第4話 魔術修行
魔術というのは、単純明快に言ってしまえば、ななせ曰く「想像を創造する」ものらしい。
自らの思念を魔力で錬成し、顕現させる。顕現する姿は千差万別で、それこそ人の「想い」の数だけ、星の数ほどあるらしい。
呪いのように、目に見えない形で機能する場合もあれば、炎や水のように、目に見える形で機能する魔術もある。昔ははるかに前者の魔術のほうが多かったのだが、時代の流れとともに後者の魔術が広がりを見せているようだ。
今回、志具がななせから教わる魔術も、後者のものである。ななせがなぜ、そちらを選んだのかいうと、彼女いわく、見た目的に成果がわかりやすい、とのことだ。実はその理由が、後者の魔術が広がりを見せている理由のひとつでもある。目に見えて成果として「かたち」が現れるのだから、士気も上がりやすいというものだ。
とはいえ、何の前準備もなしに、魔術がいきなり使えるはずもない。そのためにななせは用いたのは、触媒だ。
ななせは、屋敷に保存していた魔術の触媒を志具に渡した。見た感じは栓のしている試験管の中に、真っ赤な液体が入っているというものだった。
「んじゃ、それを使って、火の魔術の練習をしようか」
簡単に言ってのけるななせ。
「いきなりそんなことを言われても……。やり方を教えてくれないか?」
「ああ、そうだな。一回実演を見たほうがやりやすいか」
そう言うとななせは、試験管立てから志具と同じものを取った。
「いいか? 魔術っていうのは、『想いの錬成』だ。強く想う気持ちが、魔術を発動させるんだ」
いきなりそんな抽象的なことを言われても……、と志具。もしそれだけで魔術が行使できるのなら、一般人にだってやってのけれるというものだ。
するとななせは、
「細かいことはおいおい説明してやるさ。今は『そういうもんだ』って、割り切ってくれ」
いまいち納得できない志具だが、あとで説明してくれると聞き、素直に応じることにした。
「志具。『炎』と聞いて、真っ先に思いつくことはなんだ?」
「思いつくこと?」
「なんだっていい。言ってみてくれ」
いきなりの問いかけに、志具は首を傾げながらも、考えてみる。
「…………熱い、とか……燃焼、とか……?」
断片的に出される志具の単語に、ななせは「まあ、そんなもんでいい」と頷き、試験管をくるりと宙で一回転させ、持ち直す。
「そういった想いを、頭の中で集中するんだ。連想される考えを一纏めにして、一点に凝縮するような感じで。そうしたところで、『どんな“カタチ”で現実に引き出すか』を瞬時に想像するんだ。すると――」
と、ななせは試験管を放り投げ、指をパチンと鳴らした。
直後、試験管中の液体が赤く発光したかと思うと――
――パアアァァン!
試験官が突如として爆発し、オレンジ色の炎が空中に踊った。炎の火力が弱かったため、周囲に燃え広がるというようなことはなく、炎はすべて空中で飛び散った際に消えていった。
「――と、まあこんな感じだ」
実演を見せると、ななせは志具に視線を向ける。「こんどはお前の番だ」と、その目が語っていた。
志具は「む……」と唸り、頭をポリポリと掻く。
魔術が、目に見える形で見れたのはいい。……が、見たところで得たのは感動くらいであり、やり方まではつかめなかった。……まあ、魔術とは『想いの錬成』らしいから、無理もない。想った『結果』が、先ほどの爆発であり、その『過程』は目に見えるものではない。
そのため、いまいち要領を得ていない志具。
だがななせは、自分の仕事は終わったとばかりに、志具にやってみろと指示をする。
――ものは試しか……。
失敗したところで何にも起きないはずなのだから、やってみるだけやってみよう。――そう思い、志具は瞼を閉じ、意識を内に集中させる。
顕現させるは炎。先ほどの炎から連想される単語を思い出す。
熱い。燃焼。さっきの万条院のように、爆発もあり得るか。色でイメージするなら、赤系だな。だけど、血液のような赤ではない。夕陽のような茜色や、オレンジ色。『カタチ』は……どうだろう。炎に決まったカタチは、水のような液体のようにないように思える。でも、あったほうがイメージしやすいのは間違いない。とりあえず、球体ということにしておこう。
と、ここまで考えたところで、志具は先ほど考えた想いを、一纏めにしていく。
うねる炎が一点に凝縮し、サッカーボールほどの大きさの球体になるのをイメージする。その考えを幾度となく想像し、確固たるものへと変えていく。
頭の芯が熱されているように暑くなり、カチリと、頭の中でスイッチが入る音が聞こえた気がした。――直後、
「へぇ~」
感心と驚きのこもった、ななせの声。
志具が瞼を上げると、手に持っていた試験官が割れ、代わりにオレンジ色の炎が、志具の正面に浮かんでいた。
「これは……」
自分が、創り出したものなのか……?
信じられない気持ちになるが、現に想像した通りのものが、目の前にある。
「へぇ~。思った以上だな。今日中には無理だと思っていたんだけど……まさか一日、それも一発で発動できるなんてな。やっぱり魔術師の家系だから、魔導核ができているのか」
「コア? コアとはいったい……――――あっ」
知らない言葉が出てき、志具が意識をななせに向けると、正面に浮かんでいた火球が消えてしまった。
「あ~あ……。意識を集中させないからそうなるんだぞ」
でも、初めての割には上出来のほうだな、とななせは志具を褒めた。
そのことに志具は、若干照れくさくなりながらも、
「それより万条院。コアとは何のことなんだ?」
「ん~……。そうだなぁ。やっぱり話してたほうがいいか」
ぽりぽりと後頭部を掻くと、ななせはコホンと咳払い。その後、屋敷の壁にもたれかかり、芝生の上に座ると、ちょいちょいと志具に手招きをする。隣に座れと、そういうわけらしい。
ここで断ればまた何らかの制裁を加えてくるのは間違いないので、志具は大人しく、彼女に従い、隣に座りこんだ。
「魔導核――あたしたちはコアって呼んでいるんだけど…………、まあ、平たく言ってしまえばそれは、魔術を発動させるための器官のことだ。――コアは現世と表裏一体で存在してる幽世って場所にある魂の中に存在していてな、普段は見れたり触れられたりできるものじゃない。コアってのは基本的に遺伝されるものでな、お前のコアも、両親から受け継いだものなんだろうさ。――まあ、考えてみれば、お前がコアを持っているのは無理もない話だったな。両親が魔術師の上に、『アーティファクト』にまで選ばれてたんだから」
『アーティファクト』に選ばれたことが、どうしてコアをもっていることになるのか。いまいちわからない志具。
そんな彼に、ななせは説明する。
「『アーティファクト』には、神格化されたものはもちろんのこと、そうでないものも少なからず意思というのをもっているんだ。少なくとも、自分の持ち主を選ぶ程度にはな。んで、『アーティファクト』のほうも、使われる以上は長持ちしたいわけだ。もし、ずぶの素人に使われて、あっという間に壊されたら『アーティファクト』のほうも嫌だろ? 社会に飛び出した社会人が、会社にこき使われた上に捨てられたらたまったもんじゃないように。だから『アーティファクト』は、ある程度持ち主を選ぶ。お前の『グラム』のように、神格化されたものはなおさらその傾向が強い」
はぁ……、と志具。どうにも、このようなオカルトには、まだ慣れない。ましてや、武器が自分の意思をしっかりと持っているだなんて、にわかには信じられない話だった。だが同時に、ななせの言うことは、すべて真実なんだろうな、と感じる自分がいるのも事実だ。
「お前が『グラム』のマスターなんてな。『銀の星』のお偉いさんが知ったらてんやわんやになるだろうな」
と、ななせ。
「そんな大事になるのか?」
「そりゃな。今まで主になる者がいなかったんだから。今はあたしが上に伝えてないけど、いつまでも隠し通せるものじゃない。そのうち有名人になるぞ、お前は」
「有名人って……。いくらなんでも大げさすぎではないのか?」
「いんや、決して誇張したわけじゃないぞ。お前の所持する『グラム』は、けっこう有名どころの聖剣だからな。名前だけは知れ渡っているんだ。――知ってるか? 『グラム』っていうのはな、王の剣でもあるんだよ。人々を魅了し、引き連れ、引導させていく、王様のな。だから『グラム』は、『力』の象徴としてとらえられることもある。だからお前が手に入れるまでの間、『グラム』を狙うような輩も多かったんだ」
まあ、ことごとく失敗してたけどな、とななせ。
そもそも、『グラム』の保管場所まで満足に行ける人間がほぼ皆無だったらしい、とななせは後に付け加える。
『アーティファクト』の中でも、より強力な存在は、己に近づけることすらしないということを、前に志具はななせから聞いていたので、ななせの付け加えた言葉にも納得がいった。
「まあ、要するにあたしが言いたいのは、魔術師として生きていくのなら、それなりの覚悟をしておけよってこと。有名人になれば、それなりに苦労も増えるだろうさ」
それなりの苦労。それがいったい何を意味しているのか、聡い志具には容易に想像がついた。
「そう考えると、お前が魔術の特訓をするのも、悪いことじゃなかったのかもな。いざというとき、自分の力だけで降りかかる火の粉を払うことができるようになれるだろうし」
すると、ななせは「よっと」と立ち上がり、尻をパンパンと払って土や草を落とす。そしてくるりと志具に振りかえると、
「さ、この話はここまでにして、修行の再開と行こうぜ、志具。強くなって、自分の身ひとつは護れるくらいになろうじゃないか」
手を伸ばしてきた。
志具は自分に向けて、差し伸べられた手を、じっと見る。
ななせからの話で、事の重大さを痛感し、やや気が沈んでいた志具。不安が靄となって思考を覆い、それにのまれそうだった。……が、そんな不安を、頭を左右に振って、靄をはらった。
そうだ。今は余計なことを考えている場合ではない。魔術師としての道を歩むために、自分の身を護るために、ゆくゆくは両親の行方を探し出すために、今はがむしゃらになっていればいいんだ。
そう思うと、志具はななせの手に、自分の手を伸ばす。するとななせは、その手をしかと握ると引っ張り、志具を立たせたのだった。




