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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第4章 金色の焔
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第2話 隠し事と察しの心

 今日も、普段と変わらない高校生活だった。


 退屈ながら非日常の世界に足を踏み入れることが多くなった志具にとっては、繰り返しのごとき日常は、とても貴重なものだった。昔は退屈しか感じていなかった高校ライフが、少しだけ色合いのあるものになった気がしていた。


 そのこともあるのだろう、気づけば帰りのホームルームの時間となり、下校の時間となった。


 雨の勢いは、相変わらずしとしととした静かなものだった。霧のような雨の中、傘を差して志具とななせは歩いていた。


 菜乃とマリアは日直当番ゆえの、居残りでの仕事が残っていた。初めは待っているつもりだったのだが、二人が「長くなりそうだから」ということで、先に帰宅することにしたのだ。


 サ――――……、と傘の面を打つ雨をBGMに、黙々と志具が歩いていると、


「……気になることでもあるのか?」


 ふと、隣にいるななせがそんなことを訊いてきた。


「どうしてそう思うんだ?」


 自分はいたって普通の顔をしていたつもりなのだが、まさか朝のように無自覚で百面相でもしていたのだろうか? と志具。


「いや、なんとなくそう思っただけさ」


 どうやらななせは、特に根拠もなしに、そんなことを訊いたようだ。


 しかし志具は、そんな彼女のことを無責任だという思いを抱くことはなかった。


 ななせがそう思った理由が、志具自身、薄々気づいていたからだ。


 志具はななせを横目で見る。彼女は自分の用は終わった、とばかりに前を向いて歩いていた。


 そんな彼女に物を言うのが躊躇われたが、気になっていることだから尋ねてみた。


「……万条院。花月のことで、訊きたいことがあるのだが……」


「やっぱりそれか」


 やっぱり? と志具は呆気にとられた表情をした。


 だが、わかっているなら話は早いというもの。思い切って尋ねてみた。


「花月は、その…………何かあったのか?」


 尋ね方が酷いとは、志具も思う。……が、どうにもこうとしか訊けなかった。自分がもう少し口上手であれば、もう少し具体的なことを言葉として発せたのだろうが……。


「なんだよ、それ」


 プッ、とななせは志具の質問の下手さ加減がおかしいとばかりに、笑いを噴き出した。自覚してはいるが、やはり人にそのような反応をされると、わずかにいら立ちを感じてしまう。


 しかし、こんな反応をする以上は、ちゃんとした回答を提示してもらおうではないか、と志具は問い詰める。


「それで、どうなんだ?」


「さあな」


 たった三文字で返答は終わった。


 納得できるはずがなかった。


「さあなって……もう少ししっかりとした返答を……」


「悪いけど、あたしからは何も言えないかな」


 今度は先程よりも、ちゃんとした言葉だった。


 だが、相変わらず答える気はないらしい。そのことが、言葉から理解できた。


 それでも納得のできない志具。その不満が顔に出ていたので、ななせは言葉を続けた。


「どうしても知りたいのなら、本人を当たるんだな。当事者がいないところで、あれこれと妙なことを口走るのは、あたしは嫌いなんだよ」


 それに、とななせ。


「本人から直接聞けば、情報の正確性は間違えようがないだろ? 当人が嘘をついていない限りは」


 ななせにそう言われ、志具は言葉が返せなかった。至極、もっともなことだったからだ。


 本人のいない場所であれこれ詮索するのは、いささか無粋というものだろう。


 そんなこと、自分自身が一番わかっていることだろうに、他人のこととなると棚に上げてしまうとは……――と、志具は自分の自分勝手さにほとほと呆れてしまう。


 そうだな……、と志具は短く答えた。訊くときになったら、ちゃんと訊くことにしようと、そう思いながら。



 ――◆――◆――



 自宅に帰ると、志具は制服姿から私服へと着替える。時折吹いた風により、制服には雨粒が玉となってついていた。それをパッパと払ってハンガーにひっかけると、タンスから適当な私服をチョイスする。


 着替えながら志具は、前々から思っていた疑問が、ここに来て急浮上していくのを感じていた。それは、川底の石の下にガスが溜まっており、一気にそれが水面に浮上するかのように。


 花月菜乃。志具やななせ、マリアと同い年の少女。


 そんな彼女が、どうしてメイドとしてななせや自分の世話をしているのか、志具はずっと疑問に感じていたのだ。


 高学歴を貪欲に求めつつある現代社会では少なくなっているが、中学を卒業すればちゃんと働くことが可能となる。そう考えれば、菜乃が侍女として従事しているのは、あながち不思議ではないことかもしれない。……が、彼女の場合、普通に高校まで入学している。仕事と勉学を同時にこなすのは、非常に困難なことであるのは、少しでも想像をめぐらせればわかることだ。


 だが菜乃は、そういった困難な様を、表情として出していないような気がする。志具の知る限り、菜乃は常に微笑みを浮かべている印象だ。それに相手に意地悪をしてやろうというものから、単純に楽しんでいる、という違いはあるものの、笑顔でいることは確かだ。


 だからこそ、志具は気になったのだ。朝、菜乃が雨雲を見上げて愁いを帯びた顔をしていたことが……。


 私服に着替えた志具は、自室からリビングへと向かうべく、階段を下りていく。……と、ちょうどそのとき、


「ただいま戻りました」


 玄関と扉が開き、菜乃が帰ってきた。片手には様々な食材が詰められた買い物袋が握られていた。


 志具は菜乃に駆け寄り、買い物袋を持つ。


「あら、ありがとうございます、志具様」


「気にするな。それよりも……随分と早かったんだな」


 志具とななせが帰宅して、十分ほどで帰って来たので、志具はそんな感想を漏らした。


「はい。思ったよりも早く日直の用事が終わりましたので。――後、途中までマリア様のお迎えの車に同乗させてもらいましたから」


「お迎えの車? …………ああ…………」


 納得した志具。


 実はマリア。志具を連れ戻すために真夜中に出かけていたことを、両親にばれてしまったのだ。当然のごとく説教を受ける羽目になってしまったマリアなのだが、両親がその際に与えた罰として、送り迎いは車でしばらくしないといけないことになったとのこと。そのこともあり、マリアとはここ最近、歩いて一緒に下校する機会がない。


 ……にしても、と志具。マリアの両親は「罰」だとは言っているが、これも過剰とはいえ、親の優しさなのだろう。そうでなければ、わざわざ娘を車で送り迎いなんて、するわけがない。


「ふふ、志具様。幼馴染みの抱擁が恋しいのですか?」


「なっ⁉ だ、断じて違う!」


 ななせ伝いに、菜乃もあの一件を知ってしまっていた。あれからそれなりに時間が経ったということもあり、最近ではあのことでいじられることもなくなっていたのだが、ここにきて蒸し返してきた。


 ふふふ、と微笑みを漏らす菜乃に背を向け、志具は食材を冷蔵庫へと運ぶ。


 冷蔵庫の中は、志具がひとりで暮らしていたときよりも、はるかにギッチリと食材が詰め込まれていた。


 いつ振りだろうか、これだけ賑やかに冷蔵庫の中が埋まるのは……、と志具は懐かしい思いに駆られる。


「今日の献立は何がいいですか?」


 自室で制服からメイド服へと着替えを終えた菜乃は、志具にリクエストを訊いてきた。


「私は別に何でも構わないぞ」


「志具様、『なんでも』が一番、料理を作る人としては、一番困る解答なんですよ?」


「そ、そうなのか……」


「そうなんです」


 きっぱりと断言してみせる菜乃。


 すると、ソファでくつろいでいたななせが、軽快に笑った。


「アッハッハ! まあ志具はその辺、鈍いやつだからなー」


「じゃあ、万条院。君は何がいいんだ?」


 小馬鹿にされ、少し癪に障った志具は、菜乃の質問をななせへと向けた。


「フォアグラの丸焼き」


「豚の丸焼きみたいな調子でそんなこと言うな」


「はい、フォアグラの丸焼きですね。かしこまりました」


「え⁉」


 本当にあるのか? と志具は驚きを露わにする。あまりにもスムーズに会話が進行したので、一瞬志具も「ああ、それがいい」と流してしまいそうになっていた。


 そんな志具の反応に、菜乃は意地悪っぽい笑みを漏らしながら、


「ふふ、小粋なメイドジョークです♪」


「だろうと思ったぞ……」


 ハハハ、とななせ。


 ――どうもこの二人は、阿吽の呼吸で自分のことをオモチャにしてくるな……。


 息のピッタリさ加減で、この二人にかなう人は、そうそういるものではないだろう。志具はそろそろ、悟りでもひらけるような境地になりつつあった。


「まあ、さっきのは冗談として…………(あじ)の塩焼きとかでどうだ? シンプルなものが食べたいんだ」


 今度はちゃんとしたリクエストだった。ちょうど鯵はシーズンになっているので、志具としても食べたかった。


「志具様も、それでよろしいですか?」


「ああ、構わない」


 異論なしと伝えると、菜乃は「では」と一礼し、菜乃は早速調理支度を始めた。


 リビングのソファに座り、志具は台所にいる菜乃の様子を見る。


 こうしてみる限りだと、菜乃はいたって普段のペースを保っているような気がする。朝に見た愁いを帯びた表情なんて、初めからなかったかのようだ。


 だが……。ななせが「気になるのなら本人に直接聞けばいい」というような節の言葉を聞くと、やはり何かがあることは明白だった。


 ふと視線をななせへと戻すと、彼女は志具のことをじっと見つめていた。彼女の瞳から察するに、行け、とも、まだ早い、とも言っていない。ただ、志具がどういう行動に出るのか、見定めをしているような眼だった。


 志具の中で、なかなかふんきりがつかないでいると、ピンポーン、とチャイムが鳴った。


「はいはい、今行きま~す」


 料理を中断し、玄関へと向かおうとする菜乃。


 だが、


「――いや、私が見てくるから、花月は夕食の支度をしていてくれ」


 志具の申し出に、菜乃は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに微笑みに戻すと、「では、お願いします」とキッチンへと戻った。


 志具は腰を上げ、玄関へと向かう。そうして鍵を解除し、扉を開くと、


「――あっ、し、真道さん……」


 まさか志具が出てくるとは思っていなかったとばかりのリアクション。


 くせっ毛のある栗色の髪、丸く可愛らしい瞳。見た感じはマスコット的な可愛らしさがある少女が、そこにいた。ただ、そんな彼女には不釣り合いなほどに、厳かさを感じさせる警官が着るような制服を身にまとっていた。


 そんな彼女に、志具は昔会っていたことを思い出す。


「君は確か……西元(にしもと)佳織(かおり)さん、だったか?」


「は、はいっ。そうです。憶えていただいて恐縮ですっ」


 ペコリと頭を下げ、粛々とした調子の佳織。普段、パワフルな女性としか接していなかったせいか、彼女のこういった態度は、志具には新鮮なものに見えた。この子の爪の垢でも飲ませて、少しは柔和な女性らしさを他の女性陣にわけてやってほしい、とすら思う。


 まあ、それはまた別の機会にしておこう、と志具は一度、そんな考えを保留にし、話を進めることにした。


「ところで、今日は何か用があるのか?」


「はい、その……。あるにはあるんですけど…………」


 佳織の視線がチラチラと、志具の後ろのほうへと向かっていた。彼女の雰囲気からして、挙動不審だった。


 ――私に聞かれて困ることがあるのだろうか?


 そう思いと同時に、志具は初めて、佳織と出会ったときのことを思い出す。あのときも、自分に聞かれてはまずい、というようなオーラを出していた。


 ――これは、私が相手にするべきではないな。


 そう判断し、志具は、


「――花月! こっちに来てくれ!」


 志具が玄関からそう大声で菜乃のことを呼ぶと、十秒ほどで彼女がやってきた。


「どうしました、志具さ、ま…………あら、佳織さん」


「あっ、菜乃ちゃん」


 双方が似たようなリアクションをとった。


 佳織が菜乃の友達であることを、志具は前会ったときに知らされていた。


 どうやら佳織は菜乃に用があるようだし、これでいいはずだ、と志具は思っていた。


「菜乃、西元さんの話を聞いてあげてくれないか? 私よりも君の方が適任だ」


 志具のその言葉で、佳織は自分の考えが見透かされたことに気づいたようだ。「はぅ……」と身を縮こまらせる。


 一方の菜乃は、「はい」と二つ返事で了承してくれた。志具がそんな彼女の返答に満足し、リビングへと戻ろうとすると、


「あ、志具様。鯵を焼いているんですけど、焦げないように少し見ていてくれませんか?」


 と、菜乃が言ったので、志具も「ああ」と二つ返事で了承した。


 まったく……。自分の出る幕ではなかったな、と志具は内心苦笑した。


 リビングへと戻ると、ななせと目が合った。


「佳織が来たのか?」


「そうだが……どうかしたのか?」


「…………いや」


 と言うと、ななせはテレビへと視線をやる。テレビではニュース番組が放送されていた。


 ニュースキャスターが、淡々と原稿を読み連ねるのを見ているななせ。そんな彼女を、キッチンで焼いている鯵の焼き加減を見ながら見つめる。


 ななせの言い方に、どこか引っかかるものを感じた志具は、


「……西元さんに花月が会うと、何かまずいことでもあるのか?」


 ななせが浮かない調子であることについて、考えられる可能性。それを考えた上で、志具はそんな質問をした。


 しかしななせは、首を左右に振ると、


「いや、別に。佳織が菜乃のことをだましているとか、そういうんじゃないんだ。むしろ佳織は、よくあいつの味方でいてくれているなって、感謝しているくらいだ」


 ではどうして? と志具は尋ねる。


 心強い友達でいてくれている相手に、どうしてそんな浮かない顔でいられるんだ? と。


 当然のように抱く志具の疑問に、ななせは答える。


「友達だからさ。親しい仲だからこそ、知られたくないことがあるんだ。――お前だってそうだっただろ?」


 そうだっただろ? と言われ、志具は閉口せざるを得なかった。


 今でこそマリアは、魔術師(こちら)側の事情に少しながら理解してくれているが、ばれていなければ、自分はずっと隠し通そうとしていただろう、と志具は感じていた。


「佳織は……知ってしまったからな。否が応にも、その職業柄ゆえに」


「花月の……知られたくない事情ってやつをか?」


 ななせは答えない。沈黙をし、視線をテレビへと向けていた。


 ただ、その沈黙こそが、すべてを物語っているような気がしてならなかった。


「自分の知らないところで、他人に自分のことを調べられていたら気味が悪いだろ? いくら親しい間柄と言っても」


 とどめのその言葉で、志具は自分の解釈が間違っていなかったことを悟った。


「そういえば、西元さんは働いているのだろ? どこなんだ?」


「見てわからなかったか? 警察だよ」


 警察……。確かに、彼女の身なりはそれに近い感じがした。


 ただ、志具は警察署内に、魔術師側と積極的にかかわっている部署があるなんて知らなかった。


 そのことを疑問にしてななせにぶつけると、


「ま、知らなくて当然だろうさ。表沙汰にはされてないところだから。だいたい、そんな部署が公にされていたら、魔術や魔術師の存在が一般人に周知されているだろ?」


「それは、確かに……」


 その通りだ、と志具。


「――警視庁対魔導資料整理室。そしてそこの室長が、西元佳織だよ」


「警視、庁……?」


 そんなところに所属しているのか、彼女は……――と、志具はつい驚いてしまう。見たところ佳織は、まだ二十歳前後の年齢だろうに……。これも特別な部署であるための特権ってやつだろうか?


「どんな部署なのかは……まあ、言葉を見ればだいたいわかるだろ?」


 そう訊いてくるななせに、志具は、まあな、と言葉を返す。


 警視庁対魔導資料整理室。要するにそこは、魔術や魔術師といった、異能に関わる事件を捜査するところなのだろう。もしくは、関わっている可能性の高い事件に首を突っ込む場所か……。いずれにせよ、一般のそれとは大きく外れた部署なのだろうということは、志具でもわかった。


「お待たせしました~」


 玄関から菜乃が戻ってきた。


 志具は彼女の様子を見るが、特に変わったところはないようだ。


「西元さんは?」


「用事が終わったので、帰られましたよ」


 そうか、と志具。


 用事が終わったということは、やはり菜乃に対して何かしらの要件があったということなのだろう。


 どこか思案に暮れた様子の志具を見て、菜乃は言う。


「どうかしましたか? …………もしや……」


「いや。君の考えているような理由ではないからな。断じてっ!」


 力を込めて言う志具。


「あら、言わせてくれないんですね」


 ふふ、と菜乃はほほ笑んだ。


 ――…………やっぱり普通だな……。


 いつもの彼女に見える。ここまで来ると、学校で一瞬だけど見てしまった菜乃の愁いの表情が、気のせいのように感じてしまうくらいだ。


「……? どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


 菜乃の顔を見ていた志具だが…………やめた。下手に踏み込むのは彼女のプライバシーにかかわることだろうから……。


 佳織が何の用で菜乃に会いに来たのか、気にはなるが、今はまだ聞かなくてもいいだろう。――そう、志具は判断する。


「では、夕食の準備にかかりますね」


 そう言うと菜乃は、台所に行き、夕食作りを再開しだした。


 志具はというと、ななせの向かい側の席に座り、テレビを見ることにした。


 テレビでは、夕方のニュースが放送されていた。若手のニュースキャスターが、原稿を片手に最近起きているニュースを読み上げていた。


『次のニュースです。――今朝未明、麻杜(あさもり)町内でジョギングをしていた男性が、道端に人の形をした黒ずんだ物体があると、110番通報しました。警察が駆けつけたところ、それは人の焼死体ということが判明。遺体の損傷は激しく、一部は炭化しているとのことです。警察は、殺人・死体遺棄事件として捜査を進めているとのことです』


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