第15話 港の決闘
志具は鋭い目で、イザヤのことをねめつけていた。
戦場となっている港は、徐々にその形容を変えようとしていた。
いたるところに陥没の跡と焦げた跡が残り、電灯の一部は流れ弾に当たって破壊されている。
これだけの騒ぎを起こせば、人が駆けつけてもよさそうなものだが、そんな雰囲気はまるでない。やはり、まひるとかいう少女が奏でた旋律のせいで、全員が夢の中なのか、それとも、この場所自体が用意された場所ゆえか……。
先程から戦いは、専らななせが先陣を切っていた。
実を言うと、志具も戦えないことはない。日頃の魔術修業で、ななせから肉体強化の術を教えてもらっており、それで人並み以上には優れた身体能力を発揮することができるようにはなっている。現に、先程からのイザヤの猛攻を回避できているのも、それが救いとなっているからである。
ただ……、それでも志具がななせに頼り切りなのは、単純に戦い慣れていないためだ。
イザヤの動きを見ればわかる。彼は明らかに戦闘慣れしていることが。
いや、慣れているどころの騒ぎではないかもしれない。脊髄に戦闘の技術が刷り込まれているかのような手際の良さを見せるのだ。ゆえに、ななせも彼に苦戦を強いられていた。
――このまま押し切られるのも時間の問題だな。
今は冷戦状態を保ち、両者にらみ合いのまま硬直している。探り合い、といったところか……。
ところで……、と志具。
さっきから見ていると、イザヤの付き添いであるまひるとかいう少女は、戦闘に参加する様子をまるで見せない。彼女はあくまで、エデンの人々を眠らせるためだけの要因なのだろうか?
そのとき、イザヤがチラッととある一方を一瞥した。つられ志具も見るが、そこには貨物用のコンテナがひとつあるだけだ。
……が、それを見た後のイザヤの顔を見ると、彼は明らかに笑みを浮かべていた。満足げに。
「……何か嬉しいことでもあったのか?」
「嬉しい、とは少し違うなぁ。――まあ、色々と楽しめそうなファクターが増えたっつーわけさ」
どういうことだ? と志具が尋ねるよりも早く、イザヤはまるで話題逸らしのように、続いて言葉を紡いだ。
「あ~……。鬱陶しいなぁ、お前。いい加減王様と戦らせろよ」
それはななせに向けた言葉だった。
ななせはあくまで冷静な様子。落ち着きとドスの利いた声色で言う。
「残念だけどな、あたしはその王様の護衛なんだ。ガーディアンを倒せもしないのに、王様と戦わせるつもりなんてないぞ」
「そうかい。……なら、ちゃちゃっと片付けることにするか」
言うとイザヤは、目配せでまひるに指示を出す。
それだけでまひるは何を指示されたのか理解したらしく、竪琴を構え、旋律を奏で始めた。自らの澄んだ清らかな声を乗せて。
「――っ!」
直感的に危険だと判断したのだろう。ななせがまひるに向かって突撃した。
……が、
「させねぇよ!」
イザヤがその進路を遮る。
ななせは炎の魔剣を下段から逆袈裟に斬りかかろうとするが、イザヤはそれを手に装着しているガントレットで防いだ。
ガンッ、と鈍い音。火の粉が散った。
くっ……、とななせは苦い顔。
すると彼女は、表情にさらなる敵意を込めた。
それに呼応するように、魔剣の炎の勢いが盛大になる。
へぇ……、とイザヤは感心したように呟く。見れば、イザヤのガントレットが少しずつ溶け始めていた。
それに気づき、イザヤはななせを押しやると、距離をとる。……が、ななせは後方に退けられた直後に、再び突撃。爛々と燃え盛る朱色の焔とともに、イザヤに襲い掛かる。
ななせの現在のターゲットはイザヤではなくまひるだ。ゆえに彼女のその攻撃も、彼を少しの間だけ怯ませるためにしかけるものだ。防がれようとも攻撃が通ろうとも、相手が怯めばそのまままひるに攻撃を仕掛けるつもりで、ななせはいるのだろう。
「はああああぁぁぁぁ――――‼」
業火とともに放たれるななせの一閃。
それをイザヤは、身を後方に逸らせることで回避した。
そこに追撃をかますななせ。
それもイザヤはバックステップをとって避けた。
これでいい、とばかりにななせはうっすらと微笑。
彼が後方に飛び退いたことで、彼我の距離が取れた。
好機だ、と判断したのか、ななせはイザヤを無視。標的をまひるに移す。
まひるはななせに気づいていないのか、先程から熱心に演奏を続けている。
無防備なまひるに向かって、ななせは駆けながら炎弾を放った。
一直線に向かう炎の弾丸。進路に障害物は一切ない。
直撃コースだ。志具は――おそらくはななせも――そう思った…………そのときだった。
バチン、とまひるに当たろうとした寸のところで、炎がはじけ飛んだ。
なんだ⁉ と驚く志具に、ななせが回答を明示する。
「障壁か!」
チッ、とななせは舌打ち。踏み込み、今度は直接斬りにかかる。
振り下ろしによる一撃。そのななせの攻撃を、その障壁は再度防いでみせた。
「こっのおおぉぉ……!」
先程イザヤにしたように、魔力を込めて炎の威力を上げる。ついでに身体能力の術も使っているのだろう。目に見えて力が込められているように見える。
それでも……その障壁は破壊されようとしない。
ななせの攻撃は弱いわけではない。まひるの張っている障壁が、尋常でないほどに堅いのだ。
「俺をほったらかして、なにやってんだ?」
背後から迫るイザヤ。それに気づき、ななせはその場から飛び退こうとする。
……が、その行動を起こそうとしたときには、イザヤの掌がななせの左脇腹に当てられていた。
次の瞬間、ななせの身体がトラックに撥ねられたかのように吹っ飛んだ。
「――がっ……――っ!」
地面を何度かバウンドしながら、ななせはコンテナに激突、陥没の跡をつくると、彼女の身体は力が抜けたようにだらんとなった。
「万条院!」
ななせが飛ばされた方向は、志具がいる場所とはちょうど正反対の位置だ。
志具が駆け寄ろうとするが、その前にイザヤが立ちはだかった。
「っ……邪魔だ!」
「邪魔なら……どかしてみたらどうだ? 王様さん」
口の端を歪めるイザヤ。挑戦的なその笑みに、志具は苦虫を噛み潰したような表情。
先程からイザヤとななせの戦いを見ていた志具にはわかる。自分と彼との間には、決定的な実力の差があると。
それに……、と志具。気のせいか、イザヤの強さが先刻よりも上がっているような気がするのだ。ちょうど、まひるが演奏し始めた時から……。
あの演奏に、何か秘密があるのは間違いなさそうだ、と志具。それを直感したから、ななせも彼女を狙ったのだ。
沈黙し、イザヤを睨み続ける志具。
イザヤはあくまで余裕の態度だ。だが、どういうわけか仕掛けてくる気配がない。カウンターを狙おうとしているのか……。
どうも……そんな感じではないような気がする、と志具。イザヤにはもっと、別の思惑があるような気がしてならなかった。
――まあ、仮にあったとしても、今の私にはわからないのだが……。
それよりも今は、現状を打破することが先決だ。
目の前の相手を退けなければ、ななせのもとには行けない。
彼女のことが心配だった。色々プライベートでは迷惑をこうむっているとはいえ、こういうときはしっかりと彼女は、己の役目を果たそうと尽力してくれるのだから……。
……いや。それを抜きにしても、だ。志具は彼女のことを放ってはおけなかった。
目の前で傷ついている人間を見れば助けるのが、人情というもののはずなのだから……。
それが人の道だと、志具はそう感じている。
イザヤの顔からは、先程の笑みが消えていた。代わりに表情として出ているのは、真剣なもの。相手を値踏みするような色を見せながらも、相手の動向を抜け目なく探ろうとしているような、そんな眼光。
そんな彼に対し、志具は構えをとった。
体勢を低くし、半身をやや斜めに。眼光はイザヤをじっとねめつけて……。
志具は集中する。
イメージする。自分の肉体が極限まで高められている姿を――――。
イメージする。今の自分を超えている自分を――――。
イメージする。相手に打ち勝つ、自分の姿を――――!
イメージを膨らませ、想いを強くさせていくと、変化は訪れた。
志具は、己の身体が羽毛のように軽くなるのを感じたのだ。
それを見て、イザヤは「へぇ……」と感嘆を漏らす。
「身体強化術か……。一か月ほど前まではただの一般人として生きてきた割には大したもんだな」
言うとイザヤは、志具と同じように構えをとる。その際、ガントレットを外した。
「……どういうつもりだ?」
「いやなに。お前さんの付き人に壊されちまって邪魔だったから外しただけだ。気にすんな」
手加減、ハンデというやつだろうか?
舐められたものだ、と志具は憤りを感じると同時に、その余裕の態度を挫いてやろうという気持ちに駆られる。
互いに構えをとり、にらみ合う。
静寂の刻。気づけば、まひるの演奏は止まっていた。イザヤの、仲間からの助力はいらない、という意志の表れだろうか。
そういえば、彼の目的は私だったな、と志具は思い出す。本来の目的を果たす際は、自分の力だけで達成したい、という拘りでもあるのだろうか?
……まあいい、と志具。
相手がどんなのであれ、全力を尽くすまでだ。
「……行くぜ」
呟くと同時、イザヤの姿が消えた。
――……いや。違う。
右方向から気配がし、志具はそう判断した。正しくは、志具の視界から高速をもって外れたのだ。それと、イザヤが気配を隠す素振りを一切見せなかったためでもある。
隠ぺいする気がゼロな、濃密な対抗心ともいうべき気配を察知し、志具はとっさに急所をガードする体勢に入った。欲を言えば回避したかったが、そんな余裕などなかった。
直後、交差させた志具の腕に、イザヤの鋭い烈蹴が叩き込まれた。
ミシ……、と骨と筋肉が軋むのを感覚として得る志具。腕を通して全身に振動が走った。
非常に重たい一撃。身体強化を使っていなければ、骨なんぞ枯れ木のように折れていたことだろう。
踏ん張るも衝撃で地面を滑る志具。先刻の戦いでついた傷は塞いでいるが、衝撃で傷口が開きかねないほどだ。
更なる追撃を、イザヤはかけてくる。
……が、志具は痺れる身体を奮い立たせ、イザヤの回し蹴りを、相手の脇を通り抜けることで回避してみせた。
相手の背後に回り込み、志具は掌底を打とうとする……が、
「――っ!」
志具が振り返ったときには、すでにイザヤがこちらを向こうとしていたところだった。どうやら回し蹴りの反動を利用して、そのまま志具に振り返ったらしい。
だが、ここで攻撃を止めるわけにはいかない。
志具は腰を据え、全身を使って掌底を相手の鳩尾に打ち込もうとする。
……が、案の定防がれた。それも片手でだ。
「なっ――⁉」
志具の手に、イザヤの手が重なっていた。パァン、と乾いた音がし、相手は数歩退いたが、それまでだ。効いている様子はない。
「へぇ……。ま、初めて身体強化を使った割には上出来じゃねーか?」
上から目線で、志具の一撃をそう評価するイザヤ。悔しいことに、相手のほうが数段上手であることは事実だった。
不意に、イザヤの片方の口端が吊り上がる。その表情から危険を察知した志具は、すぐさま後方に飛び退いた。
刹那、イザヤの手のひらで閃光が走ったかと思うと、その光が弾丸となり、志具に飛んできた。
魔術か……! と志具は地面に足を着地させると同時、滑るように脇へと逸れた。目標を失った光弾は海面に着弾し、大きな水柱を立たせた。
しかし、志具にそれを悠長に眺めている暇はない。
体勢を立て直したときには、イザヤが真正面まで来て、拳を振るってきた。
続いて、肘鉄、裏拳、掌底、膝蹴り、果ては頭突きまでしてくる。
流れるような動作で格闘を繰り出し、志具の反撃する隙を与えないイザヤ。志具はただ、彼の攻撃を回避、防御するので精いっぱいだった。
それに、防御するにはするが、相手の攻撃の威力が凄まじいもののため、腕の感覚が麻痺してきた。指先が自分の思うとおりに動かせない。
それでも初めのうちはどうにかなっていた。
……が、守りに徹するだけの手段は、いずれ限界が来てしまう。
イザヤの攻撃の速度が、徐々に早くなる。硬軟まじえての拳や蹴撃は志具の身体を掠っては、その部分を血で滲ませる。それは蜘蛛型ロボットと戦ったときのようなあれと比べると浅い傷だったが、いくつも……それも短時間につけられては、堪えるものがある。
傷により、腕だけでなく身体中も痺れはじめる志具。ピリピリとする痛覚に、志具の動きが鈍くなる。
そんな防御もままならない志具に、イザヤのミドルキックが打ち込まれた。
「――――‼」
鳩尾に直撃を受けた志具は、苦悶の声を上げることすらままならず、吹っ飛ばされる。地面をはね、滑り、やがて停止した。
「どうした? 王様さん。この程度だなんて言わねーよな?」
イザヤの声色は、あのおどけ、嘲るものとは違っていた。
低く、落ち着き払った声。それは氷のような冷たさを秘めているものだった。
まるで想像以上につまらない戦いだった、と言わんばかりの彼に、志具は内心で愚痴る。何を期待していたのかは知らないが、その期待は筋違いのものだ、と。
勝手に期待して、勝手に戦いを挑んで、それで自分の思っていたのとは違う結果になると怒りをぶつけてくる……。まったく、とんだ理不尽さだ。
指先の感覚がほとんどない志具。それでも力を加えれば動いているらしく、動かした場所から電気が走るように全身に痛覚が襲ってくる。
っ……、と小さく唸ることくらいしかできない志具。意識も、霧に隠れていくように希薄なものとなっていく……。
かろうじて顔を上げる志具の視界に入るのは、イザヤの見下ろす顔だった。
彼は今、つまらなさげに志具のことを見下ろしていた。
立たないのか? イザヤの眼は、そう語っていた。
立てなくしたのはどこの誰だ、と言ってやりたかった。
「……」
イザヤの視線が、不意にとある一方を振り向いた。
たしか……彼の視線の先には…………。
イザヤの顔が不穏なものとなる。それは決して、気のせいなどではなかった。
イザヤは倒れている志具から離れると、彼女のほうへと歩きはじめる。
ななせのほうへと――――。
――なにを……する、つもり、だ……?
口を動かすが、出てくるのは喘ぎにも似た意味のなさない言葉。それでもイザヤには、志具が何を言わんとしていたのか判断できたらしい。
振り返り、イザヤは言った。
「てめえがやる気を出さねーのなら、己の無力さの程を教えてやろうと思ってな」
無力さの程。
それが何を意味しているのか、志具は即座に察しがついた。ついてしまった。
「や……めろ……。あなたの……相手は、わた、しの……はずだ……」
「でも……お前は動けねえのだろ? つまりは敗者だ。敗者である以上、何かしらの罰が必要だろ?」
罰だと?
何勝手なことを言っているんだ、と志具は怒りを覚える。
そんな彼にかまわず、イザヤは語り続ける。
「お前は生かしといてやるよ。未熟とはいえ王様だからな。――けど、あの女は駄目だ。何の価値もねえ。『アーティファクト』があるとはいえ、それはあの女の価値とはなりえねえからな」
プツン……。
志具の中で、ナニカが切れた。
それは彼自身にもわからなかった。ただ、心の底から急速に表に噴き出そうとしている何かがあった。
「……今、何と言った?」
「あの女には何の価値もねえって言ったんだ」
溶岩が溜まっているマグマだまりの中に、ありったけの火薬を投下したらどうなるだろうか? 下手をすれば、マグマだまりごと吹き飛ばすことになることだろう。
頭の芯が、急速に冷えていく。対し、首筋が熱であぶられているようにチリチリとする。なんとも不思議な感覚だった。
志具は、ゆっくりとした所作ながらも、立ち上がっていた。
身体が痛い。傷口が熱をもち、風が吹くと塩を塗ったように痺れる。
腕が痛い。特に左腕が。こちらは中に熱した石炭でも入れているかのような熱さだった。たぶんこれは折れている。ただ、幸運なことに神経は繋がっているみたいだ。感覚はないながらも指先が動くことから、それが判断できた。感覚がないのは、先程続いていたイザヤによる攻撃による麻痺が残っているせいだろう。
身体中が軋みを上げる。
叫びを上げる。
しかし、それを奮い立たせる。
なぜか? 決まっている。
相手は……言ってはならないことを口にした。その暴言に対する一矢を報いてやる必要があるのだ。
たとえ相手がどれほど強大な相手だろうと、
自分の力が及びそうにない相手だろうと、
譲れない一線を相手が越したときには、
喉元に喰らいついてやるまでだ――――‼
瞬間、志具の左胸から、青い光が迸った。
薄暗い闇を瞬く間に照らし出す輝きに、志具は内心で感謝した。
――まったく……いいところで出てくるのだな。
自らの所有する『アーティファクト』に向かって、せめてもの皮肉を漏らす志具は、その光に手を突っ込んだ。
そうして抜き出される青白い光は、志具の手の中で本来の姿を顕現した。
青白い光の中から生まれたその大剣の名前は――『グラム』だ。
「へぇ……」
イザヤは感心したような声を漏らす。――と同時、志具に振り向きなおった。相手にする必要がある、と判断したのだろう。
「七夜。私は貴方を……絶対に赦さない」
志具の眼光は鋭い。明確な敵意と強靭な意志を宿らせたその眼差しに、イザヤは言う。
「いいぜ、来いよ。動けねえ木偶を相手にするより、よっぽど楽しめそうだぜ」




