上だけをこちらに振り向かせて、微笑んでいた。――が、次の瞬間、彼女の身体に隠れている部分――右手辺りが、朱色に明るく染まった。


 直感的に危険を感じ取った志具は、とっさにその場から飛び退いた。


 志具の脇を、朱色の焔が紙一重で通り過ぎた。標的を見失った焔は、そのまま遠方の地面に着弾、爆発した。


 閑静さを一瞬で吹き飛ばすほどの爆音が響き渡った。


「大丈夫ですよ。邪魔が入らないように、ちょっとした結界を張っていますので、多少無茶苦茶したところでばれません」


「……っ! そういうのじゃないだろ! いきなり何をするんだ!」


 いきなり攻撃され、志具は抗議の声を上げた。


 対し、佳織はいたって自分のペースを保っているようだ。ただひとつ違うのは、普段の男性に対する免疫力の無さが、今は欠片もなくなっているというところか……。


「腕試しです」


 きっぱりと、佳織はそう言った。


「腕試しって……。君が万条院にしたことか?」


「はい。……本当は、真道さんの話を聞くだけで終わりにしようかなって思っていたのですけど……やめました」


 佳織は志具に、面と向かった。


 童顔の中に存在する凛々しい気迫が、今の佳織を包み込んでいた。


「少し、試させていただきますよ」


 凛然さとした中に咲かせる笑み。それは、戦士としての鋭さと誇りの気高さがないまぜになっていた。


「逃がしては……くれるはずがないか」


「もちろん。もし逃げようものなら、遠慮なく焼き払いますよ♡」


 笑顔でとんでもなく物騒なことを言い放つ佳織。


 ひょっとして、普段のおどおどしている彼女は、猫を被った状態なのか? ――そんな疑念が志具の頭を掠った。今の彼女のほうが、よっぽど活き活きとしている。


 ――やるしかないな……。


 逃げ道がないのなら、真正面から迫り来る困難を打ち砕くまで。


 すると、志具のそんな強い想いに応じるかのように、志具の左胸が青白い閃光を発し始めた。


 志具は何の躊躇いもなしに、迸る光の中に手を突っ込む。そして、かの柄部分を掴んだと確信すると、一気に抜き払った。


 青白い光が形づくるのは、幅広かつ肉厚のバイキングソード。志具の運命を大きく変えることになった、聖剣だった。


 志具は手慣らしに横殴りに『グラム』を振るうと、正眼に構える。それを佳織は、満足げに笑みを浮かべて見つめていた。


 雲が流れる。先程まで雲の合間から見えていた月が、徐々に覆い隠されていく。


 流れ行く雲が、月の姿を完全に隠しきったとき、


「行くぞ!」


「参ります」


 戦いの火蓋が、斬って落とされた――――!


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