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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第3章 心の境界線
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プロローグ 離れる心

 ――第3章 あらすじ――

 マリアは自責の念に駆られる。志具を手放したのは自分のせいだと――――。良心の呵責に苛まれ、沈鬱とした気持ちを抱く彼女のもとに、ななせが訪れる。そして放たれた言葉に、マリアは――――。

 一方、敵の手に落ちてしまった志具のもとに現れる片眼鏡の研究者。その男の手によって、志具は絶体絶命の危機に陥る…………!

 マリアには、想い人がいる。


 その人は、幼いころの自分に勇気を与えてくれ、灰色な日常を色鮮やかに塗り替えてくれた。


 彼の何気ない、飾らない優しさに助けられ、孤独な毎日とは別れを告げることができた。


 そんな彼に、いつの日か、淡い恋心を抱くようになったのは、いつの頃からだろうか……。


 出会ったそのときから? ……いや、違う。出会った当初は、ただの友達同士だった。むしろ、自分のほうは彼に対して警戒感を抱いていた。それは、長い時間虐げられてきたことで生じた、他人に対しての疑心暗鬼だった。


 しかし、そんな自分に接しても、彼は常に変わらない様子だった。


 それはまるで山のごとき。幼いながらもしっかりとした自我を持っているような子だった。


 決して揺るがないその優しさに触れ、そうして一時彼と別れるとき、マリアはハンカチを彼からもらった。


 心の支えとして。


 見知らぬ土地で、ハンカチを伝って感じられる、彼の優しい温もりに触れることで、辛いことから救われるような気がしたから……。


 思えば、そのときからだろう。






 彼のこと――真道志具のことが好きになったのは――――。






 たった一枚のハンカチは、引っ越して環境が変わったマリアのことを、確かに助けていたのだ。


 手のひらに収まる程度の小さなそれから、こぼれんばかりの優しさをもらえていた。


 それから五年弱ほどの年月が経ち、マリアは再び、瑠美奈町に戻ってくることができた。


 帰ってきたとき、日本は一月だった。


 新年となり、人々が初詣に参る最中に、マリアは日本に帰ってきた。


 頬に当たる風は冷たく、吐く息は雲のように白かった。


 その冬の冷たさは、マリアの心の不安を表わしているようだった。


 日本に戻れたのは嬉しかった。反面、辛い思い出があるのも事実なのだ。


 数日後には、この町の学園に通うことになる。そこは、この町でも比較的評判のいい、優良な学園らしい。


 だが、いくら優良といっても、それはあくまで学園の評判だ。そこに通っている生徒までがそうとは限らない。世の中、頭だけがよく、他人の気持ちなど考慮しない無遠慮に振る舞う人は、少なからずいるものなのだ。


 そんな人たちの標的にされないか、マリアは心配だった。



 ――◆――◆――



 そんな不安を抱く中、数日後、三学期からマリアは堂守学園に編入した。


 割り当てられた教室に、先生の合図で入り、教壇の上に立つ。


 一斉にマリアに向けられる好奇の眼差し。その視線にマリアはやや気圧されながらも、自己紹介をした。


 自分のことを拙いながらも話しながら、クラスメイトたちを見渡していると――――いた。



 彼が……。真道志具が、そこにいた。



 彼がこの町に住んでいるのは知っている。だがまさか、同じ学園にいるだなんて、さすがに想定外だった。


 人の縁というのは奇妙なものだ。自分が大なり小なり想いを寄せている人と、こうして再開できるのだから……。それはまるで、糸を手繰り寄せるようなものなのかもしれない。その糸の色は何色かまで決めつけるのは、さすがに思い込みが過ぎるというものだろう。


 あれから五年ほど経過していたが、マリアには一目であのときの人だと把握できた。


 あのときから賢そうな顔をしていたが、それがより一層増していたようだった。怜悧さと、どこか大人びた風格が漂っていた。


 荒涼とした冷たい風が吹いていたマリアの心に、春の温かなそよ風が塗り替えていった。


 心が、活き活きとする確かな気配を、マリアは感じた。



 ――◆――◆――



 学園に編入してきて、機をうかがって、マリアは思い切って志具に接触した。学園に来たばかりの頃は、質問攻めに会い、なかなか彼と話をする機会がなかったのだ。なので、少し落ち着いてきた頃合を見計らってだった。


 そうすることで気づいたのだが、どうやら彼は、自分のことを憶えていないようだった。


 そのことに少しがっかりしたマリア。だが、無理もないことだった。


 あれから五年近く会っていなかったのだから……。文通でもしていれば、憶えていてくれたのだろうが、不覚なことに、幼いころのマリアは、そこまで頭が回らなかったのだ。


 初めのうち、マリアはどうにかして自分のことを思い出してもらおうと、あれこれと思案した。


 考えた結果、マリアはあのハンカチのことを思い出した。


 マリアが北欧に発つときに、志具からもらったハンカチ。アレを見せれば、ひょっとして思い出すんじゃないのか、と……。


 ……が、やがてそれは諦めた。


 どこか、卑怯な気がしてならなかったのだ。


 ハンカチを見せることで、「わたしは君と昔からの知り合いなの。だから、君はわたしと仲良くしなければならないわ」というニュアンスとして取られるのが、たまらなく嫌だったのだ。もちろん、考え過ぎと言われればそれまでなのだが……。


 だからといって、志具を責める気にはなれなかった。


 彼にも彼なりの人生がある。その道程で幼いころの記憶を捨ててしまうのは、決して珍しいことではないからだ。


 ゆえにマリアは、今一度、一から彼との絆を築き上げることを決意した。

今度は、遠くに離れても切れないような、希薄にならないような、そんな強い絆を……。






 その絆を、マリアは切ってしまった。



 彼の隠し通したいものを見てしまったことによって――――。



 心も、身体も、



 大きく、距離が離れてしまった――――。



 神奇世界のシグムンド

    第3章

  ――心の境界線――

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