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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第7章 奪取の代償
109/112

第1話 意識する想い、決断

 身体が酷く重たかった。重力に逆らえないのではないかと思うほどに、身体が起き上がれない。目を覚まさなくては、とは思うが、身体がそれを全力で拒絶しているみたいだった。

 目を覚ますなと、自分の肉体は言っているようだった。

 身を裂くような悲痛な現実が、待っているだけだぞと。

 目を逸らし続けたほうがいいと。

 わざわざ自分を傷つける必要はないと。

 自分の身体が、精神が、それらを第六感で察知し、少年の意識の覚醒を妨害していた。

 不思議だった。茫漠と掴みどころのない、霧のような頭の中だというのに、その不吉さだけがはっきりと直感できているのだから。それはまるで、霧の中でも存在がはっきりと視認できる、車のライトみたいだった。それがあると確認できるが、それがいつ来るのか、距離間がわからないのだ。距離間はわからないが、近いうちに接近することはわかるのだ。

 ――今、自分が感じている不吉な予感も、それなのだろうか……。

 少年は呆けた思考で、そう思った。

 近づいてきている不幸。

 いつ来るのかわからない不幸。

 だけど、近いうちにやってくることは理解できる不幸。

 ――……嫌だな…………。

 少年は率直に思った。

 だがそれは、人として無理のないことだった。誰だって、望んで不幸を掴みとりたいとは思わないだろう。掴みとるのは幸福であってほしいし、不幸の種は、極力受け取らないように避けていくのが人というものだ。それは決して、腑抜けの考えというわけではないはず。

 ――だけど……。

 動かなければいけない、と少年は思った。

 心が叫んでいる。怠惰であろうとする己を叱咤し、立ち上がれと叫んでいる。

 大切な者を、取り戻すために――。



 ――◆――◆――



「あ、志具君! 志具君が起きたよ、みんな!」


 重い瞼を開けると、視界に映りこんできたのは、幼馴染みである金髪の少女――大道寺マリアだった。彼女は悲痛に満ちた表情を、志具と目が合うや否や、喜びに変化させた。直後に上げた声からも、その喜びの程が伺い知れる。

 どうやら自分は、病院のベッドで寝かされているようだ。おまけに、自分が今いる病室には、見覚えがあった。ここは前、彼女が入院していた個室だ。そしてそこから、自分がいるこの病院は、地元の市民病院なのだということを推理した。

 寝たままでいるのも嫌なので、志具は上半身を起こそうと、身体に力を入れる。……と、


「……ッ」


 強い電気が走ったように、全身に激痛が伴った。苦悶に顔が歪み、身体の上半身を支えていた膝ががくんと崩れる。


「動かない方がいいよ。安静にしとかないと……」


 そのようだな、と志具は言う。声が変に枯れていた。声帯が弱っているのか、大声を出そうものなら掠れてしまいそうだった。


「あ、本当に起きたみたいですね、先輩さん」

「よかった。ひとまずは安心してもよさそうですね」


 カーテンの向い側から姿を現したのは、志具の後輩である玖珂なずなと、志具の家に同居しているメイド――花月菜乃だった。

 三人に共通していえるのは、志具の様子を見て安堵しているという点だった。

 どうしてそんな反応をするのか?

 どうして自分はここにいるのか?

 …………わかっている。

 わざわざ、他人から言われるまでもなく、志具は理解していた。

 頭の中は、眠りから覚めたばかりでぼやけている。……というのに、ある一点の記憶だけは、憎らしいほどに鮮明に思い出せていた。

 瞼を閉じれば、あの光景がやきついている。忘れようとしても、志具の心がそれを拒絶しているかのようだった。


「万条院……」


 マリアに誘われ、コミフェスに出かけた志具たち。そこで志具たちは、パンドラに出会った。目的も意図も本心もわからない彼女に告げられたのは、ななせの父親が、彼女を連れ戻そうとしているということだった。

 それを阻止すべく、志具はななせの父親――万条院源武と対峙し、説得を行うも失敗。やむを得ず交戦となったわけだが……。

 ――結果は……この様というわけだ。

 格が違った。今までも、幾度となく戦いを繰り広げてき、それなりに実力も底上げされていると意識していた。……にもかかわらず、惨敗だった。

 イザヤと初めて交戦したときも、同じように大敗を喫した。しかし、今回味わった敗北は、あのときのものとは質の違う負けのように、志具には思えた。

 イザヤとの戦いは、初戦こそ苦い気持ちしか生まれなかったが、その後何度か戦いを繰り広げるうちに、それ以外の……認めたくはないがプラスな感情が動くようになっていた。

 だが、源武との戦いでは、そんなものは欠片も生まれなかった。

 苦い。

 憎い。

 そして、辛い……。

 前者二つの感情はストレートに、源武に対して向けられたものだ。だが、「辛い」という感情は、源武にというよりは、自分自身に向けられたものだった。


 ――どうしてだろうか……? どうして自分は、「辛い」と思ってしまうのだろうか……?


 それを思考したとき、志具はフッと笑みをこぼしてしまった。


「志具君?」


 マリアが心配そうな声をかけてきた。


「何でもないよ。ただ……」


 と言ったきり、志具はそれ以上の言葉を紡ぐのを止めた。口に出して言うのが恥ずかしいと思ったからだ。

 ああ、なんていうことだ。悔しいが、認めざるを得ないらしい……。

 今までそんな考えなど、浮かんだとしても払いのけていた。そんなことあるわけないと、除外していた。

 何より、前述したように、それを認めるのが悔しかった。あいつの思惑通りになっているのではないかと思うと、天の邪鬼な気持ちになりたかった。

 だけど、認めざるを得ない。自分の胸中に訪れている針で刺すような痛み、締め付けられる心、形容しがたい熱を感じるこの感情を……。

 私は……。



 ――私は、万条院のことが好きなんだな……。



 認めてしまった。だが、その気持ちは心に穿たれた穴を、まるでパズルのピースのようにかっちりと埋め合わせた。それによって、心という入れ物に、悲哀の感情が怒涛となって流れ込んでくる。

 今の志具には、ただその悲痛に堪えるしかなかった。何もできない以上、じっと耐え凌ぐしかない。それは嵐が過ぎ去るのを待つ草木に似ていた。


「志具君。あのね、ななせさんのことなんだけど……」

「ああ、いい。言わなくともわかっている」


 志具の言葉で、マリアは続く言葉を抑えた。わざわざ傷口を抉るような真似をしたくない、と思っているのかもしれない。

 それっきり、沈黙が帳を下ろした。誰も、どう言葉をかけようものか、考えあぐねているようだった。

 そんな気まずい静寂を破ったのは、菜乃の一声だった。


「とにかく、まずは医師をお呼びしましょうか。志具様も目を醒ましましたし」

「ああ、頼めるかな?」


 はい、と菜乃は微笑みを浮かべると、病室を後にした。

 引き戸の閉まる音とともに、室内はお通夜のような静けさに戻った。何気なく窓へと視線を移すと、夜天が伺えた。次の壁掛け時計を見ると、十時をさしていた。


「二十日」

「……?」

「八月二十日ですよ、先輩さん」


 志具が今日の日付が何なのか知りたいということを察して、なずなが言った。


「ああ……。ありがとう」

「どういたしまして」


 くったくのない笑みを浮かべ、答えるなずな。

 菜乃といいなずなといい、どこか様子が奇妙だった。はっきりとはわからない。ただ、何となく、そう思うのだ。

 しばらくすると、担当医がやって来た。担当医は志具に心拍数や聴診器を当てた簡単な診察を行うと、


「見たところ、異常はないようですね。詳しい診察は後ほどさせていただきますが……」

「……どうしましたか?」


 言葉を濁らせた担当医を、志具は気になり訊いてみると、


「いやその……。この前、短期入院なされた女の子もそうでしたが、ずいぶんと傷の治りが早い患者さんだと思いまして……。いや、健康をいち早く取り戻すのは医者としても嬉しいことですし、文句もないのですが……ただ、気になりまして。すみません、気を悪くなされましたかな?」

「え? いや、大丈夫ですよ。訊いたのはこちらですから、お気になさらず」


 答えつつ、志具は内心冷や汗を流していた。魔力を自然回復する際に、同時に傷の治癒速度も一般人よりも桁違いに早くなっているのだ。そのことを医師に説明したところで理解されるわけでもないし、反応に困られるだけであろう。


「では、今日のところは安静にしていてください。後日、精密検査を行いますので」


 最後にそう言い残すと、担当医は一礼して部屋を後にした。すれ違うように、菜乃が病室へと入ってきた。


「志具様、医師の方は?」

「ああ。別に問題ないみたいだ」


 容態の無事を聞いて、菜乃は、そうですか、と安堵した声を漏らす。

 部屋に再び静寂が訪れる。言葉がない空間というものが、これほど苦痛に感じることを、志具は今初めて知ったように思えた。

 どうしてだろうか。少なくとも昔は逆だったはずだ。喧騒の中よりも、図書館のような静かな場所が好きだったし、ひとりで自室にこもって読書をたしなむことが、至高のときだった。それは今も変わらない。変わらない、はずだ。

 ただ……、と志具。変わらないものに、新たなものが追加されたのだ。


 ――万条院……。


 ななせ。――彼女が思えば、人の輪にいる温かさを教えてくれたように思える。……いや、もしかしたら、彼女自身がそれを求めていたからこそ、それを得るために必死になって掴みとったものを、自分も共有できていたのかもしれない。今となっては、不思議とそう思えた。

 そんな彼女は、今ここにはいない。きっと、二度と戻ってこない。それはあの父親が赦さない。

 薄れゆく意識の中、血にまみれた視界に映った彼女の悲痛な表情。

 鼓膜を痛いほどに叩く悲哀の声。

 そのいずれも、志具の心を情け容赦なく鉛弾のように穿つのに、十分な出来事だった。

 なにより……、


 ――自分はあのとき、何もできなかった……。


 声をかけることも。

 手を伸ばすことも。

 何も、できなかった……。


「…………みんな」


 志具が、口を開く。突然の呼びかけに、マリアたちは驚き、一斉に志具へと視線を向けた。

 三人の視線に、志具は静かに……だが、強い光を宿した眼差しで迎えうった。


「みんな、頼みがある」

「……なに、志具君」


 驚いていた様子のマリア。だが、志具のその言葉を聞いた彼女は、どこか柔らかい雰囲気を湛えていた。

 十秒ほどの間をもって、志具は言った。


「私は……万条院を連れ戻そうと思っている」


 志具の言葉を、三人は余計な口を挟まず、耳を傾けている。志具の宣言にも、どよめきは起こらなかった。


「方法はまだ決めていない。どうなるかもわからない。……それでも、私は何もしないままで終わるのは嫌なんだ」


 返事はない。それにかまわず、志具は言葉を続ける。


「ゴールデンウィークのとき、『エデン』に旅行に出かけたとき、私は敵の手に落ちた。そのとき、君たちも……万条院も、私を見捨てずに助けに来てくれた。正直、嬉しかったよ。頼もしいと思った。私はひとりでいることが多かったし、それを自分でも良しとしていた生き方を選んでいたが、あそこまでしてくれる友達がいると知って、本当に心強いと思った。私は……君たちが困窮したときに、救いの手を差し伸べられるような人間になりたいと、思ったんだ」


 自分が理想とした人物像。それは彼女たちと出会うまでは、非常に曖昧なもののように思えた。友達といえるほど親しい人はマリアくらいだったし、今ほど仲間意識が強かったわけではなかった。

 それが、ななせとの出会いをきっかけに変わった。自分はもちろんのこと、マリアも、後輩であるなずなも影響を受けて変わったように思える。それは決して悪い意味ではなかった。


「そう思えるきっかけを与えてくれたのは……悔しいことにあいつなんだと考えている。私の生き方を変え、私のことを救ってくれた万条院を……」


 両の拳を固く握る。

 それは、誓いの印。これから行おうとすることを、果断として実行するための、気合の入れ方だった。

 マリア、なずな、菜乃の顔を見渡した後、志具は宣言した。



「今度は……私が助けに行く番だ」



 志具の言葉が、室内を満たす。

 覚悟を決めて言った志具の言葉に三人は一様に、くすりと笑みを漏らした。


「な、何だ? 何がおかしい?」


 予想していなかった反応に、志具は怒ることもできずに戸惑う。そんな彼を見て、女性陣はますます笑みを濃くした。

 からかうような微笑みに、志具が困惑から苛立ちへと感情をシフトさせようとしていると、


「その言葉を待っていましたよ、先輩さん」

「はい。志具様がそうおっしゃるのを、わたしたちは待っていたのですよ」

「うんうん。そう言ってくれて、本当安心したよ」


 菜乃に続き、なずなとマリアがそう返事をした。

 晴れやかな表情の彼女たちを見て、ようや志具は理解する。


 ――ああ……そうか。


 先刻から感じ取っていた、一同の奇妙な雰囲気の意味。それは、彼女たちが、自分が「ななせを助けにくぞ」という意志を示すのを待ってくれていたのだ。


 ――自分もまだまだだな。


 先ほどから待ってくれていたのに、自分はいじいじと無意味とも思える思案に暮れていた。答えなんて、とっくに決まっていただろうに……。


「いやぁ~、よかったですよ。ここで先輩さんが腑抜けて『私はこんな痛い目を見るのはもう嫌だ! 一生病室に籠って、看護婦さんに養ってもらうんだ!』って言いだそうものなら、ボクが『村正』で斬りつけて、操り人形にしてでも連れて行こうかと思っていましたよ」

「なにさらりと怖いことを言っているんだ、君は⁉」


 にこやかに斬ります発言をしてみせるなずなに、志具は電光石火のツッコミを返した。

 しかし、なずなの口撃に続くように、菜乃がにこにことした調子で言葉を紡ぐ。


「そうですねぇ。そして病院のヒモとなっている志具様がある日、診察に来た看護婦さんを襲って大惨事、新聞沙汰になり刑務所に連れて行かれるのを、わたしたちは哄笑……もとい憐憫を滲ませた表情で見送らなければならないかと思っていました」

「哄笑って……嘲笑う気満々ではないか!」

「いえいえ。志具様の心配をしてのことですよ。――ねぇ、マリア様?」

「えっ? え~っと……わたしは別に、そんな邪なこと思っていないよ? 別に志具君がななせさんを失ったショックで裁判沙汰になるようなこと起こした際、大道寺財閥が裏金を積んで無罪にしてもらった後、恩を売った志具君をわたしの思い通りに手なずけてやろうだなんて、これっぽっちも思っていないからね⁉」

「…………マリア?」


 とんでもない腹黒発言をしてみせるマリアの正気を、志具は思わず疑ってしまった。


「はぅ⁉ つい本音……もとい変な電波を受信しちゃった⁉」

「電波⁉ 君はいったい何を言っているんだ?」

「ち、違うんだよ志具君! 今さっきのはすべてわたしじゃない、別時間軸のわたしがわたしの身体をのっとって言ったことであって……」

「マリア様、発言が色々と危ないですよ」

「はっ⁉ ……え、えっと……その…………。つまり、さっきまでのわたしの発言はすべてフィクションだってこと! わかった? わかった、志具君? わかったって言いたくなったでしょ?」

「あ、ああ……わかった。わかったぞ、マリア」


 なんだかよくわからないが、ここは話に乗ったほうがよさそうだ。なんというか、断った際、後が怖い。マリアのこういう変化は、もとに戻ってほしいと思っているのだが、それは言わぬが花というものだろう。

 ともあれ、一同の想いがひとつになっていることを確認できた志具は、満足する。その上で、志具は次へと話を移した。


「……だが、さっきも言ったように、私にはまだ対策というものを考えていない。そもそも、万条院の居場所が、そもそもわからない……」

「それでしたら、わたしにお任せを」


 突如として、第三者の声が入ってきた。

 病室の引き戸を開け、姿を現したのは、


「西元さん?」


 菜乃の親友にして、玖珂兄妹の監視を行っている警官――西元佳織だった。

 仕事中に立ち寄ったのか、佳織の服装は警官の制服で身なりを整えられていた。厳格な趣きを感じさせる制服に反して、佳織の人柄はいたって穏やかなものだった。

 人の良さそうな微笑みをしながら、佳織は言った。


「お久しぶりですね、真道さん」

「あ、ああ……。でも、どうして貴方が?」

「菜乃ちゃんに頼まれてね。相談があるから来てほしいって」


 菜乃が? と志具は彼女を見やる。

 彼に視線を向けられた菜乃は、


「志具様がななせ様のことを助けに行くということはわかっていましたからね、早め早めに手を打っておきました」

「早め早めって……先読みが過ぎないか?」

「結果オーライですからいいではありませんか。ご主人様の行動を先読みして、ストレスなく働いてもらうのが、メイドとしてのわたしのお仕事です」

「さすがお手伝いさん! 惚れた男の助力を惜しまないその働きっぷり、見事です!」

「ふふふふ……。そのうち夜のお世話も頼まれそうで、わたし、困っているのですよ?」

「……志具君?」

「……真道、さん?」

「嘘だ! 誰もそんなこと頼んでいない!」


 マリアと佳織の絶対零度の眼差しを向けられ、志具は全力で否定した。

 しばらく志具に、疑りの眼を向けていた佳織だったが、


「……まあ、いいでしょう。菜乃ちゃんも幸せそうなので、そのことについてはこれ以上、言及しないことにします。――それで、話を戻しますが、ななせさんの居所までの足は、私が用意させていただきます」

「え? 大丈夫なのか?」


 気持ちがありがたいことは確かだったが、そこまでしてもらっていいものか、少し悩んだ志具は、思わずそんな言葉を紡いでいた。

 佳織は躊躇うことなく首肯すると、


「ええ。ただ……道中のルートがわかりませんので、そこは菜乃ちゃんにお任せしようかと考えていますが」

「菜乃が? ……居場所、わかるのか?」


 志具の質問に、菜乃は、はい、と二つ返事で答えてみせる。


「本家に戻られたというのであれば、道順はわかりますよ。ただ……源武様のことですから、もしかすると、別の場所にななせ様を移している可能性がありますが……」

「かまわない。少しでも手がかりがある場所に行ければ、それでいい」


 何でもいい。とにかく、僅かでもいいから手がかりを得ることが必要だった。本家ともなれば、たとえ彼女本人がいなくとも、何らかの情報は得られる可能性は高いだろう。


「決まりだね。……でも、今のままじゃ志具君、病院の外に出られないんじゃないの?」


 確かに、マリアの言う通りだった。

 今の志具は入院患者。担当医が後に精密検査を行うと言っていた以上、外出は難しいだろう。

 しかし、そんな志具の不安を、佳織は払ってみせる。


「その点ならご心配なく。私が真道さんが外出できるように手配してみせます。表向きには穏便に、ね♪」

「……病院の人に怒られそうだが」


 表向きは、という部分を強調してみせた佳織に、志具は内心穏やかでないものを感じた。


「そこはあれですよ。惚れた女を救出するための手数料だと思ってくださいな」

「なっ⁉ ち、違う! 私は断じて好きではないからな!」


 茶目っ気たっぷりにウインク付きで言葉を返してみせた佳織に、志具は慌てて否定する。……が、如何せん、気持ちを自覚してしまっている志具としては、今さっき言った自分の言葉が空々しく聞こえてしまった感がしてならなかった。


「……志具君」

「な、なんだ? マリア」

「……ううん。なんでもないよ。それより志具君。絶対にななせさんを連れ戻そうね」


 にこりと微笑むマリア。後に続いた言葉の強さに押され、志具は「ああ、そうだな」と頷きを返した。

 外へと視線を移す。

 窓の外を見れば、夜闇が深くなっているのが見えた。

 その暗黒を、今は甘んじて受け入れよう。

 痛みを、傷を、耐え凌いでみせようではないか。

 永遠に続く暗闇などない。陽が沈み、夜が更けると再び太陽が昇るように、明けない(よる)はないのだから――――。

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