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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第16話 隔たり

 コンテナの陰に隠れて、一部始終を眺めていたマリア。


 目の前で起きている現実が、マリアには受け入れ難かった。


 自分のもっている現実という枠をはみ出している超常的な展開。それはまさに漫画やアニメのようなものだった。


 非現実な出来事が、今まさに眼前で繰り広げられている。


 なにより、その一端を担っているのが、自分の友達と片想いを寄せている少年というのが驚きだった。


 特に志具。彼は別に、ファンタジーが嫌いというわけではないが、疎いということは、今までの付き合いでマリアはわかっていた。そんな彼が、非現実的な能力を行使し、ましてや戦闘を行っているのだ。


 マリアの視界に入っている志具は今、両手で巨大なバイキングソードを構えている。それは青白い光とともに現れた大剣だ。


 ここまでの戦闘で、マリアは何度も声を上げそうになった。ななせが吹き飛ばされ、動かなくなったときは、悲鳴を上げそうになったものだ。


 それでも声を押し殺したのは、彼らに自分がここにいることを知られたくないためだ。


 志具もななせ、それにここにはいないが菜乃が自分にひた隠しにしたいと思っていたことはこれなのだと、マリアは察したためだ。


 あのイザヤという青年の言葉に乗せられてここに来て、良かったという思いと後悔の念が、マリアの内心で渦巻いていた。その後悔を、今以上に肥大化させないために、彼女はこれからも知らぬ存ぜぬを貫き通そうと考えていた。


 知った上で、知らない振りをする優しさも、大切だと思うから……。


 ただ……せめて、この戦いだけは見届けたかった。


 好奇心だろうか?


 心配だからだろうか?


 応援したいからだろうか?


 おそらく、すべてが原因だ。だからこの場にとどまるのだ。


 そのときだった。


 耳に心地よく流れてくる竪琴の音色。


 見れば、まひるが演奏を開始していた。


 ただ、旋律が違う。あのエデンの人々が眠ったあれとも、イザヤの動きが機敏になったものとも。


 するとマリアは……気づいた。まひるの視線がイザヤでも志具でもなく、自分に向けられていることに。


 ――気づかれている⁉


 ――はい、気づいていますよ。


 マリアの驚愕がさらに増大した。マリアの思念に、まひるが応じたのだ。それはまるで、演奏に乗せて頭の中に直接響いてくるようなものだった。


 ――ふふっ、びっくりした? ――どう? 異端の能力に触れてみた感想は。


 朗らかにまひるは微笑む。見れば視線の先にいる彼女も、伝えられてくる思念と同じように微笑んでいた。


 ――……君は……いや、君たちは何が目的なの? どうして志具君たちにひどいことを……!


 ――詳しくは、私にもわからないかな。イザヤ君は何か知ってるみたいだけど、あの人に伝えられているほどには、私は情報を持っていないから。


 マリアの目に映るまひる。その微笑みは、先程とは少し違うニュアンスを滲ませているみたいだった。


 しかし、すぐにそんな色を顔からなくすと、


 ――だけど、貴方に教えてあげる義務はないよ。貴方はあくまで一般人。私たちの住んでいる世界とは別なんだから。


 それに……、とまひるは続ける。


 ――仮に貴方が私たちと同じような人種でも、教えるつもりはないかな?


 ――どうして?


 ――決まってるよ。わざわざ敵対している相手に、有力な情報を流すはずがないじゃない。


 はっきりと「敵」と宣言され、マリアは少なからず衝撃を受ける。


 マリアは幼少時代、否が応にも孤立させられた。周りの人間から。


 だけど、そうされても、マリア自身は彼ら彼女らのことを「敵」だと認識したことは一度たりともなかった。憎いことは確かだったが、「敵」という単語を使うほど、大仰なものではないと思ったのだ。


 その単語を、まひるは堂々とはっきりと宣言してみせた。相手に対しそのような宣言をすることに、果たしてどれほどの覚悟をしたのだろうか? それとも、何も考えずにその場の勢いだけで言っているのだろうか?


 ……いや。後者ではない。


 彼女は本気で言っているのだ。自分のことを……ひいては志具やななせのことを「敵」だと。


 ――どうして? 君は……志具君たちに何か嫌なことでもされたの?


 ――されてないよ。まあ、女の子をたくさん侍らせているのには少し嫌悪感を覚えるけど。……だけど、貴方の言っているようなニュアンスの嫌なことじゃないかな。


 ――じゃあどうして?


 ――知らないよ。私はただ、イザヤ君が貴方の片想いしている人と対峙しているから、そう思っているだけだよ。


 平然と、そう答えてみせるまひる。要は彼女は、他人の思いに同調しているだけなのだ。自分でもわけがわからないままに。


 マリアは昔を思い出す。


 思い返せば、幼いときに自分を独りに追いやった同い年の子たちは、ほとんどがそんな感じだった気がする。初めはリーダー格の子がマリアを無視や嫌がらせをし、それが周囲の人間に伝染していったように思える。


 ――……なに、それ……。


 マリアは心の中で呟いた。


 耳に入ってくる音色は、とても美しかった。ずっとこの音色を聞いていたいと思っていたし、身を委ねていたいと感じていた。


 そう……。今となってはすべてが過去形。今は違う。


 今はこの演奏が、たまらなく不快なものに感じた。人の心とは、持ちようでここまで変わるものなのか、とマリアは驚く。


 相手の薄汚い心情を理解した瞬間、相手の如何なる偉業も不快に思えてしまうのだ。


 それは自分が相手のことを赦せない心からきているのだろう。相手の腹の中が見え透いてしまった以上、心の底から好きにはなれなくなってしまった。ましてやまひるは、自分が抱いているその気持ちを疑問にすら感じていない。それがマリアの憤りの炎に油を注いでいた。


 ――君は……卑怯者だよ……。


 やがてマリアは、まひるにそう伝えた。


 するとまひるの表情が不快だとばかりに曇った。


 ――卑怯? どういう意味かな?


 ――自分の気持ちに責任を感じていないからだよ。すべて他人に流されるままの感情……。それって、いざというときの言い訳を……逃げ道をつくっているんだから。


 万が一、責任を問われるような事態に陥ったら、彼女はリーダーを生贄にして逃げ延びようとしている。


 自分には一切、非はないと。


 自分はただ、その人につき従っていただけだと。


 だから自分は悪くないと。


 そんなことは絶対にない、とマリアは思う。


 すべての言動には責任が付きまとうものだ。それは他人に流された故に起こした言動も同じ。言葉として、行動として表に出てきた以上は、自分で責任を感じないといけないのだ。良くも悪くも……。


 マリアの思念が届いたまひるの顔は……さらに曇った。


 不快だとばかりに。


 やがて、まひるはマリアに伝える。


 ――貴方はギャラリーとしての立場を、わきまえたほうがいいよ。貴方ひとりじゃ、なにもできないんだから。


 何かが起きたときにね、とまひる。


 それは脅し。これ以上余計なことを言うつもりなら、それ相応の苦痛を味わってもらう、という恫喝だ。


 背筋にうすら寒いものを感じたマリア。彼女の通告する苦痛がどれほどのものか、想像してしまったためだ。


 委縮し、マリアはそれ以上、何も伝えられなくなった。


 自分の不甲斐なさが、氷の矢となって全身に突き刺さった。高まっていた感情が、急速に冷めていった。


 冷めていくとともに、代わりにやってきたのは恐怖だった。


 身の程を知らされた。


 自分は所詮、ただの一般人であり、目の前の人たちとは違う。彼ら彼女らとは、決定的な深い溝があった。


 下手に飛び越えようとすれば、どこまで続いているのかわからない、深淵の闇に落ちていってしまう……。


 これが……おそらくは自分と志具たちとの乖離の程なのだ、とマリアは否応にもわかってしまった。


 気づけば、まひるが演奏を止めていた。彼女の思念は、もう聞こえない。こちらからも、彼女に伝えられない。


 シャットダウンされた。


 志具、ななせ、イザヤ、まひる。


 目の前に四人もいる。


 踏み出せば届く距離にいる。


 ……というのに、マリアはまるで、彼らのことをテレビに映っている人間のように遠い存在のように感じられた。


 ――わたしは……独りだ……。


 ふと心に漏れた声。


 それはマリアの心臓を、冷たい素手で掴むように委縮させるのだった。

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