表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
65/112

第11話 察しの心

 志具とマリアは、佳織が手配していたパトカーに乗って、病院までやってきた。ちなみに、パトカーを運転していたのは佳織ではなく、彼女の部下だった。佳織は十八歳であり、運転免許も取得しているのだが、まだまだ免許を取立てということもあり、まともに運転させてもらえてもらえないのだ。


 何も悪いことはしていないが、パトカーに乗るというだけで、なかなか落ち着きがなくなってしまう志具。それはマリアも同様らしく、やや固い雰囲気をまとわせていた。


 病院前まで来ると、志具とマリアと佳織は車からおり、部下の人は駐車場に車を停めに行った。


 そうして三人は、ななせが入院している個室まで向かって行く。


「ここだな」


 一度、ななせが病院に運ばれたときに来ていたので、場所はすぐにわかった。その証拠に、個室の前にかけられているネームプレートに、「万条院ななせ」と書かれていた。


「失礼するぞ」


 数回ノックし、志具は引き戸を開けた。普段の志具ならば、内側から返事が聞こえてくるまでは戸を開けようとしないのだが、今回に限って返事を聞く前に開けた。それだけ志具の心の中で、ななせに対する何かしらの想いが生まれ始めているためか……。ただ、そのことに、志具自身は自覚できていなかった。


 思えば、この行動が間違いだった。志具はそれを、その数秒後に知らされてしまった。


 ベッドにいる患者が戸を開けた際に見えないようにということでされているカーテンを、志具が抜けると、


「「あ…………」」


 志具とななせ、二人の声が異口同音に合わさった。


 一切、他の色を滲ませていない純白のレースの下着姿のななせが、志具を見て呆然としていた。口はポカンと半開きにさせ、何が起きたかわかっていないような感じだ。


 シィ…………ン、と、不気味なまでに室内が静まり返る。


 志具はただただポカンと、不覚にもななせに視線が釘づけになっていた。視線を逸らさねばならない、とはわかっていても、瑞々しい彼女の裸体同然の姿に、心が奪われてしまっていた。程よい感じの女性らしい肉付き、眩しいほどの肌色。なにより、普段の彼女ならば決して見せないようなリアクションが、志具をそうさせていた。


「…………………………き」


 ななせの口が震えだし、何か言葉を吐き出そうとする。ななせの顔が朱色に染まり始め、眼には心なしか水気を帯びつつあるようだ。


 そんな彼女のシグナルに気づき、志具も我に返る。そして、自分が今置かれている状況を理解すると、


「ま、万条院っ! こ、これは……ちがっ…………」


 何か言い訳を探そうとする志具だが、見惚れてしまっていたのが事実であるため、体裁のいい言葉が見つからない。


 わたわたとする間に、


「――きゃああああぁぁぁぁ――――――‼」


 ななせの悲鳴が、室内に響き渡ると同時、志具は背後にいたマリアと佳織に、後頭部を思いっきり殴りつけられ、地面にひれ伏した。


 ――今回ばかりは、私が悪かったな……。


 意識がシャットアウトされる中、志具はそんなことをぼんやりと考えていた。



 ――◆――◆――



「もう、今回ばかりは志具君が悪いよ。女性の下着姿を許可なく見るなんて」


 志具が夢の中に落ちる中に思っていたことを、マリアにも言われた。自覚している分、志具には反論することができない。


 ただ、「すまない……」と、平謝りするのが精いっぱいだった。


「わたしに謝っても仕方ないよ。志具君が謝らないといけないのは……」


「そ、そうだな。――ま、万条院。その……すまなかった」


 マリアの視線を辿り、その先にいたななせに、志具は殊勝に頭を下げた。


「ま、まあ……。あたしがノックに気づいていたらこんなことにはならなかったわけだし、お互い様さ」


 下着姿を見られた恥ずかしさからか、ななせは志具から視線を逸らしながら、そんなことを言った。


 ……にしても、と志具。普段はキスするぞ、とか、ベッドで添い寝を仕掛けてきたりとかしている相手の言動とは思えないくらいのしおらしさだ。ひょっとして、不意打ちで今回のようなことが起きることに弱いのかもしれないな、と志具はぼんやりと感じた。


「……志具、なんか嫌らしいことを考えていないか?」


「か、考えていない!」


 あらぬ誤解を突き付けられ、志具は即座に反論した。


「どうだろうな~。あたしの下着一枚の姿を凝視していたやつのことだ。きっと頭の中で、あたしの下着姿を想像して、あらぬ妄想を展開させているんじゃないのか~?」


「し、志具君⁉ やっぱり志具君は、むっつりスケベなの?」


「真道さん……。そんな……、菜乃ちゃんから真道さんは、人畜無害の去勢したオスだって聞いていたのに……」


「そうなんですよ、佳織さん。昔はそうだったのですけど、最近は煩悩に心を屈したのか、破廉恥行動が目立つようになっているんです」


 ななせ、マリア、佳織、そして戻ってきていた菜乃に好き放題言われる志具は、


「君たち! 事実無根なことを並べ立てるのはやめてくれ!」


 心の中の叫びを言った。


 ……が、


「志具~。ここは病院なんだから、大声出すのは他の人に迷惑だぞ~」


 ななせにそうたしなめられる。その意見はごもっともだったので、志具は口を閉ざしたが、彼女の眼は意地悪な子の光を宿していた。


 何か文句の一言でも言ってやりたかったが、再三言っているように、今回は自分が悪いので、喉まで上がってきた言葉を、唾と一緒に下げた。


「ふふっ。賑やかで楽しそうですね」


 そのとき、ななせの主治医が部屋に入ってきた。女医は微笑ましいとばかりに笑みを漏らし、そしてそれは連れ添っている看護婦も同様だった。


 志具は顔が熱くなるのを感じた。仮にも公共の場である病院で、このような失態をしてしまうとは……。


 そんな自分の気持ちを誤魔化すように、志具は「んん……」と喉を鳴らすと、


「それで女医さん、万条院の体調は大丈夫なんですか?」


「あら、露骨に話を逸らしましたね」


 ふふっ、と可笑しいとばかりに女医は笑みを漏らすと、カルテを見て、本題に入る。


 それによると、ななせの体調は特に問題がないとのことだ。怪我も、予想していたよりも早い進度で回復しており、この様子なら病院通いをしなくても大丈夫なのだという。


 今日で退院も十分に可能だ、という女医に太鼓判を押してもらう形となった。現に、もう退院手続きを始めているらしい。


 お大事に、と最後にそう言うと、女医と看護婦は部屋から立ち去った。


「そんじゃ、早速家に帰ろっか」


 座っていたベッドから腰を上げると、ななせはそんなことを言った。医師がここに来る前から、すでに荷物をまとめていたので、すぐに出発することが可能だ。


 ……が、それを制する者がひとり。――佳織だ。


「その前に、ななせさん。まずは私から話があるのですが……」


 そうだ。佳織がここに来た理由は、ななせの容態を見るのと同時、今回の事件について話すことがあるから来たのだ。


 ああ、そうだったな、とななせは今思い出した、とばかりに、再びベッドに腰を掛ける。どうやらななせ、入院生活に飽きがきているらしい。本音は、一秒でも早く、ここから離れたい、という思いなのだろう。


 だが、ここは個室であり、周囲の人に話を聞かれる心配がないということで、ななせは話を先送りにせずに、ここで聞こうと考えたのだろう。


 手短に頼むぞ、というななせの言葉に、佳織は、わかりました、と笑みと一緒に答えた。


 そして、一息の間を置き、佳織は警察手帳を開くと、


「――まず、ななせさんと菜乃ちゃんが出会った人物と、真道さんが出会った人物は、双方ともに全く同じ身なりをしていたということは、前に話しましたね」


 ああ、とななせは頷く。今日にいたるまでの間に、彼女は佳織から見舞いと一緒にその情報をあらかじめ知らされていた。


「どちらが先に真似たものかは、現在のところ分からないのですが……ここ最近、巷を賑わせていた殺人犯は、真道さんが出会った人物である可能性が高いようです」


「というと?」


 志具が訊く。そう断言する以上は、証拠が見つかっているのだろう、と推測しながら。


「彼の所持していた武器なのですが……調べた結果、あれは『アーティファクト』でした」


「『アーティファクト』?」


「はい。――名前は『ハルペー』。伝説では、メデュウサを退治したときに用いられたとされる曲刀ですが、その刀身から、血液反応が出ました」


 それも、複数人の……、と佳織。


「色んな人の血液が混じっていて、人物の特定をするのはなかなか難しかったのですが、運よく一人分の血液を解析し、特定することができました。それで調べた結果――」


「――殺された人だったと、わかったわけか……」


 ななせの言葉に、佳織は「はい」と首肯した。


「加えて、真道さんの話によれば、犯人は炎の魔術の使い手ということ。首を刈り取り、殺された人間の特定を難しくするために死体を焼いたというのであれば、話のつじつまは合います」


 なるほど。佳織の言い分は、合っているように見える。血液反応の結果からも、犯人は自分の目の前で焼かれ死んだやつだと、断言できそうだ。


 だが……、と志具は口を開く。


「仮にそうだとしても、わからないことがあるぞ。――犯人はどうして、首だけを刈り取ったんだ? それに、仮面の人が二人いたというのも気になる。そこのところは、どう考えているんだ?」


 志具の問いかけに、佳織はやや眉を八の字にさせる。


「犯人が刈り取ったとされる頭部ですが…………実は、まだ発見されていないんです。犯人の根城をくまなく捜査したのですが……手がかりとなるようなものは見つかりませんでした」


 それと……、と佳織は話を続ける。


「仮面の人物が、なぜ二人いたのか、ということなのですが……」


 チラリ、と佳織は菜乃を一瞥する。ほんの数瞬だったが、明らかに彼女に配慮をしているのは間違いない。


 ――なるほど……。


 と、志具。どうやら殺された犯人は、彼女の過去に深く起因しているとみていいだろう。そうなると、あの金髪の青年が言っていた菜乃の「敵」とは……、


 ――殺された犯人のことを指しているのか。


 薄々はそんな感じがしていたのだが、ここでようやくはっきりとわかった。


 ただ、佳織が言わないのは、十中八九、自分がこの場にいるからだ、と志具は勘付く。……いや、自分だけではない。マリアもいるからか……。


 マリアは察しがつかないという感じの様子だ。彼女は何も知らないのだから、それは当然と言える。


「……言いたくないのなら、別に言わなくてもかまわないぞ」


「すみません」


 志具の言葉に、佳織は謝罪する。


 ……が、彼女の顔には、申し訳ない、という感情のほかに、何か憤りのようなものが宿っているのを、志具は見逃さなかった。


 何に対して怒っているのか? 少なくとも、この場にいる人間に対しての感情ではないようだ。


 ――手のひらの火傷…………。


 佳織はその手をかばうように、長い袖の内側に手をひっこめていた。もう片方の手は、警察手帳をもって、うまい具合に隠れている。主に、ななせと菜乃から……。


 考え過ぎか……、と志具は疑るのを止めた。


「それで佳織。犯人がもっていた『アーティファクト』は、そっちで管理するのか?」


「はい。……ただ今回の事件が終わり次第、信頼できる魔術結社に保管を頼むようになると思います」


 あくまで佳織の所属している部署は『警察』だということなのだろう。そういう処置をするのも、得体のしれないものを保管して、魔術的なものが世間に流布されるのを防ぐためか……、と志具。


 そうか、とななせは納得したように呟くと、今度こそベッドから腰を上げた。


「話も終わったようだし、早いところ家に帰ろうぜ。ずっとベッドで眠っているのには飽き飽きしてるんだ」


 たしかに。不必要にここで長居をしてしまっては、病院の人たちに迷惑だろう。


 そうだな、と志具は相槌を打つと、まとまっていた荷物を手にとり、部屋を出た。


 帰ろうとなった際、ななせが、世話になった人たちに最後の挨拶をしまわりに行った。こういうところは、ちゃんとしっかりしているのだな、と志具。素直に感心した。その間に菜乃が、ななせの退院手続きを窓口で済ませていた。


 マリアと佳織が野暮用でいなくなっていたので、ひと通りの手続きを終えた後、志具は菜乃と二人きりになった。三人が戻ってくるのに、もうしばらくかかりそうだ。


 二人の間で、会話がなかったのだが、しばらくすると、ふぅ……、と菜乃が息を吐いた。


「……意外だな。君が溜息を吐くなんて」


「あら。そんなに意外ですか?」


 菜乃は少し怒ったように、頬を膨らませた。


「わたしだって、ため息を吐きたいときがありますよ」


「……万条院のことでか?」


 志具のその発言に、菜乃の表情が少し陰りを見せた。八の字に眉を下げ、儚げに微笑む。「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。


 失敗だったか、と志具は過ぎた発言をしてしまったことを反省する。菜乃がそのような反応をするのは、自分の身勝手な過去にななせを付き合わせた結果、彼女を怪我させてしまったという負い目があるからなのだろう。そのことを、志具は察していたというのに……。


 もっと弁が立ちたいものだな、と志具は思う。


 しかし……どういうわけだろうか。そう思っているというのに、志具は心のどこかで、納得できないものがあった。


 このままでいいのか?


 何もかも、「なかったこと」にしてしまっていいのか?


 花月の過去について知ってしまったこと。


 今回の事件が花月の過去に関わっていたこと。


 そして……彼女の愁いの顔を見てしまったこと。


 すべてを、「なかったこと」にしてしまっていいのか?


 ………………。


「……花月」


 気づけば志具は、ぼそりと彼女の名前を呼んでいた。


「なんですか?」


 当然のように、菜乃は首を傾げる。その表情は、普段のそれに戻っていた。


 ただ、志具は気づいてしまった。知ってしまっていた。その表情の下に、愁いの感情が宿っていることを。


 一枚、表情(かめん)を取っ払ったところに、「本物」が隠れていることを。


「私はさっき、言いたくなければ言わなくてもいいぞ、というのを言ったな」


 病室での一件を言っているのだろう、ということに、菜乃は気づいたらしい。「はい……」と、どこかトーンの落ちた声で、頷いた。その顔は、志具の方を向いていなかった。


「それは今でも変わらない。変わらないが……誰かの助けになりたい、という気持ちは、今も変わっていないつもりだ」


 菜乃は目を見開き、志具の顔を見上げた。それは、何かを察したようなものだった。


 何を察したのか……。おそらくは、自分が彼女の過去について、漠然とながら勘付いていることを、だろう。


 これ以上は言わなくてもいいだろう、と志具は口を閉める。


 自分の言動は、矛盾していることだろう、と志具は覚悟していた。チグハグだと、周囲からけなされても無理はない。


 それでも、言わなければならないことはある。ただそれを、それとなしに気づいてくれるだけでいい。一から十を言うのではなく、一から七くらいまで言い、残りの三割は受け取る相手が保管してくれればいいと、志具は思っていた。


 それが察しの心、というやつだろうから……。


 やがて志具と菜乃のところに、挨拶を終えたななせと、野暮用を済ませたマリアと佳織がやってきた。


 揃ったのを確認すると、一行は病院を後にするのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ