第14話 見つけた根拠
「あれは……!」
ななせは見た。雲を裂き、天に向かって、青の光が伸びていくのを。
星の瞬きが束になったようなあの光線に、ななせは見覚えがあった。
「志具君……っ!」
それはマリアも同じのようだ。あの攻撃を繰り出した張本人の名前を、口に出す。
あの光が何を意味しているのか、答えはひとつ。
志具は志具で、戦いを繰り広げているのだ。……いや、正しくは、戦いを繰り広げていた、というべきか。
あの『グラム』の一撃は、勝敗を決するための攻撃。
当たれば必殺だし、外しても必殺。ただ、必殺のほどが自分か相手のどちらに傾くかの違いである。
ななせは、一刻も早く彼のところに赴く必要があると判断した。あの攻撃の結果、志具がどのような結末を迎えたのか、知らなければならなかった。
ななせの脳裏に浮かぶのは、港での悲惨な光景。血だまりに伏した、彼の瀕死の姿……。
あれと同じような光景が起きていたらと思うと、ななせの胸が針金でキリキリと締め付けられるように痛み出す。金属を伝って現実の冷たさが、心を冷やしていくような感覚……。
――……いや……。
ななせは左右にかぶりを振る。
そんなことない、とななせはネガティブな思考をシャットダウンさせる。
自分は彼のことを信じている。志具が……無事でいることを信じている。だから自分は、わざわざ危険を冒してまでエデンまでやってきたんだ――!
その想いに背押されるように、ななせはマリアを連れて駆けていく…………。
――◆――◆――
研・ジーニアス総合病院の前は、人でごった返していた。
そのほとんどが、看護婦や医師、入院患者といった病院関係者だ。
どうしてそんなことになっているのか、想像に難くない。あの閃光は、病院の裏の敷地から放たれていたものだということを考慮すれば……。
裏へと続く道は、黄色の規制線が張られ、進入禁止となっていた。線から内側に人を入れないように、警官の人が目を光らせていた。
「志具君、あの先にいるんだよね?」
「おそらくな……」
さて、どうするか……。ここで下手に騒ぎを起こしたくない。ただでさえ騒動が起きまくっている今晩だ。ここまでの道中でも、まひるの子守唄から目覚めた警官たちがパトカーを走らせている姿を、嫌というほど見ていた。ただでさえ不法侵入している身ということもあり、彼らのお世話になるようなことはやめておいたほうがいい。下手すれば牢屋行きなのだから……。
とはいえ、志具の安否も気になるのも事実だ。人の集まりに目を巡らせてはみるが、彼らしい人はどこにもいない。
苛立たしい現状が、ななせの心を焦がす。
こうなったら、警官の死角を突いて裏手に回るしかない、とななせが算段し始めたとき、
「――ななせさん! あれ!」
マリアがとある一方を指さして、叫ぶ。
その驚きに満ちたマリアの表情を見、彼女の視線の先を辿ると、
――…………っ!
ななせは目を見開き、息を呑んだ。言葉が、出てこなかった。
警官のちょうど死角となる場所から、病院の裏手から抜け出し、そのまま病院の敷地外へと走り出していくひとりの少年の姿があったためだ。
そして彼こそ、ななせたちが探し求めていた人物でもあった。
「し、ぐ…………」
彼の名を、ななせは呟く。
遠目ではあるが、志具は身体の至るところに裂傷を負っているのがわかった。
志具は逃げることに必死らしく、ななせたちがいたことに、まるで気づいていない様子だった。
志具の姿を発見し、放心状態だったななせだが、
「ななせさん! 追おうよ!」
マリアのその驚きとも喜びとも取れる声で正気に返り、ななせは彼女の意見に従う。
病院の敷地を抜け出し、周辺を見渡すが、すでに彼の姿がなくなっていた。身体強化術で、走るスピードを飛躍的に向上させているのであろう。文字通り、逃げ足が速かった。
どうする……? とななせが足元に視線を落とすと、黒い点がアスファルト面に落ちているのが見て取れた。
「これは……血だ」
志具が負傷していたことを考えると、血痕が落ちていても不思議ではない。
そのとき、ななせの隣で血痕を眺めていたマリアが、駆け出して行った。次なる印を見つけに行こうとしているのだろう。走り回り、息が上がっているというのに、マリアの心は萎えていないようだった。
ななせはそんな彼女の後を追いかける。引っ張る側から引っ張られる側になってしまっていた。
血の痕跡を求めていく二人。
しかし、もともと出血量が少ないのか、痕がまるで見つからない。まるで砂場に埋もれた小さなビー玉を見つけ出しているかのような、途方もない疲労を感じるものだった。
明らかに手間がかかっていた。――そのことにななせは、もっと効率のいい方法を考え、マリアへと視線を向ける。
――……そうだ!
「マリア! 志具からもらったハンカチをもう一度渡してくれ!」
「ハンカチを? でも……」
「大丈夫だ。今ならいける気がするんだ! だから……」
マリアが不安そうになるのは、ここに来た際に人探しの術を使っても、志具の位置を特定できなかったからであろう。
だけどそれは、敵の妨害があったからだと、ななせは考えている。敵の手から脱出した今の志具なら、見つけられるはずだ。
ななせのそんな強い想いを感じ取ったのだろう。マリアは、うん、と真剣な表情になると、ハンカチをななせに渡した。
ななせはハンカチを握りしめ、その本来の持ち主の姿を遠視する。
時を越えてもなお、ハンカチに宿っている持ち主の意志を、センサーのように見つけ出す。
「……いた!」
ななせは視た。
そして、場所を言う時間すら惜しいとばかり、彼女はマリアの手を引っ張り、その場所へ向かって走り出した。
――◆――◆――
――どうして私は、ここに来たのだろうか?
志具は、自分でもよくわからなかった。
志具の着ている衣服は、ズタズタに裂け、そこから滲み出ていた血によって、赤黒く変色していた。ちなみに今は、身体強化術による恩恵のひとつである、治癒促進によって、小さな傷は塞がっている。点々と滲み出ている深傷も、時間が経てばちゃんと塞がるはずだ。
傷だらけになった身体を引きずり、彼がやってきた場所は――港だった。
初めてイザヤと対峙した場所であり、自分が初めて敗北を味わった場所でもある。
物資の運搬などに支障をきたさないように、地面は平らに慣らされ、街灯もついてはいるが、破壊された周辺の倉庫は建て替えるのではなく取り壊され、更地になっていた。そのため、前回来たときよりも広く、閑散とした感じを抱かせる。
身体が重い。血を流したからか、今日の内に起きた出来事がハードすぎたためか……。
いずれにせよ、早く帰りたかった。
しかし、
「……どうすればいいのだろうな…………」
新幹線に乗ろうにも、お金がない。その上、この身なりだ。とても利用などできるはずもない。
脱出しようにも、新幹線でしかこの人工島は繋がっていないのだ。それが使えない今、志具があの町に戻る手立てはなかった。
いや、そんなことよりも……、と志具は考えを切り替える。彼にとって、そんな事案は現状では些細なことなのだ。
――彼女たちは、無事なんだろうか……。
ななせとマリアのことを、志具は思う。
彼女たち二人がいるということは、おそらくは菜乃もいるだろう。ただ、どこにいるのかは知らないが。
自分のことを探して、危険を冒してまでエデンまでやって来てくれた彼女たち。戦いを終えた後に助けに行こうと考えていたのに、イザヤとの戦闘が終えた後は、他の場所でそのようなことが起きているようには見えなかった。
どうなったんだろうか、と志具は考える。
彼女たちは、あのゲルディとかいう男を退けられたのか……。それとも、手に落ちてしまったのか……。そうだとしたら、今すぐにでも助けに行かねばならない。
そう思う志具だが、身体がキリキリと痛みだす。傷口はほとんど塞がっているというのに、途方もない疲労感が、彼の動きを制限していた。
動いてほしいとき動いてくれない自分の肉体が腹立たしい。心ほどに肉体というのは自由ではないようだ。強い意志は前へ前へと行こうとするのに、身体が楔のようにその場から動こうとしなかった。
苦々しいと、志具は思う。
町に帰るとか、今はどうでもいい。今はとにかく、彼女たちに――――
――邂逅いたい…………っ!
波が壁にぶつかり、砕ける音が聞こえる中、志具は確かに……聞いた。人の足音を。
その足音は、忍ぶことを知らない様子だった。むしろ、こちらのことを見つけ出してくれ、といわんばかりの足音だった。
その足音が彼の背後、遠方で止まった。それはまるで、駆けていた葦が思わず止まってしまうほどの衝撃を受けたかのような、唐突な足音の終了だった。
志具は後ろを振り返った。その者が誰なのか、判別するために。
「…………!」
志具の眼が、驚きに開かれていく。しかしそれは、相手のほうが早かった。……いや、正しくは、相手たち、というべきか。
志具の視界に入った彼女たちは、彼が探し続けていた人たちだった。
志具は言葉を失う。なんと言葉をかければいいのか、わからなかった。様々な想いが、彼の中で湧き立ち、言葉とするのを憚らせる。
「志具……君……」
マリアが、無意識のうちに出たとばかりに、彼の名前を口にした。
そうして彼女は、まるで光に吸い寄せられるように、志具へと近づいていく。
そんな彼女の行動に、志具が反応できない。その間にマリアは、彼の懐に柔らかく抱きついた。
まるで、志具の存在を確かめるかのように。
本当にそこにあるのかを、身体を密着させることで、全身で味わうかのように……。
マリアは何も言わない。それどころか、震えていた。
その震えが何を意味しているのか、正直志具にはわからなかった。ひょっとしたら、この港での一件が原因なのかもしれないなとは、頭の片隅で感じていた。
だけど、そんなこと、今の志具にはどうでもいいことだった。そんなことよりも、自分は彼女にかけるべき言葉があったためだ。
「――ありがとう」
自分を、助けに来てくれて――――。
――◆――◆――
「――ありがとう」
志具のその言葉を聞いたとき、マリアの身体がビクリと動いた。
自分に「ありがとう」と言ってくれた彼の言葉が、信じられなかった。
「……どうして……? わたし、志具君を酷い目に遭わせちゃったのに……」
震える声でマリアがそう言うが、志具は言葉を返さない。代わりにそっと、肩を抱いてくれた。
そうされると、マリアはもう、何も言えなくなった。
そのとき、マリアの脳裏に、あのときのことが想起された。
エデンに来る前――後悔の海に沈んでいた自分に、ななせが言ってくれた言葉を。
――いろいろと動き回っている内に、おのずと自分ができること、根拠となるものが見つかるはずだ。
それは、真実だった。
今の今まで、それらしいものを見つけられることができないでいた。目の前の困難にただただ恐怖し、如何に対処していくかで精いっぱいだったからだ。
だけど……、
――わたしはちゃんと……根拠を見つけられたよ。
自分が想いを寄せている人が、自分に「ありがとう」と言ってくれるくらいには、自分がちゃんと彼の役に立てたのだと。
それに気づいたとき、マリアの眼から、堰を切ったように涙がこぼれた。
堪えていたものが、流れ出す。
彼を不安にさせてはならないと思いながらも、自分では止められない。
静かに泣くマリア。その彼女の頭を、志具は優しく撫でる。
――――血の通った、人の温かみのある手だった。




