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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第17話 銀碗の戦士

 志具は、『グラム』を正中線に構えると、イザヤの動きを観察する。


 イザヤは今、一切武装していない。ガントレットを脱ぎ、素手でやり合うと彼が宣言したときから。


 手甲を拾いに行こうとする素振りも見せない。背を向けた瞬間に仕掛けてくると思っているのだろう。


 まあ、実際そのつもりなのだが……、と志具。


 そのとき、志具の鼓膜を、清らかな琴の音が響かせる。イザヤよりもさらに向こうにいたまひるが、視界内に入っているのだが、彼女が唐突に旋律を奏で始めたのだ。


 ――イザヤに助力するつもりか?


 志具は悩む。イザヤを無視して彼女を先に無力化すべきか……。


 そうしたいのは山々だが、イザヤがそれを許すとは思えない。彼はまひるに向かったななせに追いつき、行動不能に追いやった相手だ。下手にそのような行動を起こせば、自分も彼女の二の舞となる。


 どうする……、と志具がじっとイザヤの挙動を凝視していると、彼は口を開いた。


「ああ。あいつのことは気にしなくていいぜ」


 どうやら、志具の考えていることを察したらしい。


「どういうことだ?」


「これから()り合う俺らとは無関係だからだよ」


 無関係? ならばなぜ、彼女は演奏をしているのだろうか? 意味のない行動でないことは明白だ。


 ……が、イザヤが嘘をついているというわけでもないらしい。彼は堂々としており、ホラを吹いたようなうしろめたさを得ていないようだ。


 イザヤの言葉まで本当なのか、志具には判別がつかなかった。……が、ここは己の勘と彼の(げん)を信じる。敵の言葉を信じるなど、甘いかもしれないが……。


 そう果断した志具は、『グラム』を中段に構えると、疾走した。


 大剣による横殴りの一撃を、イザヤは後ろにずれることで回避した。彼のなびく軍服すれすれに、『グラム』の切っ先が掠る。


 振り終わった直後、イザヤが間合いを詰めてきた。攻撃後の僅かな硬直を狙ったのだ。


 拳には陽炎のように揺らめく魔力の波動。それが志具の脇腹に打ち込まれようとする――が、


「おっ――」


 イザヤは攻撃を途中でキャンセル、代わりに魔力をまとった拳を、迫る大剣に叩き込んだ。


 大剣はその重量の大きさゆえに、攻撃力は申し分ないが、どうしても大ぶりな攻撃になってしまう。そのため、攻撃前後の隙が大きく、そこを突かれるのが最もつらいところだ。


 しかし、それはあくまで普通の大剣の話。


 『グラム』は、確かに大剣の姿をしており、それに見合うだけの重量と巨体をもっている。だが、『グラム』の所有者(マスター)である志具には、かの大剣の重量を、まるで感じ取っていなかった。まるで羽毛のように軽いのだ。


 おまけに、その巨体故に逃れられないはずの、振るった際の風の抵抗なども、ほとんど感じていなかった。そのため、攻撃前後の隙が、まったくといっていいほど志具にはないのだ。


 ただ、その巨体さから来る勝手なイメージから、つい錯覚してしまいそうになるのだが……。


 間髪なく攻撃が繰り出されると思っていなかったイザヤの意表を突く形となった一撃は、彼の拳によって防がれた。


 大剣と拳の直撃により、爆音に似たものが空気を轟かせ、衝撃で足元のアスファルトが陥没する。


 ビリビリと刀身から柄、そこからさらに手へと伝って来る振動に顔を顰める志具。


 だが……、


「ん?」


 イザヤが己に訪れている異変に勘付き、志具……厳密には『グラム』から拳を放し、バックステップをして距離をとった。


 『グラム』には、とある能力がある。それはなずなとの戦いで志具も知ったことなのだが、『グラム』には相手の魔力を吸収する能力があるらしい。その効果の範囲はどれほどのものか、志具自身もよく分かっていないのだが、少なくとも『グラム』と接触した相手からは、確実に吸収することができるようだ。


 イザヤも拳を大剣と衝突させたことで、それを感じ取ったのだろう。現に、『グラム』のまとっている青白い魔力のオーラが、一層大きく揺らめきを誇り始めていた。


「へぇ……。ずいぶんとまあ、魔術師泣かせの能力をお持ちなようで」


 イザヤが言う通り、これは魔力を行使して異能を発動する魔術師にとっては、かなり面倒な能力だ。もっとも、一般人に対しては、ただの幅広の大剣なだけなのだが、そもそも大剣を所持している人間相手に勝負を挑もうなどという命知らずの一般人など、いるわけがない。


「おもしれえ……。久しぶりに楽しめそうだぜ」


 イザヤの眼光が悦びを帯びる。どうやら心の底からそう感じているようだった。


 ――戦闘狂か、こいつは……。


 思わずそんな感想を得てしまう志具。


 そんな志具にかまわず、イザヤが突っ込んできた。


 間合いに入り込んでくる寸前、志具は大剣を振るう。


 今度は確実に回避してみせるイザヤ。そんな彼に踏み込み、志具はさらに大剣を薙ぐものの、イザヤは軽やかなステップを踏み、志具の猛攻を避けていく。それも大雑把にではなく、当たるか当たらないか、ギリギリでの避け方だ。


 初めこそは距離の程にばらつきが見られたが、その精度は回避するごとに少しずつ上がっているようだった。


 ――こいつ……っ。


 『グラム』の攻撃範囲を、短時間で見極め始めたイザヤに、志具は驚愕と焦りを感じた。


 いくらなんでも、慣れるのが早すぎる。戦闘狂のような輩は、全員がこんな感じなのだろうか?


 くっ……、と志具は奥歯を噛みしめるとともに、一か八かの攻撃を試みる。


 魔術はイメージが大切だと、ななせが言っていた。だから志具は、大剣でイザヤを対処しながら、想像する。


 思い浮かべるは、ななせが使っているような炎の弾。剣を振るうことで放つことができる、衝撃波だ。


 それを、『グラム』で行使してみる。


 発動できるかどうかもわからないため、はっきりいってギャンブルに等しい。しかし、この調子でいかれてしまえば、間違いなく相手のペースに引き込まれ、最終的に敗北する未来が見えているようなものだ。


 ――ならば……玉砕覚悟で試してみるしかない!


 志具は『グラム』を正面に横一文字に構えると、ダックル気味にイザヤに突っ込んだ。


「おっと。当たんねーよ」


 イザヤは大きく後ろに飛び退いた。さすがに先程のは、初めて見せた攻撃手段ということで、小回りを利かせての回避はできなかったようだ。


 だが、


 ――今が好機だ!


 タックル気味の一撃をかました後、志具は力任せに『グラム』を横殴りに振るった。


 すると、『グラム』の刀身が一瞬、青い閃光を発したかと思うと、大剣の軌跡を描いた衝撃波が放たれた。


「っ!」


 イザヤの表情が引き締まる。同時に、防御姿勢をとった。


 青い斬撃の波動は、一直線にイザヤに向かうと、彼の交差している腕に直撃――爆発した。


 四方に青の燐光を散らし、消滅した志具の一撃は、イザヤを後方に退かせるに至った。


 衝撃波の軌跡を辿るように、志具が疾駆する。


 彼が交差させている腕の隙間から、イザヤと目が合う。


 イザヤが横に己の身を弾かせようとする。相手の足の踏みしめ方から予測すると……左だ!


 ならば、と志具は『グラム』を左下段に構え直し、かの方向に回避しようとしているイザヤに向かって――――逆袈裟に振り上げた。


「つっ――!」


 即座に自分の腕で志具の一撃を受け止めるイザヤ。だが、威力を削ぐことはできず、彼の身体は宙に打ち上げられた。


 志具は跳躍し、今度は大きく振りかぶり、渾身の力でイザヤに大剣を叩き下ろした。


 バアアァァンと、およそ人間がアスファルトに叩きつけられたとは思えない衝撃音が発生。同時にイザヤの身体は、舞い上がった土煙の中に消えた。


「イザヤ君⁉」


 まひるが驚きの声を上げた。志具はここでようやく、彼女の奏でていたメロディが止んでいることに気づいた。


 志具は距離をとり、土煙の中を凝視する。


 もうもうと立ち上がるそれは、少しずつ希薄なものとなっていく。そうして見えてきたのは、


「いやぁ……。最高だ……。最高だぜ、王様さんよぉ」


 起き上がり、身体に異常がないか、腕を回し、首を回ししながら現れたイザヤ。その彼の姿を見て、まひるは安堵の息をついた。


 ただし、傷は負っているようで、黒い軍服でもわかる程度の血がじんわりと浮かんでいた。


 全力の一撃がさほど効いていないことに、志具は内心驚くものの、傷を負わせることができたのは進歩と考えていいだろう。


 ――あともう少し追撃を加えていれば……。


 そのことが悔やまれた。


 だが、イザヤは戦闘慣れしていることもあり、不用意に追撃を重ねていくのは危険だと判断したのだ。自分はまだまだ素人だという認識を捨ててはならない。


「けどな……。さっきので俺を落とせなかったのは失敗だったな。あのときお前は、危険を承知で攻撃してくるべきだったんだ」


 志具の思考を読んでいるかのような言葉。


 やはりあなどれない……! と志具は気を引き締める。


「でもまあ、さすがに『グラム』相手に素手でやり合うのはなめ過ぎてたな。俺も少し反省する必要があるな」


 イザヤの口元が不敵に歪む。


 すると、不意にイザヤの右手が輝き出した。眩い、銀の光を……。


 なんだ⁉ と志具は己の全身に更なる緊張が走るのを感じた。身が固くなり、イザヤの行動を注視する。


「やっぱあれだな。()る以上は条件をそろえる必要があるよなぁ。そのほうが正々堂々としてるし、勝敗が決したときに互いに納得できるだろ?」


 そうは思わねえか? とイザヤが言うや否や、彼の銀色に輝く腕――厳密には手のひら――から何かが出てこようとしていた。


 それは白光に近い銀の光の中でもわかるような、暖色の光をしていた。現れていくうちにわかったが、形状は剣のようだ。その剣の柄部分が手元まで来ると、イザヤはそれを握った。


 彼が握ると同時、光は徐々に収束していく。


 そこから現れた剣は、ロングソードタイプのものだ。ただ、刀身が淡い暖色光を発しており、異様な圧力を相手に与えさせるものだった。


 ――『アーティファクト』!


 そう確信する志具。


 並大抵の実力者ではないことは明らかだったが、まさか『アーティファクト』の所有者(マスター)だったとは……。


 戦慄する志具を相手に、イザヤはその光の剣を正面に構える。


「紹介してやるよ。これは俺が所持する『アーティファクト』――『クラウ・ソラス』だ」


 『クラウ・ソラス』……。


 どこかで聞いたことのある名前だが、志具は生憎と、そこまで魔術師の世界に博識なわけではない。ただ、何かしらの伝説や神話に登場した由緒ある代物だということは、対峙して直感で離開できることだった。


 すると、志具のもつ『グラム』から、鼓動が聞こえた。


 それは、力の脈動。溢れんばかりの魔力が、急速に増大しようとしている。どうやら先程、イザヤから吸収した魔力を行使しようとしているみたいだ。


 それにこの力の感じには、覚えがあった。それもつい最近だ。


 志具の……正しくは『グラム』の異変を察したイザヤは、「へぇ……」と面白いとばかりに呟く。


「どうやらお前さんも、『龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)』を使う気満々のようだな。いいねえ……。面白れぇ……。どうせなら真正面からぶつかりあおうじゃねーか!」


 すると、イザヤの『クラウ・ソラス』が、光の輝きを強くする。


 目が灼けんばかりの強烈な光は、薄暗い夜の闇を塗り潰さん勢いだった。


 対する志具の『グラム』も、青白い光の強さを増し、光の剣といい勝負をしていた。


 空気がビリビリと震えている。それはまるで、これから起きようとしている事態に、恐怖を感じているかのようだった。


 周辺のコンテナが、ガタゴトとうるさく鳴る。まひるが危険を察知したのか、あたふたとした様子で今いる場所から逃げ出した。その際、気絶しているななせの身体を引きずり、コンテナの陰へともっていく。


 ――敵のはずだが……どういうことだ?


 疑問に感じる志具だが、今はそんなことは後回しだ。矢のごとき鋭い眼光を、イザヤに飛ばす。


 イザヤはその視線に、笑みで答える。心から楽しくてしょうがない、ちわんばかりの表情だった。


 その余裕の笑みを――――






 ――――吹き飛ばしてやろう!






「はああああぁぁぁぁ――――――‼」


 裂帛の咆哮とともに、志具は『グラム』に溜め込んだ魔力を全力開放した。


「クラウ――――ソラス‼」


 対しイザヤも、『クラス・ソラス』の魔力を放出、極太の光線となって志具に襲い掛かった。


 青色の光と、暖色の光。それらが交わった直後、辺りの空気が爆発した。


 夜の静寂を、一瞬で吹き飛ばす、轟音。


 衝撃で辺り一帯のアスファルトは粉微塵に宙に舞い上がり、街灯は根から引っこ抜かれ、海上に放り出された。コンテナは発生した爆風で、まるで木の葉のように宙に吹き飛ばされ、四方八方に吹き飛ばされた。


 その爆心地の中心では、激しい光がぶつかり合っていた。


 まるで隕石の衝突のようなクレーターが、彼らを中心に発生しており、それにかまわず両者はぶつかり合っていた。


 視界が眩むほどの光の先にいるイザヤに、志具は意識を集中させていた。


 イザヤの顔も真剣なそれだ。だがそこには、戦いを楽しむ余裕がうかがえる。


 こんな状況になっても自分のモチベーションを変えようとしないとは……、と志具は彼の豪胆さに感心すると同時に呆れる。


 ……が、このままではまずい、と志具は直感していた。


 押し負けると、第六感が訴えていた。


 それを証明するかのように、『クラウ・ソラス』のエネルギー光線が、『グラム』のそれを押しやっていた。


 実力の差を、まざまざと見せつけられているようだった。


 どれほど強力な武器を所持していても、決して埋めることのできない……実力。それは武器の質の差がなければないほど如実に表れるものだ。


 ――このままではまずい……っ!


 隙をついて、相手の攻撃から回避する必要があると判断した志具。……が、下手に行動に移すのは危険だ。まともに攻撃を中断したら、その一瞬後にはイザヤの一撃を味わうことになることは明白だ。


 それに……、と志具。


 彼は感じていた。自分の身体が、徐々に重たくなるのを。


 全身に鉛の重しを乗せていっているような……倦怠感。


 力の使い過ぎなのだと、志具は直感していた。


 志具の放っている青色の光線は、あの巨躯を誇る蜘蛛型ロボットを瞬く間に消し飛ばしたほどの破壊力があるが、それだけに燃料消費が激しいのだ。


 あのとき気を失ったのも、怪我が原因というよりは、急激に魔力を消耗した一時的なショックに耐え切れなかったものなのだろう、と志具は推測した。


 ――なにか……何か今の状況を打破できるものはないのか?


 そう思い、志具は周囲を見渡す。それは藁にもすがる思いが強かった。


 だが、意識をイザヤからあまり逸らしてはいけない。必要以上に気を逸らすと、攻撃の威力が散ってしまうようなのだ。


 なので、目線だけを周囲に動かす志具。


 すると志具は……視界の端に何かを捉えた。


 どうやらそれは人のようだ。


 だが、


 ――……誰だ?


 ななせとまひるが隠れている場所とは違う方向だ。だとすると、第三者であることは明白。


 今、この状況から、志具はその第三者が何者かを推測する。


 その結果、


 ――新手の敵か?


 可能性は十分ある。……というか、それしか考えられなかった。


 ここは……エデンは、イザヤのホームグラウンドのようなものだ。彼をサポートする相手がいても、不思議じゃないこと。


 それは、せめてもの報い。志具は一瞬だけ見るつもりで、そちらを一瞥した。






 ――――瞬間、視線が止まってしまった。






「………………え………………?」


 志具の視界に入った人物。


 それは、ここにいるはずのない少女。


 ここにいてはいけない……幼馴染……。


「……マ……リ、ア…………?」


 彼女の名を、志具は無意識のうちに吐露していた。


 直後、


「――っ!」


 志具がイザヤに視線を戻す。


 視界いっぱいに広がるのは、暖色の光。


 意識がほんの少し大きく逸れたために、志具の攻撃が弱まったらしい。


 志具の攻撃を、イザヤの閃光が飲み込む。


 と同時に、志具自身までもその光は――――飲み込んでいった。



 意識が、現実から切り離される。



 本来、人々が希望を見出すはずの光によって……。



 それでも、消えゆく意識の中、志具は思った。



 彼女は、どうしてここにいたのだろうか、と。



 そして、



 彼女は、無事だろうか……、と――――。


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