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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
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第10話 見舞い、道中で……

 留美奈市民総合病院。


 留美奈町で、最も大きな病院と言えば、ここだった。


 菜乃は今朝早くからこの病院を訪れ、ななせの入院している個室にいた。


「ななせ様、お身体は大丈夫ですか?」


 菜乃は自分の主である彼女に、いたわりの言葉をかける。


 ななせはというと、肩から見えている、身体に巻いている包帯を見せながら、


「ああ、大丈夫さ。というか、その気になれば二~三日で治せる怪我だったしな」


 身体強化術のことを言っているのだろう、と菜乃は推測する。


 たしかに、あの魔術を使えば、傷がどれだけ深いかにもよるが、短期間で傷口を塞ぐことができる。ここは一般の病院である以上、そんな奇怪な能力を行使すれば、たちまち奇妙に思われてしまうため、わざとななせは使っていないのだ。……が、菜乃は、ななせが退院するなり、身体強化術を使って、一日で傷を完全に塞ぐ気でいることを知っている。


 この一週間、色々と慌ただしかった。病院や警察官の関係者に付き合っている時間が長かったため、菜乃はそれなりに気疲れを起こしていた。


 ……が、それを表に出すのは、憚られた。それは、ななせを危険な目に遭わせてしまったという負い目があるからだ。


 この界隈を賑わせている殺人鬼が、本当にあのときの相手なのか、それを確かめるために、彼女を巻き込んだ結果がこれだ。そのことに無感情になれるほど、菜乃は心を氷のように凍てつかせてはいなかった。


 それだけに、辛さが胸中に抱かれる。内側から襲い掛かっている自責の念に、菜乃は耐え忍んでいた。


 ふと、菜乃はななせの視線を感じ、彼女の顔を見やる。


 ななせはじっ……、と真面目な色を瞳に宿し、菜乃のことを見つめていた。


「……どうかしましたか?」


 やんわりとほほ笑んで、菜乃は尋ねる。


 どうかしたも何も、表に出てしまっていたのだから、尋ねるのも愚かというものなのだが、菜乃はそうせざるをえなかった。


 ななせは無言だ。一言も発することなく、菜乃の顔を見つめていた。しばらくはそんな彼女の視線と目を合わせていたのだが、やがて菜乃の方から視線を逸らした。


 そのとき、個室の引き戸をノックし、ななせの主治医がやってきた。後ろに看護婦をひとり連れて。


 ちなみに主治医は女性だ。それはななせが女性であることを考慮してのことだろう、と菜乃は思っていた。


「おはようございます。――調子はどうですか?」


「大丈夫ですよ。ほら、この通り」


 と、ななせは動きに緩慢さがないのを証明するために、色々と身体を動かす。


 そんな彼女の様子に、主治医は笑顔になる。


「本当に大丈夫そうですね。いやはや、びっくりです。怪我が早く治るのはいいことなんですけど、まさかこんな短時間でこれほどまで回復するなんて……」


 主治医は本当に驚いているようだった。たしかに、身体強化術を使っていないにもかかわらず、ななせの自己回復力は目を見張るものがある。


 主治医の言葉に、ななせは「いや~、それほどでも」と笑った。ただ、その笑い方は、やや苦々しい色をもっているようだった。


 なるほど……、と菜乃は勘付く。こそこそとこの人は、身体強化術を、あまり不自然にならない程度に使っていたのだ、ということを。


 ただ、その回復能力も、個人差のそれと解釈したらしい主治医は、不思議がる素振りこそ見せたが、疑心にまでは至らなかったようだ。


 女医は、ななせが見た感じ、無理をしている様子でもないことを察すると、


「では、万条院さん。退院してもいいか、最後に少し検査をしますけど……よろしいですか?」


 はい、とななせは二つ返事。もとよりこれをパスしないと退院できないので、選択肢などないようなものだった。


 ななせはベッドから抜け出すと、女医と看護婦について行く。


 ななせが出ている間に、菜乃は部屋の掃除や荷物を整理しようと考えていたが、


「――菜乃」


 不意に、ななせが菜乃を呼んだ。


 菜乃が驚き、背を向けているななせへと視線をやる。視線がこちらに向けられているのを察すると、ななせは言う。


「お前は、何も気にしなくてもいいんだぞ。あたしが決めたことなんだからな」


 ななせの言った言葉に、菜乃は目を丸くさせた。女医と看護婦が首を傾げていたが、ななせが「行きましょう」と言うと、二人はそれに従った。


 引き戸がパタンと閉じられる。


 ひとり、取り残された菜乃は、呆然とその場に立ちすくんでいた。



 ――◆――◆――



 学校の授業を終え、志具はマリアと一緒に下校していた。今週に入ってから、マリアはようやく親の監視(?)から解き放たれ、こうして志具と一緒に下校できるようになっていた。


 雨は止んでいるが、陰鬱とした灰色の雲は、今もなお町の上空を覆っていた。天気予報によれば、もう少しすると、この雨続きの日々も、終わりになるらしい。


 志具とマリアが向かっているのは、ななせが入院している総合病院だ。志具が帰りのホームルームの後、なんとなしに見たスマートフォンに、菜乃からメールが入ってきていたのだ。ななせが今日、退院するという知らせが。


 荷物も出るだろうし、菜乃と病み上がりのななせに運ばせるのは苦だろう、ということで、志具は病院に向かっている。マリアも、少しでも助力できれば、ということで、彼についてきていた。


 ただ、志具には、それを抜きにしても、菜乃に話さねばならないことがあった。それを果たすためにも、病院に行く必要があったのだ。


 病院までの道中は長い。学校からだと、歩いて一時間近くかかる距離だ。病院がある場所には、電車も通っていないので、歩きか車かバスで行くしか、方法がない。


 歩くのは骨が折れるので、志具たちはバスを使うことに決めた。バス停で、病院行きのバスを、雑談を交わしながら待っていると、


「真道さん?」


 そんな、本人かどうか確かめるような声色が、志具は聞いた。そちらに振り返ると、そこには警官の制服を着、『←』の模様が入ったバッジをつけている女性の姿があった。


「西元さん……」


 彼女の名前を口にする志具。


「え? 誰なの、志具君。まさか……愛人、とか……」


「断じて違うからな、マリア」


「あ、あああ愛人⁉ 真道さん、やっぱり……」


「西元さんも変な誤解しないでくれ! だいたい、そうでないことは、貴方自身が一番わかっていることでしょう!」


 マリアの問題発言によって生じたあらぬ誤解を、志具は必死にもみ消した。マリアは基本的には良心的な性格だが、時折暴走するのが、玉に疵だった。


 志具の言葉に、佳織は「そ、そうですよね。私ったら、とんだ馬鹿な発言を……っ」と、赤面した。


「志具君、誰なの? この人」


 そういえば、マリアは彼女と初対面か……、と志具は今さらながら気づく。


「この人は、西元佳織さんだ。警察官だけど、その……彼女の所属している部署は、少し特殊でね」


 言葉を濁す志具。言ってしまっていいのだろうか、と志具が考えていると、


「あの、真道さん。その子は、私たち側の話に精通しているんですか?」

「精通ってほどではないが……魔術師(こちら)側に踏み込んでいるのは、間違いないよ」


 志具にそう言われ、佳織は「そうですか。なら、大丈夫ですね」と言うと、コホンと咳払いをひとつし、


「西元佳織です。警視庁対魔導資料整理室の室長をさせていただいております」


 ビシッ、と敬礼をする佳織。年上なのだろうが、見た目がやや童顔なせいで、そうとは感じさせない。しかし、彼女のする敬礼は、歳不相応なほどに様になっていた。


「……あれ?」


 ふとマリアが、何かに気づいたように、声を漏らした。


「どうかしましたか?」


「えっと……。西元さん、火傷でもしたんですか? 手のひらが少し赤くなってますよ」


 マリアのその指摘に、佳織はとっさに、敬礼で開いていた手をぐっと握った。そして居住まいを正すと、


「そうなんです。料理をしているときに、少し……ね」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です。そんなにひどい火傷でもないので……」


 微笑みながらそう言う佳織。だが、そのリアクションが、志具にはやや不自然なものに感じられた。何かを誤魔化すようなぎこちなさが、彼女の表情から読み取れた。 ただ、マリアは、納得している様子だ。


 が、そんな彼の疑心は、マリアの自己紹介によってかき消される。


「わたしは、大道寺マリアです。趣味は読書と志具君観察です」


「ちょっと待て。さらりと変な単語が飛び出していたような気がするのだが……」


 志具のストップに、マリアはきょとんと小首を傾げる。


「どこか変なところでもあったかな?」


「その……私を観察するとか何とか言っていた気がするのだが……」


「全然変なことじゃないよ。だって、観葉植物観察とかペット観察とか、趣味にしている人がいるし……」


「私はペットじゃないぞ!」


「むしろ、わたしが志具君のペットになりたい……。きゃっ♡」


 頬を赤くさせ、手のひらを当てるマリア。瞼を閉じ、ふふふ……、と志具にしか効果を発動しない、不穏な含み笑いを漏らし始める。どうやら、夢想にふけ始めたようだ。


「……あの……いいんですか?」


「西元さん。誤解しないでほしいのだが、普段の彼女はもっとまともなんだ。ただその……今は正気を失っているだけで……」


「正気を失うって……それだけで十分変な人だと思うのですが……」


 それは言わないでやってほしい、と志具は懇願する。


 その切実な感じに佳織は押され、同時に何かを察したようだ。「ああ……、はい。わかりました」とこれ以上、首を突っ込むことを止めてくれた。


「それで西元さん。何か私に用があるのか?」


 そろそろ本題に移ろう、と志具は思い、そんな言葉を投げかけた。


「あ、そうですそうです。実は私、真道さんを病院まで送って差し上げようと思いまして……」


「病院まで?」


 と、志具。


 はい、と佳織は頷くと、


「私もななせさんや菜乃ちゃんに用があって……それだったら真道さんも連れて行こうかな、と思いまして……」


「……私が病院に行こうとしていたことを、どうして知っているんだ?」


 志具の問いかけに、佳織は一瞬言葉を詰まらせた。……が、すぐに元に戻ると、


「だって真道さん。バス停で待っていたじゃないですか。病院行きのバスを待っているんじゃないんですか?」


 まあ、そうだが……、と志具。


 確かに、自分の今、置かれている現状から推測すると、彼女の言ったような考えにいきつくことは、十分にあり得る。


 だけど……、と志具。言葉を一瞬とはいえ詰まらせたのは、そこまで考えが及んでいなかったということを暗示しているのではないか?


 志具は佳織の顔をじっと見やる。佳織は突然見つめられ、頬をピンク色に染めていた。そういえばこの人は、男性慣れしていないのだったな、と今更ながら志具は思い出す。


 彼女のことを凝視するが、その心に何を秘めているかまでは、わからなかった。


「志具君……」


 突然、背後から地獄の底から響いてくる呪詛のような暗い声をもって、マリアが志具の名を呼ぶ。


 振り返ると、マリアがジト目で自分のことを見ていたことを、志具は気づいた。


「な、なんだ? マリア」


「志具君。ひょっとして、そういう子がタイプなの? 異性が苦手で控えめな感じがする女の子が好きなの? ねぇ。ねぇねぇねぇ!」


 鬼気迫るものを感じ、マリアの進撃に対し、志具はずるずると後ろに下がる。


「ち、違う! 少しは人の話を聞いて――」


「志具君の……スケコマシ魔王!」


 マリアの拳が、志具の腹部に命中。狙ってやったのかは知らないが、よりにもよって鳩尾にヒットした。内臓にダイレクトアタックを受けた志具は、声にならない叫びを上げて、その場で蹲る。


 ――私はなにか、悪いことでもしたのか……?


 理不尽な一撃を受け、志具は神とやらを恨まずにはいられなかった。


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