幕間2 凡庸、ゆえに薄っぺらい
しとしとと、雨が降っていた。
泣きたいのは自分のほうだと、菜乃は思った。
でも……、泣けなかった。泣きたいと思っても、涙腺が緩もうとしない。
それは、あまりにも唐突に起きた出来事だったからだった。
天災のようなものだ。突如、竜巻が発生して、あらゆるものすべてを巻き上げられ、失われてしまう。そんな、無慈悲な、自然の摂理……。
ただ、当時の菜乃に、そんな割り切り方ができるはずもなかった。目の前で起きた凄惨な現実こそが事実であり、それ以外のものは視界に入らなかった。それはきっと、天災とは違って、菜乃の身に降り注いだ災厄が、自分にしか危害が及んでいない、ということもあったのだろう。
幼子は基本、主観的にしか物事を見れない。だからこその障害が、菜乃にはあった。
両親を惨殺され、菜乃は独りとなった。警察官の人は、菜乃を気遣いながらも、どこか空々しい印象を彼女に与えた。それはどこか、教科書通りの、人の血が通っていないものが、言動に現れていたからだ。
菜乃を引き取った、親類縁者たちも、言葉では可哀想に、とか、大変だったね、と慰めるような言葉をかけてはくれたが、この言葉の裏には、厄介事を押し付けられた、という鬱陶しさが貼りついていた。それは、汚れた大人たちでは認識できないものだった。それゆえに、穢れを知らない純朴な彼女には、嫌というほどに感じ取れてしまっていた。
菜乃は、自分が不満そうな顔をしたり、哀しそうな顔をすると、大人たちが心配そうに気遣ってくれることを知った。同時に、面倒臭い、とばかりの感情を、コインの表と裏の関係のように、隠していたことも知っていた。
菜乃も、そんな負の感情を向けられることが、たまらなく嫌だった。
だから菜乃は、知恵をつけた。
にこにこと、微笑むのだ。
なんでもありませんよ、とばかりの微笑みを、どんな状況下におかれてもできるように、菜乃は半分意識的に、半分無意識的に行うようになった。
菜乃がにこにこと笑顔をつくるようになると、大人たちはホッと安堵しているようだった。しかし、その安心感は、菜乃が元気になりつつあってよかった、というものではなかった。
厄介なお荷物がひとつ片付いた、とばかりの、利己的なものだった。
汚れに汚れた大人たちは、菜乃の本当の感情に、誰ひとりとして気づいていなかった。菜乃も、気づいてくれるだなんて虫のいい話を期待しているわけでもなかった。
心が氷のように冷たくなっていくのを、菜乃は薄々自覚していた。初めは表面だけだった凍てつき方が、徐々に奥へ奥へと凍り付いて行こうとしていた。
何も期待していない。
大人たちも、気づきやしない。
目に見えるものだけを信じきっている大人たちには、気づこうなどという努力をすることもない。表面だけをなぞらえているような現実があれば、それで満足なのだ。
薄っぺらい、薄っぺらい。
だから、薄っぺらい菜乃の笑顔に、疑問すら抱かない。
薄っぺらい、薄っぺらい。
わざわざ大人たちは、他人の厄介なものに、触れようとしない。
薄っぺらい、薄っぺらい。
深入りすれば、見なくてよかったという『何か』があると、大人たちはわかっているから。
薄っぺらい、薄っぺらい。
こうして、出来上がる。
薄っぺらい、薄っぺらい。
薄っぺらな人間が――――。




