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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第13話 エデンを包む旋律

 月明かりが、海に浮かぶ科学の都市を照らしていた。


 ……が、それ以上の光を、その都市は人工の光で己を照らし、闇からその姿を浮かせていた。


 暗闇は、その中に生きる者たちの心を不安定にさせる。不安を掻き立て、負の感情を表に浮上させる。それは、目を背けたい己の傷。傷口から出てくる、膿のようなもの……。


 それに自分の目を向けさせないために、人は人工の明かりで暗闇を掻き消し、その中で生きることを選択した。


 人工的につくられた光は鮮やかで、無機質だ。


 綺麗だとは思う。ただ、その先はない。深いところまで、気持ちが行き届かない。


 浅い、浅い……。表面だけをなぞらえた、美しさ。


 それだけを追い求めていては、決して真理にはたどり着けないだろう。浅慮ほど無知なものはない。いや、それなら無知のほうがずっとマシなことだろう。


 それは、この都市にも言えることだ。


 外の世界とは比較にならないほど超高度に発展した科学。その恩恵を受ける人々……。


 だが……その恩恵の背景には、どのような犠牲が積み重なっているのか、ここに住む人々や、観光客は知らない。


 自分たちがモルモットであることも自覚できずに、ただただ表向きの幸せで満足しているのだろう。


「醜い……都市だ」


 高層ビルの屋上からエデンを俯瞰し、そんな感想を述べるのは、金髪の青年だ。


 長い金髪、ルビーのように紅い瞳、涼し気な容貌、長身痩躯……。誰もがきっと、彼のことを美青年と思うことだろう。


 先刻、志具たちが留美奈町で出会ったその青年は、冷たい眼差しをエデンに向ける。


 エデンのあらゆるセキュリティから、彼は逃れていた。防犯カメラから自分の姿だけを掻き消すのも、エデンを覆っている侵入者感知のセンサーを潜り抜けることなど、彼にしてみれば朝飯前だった。


 エデンに入り込んだイレギュラーに、誰ひとりとして気づかない。技術を過信しすぎているために、異分子が現れることなど、この都市に住む人々は思ってもいないのだ。


 それに……、と青年。この都市で起きたあらゆる出来事は、思い出としてでしか外に持ち出すことはできない。デジタルで撮った写真や動画などは、エデンを出た瞬間に抹消されてしまう。ゆえに、自分の存在が外に漏れ出すことはないのだ。異常ともいえる秘匿性が、この場合彼を優位に立たせていた。


 青年は、できることならここには来たくなかった。ここには自分を敵視している輩のテリトリーであり、万が一にも彼に知られれば、どのような仕打ちを受けるか……。


 ――まあ、返り討ちにしてやるだろうけどね。


 青年が正攻法を使わずに、不法侵入の手を使ったのは、自分の存在をその者に知らせないためでもある。


 そんな危険を冒してでも、ここに来た理由は、ただひとつ。


「あの子はどこにいるのかな?」


 青年は呟くと、目を凝らし始める。


 青年の視界から、瞬く間に障害物という障害物が排除されていく。青年が目的としているモノ以外、彼の視界から消えていく……。


「……いたいた」


 とある高層ホテルの一室に、青年が探していた少年はいた。


 部屋の明かりは消されているが、少年はベッドで横になりつつも目を開いていた。その表情は真剣なものだ。


 ――そういえば、あいつがちょっかいをかけたんだったな……。


 ここに来る道中、人々の話を聞いて青年は知っていた。とあるショッピングモールで、何か事件があったのだと。


 その事件内容は秘匿とされており、一般人にはそれ以上の情報は与えられていなかった様子。


 だが、青年にしてみれば、それだけの情報があればおおよその見当をつけることができる。現に彼は人々のその話を聞いた後、現場へと向かい、それを見た。


 それで得た結論なのだから、間違いない。


 その上、あの現場には、何か強力な魔力を行使した跡があった。魔術師が使う魔力には、指紋のように各々の個性があり、残された魔力の痕跡からも、それが発見できる。……まあ、一般には前述部分しか知られておらず、後述された部分に関しては、ほとんど知られていない。知っていても、実行に移せるだけの能力を持っていない魔術師がほとんどだった。


 その魔力の痕跡から、青年はその一件に、あの少年が関わっていたことを断定した。


 ――まさか『龍殺し』を使えるほどになってたなんてね。魔術師になってまだ日も浅いはずなのに……。


 さすがは彼の息子、というべきだろうか。それとも、ただの偶然か……。


 いずれにせよ、青年にしてみれば、それだけで十分僥倖な収穫だった。本来なら、ここでこの都市を退場してもいいくらいなのだが……、


 ――もう一波乱ありそうだね、これは……。


 少年の様子を見て、金髪の青年は確信していた。それを見届けるのもいいかもしれない、と青年は思っていた。


 時刻はそろそろ0時を回ろうとしていた。


 エデンは眠らない都市だ。深夜になろうとしているのに、街道を行く往来の人々は衰えることを知らない。世間ではゴールデンウィークということもあるのだろうが。


 透視を止め、青年は行きかう人々の波を眺める。


 ひとりで歩いている者は少ない。いたとしても、仕事帰りのサラリーマンが大半だ。世間では長期休暇真っ最中だというのに、ご苦労なことである。


 深夜、うろついている人は、5~6人のグループで行くあてもなく遊び呆けている若者と、カップルがほとんどだった。


 青年は、自分でも無意識のうちに歯を強く噛みしめていた。ギリギリと歯ぎしりまで聞こえてきそうな勢いで。


 彼の視線の先にいるのは、バーに入っている若い男女のカップル。


 ガラス張りの店内で、親しげに会話をしている二人。


「……リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ……」


 お経のようにワンフレーズを連呼する青年。その姿は鬼気迫っていて、恐ろしいものを感じる。


 カップルは親しげに話していたかと思えば、突然、女性のほうから男性の頬にキスをした。


「――――‼」


 声にならない悲鳴とは、まさにこのことだろう。そのルビーのような瞳は、今や煉獄の炎のように昏い嫉妬を燃やしていた。


「誰か……誰かやつを打ち首にしろ。女の子のほうは僕がもらうから」


 とんでもない発言を繰り返す青年。周囲に人がいないことが、唯一の救いか……。


 嫉妬の炎に身を焦がす青年。そんな彼を無視し、計画は始動しようとしていた。



 ――◆――◆――



 そこは、エデンにある港だった。


 普段、エデンとの交易が許されている貿易船のみが出入り可能なその場所には、二人の人影があった。――イザヤとまひるだ。


 明かりと呼べる人口灯は一定間隔で設置されているが、それでも町中に比べると薄暗さと冷たさを感じるものだ。無機質な人口の光は、暗闇よりも恐怖の対象に思えることすらある。これからば、月明かりだけのほうがマシかもしれない……。


 彼らがいる場所は大きくひらけており、障害物などがない。ゆえに、いざこざを起こすならうってつけだった。


 とはいえ、やや離れた場所には積み荷を保管しておく倉庫群があり、万が一にもそこに逃げられでもすれば厄介なのだが……。


 ――まあ、そんときはそんときだな。


 と、イザヤ。


 ここには見張りの警備員はいない。イザヤがここを戦場にすると上に申し出た際、上層部が裏で手を回してくれたのだ。ゆえにここには、イザヤたちしか今のところいない。防犯カメラの類は一応動いているものの、何らかの不利益が生じるような映像は、問答無用で『ゴスペル』が回収することになる。そうして情報操作をしているのだ。


 表向きにはセキュリティ云々と言ってはいるが、息苦しい都市だと、イザヤは思う。プライベートな空間など、このエデンにはないと断言してもいいくらいだ。


 ――まさかエデンにいる人間全員が、監視の対象にされているとは、思ってもいないだろうな……。


 あくまでこの都市にいる間だけではあるが……、とイザヤ。


 この忌むべきシステムを確立させた輩は、『ゴスペル』を通じて暗躍している。それはイザヤにとっての、本当の上司だった。


「……なんだか不機嫌そうだね、イザヤ君」


 委縮しながら、イザヤの隣にいるまひるが声をかける。


 どうやら雰囲気に出ていたようだ、とイザヤは自覚する。


 まあな、と彼は短く答えた。


「やっぱり、ゲルディさんのせい?」


 ピクリと、イザヤの眉が不快だとばかりに動いた。その微動作に、まひるは「やっぱりそうなんだ」と確信した様子。


 ゲルディ。それがイザヤたちの本当の上司だった。


 研究者であり、エデンの発展に最も貢献している人物といっても過言ではない。そのこともあり、彼の発言はエデンの指針を決める際に、重要視されることが大半だ。


 彼は『ゴスペル』を背後から操り、『ゴスペル』にイザヤとまひるを送り込んでいる張本人である。イザヤたちを送り込んでいるのは、一種の抑止力として働かせるためである。エデンの重鎮である研究者の直属の部下ともなれば、なかなか好き勝手に暴走はできないというわけだ。


 ――暴走してるのは『ゴスペル』じゃなくて、あいつのほうだけどな。


 と、イザヤは内心で毒を吐く。


 はっきりと言ってしまえば、イザヤはゲルディのことが嫌いだった。


 反りが合わないどころの騒ぎではない。イザヤはゲルディのことを敵視しているくらいだ。可能ならば、一刻も早く彼のもとから立ち去りたいと思ってるくらいだ。


 それができないのも、すべてはゲルディがもっているもののせいだ。それがイザヤを繋ぎとめる手綱のような役割を担っていた。


 そもそも、イザヤは彼のやり方が気に食わなかった。


「あの野郎、俺が一任している仕事の邪魔をするからな。その上、人のやり方にいちゃもんをつけてきやがるし……」


 かの王様を、とあるショッピングモールで襲撃した巨大な蜘蛛型ロボット。あれはゲルディが、トランスポーターを使って、直接あの場所に転送したものだった。


 やつは、自分の目的のためなら他の者がどうなろうと知ったこっちゃないのだろう、とイザヤ。ただの実験に扱うモルモットが如何なる最期を遂げようと、彼にとっては何の興味も湧かない事項なのだ。


 イザヤが文句を言いに行った相手は、言うまでもなくゲルディのことである。彼の周囲の被害を考えないやり方が、イザヤは気に入らなかったのだ。


 ――直訴したものの、まるで受け入れてくれなかったがな……。


 己が一番、首を獲りたい相手が近くにいるというのにできないもどかしさ……。イザヤはその鬱憤が砂時計のようにたまりつつあった。


「でも……ゲルディさんも、あの人なりの考えがあってやったことだし……」


 まひるはゲルディを擁護しようと言葉を連ねる。


 だがそれは、イザヤにとっては、火に油を注いでいるようなものだった。


 無言でギロリと睨み付けるイザヤ。まひるは「ひぅっ……」と恐縮した様子で、身を縮こまらせた。


 ――……まあ、こいつにあたるのは筋違いだわな。


 高ぶった精神を深呼吸をすることで落ち着かせる。


 そうしてイザヤは腕時計を見る。


 時刻は……0時を指していた。


 ジャストだな、とイザヤは口の端を緩める。そして、まひるへと振り向くと、


「そんじゃ、まひる。――始めるぞ」


 イザヤのその言葉に、まひるは眉をキッと引き締め、うん、と頷くと、背負っていた竪琴を構えた。


「さあて……やって来てくれるかねぇ。王様さんよ……」


 そう言うものの、イザヤは確信していた。


 やつは……必ず来る、と。



 ――◆――◆――



 デジタル時計が、0時を指した。


 昨日と今日の境界線。0時を回り、少し時間が経ったとき…………それは聞こえてきた。


「なんだ?」


 それは音色だった。


 穢れを知らない、澄み切った美しいソプラノの歌声。それを船のように運ぶ、琴の音色……。それらが互いに良い相乗効果をもたらし、魅力を十二分に引き立たせていた。


 つい目を閉じ、耳を澄ませて聞きたくなるような魅力的な演奏。だがそれは、明らかに普通のものとは色合いが異なっていた。


「これのことか……っ」


 手紙に書かれていた一文を、志具は思い出す。


 相手が自分のことを誘っているのだとわかり、志具は着替えを済ませると、部屋を飛び出した。


「――っ! 万条院!」


 部屋を出るや否や、志具と同じように部屋から飛び出したななせと鉢合わせた。


「万条院、これは――」


「間違いない。敵さんの挑戦だな」


 彼女の表情から、真剣度の程が伺えた。


 行こう、というななせの言葉に、志具は従う。


 ホテル内は不気味なまでに静まり返っていた。時刻が時刻だからだろうか? それにしては、不自然なほどの静寂だ。


 訝しく思う志具。


 エレベーターで一階まで行き、フロントを通り抜ける際、ようやくその静けさの理由がわかった。


「これは……?」


 フロントのカウンターに顔を俯かせ、ピクリとも動かない従業員の姿があった。


 それもひとりだけではない。待ち合いの場として使われているソファにも人が寝転がり、壁にもたれかかって動かない人、果ては床に伏している者すらいる始末だ。


 志具とななせが、外に出る前に彼らの状態を確認する。


「…………寝てる、のか?」


 ひとりひとり調べてみたが、倒れている者はみんな、熟睡しているだけだった。


 ただ、それが生理現象から来たものかと問われれば、紛れもなくNOの回答だ。


「この音色のせいなのか?」


 と、志具。先程から途切れることもなく、歌声と琴の音が響き続けている。


「だろうな。……にしても、この様子だと町中もたぶん……」


 志具とななせは顔を見合わせ、互いに頷くと、外へと飛び出した。


 外の様子は……ななせが危惧していた通りだった。


 いたるところで人が倒れていた。車の中でも、深夜営業している店内も例外はない。


 立っていられているのは、どうやら自分たちだけらしいということを、志具は理解する。


「凄まじいな……。これだけ広範囲に魔術を発動させるなんて……」


 音色が強くなる方向へと向かいながら、ななせは言う。


 魔術の世界に疎い志具でも、敵が行っている所業がどれだけすごいものなのか判断できるほどだ。いったい、どのくらいの範囲なのだろうか、この魔術の効果は。


 流れ行く景色。そこで人の往来はおろか、動いている車の姿が見えないところから察するに、おそらくはエデン全体に魔術効果が及んでいるのだろう、と志具は推測する。


 ――まるでちょっとしたパニックホラーだな。


 倒れている人間がゾンビにでもなって襲い掛かってきたら、まさにそれになるだろう。……と、ここまで考えて、これはさすがに不謹慎か、とかぶりを振って霧散させる。


「港のほうだな」


 音に導かれるまま、志具たちは向かうと、おおよその場所の判断はついた。


 やがて見えてきた港へと続く門。本来なら閉じられているのであろう堅牢な鉄の扉は、今は開放されてた。警備員の姿は、ひとりも見当たらない。


 ――明らかに誘い込まれている……。


 わざわざ手紙をよこしてくるくらいだ。ある程度予測はしていたが、ここまで堂々とされると、かえってこちらも肝が据わるというものだった。


 門をつっきり、積み上げられたコンテナ類を通り過ぎると、やがて開放された広場へとたどり着いた。


 白色の電灯が広場を照らす中、その者は……いた。


「よお」


 不敵な笑みを志具たちに向けるのは、青年だ。


 歳は志具たちよりも上であることがわかる。オシャレにはねさせた黒髪、鋭い鷹のような眼、全体的にワイルドさと剣呑さが漂う容姿だった。


 黒を基調とした軍服のような衣類を身にまとったその身は長身痩躯。背は180センチをゆうに越している。


 その青年から少し後方に離れた場所には、もうひとりいた。どうやらその子が、エデン中にいる人たちを眠らせた張本人のようだ。


 腰あたりまで伸びている銀糸のように美しい髪。瞳はルビーのように鮮やかな紅で、肌は日中でなくてもわかるくらいに白い。病弱さを思わせるほどだ。


 身体つきも華奢であり、小柄だ。青年と比べると、なおのことその小ささが浮き彫りになっているように感じる。


 彼女は両手で、身の丈ほどに大きな竪琴をもっており、それを演奏しながら歌っていた。……が、銀髪の少女は、志具たちが来たのを確認すると、演奏と歌声を止めた。


 演奏が終わり、あたりは一気に静まり返る。港に打ち寄せる波濤が壁にぶつかる音だけが、BGMとなっていた。


「……貴方か。私たちを呼び寄せたのは」


 単刀直入に、志具は訊く。


「確認するまでもねえだろ? まったく……物事の段取りをしっかりと踏まえたがるのな、王様さんは」


「王様?」


 と、志具。


 そういえば、ななせが魔術修業の際に、『グラム』は王の証の剣とかなんとか言っていた気がする、と志具は思い出した。


「ああ。王様さんはよぉ、その自覚が少し足りねえんじゃねーのか? そんなことを訊いてくるっていうことはよぉ?」


「お前たちは誰だ? どうやらあたしたちのことを知ってるみたいじゃないか」


 ななせは険を込めた声色で言った。青年の口ぶりから判断したのだろう。


「ん? ああ、そういや、自己紹介がまだだったか? たしかに、相手の名前も知らねーのは、平等性に欠けるわな」


 コホンと、青年はわざとらしく咳払いをすると、


「俺は七夜ななやイザヤ。エデンのあらゆる先進技術に関わっている研究組織――『ゴスペル』に所属する者だ。――んで、こいつが」


鈴野すずのまひるです。お初にお目にかかるね、王様さん」


 青年――七夜イザヤに促され、銀髪の少女――鈴野まひるも己の名前を口にする。


 心なしか、彼女の自分に対する視線が、やや厳しいものに感じられて、志具はならなかった。どうやら自分は、あのまひるという子に嫌われているらしい。


 ――敵対しているからだろうか? ……にしては別の感情があるように思えるのだが……。


 内心不思議だったが、深くは考えないことにする。


「君も、私のことを王様って呼ぶのだな」


「もちろん。視界に入る女性を片っ端からたぶらかし、自分の色欲の糧として使う性欲に溺れた淫乱王……」


「はっ――⁉」


 出会って間もない人間相手に、いきなり何を言い出すんだ、この子は!


 見ればまひるの顔は、やや過激な単語を口にしたという自覚があるのか、赤くなっていた。


「そ、そんなのはデマだ!」


「にしては、このエデンに来るときに、ずいぶんとたくさんの女の子を連れていたようだけど?」


「なっ!」


 まひるの言葉で、志具は気づいた。


 どうやら彼らは、エデンに来たときから自分たちのことをマークしていたのだということに。


 ……て、今はそれよりも。


「それは誤解だ! 彼女たちはただの友達で……」


「ひとり許嫁がいるけどな」


「おい!」


 ななせの横やりに、志具は諫めの声を上げる。


「い、許嫁⁉ ……ま、まさか……そのような保険を設けているなんて……」


 まひるの顔がさらに赤くなる。それは羞恥のほかに、女の敵に対する憤りの情も混じっているようだった。


「……なるほど……。よくわかりました。王様さんはやっぱり、女性の敵だということが」


「だから違う! 私の話を聞け!」


「イザヤ君! こんな淫乱王様なんて駆逐しちゃって!」


 キッと睨み付け、イザヤに頼むまひる。


 ふはははは……‼ と、イザヤは心の底から愉快だとばかりの快郎な笑いを上げた。


「なんだぁ? 王様さんよぉ、ずいぶんとおもしれえ奴じゃねーか。てっきりもう少し暗い性格なやつだと思ってたぜ」


「だろ? いじり甲斐があって意外と人間味があるんだぜ」


「なに意気投合しているんだ! 君は!」


「そうだよ、イザヤ君! あんな子と仲良くなっちゃダメ!」


 イザヤとななせに、各々の付き人が咎めの言葉をかける。


 それでななせとイザヤは、余計におかしくなったのか、再び笑いを上げた。


 こいつらは……、と志具。彼女は何のためにここに来たのか、忘れてしまっているのではないだろうか? ――割と本気で志具はそう思ってしまう。


 ひとしきり笑った後、互いに再び沈黙する。そして、イザヤが「ふぅ……」と息を大きく吐くと、


「……そんだけ冗談が言えるんなら、こっちはもう遠慮することねぇよな?」


 それはまるで、鋭い刃物のような声。先程の開放的な明るさとは無縁の、修羅のごとき恐怖をもったものだった。


「すべてがすべて、冗談じゃなかったんだけどな。――お前も、そんな台詞言う以上は、あたしらも遠慮する必要はないってことでいんだな?」


 薄らと笑みを浮かべるななせ。ただ、その目は決して笑っていなかった。冷徹な光を宿した目……。見る者を震え上がらせる魔力を込めた眼光だった。


 底冷えするような雰囲気の変化に、志具は戸惑いを感じながらも、徐々に己のペースを溶け込ませることに成功する。一番悪いのは、戸惑っている間になす術もなく叩きのめされてしまうことだ。それを回避するためにも……。


「……七夜、とか言ったか? 君は何の目的で、私を誘い出したのだ?」


 かつてのなずなのように、自分の命を奪うためか、と志具は推測していた。


 ……が、イザヤは「ん~……」と唸り、思案した後、


「そうだな……。ぶっちゃけ、お前の実力の程を確かめたいから呼んだんだよ」


「実力?」


「おうよ。王様さんの実力。――実を言うとな、お上の中にはお前を抹殺するようにって俺に命令してくるのもいるんだけどよぉ……そこまでするつもりはねぇよ」


 意外な回答に、志具……いや、志具だけでなくななせも驚いた様子だった。


 なぜ、という問いに、イザヤは答える。


「俺は俺なりのやり方でやらせてもらう。俺が同調できるような意見なら従うし、反りが合わねえ命令には従わねぇ。他人の命を奪ってほしいなんて命令してくるやつは、自分で手を下せばいいだろうって思うぜ、俺は。なに自分の手は汚さずに、無関係な俺の手を汚させようとしてんだよって、ムカついてしゃーねえよ。汚れ仕事なら、自分(てめえ)でするんだな。自分の手を汚す覚悟もねえ臆病者の小心者は、最初(はな)からそんな考えを持たねえこった」


 ……って、俺は思うけどな、とイザヤ。


 どうやらこの青年。口は粗野だが、言っていることは比較的真っ当である。意外と常識はあるのかもしれない。……が、その常識も所詮は世間一般と完全に一致とはいかないのだろうが。


「それに、お前をここに呼んだのは、それだけが理由じゃねえ」


 言うとイザヤは、志具たちが出てきた方向を一瞥する。しばらくそちらを見つめるイザヤだったが、「まだ来てねえか……」と独り言を呟いた。


 ――誰かを待っているのか?


 だとすれば、おそらくは青年の増援か? いやしかし、そう考えるには、文脈が合わないような……。


 志具があれこれと思案に暮れていると、


「ほら、王様。ボケっと突っ立ってねえで、構えな」


 イザヤがそう促す。


 構えな、と言っているのは、十中八九『グラム』を構えろ、という意味なのだろう。


 呼びたいのは志具だって同じだ。しかし……呼びたくても呼べない現実がある。


 一向に志具が得物を構える様子を見せないことに、イザヤは怪訝な顔をする。


 ……が、直後に口元を凶暴に歪ませると――――、


「ふっ――」


 一直線に突っ込んできた。


 イザヤの右には拳がつくられており、白いモヤモヤとした光を帯びていた。


 彼我の距離は二十メートルほどあったが、志具が青年の動きを察知したときには、すでに攻撃圏内におさまってしまっていた。


 ――しまっ――!


 衝撃に備えようと、後方に飛び退こうとする志具。少しでも衝撃を緩和するための応急措置だった。


 だが――、


「せええぇぇいっ!」


 その両者の間に割り込み、イザヤに向かって炎の一閃を放つのは、ななせだ。


 彼女の手には、彼女がもつ『アーティファクト』――『桜紅華』が握られており、それによる一撃だった。


 不意打ちともいえるななせの一撃に――――イザヤは反応してみせた。


 地面に足を着地させると、前進しようとする勢いを、力づくで押し殺し、後方に飛び退いた。それはパチンコの玉が弾かれる様子に似ていたが、イザヤにはななせの一撃は掠ってすらいない。


 飛び退いた際、イザヤの足元のアスファルトが粉々に砕け散り、四方に飛び散った。それを適度に目障りなものだけを除けると、ななせはイザヤたちを睨み付ける。


 志具は体勢を崩したものの、今は立て直すことに成功していた。あそこでななせが割り込んでくれなければ、今頃イザヤの一撃を容赦なく受けていたことだろう。彼女には感謝せねばなるまい。


「へぇ……。よく反応できたな。――おもしれぇ……」


 不敵な笑みを浮かべるイザヤ。それは命を賭した戦いをするというよりも、スポーツの試合でも楽しもうかと言わんばかりの態度だった。


 人気のないエデンの港。


 波濤はとうが砕ける音をBGMに、戦いの火蓋が落とされようとしていた。

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