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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
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第8話 二人の仮面

 閑静な住宅地を、志具は疾走していた。


 身体強化術で、人外の運動能力を備えさせ、民家の屋根から屋根を飛び行き、人がやってこなさそうなエリアを探し出そうとする。


「――っ!」


 背後から熱を察知し、志具は後ろを振り向きもせず、気配のみを頼りに横へと逸れた。


 瞬間、志具の左隣を朱色の炎が通り過ぎていった。標的を見失った炎弾は、そのまま空気に溶け込み、消えていった。


 志具はちらりと、背後を一瞥する。彼の視線の先には、黒の衣装で身を包んだトンビの仮面の人物が、後を追ってきていた。


 今のところは、うまい具合に自分についてきているようだな、と志具。まさか住宅地のど真ん中で、殺伐とした戦闘を繰り広げるわけにはいかない。


 と、そのとき。仮面の人物が一段と速度を上げ、志具との距離を詰めてくる。かの手には、緩く湾曲した刃物が握られている。


 ――仕掛けてくるか……っ!


 志具は一層、気を引き締めたと同時、敵がその刃物を大きく横に振るった。


 距離間は十メートルほどあるのに対し、相手の刃物の刃渡りは、長く見積もっても一メートル程度。距離が離れすぎていて、大した意味がないように思えたのだが、


「なにっ⁉」


 敵が湾曲した刃物を振るうと、刃の部分がまるで溶かした飴のように形を伸びてきた。刀身はやがて鎌のようにJ字になり、志具の首筋を目がけてくる。


 くっ……、と志具は自身の体勢を二段ほど屈ませる。すると、志具の頭上を刈り取るように、伸びてきた刃が軌道を描いた。


 攻撃が通り過ぎたところで、志具は一気に速度を上げる。


 幸いなことに、屋根を疾駆する二人を見るような人は、誰ひとりとしていなかった。近辺で殺人事件が起きているのだから、下手な行動を控えるのは当然か……。そのおかげで、志具は必要以上に、周囲に気を配る必要がなく、敵の一挙一動を探るのに専念できていた。


 志具は正面に視線を向けると……見えてきた。


 彼の視線の先には、大きな河がある。隣町の麻杜町へと続く橋がかけられており、河川敷もある。そこでなら、大立ち回りができるし、時刻が時刻なので、他人の心配をする必要もない。


 目的地が見えてきたということで、志具は仮面の人物の炎弾攻撃を回避しながらも、疾駆する速度を上げていく。


 そして、屋根から一気に、河川敷まで飛び降りる志具。その後、志具が後方を振り返ると、敵の刃物の切っ先が伸びてきているのを視認する。


 とっさに志具は、その場から飛び退き、敵の姿を見やる。仮面の人物は切っ先の軌跡を辿るようにその場に降り立つと、志具と対峙した。


 仮面に隠された素顔はわからない。ただ、相手の雰囲気から、怨恨とも狂喜とも取れるどす黒い感情を抱いているということは、察することができた。


 こんな相手から、恨みを買うようなことをした覚えはないが……、と志具。なんにせよ、はた迷惑なことこの上ない。


 ――自分の命を狙ってやって来た刺客だろうか……。


 かつてのなずなのように、と志具は思うが、結局のところはわからない。だから志具は尋ねる。


「何者だ、貴方は」


 簡潔な問いかけに、仮面の人物は何も言葉を発しない。ただ、息の抜けるような音を、敵は発した。


 それは微笑とも取れるもの。これから好き放題に痛みつけることができるという、黒い喜びに満ちた笑みだった。


 答える気はないか……、と志具は解釈する。同時に、ろくでもない人種だということも、はかり知ることができた。


 ならば……、と志具。こちらとて遠慮をする必要はないな、と判断する。


 ――来てくれ……っ!


 心の中で呼びかける。


 思い描くは幅広の大剣。青の魔力の陽炎を揺らめかす、『アーティファクト』の姿を――――!


 直後、青の光が、志具の左胸から迸った。


 そこに志具は手を突っ込み、何かを掴んだという確かな手ごたえを感じ取ると、一気に抜き払った。


 青の光は、志具の右手で姿を描き、やがて一振りのバイキングソードとなっておさまった。


 『アーティファクト』――――『グラム』を、志具は両手で構えると、相手の挙動を確かめる。


 仮面の人物は、『グラム』を見て、やや驚いている様子だった。自分の想定していたものとのギャップで、狼狽(うろた)えを見せているようだ。


 この時点で、志具は相手が自分を狙いに来た刺客ではないという確信を得た。もし、自分を探して襲ってきた輩であるならば、『グラム』のことを知っているはずだと、考えたからだ。


 まだ志具自身、『グラム』のマスターに選ばれて日が浅いゆえに、知っていなかったということもあり得るが、今回の場合は、それを考慮に入れる必要はないだろう。


 それどころか、先程の狼狽っぷりを見る限り、相手はどうやら格下のようだと、志具は勘付いていた。戦数は少ないとはいえ、志具は命を賭けた戦闘を幾度となく繰り返している身だ。そこで飛躍的に培われた戦士としての勘が、志具にそう伝えていた。


 睨み合いによる硬直。どちらが先に動くか……。


 敵の闘争心、というものが、砂時計の上段のように減っていっているのが、感じ取れる。今、敵の考えているのは、いかにしてこの場を脱することができるか、ということだろう。


 相手が格上だとわかるや否や、姑息に逃げようとする算段ばかりを考えている相手に、志具は内心、呆れかえっていた。もちろん、にげるときは逃げないといけないことはわかっている。わかってはいるが、今回の相手のような場合は、どうにも納得がいかないというものだった。優勢なときは居丈高になり、劣勢だとわかるや否や、手のひらを返そうとするそのさもしい精神が、志具をイラつかせた。


 志具は敵を逃がすつもりはなかった。相手が手に持っているあの武器は、おそらく巷を賑わせている殺人鬼のそれなのだろう。あの湾曲した刃の形……。あれは首を切り落とすのに十分な機能を有している。加えて炎の魔術の使い手だ。金髪の青年から伝えられていた情報に、すべて合致しているように思えた。


 気絶させる程度は、させないといけないな、と志具が今の硬直状態から抜け出すべく、気を張り詰めた。――――そのとき。


 ――後ろ⁉


 背後から高速で向かってくる、鋭利な気配に、志具は驚き、とっさにその場を飛び退いた。


 直後、地面が爆発する。多量の土や雑草が宙に舞い、仮面の人物の姿が砂煙に包まれて見えなくなる。


 原因は、背後から迫り来た朱色の焔だ。それが、志具のもといた場所の地面に着弾したのだ。


 続けて、二発目が飛んできた。しかし今度は、志具を狙ったものではない。


 朱色の焔は、砂煙に隠れている仮面の人物のほうへと、高速で飛んでいった。


 二度目の爆発音。


「ぎゃああああぁぁぁぁ――――‼」


 それは、断末魔の叫び。爆発音に負けないほどの絶叫を上げ、もうもうと立ち込める砂煙の中から、仮面の人物だった者が、吹っ飛び、河川敷の坂に叩きつけられていた。


 仮面の人物は、焔に包まれていた。必死にゴロゴロと地面を転がりまわっているが、焔はまるで粘性をもっているかのように、仮面の人物にまとわりついていた。


 やがて仮面は、高熱によって焼かれ、素顔が露呈する。焔に包まれてはいるが、相手の素顔は見て取れた。


 皮膚が焼けただれているのは、決して今できたものではないだろう。なぜわかるのかというと、焼けた素顔に年季が入っていたからだ。


 人を恨み恨んだかのような敵意に満ちた素顔の持ち主は、焔を消そうと河に向かって駆け出した。


 志具は止めようという意志はなかった。それは、たとえ憎き相手であろうとも、殺すまでの思考にたどり着いていなかったからである。


 ……が、彼の代わりに男を止める人物がひとり。その姿を視認したとき、志具は驚愕した。


 黒のフード付きマントにマフラー、全身を黒で統一した衣装……。それは紛れもなく、焔に焼かれている男がしていた身なりとそっくりだったからだ。


 男も驚愕したらしい。焔に焼かれているというのに、かの姿を見たときに、足を止めていたからだ。


 ……が、


「どけええええぇぇぇぇ――――‼」


 焼かれている痛みのほうが勝ったのか、男は新たに表れた仮面の人物に突進していく。


 迫り来る焔の男に、しかし仮面の人物は平静だった。仮面の人物ははめた手甲から、鋭いメスのような鉤爪を出現させると――、






 ――――――スパッ――――――






 それは、あまりにもあっさりしたものだった。


 あっさり過ぎるほどの切断音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には男の首が宙を飛んでいた。


 切断面から血は噴き出してこなかった。それは焔によって即座に傷口が焼き防がれたからであろう。


 男の頭がサッカーボールのように、ころころと芝生の上を転がる。当然、身体の方も活動を停止し、その場で伏して、パチパチと燃えていた。


 志具は、呆気にとられていた。色々と、仮面の人物に訊きたいことがあった。


 そんな志具に、仮面の人物が振り返る。その素顔は、焼かれている男と同じようにわからない。


 ただ……、と志具。


 彼は感じていた。目の前の仮面の人物の感情は、死んだ男のそれよりもずっと善意的なものであることを。ただ、人を殺めるほどということもあり、死んだ男に対しては、底がないほどの憎悪の感情を向けていたが……。


 ――敵、なのか……?


 わからない。わからないが、現に仮面の人物は、自分を殺めようとしていた男を討った。一切の無駄を省いた、簡潔にして凄惨な息の根の止め方をもって。


 しばらく視線を交差させていた志具と仮面の人物。先に言葉を発したのは、仮面の人物だった。


「――ありがとう。この男を引き付けてくれていて」


 仮面の人物は、変声機を使っているのか、機械的な声で、志具にそんな言葉を向けた。


 突然の謝辞に、志具は動揺してしまう。ただ、少なくとも相手は、自分に対して敵対心を向けていないようだ、ということが志具にはわかった。


「おかげで、(かたき)を討つことができた」


 続けて出てきた、仮面の人物の言葉。


 敵、と聞いて、志具の脳裏に掠めたのは、金髪の青年の言葉だ。


 でも、目の前の人物は、どう考えても菜乃ではないことは明らかだ。


 ――なら……誰なんだ?


 思考を巡らせる志具。そんな彼に、もう用は果たした、とばかりに、仮面の人物は踵を返し、その場を立ち去った。


 残されたのは、志具と、今もなお、燃え続けている男の死体。


 焔は、存在を赦さないとばかりに、生命活動を停止している男を灰塵と化していく。


 パチパチと弾けた音は虚無を示し、残された志具の心に、隙間風のように入り込んでいくのだった。

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