プロローグ 凡庸、ゆえに温かな日常
――――第4章 あらすじ――――
6月。毎日のように振り続ける雨を、鬱陶しく感じる志具は、ひとまずの平穏な日常を送っていた。
そんな志具は、菜乃が雨雲を見て愁いを帯びた顔をしているのを目撃する。心配した志具は、菜乃に声をかけるが、彼女は「なんでもありません」といつもの笑顔に戻った…………。
それは、しとしとと降り続く雨の時期のことだった。
黒色でおかっぱの髪型をしていたその女の子は、当時五歳だった。
明日、幼稚園の行事として行われる遠足に、彼女は浮足立つ気持ちだった。
平平凡凡な家庭で生まれた幼女にとって、遠くの地へバスで赴くことは、一種の非日常を経験するに等しいイベントだった。
「あらあら、そんなにはしゃいじゃって」
呆れつつも、実の子供が楽しげな気分になっていることに、少女の母親も心が温まっているようだった。
「だって、楽しみなんだもん!」
嬉々とした調子で、少女はそう言った。
口調からも、それが決してくすんだものではないことがよくわかる。今の彼女は、とても輝いていた。
今の彼女を見ると、老若男女問わず、思わず頬が緩み切ってしまうことだろう。見る者を幸せにする、金色の光を纏っているようだった。
きゃっきゃ、とリビングをはしゃぎまわる幼女に、彼女の父親は朗らかな調子で、
「ははは。わくわくするのはいいけど、明日の天気は大丈夫かな?」
父親の言葉に、幼女は「ふぇ?」と動き回るのを止めた。次に彼女は、外の景色を窓から見やる。
空を見上げると曇天であり、星の瞬きひとつ仰ぐことができない。そして、分厚い鉛雲からは、しとしとと地面に向かって雨粒を落としていた。裏庭に植えている朝顔の緑の葉が、雨粒によって上下していた。
外が雨だということを忘れていた幼女は、眦に薄らと水気を帯び始めた。
幼女の母親が、外に負けないほどの湿り気を宿した眼で夫を見やる。
「お父さん」
「ごめんごめん。意地悪なことを言ってしまったね」
低姿勢になって謝る優男。
そんな父親を見て、幼女は「む~」と顔を怒りで赤くし、頬を膨らませると、
「いいもん、いいもん! 明日は絶対に晴れるんだからぁ!」
彼女のその目は、それを信じて疑わない様子だった。
「どうしてそう思うんだい?」
「てるてる坊主さんにお願いするから!」
父親の質問に、そう答えてみせた幼女。
そんな彼女を見て、父親も母親もやんわりとした柔らかな笑みを浮かべた。それは幼子を小馬鹿にしたものでは決してなく、むしろ逆の感情があったためだ。
幼女は半泣きになりながら、自分の部屋がある二階へとトタタタタ……、と駆け上がっていった。その後ろを、両親は微笑ましいとばかりの表情を向けていたのを、幼女は知らない。
そしてそれが、両親の最期の笑顔であるということも――――。




