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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第3章 心の境界線
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第9話 攻撃に乗せる想い

 時間は少しさかのぼる。



 研・ジーニアス総合病院。


 病院に用事のある患者や病人が通う本病棟よりずっと一キロほど離れた場所にある『ゴスペル』――正確には『ゴスペル』は『フリーメイソン』の隠れ蓑的機関であるが――の生体研究・実験施設の近くで、幾度となく衝撃音が鳴り響いていた。


 広大な敷地を駆け回りながら、志具とイザヤは互いに互いの拳を衝突し合う。空気が破裂する音が不規則に、かつ頻繁に発生する。


「ははっ、いいぞいいぞ! やるようになったじゃねーか! さすがは俺が見込んだ男だけはあるぜ!」


 イザヤが楽しそうに微笑を浮かべていた。


 戦闘を楽しむあたり、やはりこの男は戦闘狂の気があるのだな、と志具はもやもやとした思いを確信へと変える。


 本病棟と研究施設との間には、人工的につくられた林がある。これは研究施設の姿を病院に通う人間に知られないようにするためなのだと、志具は推測する。


 実際、施設の薬品の臭いとイザヤの言葉がなければ、ここが病院の敷地内だということは、志具にはわからなかった。林が隆起した地形になっており、ここからだと病院の姿が見えないのだ。おそらくこれは、向こうから見ても同様だろうと、志具は思う。


 移動しながら拳を交差させていくうちに、二人はその林の中へと突撃した。


 月や星の白光が、木々の梢の緑によって遮られ、視界が不良となる。


 道も、おせじにも整備されているとはいいがたい。獣道ですらない場所に入り込んでしまったようだ。


 ――……来る!


 しかし、そんな悪環境であっても、志具はイザヤの居場所が、なんとなしにわかっていた。


 それは移動する際に発生する落ち葉や草、繁みを踏みしだく音だけで把握しているわけではない。


 一言で言うなれば、これは直感ともいうべきものだった。


 直感で行動していると知られると滑稽だと思われるかもしれないが、志具のそれは、経験に基づいた感と言ってもいい。


 勘ではなく感だ。


 感じているのだ。イザヤの居場所を、本来ならほとんど把握することのできない僅かな空気の流れや音が鼓膜を震わせる感覚で。そういった外部から伝わる微量の情報を、今の志具は感知していた。


 身体強化術を使っているから、このようなことが可能になっているのかもしれない。……が、それだけではなかった。


 数こそ少ないとはいえ、志具はこれまでに三度ほど、己の命を賭した戦いを行っているのだ。


 一度目は、玖珂(くが)なずな。


 二度目は、蜘蛛型のロボット兵器。


 三度目は、港でのイザヤとの一戦。


 命を賭けての行動は、それだけ自分を追い込んでいくことになる。


 人間に限らず、動物には生存本能があり、己の命を守るためには、普段の状態では決して発揮することのできない能力を発揮できたりするものだ。それは言い換えれば、火事場の馬鹿力、というべきものである。


 今の志具は、まさにそれに近いものをもっていた。自分の命を守るために、身体強化術を発動した際に、そうした超人的な能力までも備えられていた。


 シュッ、と微かな音が、志具の鼓膜を震わせる。


 志具はこちらに飛んできている『何か』に反応し、一瞬だけ数段走る速度を上げた。


 すると背後から、ドゴオォン! と爆音とともに土煙が舞っているのを確認する。衝撃波の類であろう、と志具は推測した。


 しかし……、と志具。向こうが攻撃してくれたおかげで、相手の位置がおおよそ特定できた。


 ――ならば私も……っ。


 志具は、港でのことを思い出す。『グラム』を用いて衝撃を放ったときのことを――。


 あれは『アーティファクト』という強力な武器を媒介したから為し得たものだ。


 だけど……、と志具はその考えを吹っ切る。


 今の自分なら、『グラム』を使わずとも使えるはずだ、と――。


 己のその『感』を信じる志具。


 実行できるという確信がある。あのときの感覚を呼び覚ませると。


 志具は拳をつくり、魔力がそこに一極集中するイメージを固める。


 すると……確かに感じる。拳に薄い膜をつくるように、青白い魔力の陽炎が揺らめく。


 ――いける!


 その確信と同時、志具は拳にまとったそれを放った。


 青の弾丸は軌道上を淡くその色に染めながら、ターゲットに向かう。


「……っ!」


 息を呑む声が、確かに聞こえた。


 直後、パァン! と破裂音が耳朶を打つ。


 それは地面や木々に当たったものではない。


 ――当たった!


 イザヤに、命中した手ごたえを感じた志具。実際、青の弾丸が直撃する際、青白い光に照らされたイザヤの姿を、確かに見た。


 その手ごたえを感じていると、志具の視界が明瞭なものになった。


 そこは、拓けた空間だった。その場所だけ木々が密集しておらず、円状に草原が広がっていた。


 樹の背が高いため、はっきりとは見えないが、進行先へと視線をやると、病院の建物の屋上が見えた。どうやら本当にここは、あの病院の敷地内のようだ。


「……!」


 足を止めていた志具の背後に向かってくる力の波動。それを感知し、志具は即座にその場を回避する。彼のもといた場所を衝撃波が通過し、進路先の地面へと着弾、爆散した。


「闘い中に、よそ見はするもんじゃないぜ~、王様さんよぉ」


 薄暗い林の中から、イザヤが現れる。彼の左腕は赤く腫れていた。どうやらあそこで衝撃波を防いだようだ、と志具。


 草原の中、志具とイザヤは面と向かい合う。


「いやぁ、驚いたぜ。まさかお前さんがあそこで攻撃してくるなんてな。しかもあれ、狙ってやったんだろ?」


「わかるのか?」


「ああ。あれはがむしゃらに撃つつもりだった一撃がまぐれで当たった、ていうもんじゃなかった。こちらの行動を先読みした上での、必中を狙ったものだ」


 イザヤは受けた傷を軽くさすりながら言う。


「俺はお前よりも長い間、戦場を経験しているからな。だからわかるんだよ。攻撃の一撃一撃に、自分の想いを乗せたものかどうかっていうのがな」


「想い……」


 志具が呟くと、イザヤは「ああ」と頷く。


「何にも考えずに相手を攻撃なんてできるもんじゃねーぞ。そこに大なり小なりの自分の想いを上乗せしなきゃ、人間ってのは行動を起こせねえもんさ。もし頭で何も考えず、空っぽの状態でそんなことやってのけれるやつがいるとしたら、そいつは人間の姿をした化け物だ」


 まあ、俺はそれに似たやつのことを、知っているけどな、とイザヤは言う。


 それが誰なのか、志具には容易に想像がついた。彼の言う『人間の姿をした化け物』は今、ななせやマリアに牙をむいているのだろう、ということも。


「相手の想いが乗った一撃っていうのは、なかなかにくるものがあるぜ。それが大きければ大きいほどな。それが光のような清いものであっても、闇のように吐き気をもよおすほどのものであっても……」


 それはイザヤが、これまで戦い続けて抱いた想いなのだろう。その言葉に嘘はないことを、志具は見抜いていた。


 彼の本心の片鱗……。それは今まで、イザヤもイザヤなりに傷ついて得たものなのだろう。だからこその重みがあった。


 ハッ、とイザヤは肩をすくませ失笑する。それは相手に向けられたものではなく、自分自身を嘲るためのものだった。


「駄目だなぁ。変にセンチになっちまった。まったく……お前のせいだぞ、王様さんよぉ」


「私のせいではない気がするが……」


「い~や。お前のせいだね。お前さんが俺に一撃見舞わなけりゃ、こんな気持ちになることはなかったんだ」


 ずいぶんと無茶苦茶だな……、と志具は呆れる。


「さ~て、この恨み……どうやって晴らしてやろうか……」


「かかってこればいいだろ」


 指でクイ、と指示すると、志具は中腰の構えをとる。


 それを見てイザヤは、口元を不敵に緩ませる。


「へぇ~……。言うようになったじゃねえか、王様さん」


 けどな、とイザヤは付け加える。


「お前さんの成長ぶりは認めるが、今のお前が抱いているそれは『驕り』だぜ? これから俺に叩き潰されることになる、砂で造った楼閣みたいな脆さをもった……な」


「なら、試してみればいい。私のこの想いが、驕りであるかどうかをな」


 志具のその言葉と同時、彼の左胸が光り出した。


 青白い閃光。それは紛れもなく、『グラム』が召喚される際のものだった。


 なるほど……、と志具。


 志具は、なんとなくだが、『グラム』の発動条件がわかってきていた。まあ、まだ確信には至っていないのだが……。


「へぇ……。そう来るかい」


 イザヤは志具の両手で握られた『グラム』を見て、そんな言葉を漏らした。


「いいのか? 離れているとはいえ、ここは病院の敷地内だぜ? 病院の連中に迷惑がかかるとは、思わねえのか?」


 病院の人間の安否の心配はするが、向かい側に位置している研究施設のことは、何の心配もしていないらしいイザヤ。


 それに対し志具は、


「それは脅しか何かか?」


「脅しじゃねーよ。本当のことを言ったまでだ」


「安心しろ。病院に迷惑がかからないように戦うつもりだ」


「へっ、そうかい。――なら!」


 と、イザヤの右腕が銀色に輝き出した。


 膨大な量の魔力の波動に、志具の心が引き締まる。


「――俺もそれに応えてやらなきゃいけないわなぁ!」


 銀色に輝いた手のひらから現れる、ロングソード型の魔剣。刀身に淡い暖色光をまとわせ揺らめかせるそれは――『クラウ・ソラス』。


 荘厳なる光をもって、かの魔剣はイザヤの手におさまる。


 再び会い(まみ)えた双方の魔剣。


 肌で感じ取れるほどの濃密な力の波が、志具の神経を刺激する。


 ……いや。それは決して、『アーティファクト』だけが原因ではない。彼――イザヤが発する鋭い闘気が、志具の肌を細い針となって刺している。


 志具はそれに対し、鋭利な眼光でイザヤを射抜く。


 志具の視線を一身に受け、イザヤは笑みを強くした。


「いいねえ……。心が騒ぐとは、こういうのを言うんだろうな」


 ボソリと呟くと、イザヤはそれ以上の言葉は紡がなかった。彼がまとう闘気が、一層強さを増すのを、志具は確かに感じ取った。


 ――私は……彼に勝ってみせる。勝って、彼女たちに会ってみせる……!


 彼女たちがここに来るのを、志具は待つ気はなかった。彼女らの助けを、求めるつもりはなかった。


 むしろ逆だ。一刻も早くイザヤとの戦いを終わらせ、彼女たちのもとに馳せ参じたい一心だった。


 そう遠くない場所で、一瞬閃光が迸ったかと思うと、次の瞬間には轟音が鳴り響いた。


 何だ⁉ と志具は思った。その思いのまま、そちらのほうへと視線を向けたかった。


 だが、そんな悠長な時間は与えられなかった。


 鳴り響いた轟雷と同時、イザヤが志具に向かってきたからだ!

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