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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
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第4話 下校時の邂逅

 下校時間となった。


 マリアは例のごとく、親が雇っている侍女が乗ってきた車に乗り込み、帰宅した。マリアは過保護な親に何とも複雑な念を抱いているようだが、この生活もあと一週間で終わりということもあり、多少は気が楽になっているようだ。


「志具君、またね」


 マリアはそう言うと、一足早く帰宅していった。


 マリアに軽く手を振った後、志具も帰宅の路に着くことにする。ちなみに、ひとりでの下校である。


 ななせと菜乃は、どうやら用事があるようで、一緒には帰れないとのことだった。


 ――何の要件なんだろうか?


 そんな疑問が湧きたつ志具。だが、おおよその見当はついていた。


 ――彼女にも、色々と事情があるのだから、しかたないな。


 彼女――花月菜乃のことを思う志具。自分に頼ってくれないのは、おそらくは頼りがないからであろう。もしくは、それほど親しい間柄でないからか……。


 別に嫌われているわけではないと思う。嫌われていたら、たとえお世辞であろうとも笑顔など向けるわけがないだろうし……。ただ、菜乃の笑顔が、時々ただ仮面のように表面的に貼り付けているだけのようなものがあるということを、志具は気づいていた。そのような笑顔をするのも、菜乃が抱いている事情ゆえのものなのか……。


 ――……わからないな……。


 いくら考えても、回答など見つけ出すことはできなかった。考えてもわからない以上、今はななせに菜乃のことを任せるしかない。ななせは菜乃と付き合いが長いだろうし、彼女にしか打ち明けられないものもあるだろう。


 蚊帳の外にされるのが少々悲しいが、今は我慢するしかない。


「やぁ。志具君じゃないか」


 やや沈んだ気持ちの中、志具を呼び止める声がひとつ。


 周囲を見渡すと、声の主がこちらに向かってきているのが捕捉できた。


 ――あの人は……!


 長い金髪に赤い双眸、涼しげで爽やかな美男子然とした男が、声の主のようだ。


 ななせたちをエデンまで運んでくれた張本人であり、油断ならない相手。志具の表情が自然と険に染まる。


「ち、ちょっと! なんでそんなに敵対心むき出しなんだい?」


 金髪の青年は、志具から放たれる威圧に、たじろぎを見せた。攻撃する意志がない、というのを証明するためか、両手を上げて会話できる程度の距離を置いて停止した。


「言っては悪いですけど、貴方は得体が知れませんからね。そもそも私は、貴方の名前すら知りませんし」


「名前……。名前かぁ……」


 気まずそうに視線を泳がす青年。


「別に言うつもりがないのならかまいません。では」


 と、軽く頭を下げると、志具は青年の脇を通り過ぎようとする。


「ちょっ! ちょっと待って! 僕は君と話がしたくて会いに来たんだよ? それをふいにしちゃっていいのかい?」


「見ず知らずの他人とは、あまり付き合うなと、小学生の頃に先生方たちから教えられたもので」


「それはそうかもしれないけど……。でも、僕の話は聞いていて損はないと思うよ?」


「知りませんよ、そんなこと」


 つっけんどんに言い放つと、志具は青年に背を向け、早いところ帰宅しようとする。


 振り返るつもりは毛頭ない、といわんばかりのオーラを放つ志具に、青年は言う。


「――菜乃ちゃんに関わることだとしてもかい?」


「……⁉」


 反射的に振り返ってしまった。


 まるで、こちらの思考を読み取ったような発言をしてみせた金髪の青年に、志具は驚きと同時に警戒心を一層強くさせた。


 金髪の青年は薄ら笑みを浮かべていた。どこか挑戦的な眼光にさらされ、志具は動けなくなる。蛇に睨まれた蛙、とでもいえばいいのだろうか。目の前の青年は、表面上は穏やかな調子でいるが、一枚仮面を取っ払ったところには、相手を掌握せんとばかりの強靭な意志が宿っていた。


「まあ、立ち話もなんだし、どこか喫茶店にでも入ろうか」


 志具が自分に従うと確信したような言葉を言う金髪の青年。


 実際、その通りだった。志具は金髪の青年が歩む後ろをついていくことに決めた。



 ――◆――◆――



 最寄りの喫茶チェーン店に志具と金髪の青年は入店すると、テーブル席に案内された。それから紅茶を注文する。ちなみに紅茶代は、青年が請け負ってくれるとのことだ。


 三分ほどすると、洒落たティーカップに淹れられた紅茶が、ソーサーとスプーン、そしてミルクとシロップ付きでテーブルに置かれる。


 ごゆっくりどうぞ、と定型句を口にすると、ウエイトレスは次なる客の方へと歩いて行った。


「日本の『カワイイ』文化は素晴らしいね。あんな可愛い制服、僕のところにはなかったよ」


「僕のところ?」


「ああ。紅茶の淹れ方は気に入らないけど、ウエイトレスちゃんたちの可愛い制服が見れるだけで大満足さ」


 この人は……。


 これが先程、有無を言わせぬ静かな迫力をもっていた人と同一人物なのだろうか? と本気で志具は疑いたくなる。


「なんだい? そのあきれ返った眼差しは」


「いえ……。もう少し落ち着いてほしいな、と思ったまでです」


「君が落ち着き過ぎなんだ。最近の男は軽くてチャラチャラしたやつがモテるらしいぞ~?」


「そうは思いませんけどね。――貴方を見ていると」


 ぐぽふぁあぁぁ、と金髪の青年は左胸に矢が刺さったようにダイナミックにのけ反った。


 どうやら痛いところを突いてしまったようだ。


「う、うるさいやい! ハーレムを築き上げている君には、わからない苦労だよ!」


「誰もハーレムなんてつくっていませんよ!」


 とんでもない冤罪を突き付けられ、志具は真っ向から否定した。


「嘘だな、絶対。きっと君は夜な夜な、好きな女の子を自室に呼び込んで、ムッフォー☆ なイベントを発展させているんだ」


「勝手に変なこと考えないでください!」


「『さあ、私のところにおいで』 


 ――そう言って志具は、一糸まとわぬ姿となった愛人をベッドに招き入れようとする。


 対し女の子は、そのことにいたく感激しながらも、羞恥心が残っているのか、もじもじと身じろいで逡巡の様を見せていた。


 『大丈夫。君は初めてだから、優しくしてあげるよ』


 『で、でも……』


 『ふぅ……。仕方ないな。なら、少し強引に行かせてもらうよ――――』


 そう言って志具は、身をよじっていた彼女に抱き付き、そのままベッドに――――」


「ちちちちちちょっと! 何変なこと想像してるんですか!」


「ノンフィクションを実況していただけだ!」


「フィクションです! 思いっきりフィクションですから!」


「いや、僕は騙されないぞ。その余裕綽々な様子は、絶対にハーレムをつくっているから為せるものなんだ。ひとり愛人がいなくなっても代わりなんていくらでもいるさ、とか思ってるんだろ! この淫乱王! ごふぅ!」


 志具の渾身の拳打が、青年の左頬にクリティカルヒットした。そのまま背もたれに豪快に当たり、強制的に座り込ませた。


 周りの人が、何事か? と視線を寄せる中、


「し、志具君……。いきなり顔面にグーパンはないでしょ……」


「貴方がしゃべり止まらないからいけないんですよ」


「まったく……。ななせちゃんといい志具君といい、どうしてこう暴力的なんだろう……」


「貴方が悪意に満ちた変な妄想を繰り広げるからでしょうが」


「妄想じゃない。あれはノンフィク――――」


「もういっぺん殴られてみますか?」


 志具の低くドスの利いた声に、青年はビクリと額から冷や汗を流しながら、硬直する。


 はぁ……、と志具はため息。


 ――いつまでもこんなバカ話につき合ってられないな。


 そう感じた志具は、単刀直入に本題へと切り込んだ。


「それで……花月に関わる話とは、何のことなんですか?」


 志具の直入ぶりに、金髪の青年は一瞬虚を突かれたとばかりの表情をするが、次の瞬間には、どこか余裕のある不敵の微笑を口元に湛えた。


 紅茶の温度を冷ますためか、青年は細いスプーンで紅茶を混ぜ、しかし視線は志具の眼をじっと見つめて、言葉を紡いだ。


「気になっているんでしょ? 彼女のこと」


「……そうですけど……」


「だったら、良いのかい? 僕なんかから話を聞いたりして」


 自分が誘っておいてなんだけど、と青年。


 どういうことだ? と志具は言葉にせず、首を少し傾けると、


「――本人のいない場所で、その人のことを調べようとするのは、相手にとって気味が悪い行為だって、思っているんじゃないのかい?」


「――⁉」


 志具は驚愕に目を見開いた。


 それは昨日、ななせが志具に言ったこととほとんど変わりがなかったものだったからだ。


 ――ただの偶然か?


 志具は金髪の青年を見るが、彼はイエスともノーとも取れる曖昧な微笑みをするだけだ。その瞳はどこか、こちらを試すような節が見られるのは、志具が自意識過剰なだけか……。


「どうなんだい? 志具君」


「…………はい、そう思っています」


 青年の言葉に、志具は素直にそう答えたが、その後に「だけど」と逆説を付け加える。


「私は花月の弱みを握ってどうこうしようなどという、黒い感情は持ち合わせていません。むしろ、その逆だ」


「というと?」


 踏み込んでくる金髪の青年。


 相手を値踏みするような眼が気に障るが、情報を手に入れるためなら、正直に言うべきだろう。


「花月は困っている。他人に見せないように強情を張っているけど、私は一瞬ながら、彼女が見せた弱さを見ています。見てしまっています。辛さに身を打たれている人を、見て見ぬふりをして放っておきたくはないんです」


 余計なお節介だとは思いますけどね、と志具は後に付け加えた。


 ふむ、と青年は目を細め、嬉しいものが見れた、とばかりに笑う。


「いいね、君のその真っ直ぐな心。久しぶりに見れた気がするよ、人のそんな澄んだ心をね」


「茶化しているんですか」


「そうじゃないよ。褒めているのさ。現代社会において、君のその真っ直ぐさは、愚直ととられかねないものだけど、それはそれだけ周りの人間の心が捻じ曲がってしまっている証拠さ。主観的にしか見られない人間が、そのようなことを言うのだろうね。自分を含め、客観的に見れるのなら、どちらが『曲がっている』か、すぐにわかるものだよ」


「……それで、情報はちゃんともらえるんですか?」


 と、志具は青年の長い口舌を挟んで、訊いた。しかし、何も青年の言葉を無視したわけではない。むしろ、ところどころは彼の意見に共感できるものがあった。


 ななせはこの青年のことを、得体のしれない人物だ、と評していた。同時に、どこか達観しているところがあるとも。


 それは事実なのだろう、と志具はこうして対面して感じた。


 金髪の青年は、うん、と首肯してみせると、


「もちろんさ。君は正直に答えてくれたようだからね。僕もそれに見習わせてもらうよ」


 言うと青年は、紅茶を口元にもっていき、少し飲んで喉を潤す。それは同時に、会話を一区切りつけるという意味もあるのだろう、と志具は察した。


 実際、その通りだったらしく、紅茶をソーサーに置くと、青年は語り出した。


「麻杜町で起きた事件のこと、知っているかい?」


「麻杜町……」


 麻杜町は、瑠美奈町の隣町であり、西にある広い河を架けている橋を渡った先にある町である。


 そういえば……、と志具は青年にそのことを言われて思い出す。麻杜町で、殺人・死体遺棄事件が起きていたことを。


「はい、知っていますが……」


「その事件について、君は深くは知らないはずだね」


 そうですね、と志具は首肯する。


 志具はテレビで報道された程度の知識しか、その事件のことについて知らなかった。


「発見された死体は、全身が炭化するほどの高熱で焼かれ、遺体を運ぶ際に崩れてしまうほどだったらしいよ。なにせ、風が吹くと表面から灰がちりちりと飛ぶくらいだったとのことだ」


 それで、と青年は言葉を繋ぐ。


「かろうじて持ち運べた遺体を調べたところ……頭部に当たる部分がなかったんだって。つまり犯人は、頭を切り落とし、そこだけ持ち去って、あとは全部焼いたんだ。警察の人は、頭部が持ち去られたことを知られないように、証拠隠滅として残りの部分を焼いたのだという推理をしているけど……それにしては不可解だとは思わないかい?」


 青年がそう訊いてきた。


 まさかこんなのどかな喫茶店で、そんな物騒な話題を振られるとは思っていなかった。


 ……が、志具は訊かれた以上は答えることにした。


「……遺体のことを知られたくなかったら、わざわざ目立つような場所に放置したりはしない、てことですか?」


「お見事。その通りだよ。君の言う通り、殺人を犯し、その人間が死んだと知られたくなければ、わざわざ庶民のジョギングコースになるような場所に放置したりはしないだろうさ。すると、考えられることはひとつ」


「――遺体を見つけてほしかった、と?」


「物分かりが良くて助かるよ」


 青年は満足げにうんうんと頷く。


「どうしてそんなことをやってのけれるのかは、残念ながら僕にはわからない。わからないけど、僕なりの推理を言わせてもらうと――これは挑戦状のようなものだと、思っているよ」


 挑戦状? と志具は怪訝に眉を潜ませる。


 ああ、と青年は頷くが、「もっとも、僕にはそれ以上のことはわからないけどね」と匙を投げるような発言をした。


 ただ、志具にはわからないことがひとつある。


 それを志具は青年に、はっきりと尋ねてみた。


「何が、言いたいんですか?」


 その事件の話をして、貴方は何を言いたいんですか? と、志具は問う。


 ……いや。実を言うと志具は、薄々気が付いていた。漠然と理解はしていたが、その曖昧模糊とした自分の結論を、はっきりとした形にするために、志具はそう問いかけたのだ。


 青年も、志具がそこまで把握していることをわかっているのだろう、瞳は実直な光を宿していた。それは一切をはぐらかさず、例えるなら真っ暗な洞穴をライトで照らし出すかのよう……。


 誤魔化しを利かさないその瞳をもって、金髪の青年ははっきりと言った。


「その犯人が、菜乃君にとって、にっくき敵である可能性が高いんだよ」


「敵……?」


 それはどういう……? と尋ねようとする志具だが、青年の言葉によって阻まれる。


「悪いけど、僕が話せるのはここまでだよ。あまり一から十まで打ち明かすのも、菜乃君に悪いからね。残りの話は――」


 本人から直接聞け、ということか……、と志具。


 たしかに、その意見に関して、志具は文句のひとつもなかった。実際、それだけわかっただけでも十分だ。何も知らないよりも、彼女に接するための気構えというものができるのだから。


 ただ……、と志具は、青年に確かめておかないといけないことがあった。


 それは……、


「――貴方は、全部わかっているんでしょうね」


 菜乃のことを、と志具は口には出さないが、後にそう付け加えておく。


 金髪の青年は、どっちとも取れる靄のような表情をする。


 ――掴みどころのないとは、こういうのを言うのだろうな……。


 内心で志具がそう思っていると、金髪の青年はティーカップの取っ手を握ると、


「まあ、僕の助言が役に立つことを祈っているよ」


 紅茶を口にした。


 その動作につられるように、志具も紅茶を口にする。


 熱くもなく、だからといって冷たくもなかった。


 それは、先程の青年のリアクションのようだと、志具は心の中で感じた。



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